ユメクイ・アメジストナイト

江乃香

文字の大きさ
上 下
11 / 16
二章 夢のはじまり

しおりを挟む
「いったああああああい!!!」
 飛び起きたと同時に目の前のイケメンにまたもや頭突きをかましてしまう。
 セナは額を押さえ、痛みで悶絶しながら目に涙を浮かべた。
「ま、またダメだった……あんなにイメージトレーニングしたのに……」
 一部始終を見ていたヨミは声を出して笑うと、ユメナの頭をよしよしと撫でながらこそっと耳打ちをする。
「セナくんはね、顔はめちゃくちゃカッコいいけど夢を食べるのが破滅的に下手なんだ。そりゃあもうぼくたち同期……いや、ユメクイの中でトップレベルで」
「それを早く言ってよ!」
「え? 気付いてたんじゃないの?」
 ヨミは涼しい顔で言う。言われてみれば先ほど現実に引き戻されたほどの激しい痛みに酷く似ていた。
「また一歩脳死に近づいた……」
「大丈夫大丈夫。下手すぎて脳には全然支障ないから」
 けたけたと笑うヨミ。ベッドの脇で正座していたセナは「下手」を連呼され、あからさまにへこんでいた。
「焦る気持ちは分かるけどいきなりレベルが高い悪夢を食べてポイントを稼ぐのはどうかと思うよ、セナくん」
 同期だと言うのに、まるでヨミの方が何年も先輩かのような口ぶり。どっかの誰かさんも勤務初日に人の頭にかじりついたというのに、だ。
 セナは拳をぎゅっと強く握ると、消え入りそうな声で「分かったような口をきくな」と呟いた。
「お前には分からない、俺の気持ちなんて」
「全ッ然分かんないね~ ユメクイのサラブレッドであるセナくんの気持ちなんてぼくにはぜーんぜん分からない」
「ユメクイのサラブレッド?」
 ユメナが質問すると、ヨミとセナの視線がユメナに向いた。
「ユメクイになる人っていうのはね、基本親族の誰かがユメクイであることが大前提なんだ。まさに血筋の世界だね。大抵の人が親族の誰か一人がユメクイだったりするんだけど、セナくんはなんとまあビックリ! 祖父母両親共にユメクイのまさに華麗なるユメクイ一族のご子息なんだよ!」
 ユメクイという世界をそもそもよく理解していないユメナだが、とりあえずその場の流れで「ほう」と感心してみせる。しかしその誇張した言い方を嫌味ととらえたのか、セナは眉間にシワを寄せた。
「本来なら能力に恵まれてるはずなんだけどねぇ……」
 哀れむように呟くヨミに、セナは顔を赤くしてヨミの胸ぐらを掴んだ。小柄なヨミに長身のセナ……体格の差は一目瞭然だが、ヨミはこの展開を予想していたかのように悠然な態度でセナを見上げている。そしてセナは胸ぐらを掴む手をぷるぷると震わせると、糸が切れたようにわっと泣きはじめた。

「俺はどうせ落ちこぼれだよおお!」

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼすセナ。
 あまりの衝撃でユメナの頭の中にあった流星ハルトという完璧なアイドル像がガラガラと音を立てて崩れた。
「俺だって、完璧に振る舞える流星ハルトの姿でいたい。でも両親や親戚の期待に応えなきゃいけない毎日でもう心がパンク寸前なんだ。アイドルの仕事は頑張れば頑張るほど身につくのに、ユメクイの仕事だけはいつも空回りしてばっかりでプレッシャーだけがどんどん膨れ上がっていく……気付けばアイドルとしての自信よりも、ユメクイとしての劣等感の方が自分自身を塗りつぶしてる」
 嗚咽混じりに心情を吐き出すセナを見て、さすがに可哀想だと思うユメナ。アイドルとユメクイ……二足のわらじでの生活自体大変そうだと言うのに背後にはいつも両親からの期待の目。底知れない重圧が彼を支配していると思うとさすがに同情してしまう。
「あの……」
 おずおずと声を掛けると、ヨミが「ん?」と首を傾げた。
「私の悪夢を食べれば、高ポイント?に繋がるの?」
「高ポイントというか、今月のノルマは容易に達するだろうね」
 ユメクイはノルマの世界でもあるのか、とユメナは妙に冷静な頭で考える。そして気付いた時には言うはずのなかった言葉がのどを通り抜けていた。

