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二章 夢のはじまり

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「おはよ~」
 寝癖でぼさぼさの髪をかき上げながらリビングに下りると、そこにはすでに身なりを整えた家族がならんで朝食を食べていた。
「おはよ。昨日はよく眠れた?」
 ホシナはハーフアップに結った長い髪を揺らしながらユメナに微笑んだ。
「おかげさまで」
「今日はいつもより顔がスッキリしてるもん。悪夢の底に落ちなくて良かったねぇ」
 ホシナはからかうように笑うと、テレビのチャンネルをいつもの情報番組に切り替える。時刻は朝の七時十分、ちょうどエンタメコーナーの時間だ。
『人気アイドルグループ、ボーイズアンドスターサンシャインを起用したへアトリートメント『Silkシルク』の新CMが届きました。真夜中のデート編は六月上旬より全国で放送が開始されます』
 朝からにぎやかなテレビを家族全員でぼんやりと見つめながら、ホシナがつぶやく。
「ボーイズアンドスターサンシャインかっこいいよね。とくに流星りゅうせいハルトくん」
「ボーイズスター……え? なんて?」
 父は「なにかの呪文か?あんなチャラチャラしたやつらがいいのか?」とユメナに必死に問う。ユメナは「さあ?」と適当に返事をしながらミルクコーヒーをひと口含んだ。

 アイドルにさほど興味のないユメナでもその名前は知っていた。
 中高生に莫大な人気を誇る派手な容姿の男たち……「ボーイズアンドスターサンシャイン」。詳しくは知らないが、なかでも銀髪の流星ハルトというイケメンはCMにドラマ、バラエティとテレビで見ない日はないくらい多方面で活躍している。
 テレビに釘付けになるホシナと父を他所に、ユメナは小さな口でトーストをゆっくりそしゃくした。

 頭の中には、昨日見た夢の破片が散らばっている。
 ユメナは顔をしかめ、もう一度だけ昨日出会った夢の少年を思い出そうとする。しかし、ぼやけた記憶はすぐに情報番組のさわがしい音声にかき消された。
「はぁ……」
「どうしたユメナ。まさかお前もあのアイドルグループにお熱なのか?」
「はぁ……」
「父さんの話も聞こえないくらいお熱なのか……」
 うなだれる父を見て、母は笑いながら「早く朝ごはん食べちゃって」と声をかけた。
 時刻は七時二十分。そろそろ身支度を始めなければホシナが先に行ってしまう。
 ユメナはぬるくなったミルクコーヒーを飲み干すと「ごちそうさま」と席を立った。
 すぐさま歯ブラシをくわえ、白シャツに袖を通し、そして空いた手で器用にくしで髪をとかす。朝の自分はおそろしく要領がいい、と思う。ユメナは自負しながらテキパキと朝の身支度を済ませた。
「ユメナぁ~? あたしもう出るよ~?」
「待って待って。私ももう出れるから」
 ユメナはブレザーを羽織ると、玄関で待つホシナのところに小走りで向かった。ホシナはユメナを見るなり「いいなあ」と口にした。
「さすが美人。十五分の支度でも出来上がってるわ」
「なにそれ新手の嫌味?」
「本音だよ。私なんて前髪のセットだけで十五分かかるんだから」
 スプレーでカチカチに固められた鋼の前髪を見てユメナは吹き出す。
 学校指定のローファーを履くと、二人は「いってきます」と声を重ねた。
「あ~ 外の空気がおいしい~ 久々にいい夢見たせいか頭も体も心も全部軽い気がする」
「よっぽど苦しんでたんだねぇ」
 隣で歩くホシナはミラーで前髪を確認しながら他人事のようにつぶやいた。
 相変わらずマイペースな女……と心の中で毒づき、からっとした五月の空気を思い切り吸い込む。
「ユメナユメナ! そういえばね、二組の佐藤くんと三組のひよりちゃん付き合いはじめたんだって」
 ホシナはミラーをたたむと「いいなあ~」とうらやましそうにため息を落とした。
「ユメナは気になる人いないの?」
「わ、私!? 私は……その」
 言葉をにごすユメナを、ホシナは首をかしげながら見つめる。
 ユメナの頭の中には、もやがかかったあの少年の姿が未だにこびりついていた。

「また会えたらいいな、って人は……いる」

 ユメナの発言にホシナは足を止めた。
 そしてしばらくフリーズした後、興奮気味にユメナに詰め寄った。
「えぇ!! だれだれだれ!? もしかして卒業したサッカー部の中山先輩!? それとも幼稚園の時の初恋相手の海斗くん!?」
「違う違う違う。たしかそんな人たちもいたけど……」
 卒業したサッカー部のエースの中山先輩には入学初日で見そめられたものの自分になびかないからつまらないという理由で勝手に振られ、幼稚園の時の初恋相手だった海斗くんには他校であるにも関わらず学校付近でストーカーのように待ち伏せをされたりと、どちらもろくでもない男だった。
 そんなことなど知らないホシナは、相手を予想しながら一人できゃっきゃと楽しそうにはしゃいでいる。
(そう考えると、私たちお互いに知らないことが増えてきたな……)
 昔はどんなささいなことでも報告し合い、相談する仲だった。その関係は今でもつづいてはいるが、あの頃よりも確実に秘め事は増えている。
 大人になるってこういうことなのなのかな、などと考えながらユメナは雲ひとつない青空を見上げた。

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