空色のサイエンスウィッチ

コーヒー微糖派

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もう一つの故郷編

ep407 思考の堂々巡りから抜け出したい。

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「ンク、ンク――プハァ。夜空の月に照らされながら、潮風を感じて酒を煽る。風流なんだけど、気持ちは定まらないもんだねぇ……」

 フロスト博士と話していたバーも後にし、アタシは一人近くの小高い丘でもらった酒瓶を手にしてラッパ飲みする。
 海も見えて景観としてはいい味出してるんだよね。ちょいとお行儀は悪いけど、仰向けに寝っ転がりながら月を見てお酒を飲むのもオツである。

 ――まあ、それで直面中の問題が解決するわけじゃないんだよね。いろんな気持ちがせめぎ合って、どうしても一歩が踏み出せない心境が続いてる。
 これまでの日常も続けたいけど、ウォリアールではアタシの力が役立つ場面もある。洗居さんやフェリアさん的にもアタシが王位に就いた方が、結果としてはトラブルも減る気がする。
 でも、どれも『そうなるだろう』って話だから、そこで足を止めちゃうんだよね。人生の選択って本当に難しい。



「空鳥さん、こちらにおられましたか。少々、お行儀が悪いですね」
「んげっ!? 洗居さん!? こ、これはアタシもなんとなくやりたくなっただけで――」
「ご安心を。別に責めてるわけではありません。……それより、隣でご一緒してもよろしいですか?」



 そうこう一人で悩んでいると、突如隣に洗居さんが姿を見せてきた。
 いつもいつも唐突に姿を見せるもんだ。アタシも意識が逸れてたし、思わずビビッちゃう。
 無作法に寝っ転がっていたアタシが体を起こすと、洗居さんはその隣に寄り添うように座り込んでくる。
 いきなりだったもんだから酔いも冷めちゃった。いや、元から酔わない体質なんだけどさ。

「先程、ラルカさんからもお話を伺いました。孤児院への支援の提案については、ラルカさんも感謝を述べられていました」
「あー、あの件ね。別にアタシが偶然生み出した技術が役に立っただけだし、こっちとしてはどうってことないさ」
「フフッ、空鳥さんらしいお言葉ですね。とはいえ、まだ今後を決める判断材料にまでは至ってないようで」
「……うん、そうなんだよね。情けない話だけど、本当にアタシも優柔不断でさ……」

 お互いに夜空の月に照らされながら海を眺め、お酒もひと休めしながら座って語り始める。
 どうにもアタシの帰りが遅いもんだから、心配して駆けつけてくれたのか。なんとも申し訳ない。
 それなのに肝心の答えが決まってないんじゃ、何のために時間を用意してもらったんだか分からない。タケゾーとの新婚旅行でもあったのに、もうそんなことを考えられる余裕すらない。

「……アタシの両親って、ウォリアールでは偉大な人だったらしいのよ。そんな二人がこの国を出たのはアタシが理由で、もしも二人がウォリアールに残ってたらこの国も別の道を歩める可能性だってあった。そして、娘のアタシにはその道を繋げる力がある。別に偉くなんかなりたくないけど、この国の人々に役立てられるのなら、王族に戻るのもありなのかなー……ってさ」
「ですが、これまでの空色の魔女としての役目や、生まれ育った町での日常がありますよね? そちらへの未練があるからこそ、ここまで悩まれるのでしょう?」
「そうなんだよねぇ……。流石に体は一つしかないから、どっちかを選ばないといけないんだけどさ……」

 思えば洗居さんにまで迷惑かけちゃってるのよね。アタシとの接点がなければ、洗居さんは何事もなく結婚生活を営んでいたかもしれない。
 まあ、発狂とかは流石にアタシの管轄外だけどね。でも、それも今の様子を見る限り落ち着いてる。
 時間が解決したことだったのならば、アタシの存在はお邪魔虫だったか。あーでも、洗居さんがウォリアールみたいな国で幸せになれるのかも不安と言えば不安。

 ――こんな感じで思考が堂々巡りするもんだから、なおのことアタシも決めらんないのよね。



「……空鳥さん。私から一つ提案があります。あなたがウォリアールでやりたいことを、どうかこの私に託してください。『洗居 栗阿』改め『栗阿・スクリード』として、その役目を果たしてみせましょう」
「え……!? あ、洗居さん……!?」



 そんな迷えるアタシに対し、洗居さんは手を差し伸べるような言葉を紡いでくる。
 わざわざ嫁入りした後の名前まで名乗ってるし、目を向けてみればそこには決意のこもった洗居さんの顔が映る。
 なんだかこっちに有無をも言わさない感じだ。だけど、アタシもそう簡単に受け入れることはできない。

「……ねえ、洗居さん。このウォリアールって国は、戦いの中で生きる軍事国家なのよ? 洗居さんって、アタシ以上にそういうのには疎いでしょ?」
「確かに私はただの超一流清掃用務員でしかありません。戦う術も持ち合わせてはいません。ですが、これでもお掃除で海外進出したこともあり、各国首脳と接触する機会だってありました。戦えずとも、役に立つことはできると思います」

