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怪鳥との決闘編

ep92 強欲の怪鳥:デザイアガルダ

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「ワ、ワシの姪っ子の分際で……調子に乗るナァァアア!!」

 デザイアガルダは怒り心頭といった様子だが、そんな自分勝手な怒りなんてこっちの知ったことではない。
 怒りの大きさで言うなら、アタシの方が上だと言い切れる。
 多くの不幸を招き続けてきたこの怪鳥を、アタシの手で完全に再起不能にさせてみせる。

「デザイアガルダァア!!」


 バギィン!


「ゲガァ!? じゅ、隼んん!!」


 ドガァ!


「んぐぅ!? まっだまだぁああ!!」

 斜めに傾いた鉄塔の側面に乗って、アタシとデザイアガルダは互いを徹底的にしばき合う。
 アタシは生体コイルの稼働率を跳ね上げ、両の拳を強く握って何度もパンチを撃ち込む。
 デザイアガルダは飛び跳ねながらその巨大な足を使い、こちらに何度もキックを撃ち込む。
 もうお互いに空を飛ぶ手段はない。場所も鉄塔の上という限られたスペース。

 ――魔女らしさとか何一つ関係ない。
 アタシもただ、こいつだけは殴り倒さないと気が済まない。

「ゲガバァ!? ば、馬鹿ナ!? ワ、ワシがこんな小娘なんぞニ……!?」

 しばらく殴り合えば、戦局にも変化が見えてくる。
 デザイアガルダは翼も使い物にならなくなったため、飛び跳ねて蹴り飛ばすしか攻撃方法がない。
 おまけにアタシの方が高い場所に立っているため、地の利はこちらにある。
 そんな状況下で、アタシはデザイアガルダをどんどんと追い込んでいく。

「観念しな! そっちが解毒剤を渡してくれたら、アタシもこれ以上のことはやめてやるよ! 牙島から預かってるんでしょ!?」

 有利を確信したうえで、アタシはデザイアガルダに右手の平を差し出しながら迫る。
 今回の最大の目的はあくまで解毒剤の確保。タケゾーの命の危機だって迫ってるのに、時間をかけるわけにはいかない。
 こいつのことは徹底的に叩きのめしたいが、今はその感情も抑え込み、持っているはずの解毒剤を要求する。



「ゲ、ゲーゲゲェ! 赤原の子せがれを救うための解毒剤など、牙島にもらってすぐに処分したワ! あんな警官の息子がいたせいで、隼もワシの縁談を受け入れなかったのだからナ! 死んで当然ダ!」
「なっ……!?」



 だが、デザイアガルダは解毒剤を持っていなかった。
 あろうことかタケゾーへの理不尽な私怨だけで、牙島から預かっていた解毒剤を捨ててしまっていた。
 なんでそんなことをするわけよ? こいつはタケゾーのことがそんなに憎いわけ?



 ――自分の思い通りにいかない人間が、そんなに気に入らないってこと?



「ふざけるな……ふざけるなぁぁああ!!」


 ドカァ!! バキィ!! グシャァ!!


「ゲゲバァ!? お、おイ! 隼! もうやめるんダ!」
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさぁぁああい!!」


 メギャァ!! ゴギャァ!! ドギャァ!!


「ワ、ワシの姪っ子の分際デ……! は、早くやめロ……! や、やめてくレェェエエ!!」

 デザイアガルダの言葉を聞いて、アタシの中のリミッターのようなものが完全に外れてしまった。
 もう殴らないと気が済まない。殴り続けないと気が済まない。



 ――殴る以外の感情が沸いてこない。



「あんたはアタシの唯一の肉親だった! アタシだって、最初は信頼してた!」

 もう自分で自分を抑えられない。

「なのに、なんでこんなことをさせるのさ!? どうしてアタシがこんなことをしなきゃいけないのさ!?」

 怒りがそのまま口に出て、何度も目の前の相手を殴り続ける。

「もういい加減にしろ! あんたみたいな人間……いなくなればいいんだぁぁああ!!」
「た……頼ム……。助けてくレ……」

 デザイアガルダが命乞いを始めても、アタシの拳は止まらない。
 こんなクズがアタシの唯一の肉親だったのか? こんなクズを一時的とはいえ、アタシは頼ってしまったのか?

 ――そんな自分が嫌にもなってきて、その怒りも拳に乗せて殴り続ける。
 デザイアガルダの体はどんどんと後退し、とうとう崩れた鉄塔の根元まで追い込んだ。



 ――もう十分すぎるほど追い込んだが、それでもアタシの拳は止まってくれない。



「死ね……死ねぇぇええ!!」
「や……やめてくレェェエ!!」

 デザイアガルダはついに鉄塔から転落し、仰向けになりながら倒れ込む。
 そんな仇敵の真上に飛び上がったアタシは、トドメとばかりに握りしめた右拳を顔面へ叩き込もうとする。

 この一撃で、かつてアタシの叔父だった怪物を葬り去る――



 バギャァァアアン!!


「ハァ、ハァ、ハァ……!」
「ゲ……ガァ……」



 ――そう思って放ったアタシの右拳はデザイアガルダの顔面スレスレを通り、地面にひび割れを作って停止した。
 デザイアガルダはそのまま気を失い、姿も元の鷹広のおっちゃんへと戻っていく。
 寸前のところで理性が働いたのか、はたまたこれがアタシの本心なのか。
 いずれにせよ、アタシには最後の一撃を撃ち込むことができなかった。



 ――『人を殺す』ということが、どうしても怖かった。



「うぅ……うあぁぁぁ……!」

 結果として、これで良かったのかもしれない。
 正義のヒーローたる空色の魔女が人を殺せばヒーローではなくなる。人を殺せばアタシもこいつと同レベルまで堕ちることになる。
 そんなアタシの愚行を止められたと思えば、最後の一撃は外して正解だった。

 でもだからといって、タケゾーを救うための解毒剤が手に入らない事実は変わらない。



 ――入り混じった憎悪と後悔が、アタシに否応なく涙を流させる。



「あの……空色の魔女さん。デザイアガルダの撃退、お疲れさまでした」
「こちらはあなたの杖と帽子です。我々で預かっていたので、どうぞお受け取りください」

 アタシがおっちゃんの前で泣きながら膝をついていると、さっきの警察官達が落としていたデバイスロッドと三角帽を持って近づいてきた。
 その時の表情はどこか同情的で、アタシに余計な詮索を入れようともしてこない。

「今回の一件について、あなたに無理に何かを問うつもりはありません」
「ただ……ありがとうございました。デザイアガルダもこちらで捕縛しておきます。その……お疲れさまでした」

 警察官達は多くを語らず、アタシにデバイスロッドと三角帽を渡すと、敬礼をしながら見送ってくれた。
 もしかすると、この人達も何かに気付いているのかもしれない。ただそれでも、あえてアタシのことを考えて多くを語らないでいてくれるように見える。

「うん……ありがと。後のこと……お願いね」

 そんな警察官達の気持ちに、アタシも少ない言葉で答えることしかできない。
 三角帽を被り直し、デバイスロッドに腰かけると、アタシは再び夜空へと飛び上がる。

 ずっと悲願だったデザイアガルダとの決着はつけられた。それでも、アタシの気分は全く晴れない。
 仇敵の正体がアタシの肉親だった。両親を殺したのもその肉親だった。
 あまりに多すぎる事実に、脳内は今でも困惑が続いている。

 ただ、そんなアタシが今最も気にしているのは一つだけ――



「タケゾー……。アタシ、どうしたら……!」



 ――恋人であるタケゾーを救う希望が消えてしまったことだ。
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