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最後への架け橋編

ep206 タケゾー「俺は大事なことを見失っていた」

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「いくら隼ちゃんのことが心配だからって、わざわざ治療してくれた人を襲う人間がいますか……!?」
「だ、だけど、おふくろ。こいつは――」
「どんな事情があるのかはお母さんも知りません。だけど、隼ちゃんを助けてくれようとした人を害するような人間なんて、私の息子でも何でもありません……!」

 おふくろは俺をビンタした後、目に涙を浮かべながらも厳しい顔つきでさらに言葉を紡いでくる。
 これまでも何度かおふくろの勘違いでビンタされたことはあったが、今回はそれとは全く違う。
 いつもの穏やかさなどどこにもなく、さっきまで泣き崩れていた姿も消え、おふくろが心根に抱く怒りがより具現化したように感じる。

 ――心なしかビンタされた頬も、いつもより深く痛みを残す。

「武蔵が隼ちゃんのことを深く愛し、そのために想いをはやらせる気持ちは分かります。だけど、そのために暴力を振るう人間なんて、私の育てた息子ではありません。ましてや、隼ちゃんが夫と認めた男性でも……!」
「お、おふくろ……。ごめん、俺も気が動転してた。……フェリアさんもすみません」
「だ、大丈夫です~……。お気持ちは分かりますので~……」

 おふくろのビンタと言葉で、俺はようやく正気を取り戻せた。フェリアさんの胸倉から両手も放して謝罪をする。
 そうだ。俺がこんなところで取り乱しても、何の結果も生まないじゃないか。
 何より、もしも隼が今の俺の姿を見れば、酷く軽蔑するだろう。

 ――本当に何をやっていたんだ、俺は。
 どれだけ未熟でも、今は一家の父親じゃないか。それが聞いて呆れる。

「……武蔵さん、怖かった。大丈夫?」
「ショーちゃんまで不安にさせちゃったか……。いや、俺の方こそ本当にごめんよ。俺はもう大丈夫だ」

 どうにか耐えていた要因でもあった息子のショーちゃんまで不安にさせてしまうなんて、俺は本当に父親として――いや、一人の人間としてまだまだだ。
 こういう時、俺は誰よりも冷静で心持ちを強く持たないといけない。亡くなった親父だって、生きていたらそうしたはずだ。

 ――こんな未熟な俺だが、そのことを嘆いていても仕方ない。
 今はとにかく、落ち着いてできることからやっていこう。

「フェリアさん、この度は隼のためにわざわざご足労頂き、誠にありがとうございました」
「い、いえいえ~……。それでは私は申し訳ないですが~、これで失礼いたします~……」

 フェリアさんにも改めて頭下げてお礼を述べると、そそくさと店を出て帰っていった。
 あの人だって、ウォリアールや洗居さんの友人という立場で板挟みだったんだ。そんな状況で隼のために駆けつけてくれたのに、俺はとんど無礼を働いてしまったものだ。
 まだ聞きたいことはあったが、今は隼の方が優先だ。

「隼……」
「隼さん……。目、覚まさない……」

 俺達はフェリアさんがいなくなった部屋へと入り、仮眠用のベッドで横になる隼の傍へと寄り添う。
 目を開けることはないが、わずかに寝息が聞こえてくる。本当に生きてくれていて、俺も少しだけ安心した。
 だが、俺やショーちゃんの呼び声にも反応せず、隼は眠り続けている。
 その表情もあまり穏やかとは言えず、どこか悪夢に苦しめられているようにも見える。

 ――尊敬していた星皇社長とまで敵対したんだ。
 その身だけでなく、心も隼は酷く傷ついているに違いない。

「……武蔵。俺もこの店はしばらく閉めておく。隼ちゃんのことが落ち着くまで、遠慮する必要はねえぞ?」
「玉杉店長、私もご一緒していてよろしいでしょうか? 私も今はただ、空鳥さんの傍にいたいです……」
「ああ、そいつは構わねえさ。武蔵達の邪魔にならねえ程度にな」

