239 / 476
第17章 追憶の番人『公』
第239話 恨んでなんかいない
しおりを挟む
「ミ、ミリア……? なぜここに……?」
「ラルフルに連れてきてもらったの……」
バクト公爵は普段見せたことがない驚きの表情でアタシを見つめてきた。
アタシがゼロラさんにバクト公爵のことをお願いした後、ラルフルが戻ってきた。
ラルフルに事情を説明すると、『自分が付いていますから、バクトさんに会いに行きましょう!』と言われ、アタシもここにやってきた。
アタシは知りたかった。
本当にこの人がアタシの父親なのかを――
「申し訳ございません、バクトさん。ですが、自分はお二人のためにもちゃんと話すべきだと思います……」
「よ、余計な真似を……!」
バクト公爵はラルフルを睨みつけるが、その体はゼロラさんと戦ったことによりボロボロだ。
「すまないな、ミリア。こいつを止めるために少々手荒な手段をとった」
「いえ、気にしないでください。こうでもしないとこの人は話なんて聞いてくれなかったでしょうから……」
ゼロラさんはアタシに謝ってくるが、バクト公爵が秘密を隠すためにゼロラさんに襲い掛かったのは想像に難くない。
近くで見ているシシバもそもそもアタシに事実を伝えようとしていた身だ。
バクト公爵の命令に背いてでも手を出さなかったため、バクト公爵自身が戦わざるを得なかったのだろう。
「ぐぅ……! おい、貴様ら……!」
「「はっ」」
バクト公爵は護衛二人に両肩から体を支えてもらい、この場を急いで去ろうとした。
「ま、待って――」
「黙れ! スタアラの小娘に、語る言葉などない! さっさとこの俺の前から……き、消え……」
『この俺の前から消えろ』。バクト公爵はアタシに対してそう言おうとした。
――でも、その言葉がバクト公爵自身の口から出てくることはなかった。
この人はアタシから離れることに戸惑っている――
「バクト公爵。少しだけお待ちください」
「お、おい!? 俺に何を――」
パァアア――
アタシの得意な回復魔法。バクト公爵の傷がどんどん塞がっていく。
この人がボロボロになったのは自業自得のようなものだけど、傷ついてるこの人を見てアタシは治さずにはいられなかった。
「……おい。……お前はこの俺に情けをかけるつもりか? それで俺が口を割ると――」
「『お前』……ですか。アンタはアタシのことは他の人のように『貴様』って呼ばないのね」
「…………」
アタシの指摘を聞いて、バクト公爵は黙り込んでしまった。
「お願い……教えて! アンタは……アンタはアタシの父親なの!?」
「…………」
アタシの質問にもバクト公爵は答えなかった。
ただ黙って俯くだけ。
アタシにはその答えが欲しいのに――
「――おい、ミリア。お前は今幸せか?」
「え……?」
黙り続けていたバクト公爵の口から出てきたのは、アタシに対する質問だった。
「……幸せよ」
アタシは正直な気持ちを答える。
スタアラ魔法聖堂の聖女という立場であり、政治の道具として貴族達に利用され続けてきた身だが、今のアタシは幸せだ。
ラルフルがいる。マカロンさんがいる。ゼロラさんがいる。リョウ大神官がいる。皆がいる。
孤独だった立場のアタシはいつの間にか孤独ではなくなっていた。
――だから寂しくないし、幸せだ。
「……そうか。ならよかった」
バクト公爵はアタシ達から目を逸らしながら顔を上げる。
おそらくこの人は今、自らの顔を見られたくないのだろう。
「ラルフル。これからもミリアと仲良くしてやってくれ」
「は、はい! もちろんです!」
アタシ達に顔を見せずに、バクト公爵はラルフルに『アタシをよろしく頼む』と言ってきた。
「ゼロラ。貴様に手を出したことを俺は謝罪する気など毛頭ない。だが……ミリア達のことを頼めるか?」
「ああ……分かってるさ。安心しろ」
さらにバクト公爵はゼロラさんにも『アタシ達のことを守ってやってくれ』と言ってきた。
この人って、本当に不器用だ。自らの気持ちを押し殺そうとばかりする。
――なんだかアタシによく似てる気がする。
