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魔女の誕生編

ep1 借金まみれだけど、アタシは元気だ!

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「オイオイオイ~? じゅんちゃんよ~? 借金の返済はいつになるんだかね~?」

 とまあ、目の前にいるグラサン+頬の十字傷というテンプレな物凄くガラの悪い借金取りに、絶賛取り立てられ中のアタシ。
 嫌々ながらも、アタシは仕事用のガテン系作業着に身を包み、頬についた油を拭いながら、借金取りの相手をする。
 ポニーテールに結った髪の油も気になるが、そうも言ってはいられない。

「いつもお疲れさんだねぇ。そうは言っても、ウチの工場は実入りが少なくてさ。いやー、アタシだって、金を返せなくて悪いとは思ってんだよ?」

 こういうのはもう慣れっこだ。アタシも軽い調子で困った雰囲気を出しながら、借金取りへと弁明する。
 そうは言っても、向こうだってこれで引き下がるはずがない。
 両手をポケットに入れ、アタシの足元から顔を覗かせるようにガンを垂れてくる。
 ガンを垂れようとしすぎて、アタシのことを見下すはずが、何故か逆に見上げてるんだけど?

 ――後、こっちは相手の顔が見えない。
 アタシの胸に隠れて見えない。むしろ、あっちもアタシの胸しか見えてない。
 ガン垂れって、こういうものだったっけ?

「イヤイヤイヤ~? 隼ちゃんさ~? 借りたお金が返せないってんなら、今すぐにこの工場を売っぱらって、それで借金をチャラにしちゃおうぜ? 実入りもなけりゃ、従業員だっていねえだろ~?」
「何を馬鹿なことを言ってんだい。この工場はアタシの自宅でもあんだよ? ここがなくなったら、アタシはどこで生活すればいいってのさ? 無一文でか弱い乙女を路上生活者にでもするってのかい?」
「そ、それはこっちも気が引ける……」

 で、この借金取りなのだが、見た目のわりに押しに弱い。
 アタシから借金を巻き上げたいのか、アタシの身を心配してくれているのか、時々分からなくなる。

「そ、そもそもの話だぜ? 俺が取り立ててる借金だって、隼ちゃんの借金じゃねえじゃん? 隼ちゃんの両親が亡くなる前に残したもんであって――」
「『この工場しか、その借金の返済をできる財産が残ってない』……ってんだろ? んなこたぁ、アタシも耳にタコができるほど聞いたよ。でも、アタシはこの工場を売る気はないさ。アタシにとっちゃ、この空鳥そらとり工場は何よりも代えがたい宝物なんだよ」

 それでも借金取りは、どうにかして借金返済の目処を立てようとしてくる。
 この借金にしたって、本来ならばアタシが背負う必要はないと言い、工場の売却を求めてくる。
 確かにここは立地もいいし、設備もかなりの物が揃っている。
 維持費が収入と比例しないのはご愛敬だが、売却すればかなりの値にはなる。

 ――今から二年前、アタシが高校を卒業する間際だった時、家族三人での家族旅行の途中の交通事故で両親は亡くなった。
 アタシだけは奇跡的に生き残ったが、遺された者としてはただただ辛かった。悲観もした。
 そんな苦境に追い打ちをかけるように、両親が遺した借金の催促。
 父も母も、この工場をより発展させるために投資して、その矢先での事故死。
 優秀な技術者でもあった二人ならば、投資のためにした借金だって、すぐに返済してお釣りが出たはずだ。
 ただ、そうもいかなかったって話なんだけどね。

「宝物と言ってもさ、隼ちゃんだってもういい大人じゃん? そのおっぱいと容姿があれば、男だって引く手数多って奴だぜ? 亡くなった両親だって、隼ちゃんがこの工場に縛られて生きるのを良しとは思わんだろ?」
「いーやーだー、って言ってんだよ。もうこの工場はこのアタシ、空鳥そらとり じゅんが工場長なんだから、アタシがイエスと言わない限り、ここをどうするかはアタシの判断だよ」

 そんな工場は私にとって荷物でもあるが、同時に家族と過ごした大切な思い出の場所だ。
 だから大学への進学も諦めて、アタシがここの工場長に就任した。全てはこの場所を失わないためだ。
 アタシだって工業高校の出身だし、在学時はトップの成績だった。だからなんとかなるとは思っていた。

 ――だが、現実はそう甘くない。
 経営能力のないアタシでは、どれだけ技術があっても工場を運営することが難しい。
 今や従業員もおらず、アタシ一人で小口の仕事を請け負うことでなんとか存続している状態。借金の完済の目処などない。
 それでも、アタシはどうにかしてこの工場を存続させるため、口八丁で借金取りを追い払い続ける。

「てかさ~。アタシの胸だ容姿だの話をするのって、今のご時世だとジェンダー差別だなんだで、問題発言だよね?」
「だから何だってんだ? 俺がその発言をしたからって、どうにかなる話――」
「その発言を、アタシが録音してたって言ったらどうする気だい?」
「へげぇ!?」

 アタシは胸元のポケットからペンを取り出し、借金取りへと見せつける。
 こいつはちょっとしたボイスレコーダー。アタシの手にかかれば、この程度の物を作ることなど造作もない。
 その事実を見た借金取りの顔が青ざめ、己の立場のマズさを感じ取っていく。

「お……おととい来てやるよ!!」
「いや、日本語的に滅茶苦茶じゃんか……」

 そして、あえなく工場から退散。こんな感じのことを、もうずっと続けている。

 ――逆に、二年間もこれで追い払えているのが凄い。
 本当にアタシから借金を取り立てる気があるのだろうか?



「やれやれ……。隼は相変わらず、この工場を売る気はないようだね……」
「あっ! 鷹広のおっちゃん!」



 そうして借金取りがいなくなると、裏口から壮年の男性が入って来た。
 と言っても、別に不審者ではない。この人はアタシの親戚、唯一の肉親。空鳥そらとり 鷹広たかひろさんだ。
 白髪交じりの頭をかきながら、バツの悪そうな顔をしている。

「別にあの借金取りに賛同したいわけじゃないけど、隼もお金持ちにでも嫁いでお嫁さんになれば、借金だって完済できるはずだよ? 容姿だっていいんだしさ?」
「そんな金目当ての結婚なんて、アタシはごめん被るね。どうせ結婚するなら、アタシは自分で作ったロボットとでも結婚したいさ」
「両親も科学馬鹿だったけど、流石はその娘だ。恐ろしくブレない」

 鷹広のおっちゃんはどこか呆れ顔をしながらも、アタシのことを本気で止めようとはしない。
 おっちゃんだって生活に余裕があるわけではないし、借金の連帯保証人になってくれている。
 だがそもそもの話、これはアタシが背負うべき問題だ。アタシはアタシの手でなんとかしたい。

「隼の性格はよく分かってるけど、無茶だけはするんじゃないよ? 何かあったら、すぐにわしにも伝えてくれ」
「分かってるって。おっちゃんに余計な心配はかけないさ」

 おっちゃんもアタシの様子が気になっただけなのか、少しだけ話をすると工場を後にした。
 ただ、おっちゃんにはああ言ったものの、実際に借金を返す明確な手段はない。

「色々と作ってるもので、特許でも取れればいいんだけどねぇ……」

 これでも空鳥工場存続のため、一人で色々と考えて来てはいた。

 アルコールを主成分として、磁石としての性質を持ちながら、水と同じ粘性を持った『マグネットリキッド』
 通電させることで繊維が伸縮する『エナジェイションファイバー』
 ポリマーをベースに高い導電率と電界の発生を可能とした『エレクトロポリマー』

 ――といったものを、私なりに開発してきた。
 元々が電気工学の専攻だったため、そういう系統に偏ってこそいるが、これらで特許をとることができれば、ひと儲けできそうな気はする。

 問題となるのが安全面。
 アタシ一人での開発のせいで、圧倒的にレビューが不足している。多方面での見解が足りなく、安全性への確証がない。
 安全面もなしに特許申請など、アタシの技術者としてのプライドが許さない。

「ハァ~……。まっ、地道にやるしかないってこったね。今日はもう仕事もないし疲れたし、酒でも煽って休みますか」

 そんな先行きへの不安はあるが、悩みすぎても仕方がないのがアタシのモットー。
 もう夜も遅くなってきてるし、こういう時はアルコールがいい燃料になる。
 二十歳はたちになれたアタシにとって、今一番の楽しみにしてエネルギー。
 一升瓶に入った日本酒をグラスに注ぐと、そいつを一気にクイッと飲み干す。

「プッハァー! これがあるから生きてると言っても、過言じゃないよね~! ……あれ?」

 そうして日本酒に舌鼓を打っていたのだが、どうにもいつもと味が違う。
 確かにアルコールは入っているのだが、酔い方もおかしい。いつもより回るのが早い。後、めっちゃ体が熱くなる。

「ハァ、ハァ……! これ、いつもの日本酒だよね? 日本酒であってるよね!?」

 さらには動悸も激しくなり、胸まで痛み始める。
 それこそ、心臓が捻じ曲がるような異常な感覚。
 こうなった原因となると、思い当たるのはさっき飲んだ日本酒だ。

 アタシは不安を感じながらも、再度その一升瓶のラベルを確認してみると――



「やっべぇ!? これ、開発中のマグネットリキッドだったぁああ!!??」
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