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一章 夢を喰う少年

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「名前は?」
「みやなり、ゆめな……」
「ビンゴ。やっぱり君がユメナだったんだね」
 ヨミは待ちわびていたようにユメナの言葉に食いついた。この少年はどうして自分の名前を知っているのだろう。
「ユメナ。君はぼくたちの界隈では超がつくほど有名人なんだよ」
 有名……思いもよらないその言葉にユメナの眠気は一瞬にして吹き飛んだ。
「えっ! わ、私が!? や、やだ~」
 見た目は抜群にいいんだから、という先ほどのホシナの言葉を思い出し、ユメナはまんざらでもなさそうに顔を赤らめた。そんなユメナを不思議そうに見つめながらヨミは話を続ける。
「気づいてるかもしれないけど、君は超がつくほどの悪夢体質だ」
「悪夢体質?」
「この町で君ほど悪夢を見る人間はいないからね。新人ユメクイたちは今みんな鼻息荒くしてユメナをマークしてる」
「あ、そういう感じの有名ね」
 ユメナは心の中でちっ、と舌を鳴らした。
「でもそのユメクイって人たちは悪夢を食べてくれるんでしょ? 私にとってはいいことなんじゃ……」
 するとヨミは真剣な顔つきでユメナを見つめた。
「朝、激しい頭の痛みで目が覚めたりしない?」
 ズバリと言い当てられたユメナは食い気味に首をたてに振る。
「それは他のユメクイたちがユメナの悪夢を食べようとした証拠。下手な食べ方をすればその人間の脳に直接傷をつけることになる。それが今後積み重なっていけば君は……」
 ユメナはごくりと唾を飲み込む。
「悪夢の世界に引きずりこまれるより先に脳死するだろうね」
「の、脳死……」
 ユメナは布団を握りしめ、口をはくはくと開いた。
 ヨミはばつ印が並んだカレンダーをちらりと横目で見ると、眉間にしわを寄せる。
「朝起きても悪夢の記憶が消えていないということはそのユメクイたちはユメナの悪夢を食べるのにことごとく失敗してるみたいだ。相っ当頑固で噛み切れない悪夢なんだね……」
 ふっ、と哀れむように笑うヨミ。
 何故だか自分の人間性までバカにされたような気がし、ユメナはムッと口をとがらせた。
「じゃあどうすればいいのよ!」
「簡単だよ」
 ヨミはやわらかい笑みを浮かべるとユメナに視線を合わせるように腰を丸めた。ヨミの体がベッドに沈み、ぎしりと木の音を立てる。
「食べるのが上手なユメクイに悪夢を食べてもらえばいい」
 耳元でささやかれ、吐息がユメナの頬に触れる。
 先ほどよりも明るい月の光がヨミをきらきらと美しく照らしており、ユメナは思わずその姿に目を奪われた。
「ね?」
 ハッと我に返ったユメナは目を背けた。どういうわけか、胸はずっとどきどき鳴りっぱなしだ。
「そっ、そんなの素人目じゃ分かんないよ」
「ユメナ」
 ヨミはユメナの長い髪を手に取ると、そっと自分の唇に持っていった。

「君の悪夢、ぼくにちょうだい」

 自信ありげな表情での上目遣い。この顔はズルいと思いながらもユメナも負けじと口を開いた。
「でもさっきアナタ私の頭噛んでましたけど」
 するとヨミはムードを壊されて不服だったのか、ムーッと下唇を突きだしてあからさまにいじけてみせた。
「初出勤で緊張してたんだよ~!」
 ユメナは流されまい、流されまいぞ……と息をつく。
「でも今日は勝負の十三日目でしょ」
「そうだけど……」
「勝算は?」
「……」
「断る権利、あるのかなあ?」
 ん?ん?とあおりながらユメナの顔をのぞきこむヨミ。事情はどうであれ今さっき初めて会った人間に自分の夢を食べさせるなんて、嫁入り前の女としては少しためらってしまう。
「そんなこと言われたって……」
「じゃあお試しに、ぼくに一度だけ任せてみてよ」
「そんな無料キャンペーンみたいに……」
「いいからいいから」
 ヨミがとびきり優しい声でそうつぶやくと、突然強烈な眠気がユメナを襲った。
「へ…… や、でも……」
 ヨミはシーッと人差し指を口の前に立てると、ユメナの額に自分の額をこつんと当てた。
「君は寝てるだけでいいから」
「どういう意、味……」
「ほらほら、あなたはだんだんねむくなーる」
「……ま、待っ……」
 待って、そう続く言葉は暗闇に飲まれ、ユメナの体はぐらりと大きく傾いた。
「おっと」
 ヨミは倒れたユメナの体を支えると、口元に自分の耳を近付けた。すぅすぅと寝息が聞こえるのを確認し、そうっとベッドに体を沈ませる。
「手荒な真似してごめんね。……さて、夢をチェックさせていただきますよ」
 ヨミは足元に落ちた丸メガネを拾うと「どれどれ」と夢の査定を始めた。レンズ越しに映るそれは、まるで火事場に立ちこめる黒煙のようにユメナの体を覆いつくしている。
「うっわあ。さすが十三日目の悪夢。熟れ熟れで真っ黒だぁ~ でも……」
 ヨミは興奮したように舌なめずりをした。
「すっごくおいしそう」
 ユメナの頭上で渦巻く黒い悪夢の塊。そこには痛々しいほどの歯型が刻まれていた。これはユメクイたちがことごとく食べるのに失敗したであろう証。
 ヨミは悪夢の塊をそっと優しく撫でる。
「みんなバカだなあ。もっと上手に食べてあげなくちゃ」
「んん……」
 苦しそうなユメナの声。ヨミはユメナの額に手を当てると「大丈夫」と一言つぶやいた。

「では、いただきます」

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