「ミリア。お前の父親のことはいったん忘れろ。全てが終わって落ち着いたら――」
「アタシは父のことを恨んだりはしてない。捨てられたとも思ってない」
「そうか……。お前は俺の誇りだな……」
顔は見えないが、バクト公爵はきっと泣いているのだろう。
アタシにはそんな気がした。
「ミリア……お前は……俺のようにだけはなるな。全てをかなぐり捨てて、野望を果たそうとする人間にだけは――」
「アタシはアンタを立派な人間だと思ってる。回復魔法では治せない、医学の力で人々の命を救う力を持っている」
「……つくづく……泣かせてくれる……小娘だ……」
バクト公爵はそれだけ言うと、『自らがアタシの父である』とは断言せず、護衛二人と一緒に振り返らずにアタシ達の元から離れていった。
「ハァ~。なんぼほど強情やねん、あん人は……」
「結局、断言まではしなかったな……」
「ミリアさん、これでよろしかったのですか?」
傍でやり取りを見ていたシシバ、ゼロラさん、ラルフルがアタシの様子を伺ってきた。
「ええ、今はこれでいいわ。いつの日か……またちゃんとあの人とは話をする」
断言こそされなかったが、バクト公爵はアタシの本当の父親だ。
でも、今はそのことを言及する気はない。
全てが落ち着いてあの人がゆっくり話せるようになった時、アタシは再びあの人と話をしよう。
アタシの"父さん"や"母さん"がどんな人なのか、もっと知りたいから――
「ラルフルに連れてきてもらったの……」
バクト公爵は普段見せたことがない驚きの表情でアタシを見つめてきた。
アタシがゼロラさんにバクト公爵のことをお願いした後、ラルフルが戻ってきた。
ラルフルに事情を説明すると、『自分が付いていますから、バクトさんに会いに行きましょう!』と言われ、アタシもここにやってきた。
アタシは知りたかった。
本当にこの人がアタシの父親なのかを――
「申し訳ございません、バクトさん。ですが、自分はお二人のためにもちゃんと話すべきだと思います……」
「よ、余計な真似を……!」
バクト公爵はラルフルを睨みつけるが、その体はゼロラさんと戦ったことによりボロボロだ。
「すまないな、ミリア。こいつを止めるために少々手荒な手段をとった」
「いえ、気にしないでください。こうでもしないとこの人は話なんて聞いてくれなかったでしょうから……」
ゼロラさんはアタシに謝ってくるが、バクト公爵が秘密を隠すためにゼロラさんに襲い掛かったのは想像に難くない。
近くで見ているシシバもそもそもアタシに事実を伝えようとしていた身だ。
バクト公爵の命令に背いてでも手を出さなかったため、バクト公爵自身が戦わざるを得なかったのだろう。
「ぐぅ……! おい、貴様ら……!」
「「はっ」」
バクト公爵は護衛二人に両肩から体を支えてもらい、この場を急いで去ろうとした。
「ま、待って――」
「黙れ! スタアラの小娘に、語る言葉などない! さっさとこの俺の前から……き、消え……」
『この俺の前から消えろ』。バクト公爵はアタシに対してそう言おうとした。
――でも、その言葉がバクト公爵自身の口から出てくることはなかった。
この人はアタシから離れることに戸惑っている――
「バクト公爵。少しだけお待ちください」
「お、おい!? 俺に何を――」
パァアア――
アタシの得意な回復魔法。バクト公爵の傷がどんどん塞がっていく。
この人がボロボロになったのは自業自得のようなものだけど、傷ついてるこの人を見てアタシは治さずにはいられなかった。
「……おい。……お前はこの俺に情けをかけるつもりか? それで俺が口を割ると――」
「『お前』……ですか。アンタはアタシのことは他の人のように『貴様』って呼ばないのね」
「…………」
アタシの指摘を聞いて、バクト公爵は黙り込んでしまった。
「お願い……教えて! アンタは……アンタはアタシの父親なの!?」
「…………」
アタシの質問にもバクト公爵は答えなかった。
ただ黙って俯くだけ。
アタシにはその答えが欲しいのに――