 玉杉さんも洗居さんも、心底隼のことを心配してくれている。
 隼にはこれだけ慕ってくれる人がいるんだ。そんな人達を残して、このまま二度と目を覚まさないはずがない。
 隼は必ず俺達のもとに帰って来る。目を覚まし、またいつものように『よっす! みんな!』って声をかけてくれる。

 ――今の俺にできるのはそのことを信じ、少しでも隼の傍にいてやることだけ。
 眠り続ける隼の手を握り、その体温を感じながら俺は切に願う。



「……あら、何かしら~? スマホのニュースで、緊急速報ですって~?」



 俺達が隼のことで悲観的になっていると、おふくろが調子を元に戻しながらスマホを手に取っていた。
 俺を含む他の人達にも何やらスマホに通知が入り、思わず手に取って確認し始める。

「なっ……!? こ、このニュースって……!?」
「武蔵さん? おばあちゃん? みんな? どうしたの?」
「おいおい、これってマジな話かよ!? 洗居! テレビをつけてくれ!」
「わ、分かりました!」

 その通知からニュース記事を閲覧すると、スマホを持っていなかったショーちゃん以外が同じ反応を示す。
 ハッキリ言って、このニュースは一大事なんてレベルじゃない。隼が関わっていたことでもある。
 玉杉さんの言葉を聞いて、洗居さんも慌てて店のテレビをつけてくれるが――



【そ、速報です! 先日逮捕された大凍亜連合の総帥が脱獄し、組織を率いて街中を荒らし始めています! それだけでなく、以前に空色の魔女のおかげで逮捕した巨大怪鳥についても、同じように脱獄して暴れ始めています! 現在、警察も出動して応戦していますが、かなり危険な状況です! 住民の皆様は、どうか外出を控えて自宅待機を――】

「氷山地に隼の叔父さんが……脱獄しただって……!?」



 ――スマホのニュース記事で見た内容がそのまま、テレビでも速報として映し出されていた。
 ただ、こちらに映っているのは実際の映像だ。隼が倒し、刑務所に送られたはずのヴィラン二人が実際に街中で暴れている。
 壊滅状態だった大凍亜連合の配下も再び結集し、その再起を示すかのように先導で群れをなして警察と揉めあっている。
 その光景はさながら世紀末。空色の魔女に倒された鬱憤を晴らしたいのか、暴虐の限りを尽くしている。
 ニュースキャスターもあまりの事態に慌てふためいているが、俺には一つだけ理解できることがある。

 ――こうして二人のヴィランを逃がした元凶。それは他でもない、星皇社長しか考えられない。

「星皇社長は一体……何を考えて……?」

 このような事態が起こった理由は、隼ならば知っているのだろう。だが、その隼は今も眠り続けている。
 仕方なくスマホでSNSにも目を通して、俺は必死に情報を追おうとする。だが、肝心な情報は何一つとして見当たらない。

 それどころか、SNSに溢れているのは――



【なんであのバケモノがまた!? 空色の魔女が倒したんじゃ!?】
【頼む、空色の魔女! 助けてくれ!】
【誰か連絡を着けられないのか!? とにかく、空色の魔女が頼りだ! 警察では限度がある!】



 ――空色の魔女に助けを求めるメッセージばかりだった。
 この状況で人々が思わず頼りたくなるほど、空色の魔女の存在はもう世間に浸透している。

「空色の魔女を頼りにしたくなる気持ちは分かるんだが……」
「その肝心の空鳥さんも今は……」
「隼さんいないと……無理。ボクだけじゃ……無理」
「こんなに問題が重なるだなんてね~……」

 この場にいる全員も、ニュースやSNSからおおまかな状況は察している。
 実際、俺も同じように考えている。ヴィランによって巻き起こされるこの混沌とした状況を打開するためには、どうしても隼の力が必要だ。
 代われるものならば、俺が代わってやりたい。だが、現実はそうもいかない。
 夫として情けない話だが、もうこれはここにいる人間だけの問題ではない。



 ――俺達だけでなく、この世界にはまだまだ空色の魔女という正義のヒーローが必要だ。
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