「じゃあ、もう一回食べる? 私の悪夢」

「えっ……」
 セナも予想だにしていなかったのか、顔を上げてユメナを見つめた。目にたまった涙が月の明かりで照らされ、まるでドラマのワンシーンを切り取ったようだった。
 ヨミは呆れたように大きなため息をつく。
「ユメナのその優しさはいつか命取りになるよ。セナくんは気弱で優しいユメクイだから良かったけど、中には痛みでもがくユメナを押さえつけてでも悪夢を食い散らかす奴もいるんだから」
 ヨミの低い声にゾッとする。
「そんなユメクイが来たら私どうすれば……」
「うん。だからぼくが護衛してあげる」
 こてっと首をかしげてさらりと言いのけるヨミに、ユメナは目を丸くした。
「君は悪夢を生成し続ける特殊な人間だ。ぼくは長年ユメクイをしてるけどこんな悪夢体質を持つ人間は初めて見る。ユメクイとしても、もう少し君のことを調べたい」
「特殊な悪夢体質……? っていうか、長年って……新入社員なんじゃ……」
 ヨミは意味深な笑みを浮かべるとユメナのくちびるに人差し指を当てた。その途端、ユメナは激しい眠気に襲われる。
「じゃあお言葉に甘えて、悪夢いただいちゃおうかな」
「待っ、て。話はまだ……」
 あっという間にヨミの腕の中で体をだらんとさせるユメナを見て「容赦ないな」と引き地味につぶやくセナ。
 ヨミはおかまいなしに胸ポケットから丸メガネを取り出すと、ユメナの悪夢の様子を確かめた。続けてセナも懐からサングラスを取り出す。
「相変わらず見た目だけはカッコいいね」
「……」
 ヨミはユメナを抱きかかえてベッドに優しく寝かせると、セナににこりと笑いかけた。

「これ以上悪夢が膨れ上がったら大変だ。早速悪夢の中に行こうか、セナくん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-
児童書・童話
 日々、あやかしに追いかけられてしまう女子中学生、神崎詩織(かんざきしおり)。  氷鬼家の跡取りであり、天才と周りが認めているほどの実力がある男子中学生の氷鬼司(ひょうきつかさ)は、まだ、詩織が小さかった頃、あやかしに追いかけられていた時、顔に狐の面をつけ助けた。  これからは僕が君を守るよと、その時に約束する。  二人は一年くらいで別れることになってしまったが、二人が中学生になり再開。だが、詩織は自身を助けてくれた男の子が司とは知らない。  それでも、司はあやかしに追いかけられ続けている詩織を守る。  そんな時、カラス天狗が現れ、二人は命の危険にさらされてしまった。  狐面を付けた司を見た詩織は、過去の男の子の面影と重なる。  過去の約束は、二人をつなぎ止める素敵な約束。この約束が果たされた時、二人の想いはきっとつながる。  一人ぼっちだった詩織と、他人に興味なく冷たいと言われている司が繰り広げる、和風現代ファンタジーここに開幕!!

おなら、おもっきり出したいよね

魚口ホワホワ
児童書・童話
 ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。  でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。  そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。  やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。

占い探偵 ユーコちゃん!

サツキユキオ
児童書・童話
ヒナゲシ学園中等部にはとある噂がある。生徒会室横の第2資料室に探偵がいるというのだ。その噂を頼りにやって来た中等部2年B組のリョウ、彼女が部屋で見たものとは──。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

処理中です...