「――おい、ミリア。お前は今幸せか?」
「え……?」
黙り続けていたバクト公爵の口から出てきたのは、アタシに対する質問だった。
「……幸せよ」
アタシは正直な気持ちを答える。
スタアラ魔法聖堂の聖女という立場であり、政治の道具として貴族達に利用され続けてきた身だが、今のアタシは幸せだ。
ラルフルがいる。マカロンさんがいる。ゼロラさんがいる。リョウ大神官がいる。皆がいる。
孤独だった立場のアタシはいつの間にか孤独ではなくなっていた。
――だから寂しくないし、幸せだ。
「……そうか。ならよかった」
バクト公爵はアタシ達から目を逸らしながら顔を上げる。
おそらくこの人は今、自らの顔を見られたくないのだろう。
「ラルフル。これからもミリアと仲良くしてやってくれ」
「は、はい! もちろんです!」
アタシ達に顔を見せずに、バクト公爵はラルフルに『アタシをよろしく頼む』と言ってきた。
「ゼロラ。貴様に手を出したことを俺は謝罪する気など毛頭ない。だが……ミリア達のことを頼めるか?」
「ああ……分かってるさ。安心しろ」
さらにバクト公爵はゼロラさんにも『アタシ達のことを守ってやってくれ』と言ってきた。
この人って、本当に不器用だ。自らの気持ちを押し殺そうとばかりする。
――なんだかアタシによく似てる気がする。
「ミリア。お前の父親のことはいったん忘れろ。全てが終わって落ち着いたら――」
「アタシは父のことを恨んだりはしてない。捨てられたとも思ってない」
「そうか……。お前は俺の誇りだな……」
顔は見えないが、バクト公爵はきっと泣いているのだろう。
アタシにはそんな気がした。
「ミリア……お前は……俺のようにだけはなるな。全てをかなぐり捨てて、野望を果たそうとする人間にだけは――」
「アタシはアンタを立派な人間だと思ってる。回復魔法では治せない、医学の力で人々の命を救う力を持っている」
「……つくづく……泣かせてくれる……小娘だ……」
バクト公爵はそれだけ言うと、『自らがアタシの父である』とは断言せず、護衛二人と一緒に振り返らずにアタシ達の元から離れていった。
「ハァ~。なんぼほど強情やねん、あん人は……」
「結局、断言まではしなかったな……」
「ミリアさん、これでよろしかったのですか?」
傍でやり取りを見ていたシシバ、ゼロラさん、ラルフルがアタシの様子を伺ってきた。
「ええ、今はこれでいいわ。いつの日か……またちゃんとあの人とは話をする」
断言こそされなかったが、バクト公爵はアタシの本当の父親だ。
でも、今はそのことを言及する気はない。
全てが落ち着いてあの人がゆっくり話せるようになった時、アタシは再びあの人と話をしよう。
アタシの"父さん"や"母さん"がどんな人なのか、もっと知りたいから――
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】シナリオに沿ってやり返そうと思います。
as
ファンタジー
乙女ゲームの強制力により婚約破棄を言い渡され、ヒロインが別の攻略対象者を選んだせいで元婚約者と結婚させられたイリーニア。強制力があるなら、シナリオに沿ってやり返してやる!
【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど!?
長船凪
ファンタジー
サーシャは意地悪な義理の姉に足をかけられて、ある日階段から転落した。
その衝撃で前世を思い出す。
社畜で過労死した日本人女性だった。
果穂は伯爵令嬢サーシャとして異世界転生していたが、こちらでもろくでもない人生だった。
父親と母親は家同士が決めた政略結婚で愛が無かった。
正妻の母が亡くなった途端に継母と義理の姉を家に招いた父親。
家族の虐待を受ける日々に嫌気がさして、サーシャは一度は修道院に逃げ出すも、見つかり、呪われた辺境伯の元に、生け贄のように嫁ぐはめになった。
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる