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星皇カンパニー編・結

ep221 星皇カンパニー代表取締役社長:星皇 時音Ⅱ

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 星皇社長は倒れながら装置を指差し、アタシも急いでその方向へと目を向ける。
 ワームホールを形成し、人工の肉体に魂を宿すためのメビウスの輪はこれまで以上の光を纏い、星皇社長の操作なしでもどんどんと輝きを増している。
 それが何を意味するのかは、アタシも直感的に理解できてしまう。

 ――星皇社長の目的が、ここに果たされようとしている。


 ゴゴゴゴォォ


「な、何これ!? まさか、この空間自体がついに崩壊を!? 星皇社長! 早くここから脱出して――」
「さあ! 蘇って! 私の愛しい坊やよぉお!!」

 本来ならば存在しないはずの空間。そこへの強引な干渉による影響か、空間そのものが轟音を立てて蠢き始める。
 アタシはすぐさま脱出を提案するも、星皇社長は両の眼をこれでもかと見開き、床に座りながらその願望だけを叫ぶ。

 そうこうしている間にも装置の光が今度は収束を始め、その中から幼い子供の影が見えてくる――



「マ……ママなの……?」
「ああ……坊や! ようやく……ようやく会えたのね……!」



 ――それこそ、星皇社長がここまでの犠牲を払って成し遂げたかった目的の終着点。
 使える限りのありとあらゆる技術を使い、本当に星皇社長の息子さんはここに蘇った。
 時間さえも巻き戻し、過去に眠っていた息子さんの魂の記憶は、確かに器となった肉体へと宿った。



 ――だが、これは結末ではない。本当の脅威は別にある。



 グゴガァァアアア!!


「ぐうぅ!? く、空間の亀裂が広がっていく……!?」
「さあ、坊や! ママの胸に飛び込んできなさい!」

 本来は干渉し合うことがないはずの過去と現在が繋がったことがトリガーとなったのか、空間の亀裂が轟音を立てて一気に広がっていく。
 理屈も理論も必要ない。アタシも第六感でその全てを理解できる。
 もうじきこの空間は崩壊し、それと同時に外に広がる世界へも浸食が始まってしまう。

 そんな状況でも星皇社長は意に介さず、どうにかアームで体を支えて立ち上がり、我が子を迎え入れようと両腕を広げる。
 その表情はどこか狂気をはらみながらも、悲願の達成に歓喜しているのが嫌というほど分かる。
 だが、息子さんは今ワームホール生成装置の中枢にいる。それはすなわち、あの子がこの空間の核となっているのと同義だ。
 もしもそこから飛び出してしまえば、この空間崩壊に拍車をかけて――



「ママ……ダメ! ぼくがここから出たら、いっぱい迷惑かけちゃう! こんなこと、ママのすることじゃない!」
「ぼ、坊や……!? ど、どうして……!?」



 ――そんなアタシも抱いていた心配を、なんと装置の中枢にいる息子さんも感じ取っていた。
 この子も理屈で理解してるわけじゃない。ただ自らがこの空間の核と一体化しているからこそ、そこから飛び出す危険性を直感的に理解している。
 そして眼前にいる母親が自身の知る姿ではなく、過去と狂気に囚われてしまっていることも、その幼い身で理解できている。

 ――流石は星皇社長の息子さんだ。本当にお利口さんだ。
 そんな姿を見せられたら、アタシだって気持ちを奮い立たせずにはいられない。

「星皇社長ぉ!! これがあんたの目指したかったものなのかい!? 我が子を蘇らせ、その我が子に変わり果てたあんたの姿を見せて、喜ぶなんて本気で思ってたのかい!?」
「わ……私はただ……坊やを……」
「そんなものは全部、あんたの独善でしかないって、何度言えば分かるのさ!? いい加減に目を醒ましなって! 息子さんだけじゃない……アタシだって、あんたがこうして狂う姿は見たくないんだよぉぉおお!!」
「あ……ああ……!?」

