空色のサイエンスウィッチ

コーヒー微糖派

文字の大きさ
上 下
111 / 465
魔女と旦那の日常編

ep111 秘書さんは大変そうだ。

しおりを挟む
「ウォリアール……? アタシは聞いたことのない国だね? タケゾーは知ってる?」
「いや、俺も聞いたことがないな。そんな国が太平洋のど真ん中にあるのか……」

 ゼノアークさんが口にした出身国――ウォリアール。
 しかもその場所は太平洋のど真ん中。この日本よりもとんでもないところにある島国じゃん。
 アタシもタケゾーも、そんな国にはまるで覚えがない。

「知らなくても無理はありません。歴史の浅い小さな国ですし、資源国家というわけでもありません。今の情報社会なご時世でも、知る人の方が少ないでしょう」
「はえ~、そんな国があったんだ……。ゼノアークさんはそこから出稼ぎに来てるってこと?」
「そうと言えばそうなりますね。ウォリアール自体が多国籍国家でして、中には日系の国民もいます。星皇カンパニーとも縁があり、自分もその関係でこちらにやって来ました」
「世界って広いもんだ。まだまだアタシ達でも知らない国があるんだね」

 ゼノアークさんが架空の国名を言ってるわけでもない。軽くスマホで調べてみたけど、情報はほとんどないにしても、ウォリアールという国名自体は確かに存在する。
 もっとも、ゼノアークさんみたいな人が嘘で人を惑わすようにも見えない。

 ――それにしても、ウォリアールか。太平洋のど真ん中の人知れぬ島国なんて、なんだかロマンを感じちゃう。
 もしもタケゾーと新婚旅行する話が出たら、そんな未開の地に行ってみるのも一興だね。

「ゼノアークさんが日本語が堪能なのも、そのウォリアールという国が多国籍国家だからですか?」
「それもあります。ウォリアールには日本からの移民も多いので、日本語が使われる場面も多いです。ただ、ウォリアールから日本に来ている人はそう多くありません。そのため、自分は星皇カンパニーの社長秘書と同時に、フェリア様の護衛も任されています」
「た、大変そうですね……」

 それにしても、タケゾーとの話からも見えてくるが、ゼノアークさんってそのクールな態度の裏で、やっぱり物凄く苦労してるよね。
 異界の地で大企業の社長秘書なんかして、さらには国のお偉いさんの護衛までしてるわけだ。実は相当ストレスが溜まってるんじゃないかな?

「一応は自分やフェリア様と同郷の人間も、この国にいるにはいます。ただ、その人は少し前に問題を起こしまして、むしろ自分の手を煩わせてくれました。内心、かなり腹が立っています」
「うわぁ……。アタシの想像よりも大変な目に遭ってそう……」

 さらにゼノアークさんが口にするのは、これまでの印象からは想像もできない愚痴の数々。
 ただでさえ忙しいのに、そこにさらに同郷仲間の不始末までしてるのか。これは同情を禁じ得ない。
 本人は堪えているようだが、眉がピクピク動いているのが傍からでもよく分かる。本当にストレスが凄そう。

 ――でも、なんだかそんなゼノアークさんの様子に安心してしまうアタシがいる。

「アタシってさ、今まで失礼ながらも、ゼノアークさんのことをロボットか何かだと思ってたのよね。だけどこうして話を聞くと、やっぱりゼノアークさんも人間だったんだね」
「それはどういう意味でしょうか?」
「ただ与えられた仕事をこなすだけでなく、自分なりの感情もしっかり持ってるってこと。星皇社長と一緒にいる時もそうだけど、アタシから見るとゼノアークさんは自分を押し殺してる感じが強いのよ。だけど、こうやってその奥底の感情を吐き出してる姿を見ると、不思議とアタシも安心できたや」
「……おっしゃる意味がよく分かりません」
「まあ、アタシ個人の感想だし、かなり失礼も混じってるからね。そこまで気にしないで頂戴な」

 まだお互いを全然知らない間柄だけど、ゼノアークさんのこの機械のように淡々とした調子はどこか引っかかっていた。
 それはどこか自分を抑え込んでいるようで、他人であるアタシでも感じてしまう息苦しさ。
 そんなゼノアークさんがこうやって苛立ちとはいえ感情を露わにする姿を見て、なんだかアタシの顔が安心で綻ぶ。

 ――お節介だけど、なんだか放っておけないんだよね。

「……自分ではミス空鳥の真意は測りかねます。ですが、あなたのそういった性分もまた、星皇社長が気にいる由縁なのかもしれませんね」
「それって、ゼノアークさん的にはアタシを褒めてるの?」
「そう受け取っていただいて結構です。……さて、自分はそろそろ失礼いたします。フェリア様も問題なさそうですし、後に予定も控えていますので」

 アタシ達とのちょっとしたお喋りを終えると、ゼノアークさんは椅子から腰を上げて立ち去り始めた。
 アタシの発言も失礼だったので、それで機嫌を損ねたのかとも思ったが、そうではなさそうだ。
 その時に見たゼノアークさんの顔はいつもの無表情だけど、どこか納得したような気配を感じられた。

「ねえ、タケゾー。アタシはさ、ゼノアークさんみたいな堅物な人も笑顔にできるようなヒーローになりたいな。これって、アタシの独りよがり?」
「別にいいんじゃないか? そういう考え方は隼らしいと思う」
「タケゾーにそう言ってもらえると、アタシも安心できるよ。……よし! 頑張ろっと!」

 偶然立ち寄った教会での何気ない一幕だったが、そんな中でもアタシには感じられるものがあった。
 真面目に生きてる人間が、理不尽に不幸な目に遭わない社会。アタシの両親やタケゾー父お義父さんのように、善意ある人間が悪意で命を落とすことがない社会。
 アタシ一人の願いではあるけど、そんな世界を夢見てみたい。



 ――それこそが、空色の魔女という正義のヒーローの在り方だとアタシ自身が定義する。



「さてと、アタシ達もそろそろお暇しましょうかね」
「そうだな。一応、洗居さんとフェリアさんにも声をかけていくか」
「だね。ちょっとだけ失礼させてもらおっか」

 色々と話が逸れることもあったが、アタシ達も思ったより長居してしまったものだ。
 これ以上お邪魔する用事もないし、アタシ達もそろそろ家路につくとしよう。
 そんなわけで、洗居さんとフェリアさんに声をかけようと奥の部屋の扉を――



「フェリアさん。このポージングで大丈夫でしょうか?」
「あ~! いいですね~! 今度はこちらの~、ミニスカメイド服を着てもらえませんか~!?」
「すみません。私はことメイド服においては、ロングスカート至上主義なのです」



 ――開けようとしてやめた。
 なんだか、今開けたらいけないような気がする。そんな会話が扉の向こうから聞こえてくる。

「……タケゾー。やっぱ、このままこっそり帰ろっか」
「……ああ、そうだな。俺も賛成だ」
「後は若い二人に任せて、アタシ達はクールに去ろうね」
「いや、俺達の方が若いだろ?」

 この扉の向こうには、さぞ華やかな百合の花園が広がっている。
 だからこそ、今この扉を開けるわけにはいかない。



 ――他者が安易に汚してよいものではない。
 それが百合の花園というものだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...