 思わず『ただの超一流清掃用務員って、全然ただで済まないし』とか『戦う術なら昨日の槍術があるよね?』とか『固厳首相が言ってた話、本当だったんだ』とか、洗居さんの会話一つにツッコミどころがこれでもかと盛り込まれてるのが気になってしまう。
 ただ一つ、洗居さんはウォリアール王族になることを前向きに受け入れようとしているのは分かる。そもそも洗居さんに関して言えば、フェリアさんの告白を承諾した時点で覚悟していた話か。

「元より、私はフェリアと共にこのウォリアールで新たに歩む覚悟でいます。少々気を取り乱すこともありますが、一緒にいたい気持ちは事実です」
「『少々』どころじゃないぐらい取り乱してるけどね。……でも、本当にそれでいいの? 洗居さんに迷惑かかっちゃうかもよ?」
「その程度の迷惑ならば、私も喜んで受け持ちます。何より、空鳥さんが私の心配するのは無用です。今この状況において、私が個人的に望むこともありますので――」

 洗居さんの口調や表情から、決心の固さが伝わってくる。それでも、少しぐらいは洗居さん自身の将来を考えてほしい。
 元を辿ればアタシの血筋が原因なわけだし、責任はこっちが背負うべきだと思う。
 そんな無理に気を使わなくても――



「私はただ、空鳥さんに背負いすぎないでほしいのです。あなたはこれまで、十分すぎるほど人々の想いを背負ってきました。私もその一人です。転落死しそうだったところ助けてもらった恩義だって、今でも忘れていません。……どうか、今度は私にあなたの重荷を背負わせてください。その責任を背負う権利は私にもあります」
「あ、洗居……さぁん……!?」



 ――などと遠慮がちに思っていたアタシの心境さえ、洗居さんの言葉は貫いてくる。
 まさか、洗居さんの方から『重荷を背負わせてほしい』なんて言われるとは思わなかった。それに洗居さんも言う通り、アタシも一人で背負いすぎていたのは否めない。
 そもそもこの話、洗居さんが首を縦に振ってくれれば済む話ではある。とはいえ、そう簡単に判断できるものでもない。
 だけど洗居さんの言葉が偽りには聞こえない。とてもその言葉を覆すようにも思えない。
 思わず涙を流しながら言葉にならない声を出し、気がつけば洗居さんの胸元に抱き着いてしまう。

 ――本当にいい人に巡り合えたもんだ。上司としてだけではない。フェリアさんの婚約者としてもだ。
 こうやって他人の苦しさを理解し、負担してくれるという優しさ。この人はアタシよりもいい奥さんになれる。
 アタシにもし姉がいたのなら、洗居さんのような人になってもらいたいぐらいだ。

「……なら、本当に甘えちゃっていいかな?」
「ええ、もちろんです。ただ、玉杉店長などには事情説明が必要ですし、技術支援の話は空鳥さんがいないと成り立ちません。今後もお世話にはなるでしょうし、何卒よろしくお願いします」
「ニシシ~。そのぐらいだったら、アタシにはどうってことない話さ。これからもよろしくね、栗阿お姉ちゃーん」
「な、なんでしょうか? その『栗阿お姉ちゃん』という呼び方は? 空鳥さん、なんだか妙に甘えてきますね……」
「まあまあ、アタシってフェリアさんとは遠縁になるわけだし? その婚約者の洗居さんもお姉ちゃんってことで」

 ついつい調子に乗って抱き着きながら『お姉ちゃん』なんて呼んじゃうけど、洗居さんは恥ずかしがりながらも押しのけるような真似はしてこない。
 メイド服と相まって、こういう姿も可愛らしい。上司に萌えるとは思わなんだ。

 ――願わくば、ウォリアールでも洗居さんには幸せになってほしい。そのためのバックアップならば、アタシはいくらでも労力を注ぐ。

「……よし! アタシもようやく決心できたよ! 早速フェリアさんの部屋に戻って、決意表明といきますか!」
「フフッ、ようやく空鳥さんらしい姿が見えて安心できました」

 長く悩んだ末に納得に至ったアタシの答え。それも洗居さんのおかげだ。
 タケゾーやフェリアさんにも心配かけちゃったし、決まったとなれば伝えるが早し。洗居さんと手を繋ぎ、拠点となってるタワーへ歩みを進める。
 アタシも洗居さんも前向きな方向で話をまとめられたし、これは実にスッキリする結末で――



「……あの、空鳥さん? あちらの方角から、何か巨大な影が近づいてきてませんか?」
「ほ、本当だ……。なんだか鳥っぽいけど――って、まさか!?」



 ――その時、アタシにとっては何よりもスッキリできない存在が近づいてきた。
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