 アタシは星皇社長の胸倉を掴み、吐き出せる限りの言葉を吐き出す。
 後悔に囚われて息子さんを蘇らせたかった気持ちは分かる。だけど、アタシも息子さんの姿を見て確信した。

 ――こんな結末は蘇った息子さん自身も含めて、誰も求めてなんかいない。
 アタシも眉間に皺をよせ、怒鳴り散らして星皇社長にそのことを訴えかける。
 どれだけアタシが母親として星皇社長より未熟でも、これだけは理解できる。



 ――我が子を悩み苦しませる母親なんて最低だ。



「あ、ああぁ……! わ、私はなんて取り返しのつかないことを……!?」
「マ、ママ……! この装置を――ぼくを止めて……! そうしないと、もっとたくさんの人が苦しんじゃう……!」
「ぼ、坊や……! ご、ごめんなさい……! ママのせいで……ママのせいで……!」

 そんなアタシと息子さんの訴えを聞いて、ようやく星皇社長も声を震わせ、両手で顔を押さえながら止まってくれた。
 この人だって、本当は気付いていてもおかしくなかった。それだけの知識と理論を持ち、その先の可能性まで考察できる人だった。

 ただ、この人は一人で抱え込みすぎていたのがマズかった。
 大凍亜連合も将軍艦隊ジェネラルフリートも手足に過ぎず、傍で支えてくれる人もいなかった。
 星皇社長に本当に必要だったのは我が子を蘇らせるための技術ではなく、悩みを聞いて語り合ってくれる人間だった。
 アタシももっと早くそのことに気付くべきだった。そうすれば、こんな結末など訪れなかっただろう。

 ――今となってはもう、あまりに遅すぎた話か。

「星皇社長! 装置の止め方を教えて! そうしないとこの世界どころか、あんたの息子さんだって苦しみ続けることになるんだよ!?」
「そ、装置を止めるにしても……ワームホールの維持と拡張は分裂反応で自動継続してるわ……! と、止める方法なんて――」
「何でもいい! どんな方法でも構わない! お願いだから考えてぇえ!!」

 だがこうなってくると、この場にいる全員が望む結末は同じとなった。
 アタシは再び星皇社長に詰め寄り、ワームホールそのものを停止させる方法をなんとか問い詰める。
 自動継続と聞く限り、もう装置そのものを破壊しても遅いのだろう。そもそも、ここまで時空を湾曲させた装置なんて、とてもではないが破壊できそうにない。
 星皇社長は戸惑いながらも、ようやくアタシの言葉に耳を傾け、可能性を模索してくれる。

 ――息子さんを取り囲むその装置は、もはや本来地球上に存在できない宇宙レベルの力だ。
 重力さえも捻じ曲げて、空間の亀裂を広げている。



「あ、あるとするならば……この現象は『分裂する宇宙規模のエネルギー』だから、それと対になるエネルギーを装置にぶつければ……!? だけど、そんな力なんてどこにも……!?」
「分裂するエネルギーと……対になるエネルギー……?」



 もう今にも決壊しそうな時空のダムを前にして、星皇社長は一つの可能性を口にしてくれた。
 その可能性は相反するエネルギーをぶつけ、相殺することで空間の崩壊を防ぐという方法。
 問題はそのエネルギーを用意する方法。宇宙を広げるビックバンのように分裂するエネルギーを止める力なんて、そう簡単に用意できるものではない。



 ――ただ、アタシには一つだけ今この場でも用意できるものが一つだけある。



「……星皇社長に息子さん。ちょっとだけ待っててね。今からアタシが空間崩壊を食い止めるエネルギーを用意するからさ」
「そ、空鳥さん……? な、何を……?」

 星皇親子に少しだけ声をかけると、アタシは穴あきグローブから覗く左親指を口元に当てる。
 そしてその指を噛み切り、血を滴らせる。
 別にヤケを起こして自傷行為に走ったわけじゃない。これがアタシに残された最後の切り札だ。



 ――アタシの体内に眠る『融合する宇宙規模のエネルギー』に賭けるしかない。
 滴り落ちる血を両手で丸めるように形作り、アタシはもう一度ここに太陽の力を発現させる。
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