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二章 夢のはじまり

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「十三日連続で悪夢を見た日には悪夢の底に引きずられて一生そこから出られない、か」
 ユメナはそうつぶやきながらカレンダーに黒いマジックペンでばつ印を付けた。
 カレンダーにはばつ印が十二個。今日は悪夢を見始めてから十三日目の夜だった。
「どういうことなの……」
 ユメナは混乱する頭を抱えこむ。
 あの日の気絶を皮切りに、また前のような悪夢に苦しめられることが増え、気づけば悪夢を見始めて今日で十二日が経過していた。
 真っ黒に塗りつぶされたカレンダーが悪夢に飲みこまれる暗示のように思えて仕方がない。じわじわと迫りくる恐怖に、ユメナは体をかたかたと震わせた。
「……助けてよ」
 ぼんやりと浮かぶあの少年の名前を呼びたい。けれど思い出そうとすればするほど記憶がかすんでいく。
 目尻に浮かぶ涙を人差し指で拭い、ユメナはベッドに腰掛けた。
 窓から見える丸い月がユメナを見下ろしている。それはあの日と同じ青白い月だった。
「……寝よ」
 ユメナは諦めたように深い息を落とすと、ぼすんとベッドに倒れこんだ。
 あの少年の連絡先を知っているわけでもない。そんな自分に今できることは悪夢を見ないよう、せいぜい神にでも祈ることだけだ。
 ユメナはロックがかかった窓の鍵をかちゃりと下げた。

 今夜が勝負の十三日目……
 もしかしたら、なんて淡い期待を抱きながらユメナはまぶたをゆっくりと落とした。



――夢を見た。

 そこはおとぎ話のような世界。
 ユメナはここでいつも魔女のおばあさんから選択を迫られる。
『右のりんごと左のりんご、どちらを選ぶ?』
 ユメナはここでいつも毒入りのりんごを選んでしまい、悪夢の中に落ちてしまう。
『今日で十三日目……もしここで間違えたら私は悪夢の底に……』
 ユメナは着飾ったドレスで手汗を拭うと、ゆっくりと右のりんごに手を伸ばす。
 目の前の魔女がにやりと笑ったその瞬間、頭に激しい痛みが走った。

ズキッ

『いっ、た……』

 既視感のある頭の痛みにユメナはこめかみを押さえた。たしか前にもこんな事があったような……しかしあの時の痛みとは比べものにはならないほどの激痛で、ユメナは思わずその場にうずくまる。

――痛い、痛い、まるで頭が割れそうな痛み…

「い、いだいいいいいい!」
 ユメナは再び夢から一時的にログアウトすると、勢いよく飛び起きた。まだズキズキと痛む頭を押さえ、深呼吸をくり返す。荒い呼吸が段々と規則正しいリズムになっていき、現実の世界に戻れたことに安堵する。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
 ユメナはぴたりと呼吸を止める。
 しかし部屋にはまだ呼吸が響いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「えっ……誰?」
 ユメナが声を出すと、暗闇の中で誰かがびくっと大げさに体を動かした。そしてユメナから隠れるように体を折りたたみ、息を殺しながら浅く呼吸をくり返す。暗闇の中でも分かる体格の良さ、男に違いない。
「誰かいるの?」
 もう一度問うが、返事はない。
 その時青い月がゆらりと揺れ、カーテンの隙間をすり抜けて部屋の中を照らした。
「……っ!」
 まばゆい月光に視力を奪われた謎の男は、とっさに長い腕で目を覆った。夜だというのに頭の上には何故かサングラスが乗っている。
 ユメナは身を起こし、観念しろと言わんばかりにカーテンを勢いよく開く。すると暗闇に包まれていた姿が一気にあらわになった。
「う……」
 ベールを剥がされた男は諦めたように腕を下ろした。
 透き通るほどキレイな銀髪に耳に光る無数のピアス、そしてモデルのような長い四肢……ユメナの足下で腰を抜かしていたのは、芸能人顔負けの美青年だった。
 強気な見た目に反し、青年は捨てられた子犬のようなおびえた目でユメナを見上げている。 
「ど、どえらいイケメン……」
 思わず口から出た言葉に、青年はまた驚いたように肩を震わせる。

「やあやあ、久しぶりだねユメナ」

 すると窓の方から聞き覚えのある声がし、ユメナと青年の体が同時に跳ねる。黒猫がひょこりと顔を出したかと思えば、そこにはどこかで見たことがある黒ずくめの少年がいた。
「あなたは……」
 その姿を見た瞬間、パズルのピースがはまるように記憶がどんどん流れ出してくる。

「……ヨミ!」

 自分でも驚くほど弾んだ声が出てしまい、ユメナは思わずハッと口をつぐんだ。
「思い出してくれてありがとう、悪夢のお姫さま」
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