上 下
55 / 476
第5章 交わり始める思惑

第55話 聖女への接触

しおりを挟む
 窓から陽が沈んだ景色を見ながらアタシは思う。

『"聖女のオーブ"が何者かによって盗まれた。だが、盗まれたオーブのおかげでラルフルは一命をとりとめた』

 その報告を聞いてからアタシの心情は複雑だ。
 これまで国と民の安寧を願ってアタシが願いを込め続けてきたオーブが盗まれたことはショックだ。だが、そのおかげで命の危機に瀕していたラルフルが助かったことは素直にうれしい。

 ラルフルが助かったことに比べれば、"聖女のオーブ"が盗まれたことなどどうでもよいとさえ思える。聖女という立場から考えればあまりに自己中心的な考えであることは百も承知だ。それでもアタシはラルフルを失うことが何よりも怖かった。

「いや~、絵になるよね。聖女様が物思いに窓から外を見る姿は。ボクちょっと画家を呼んできていいかな?」
「いいわけないでしょ」

 アタシの私室に遠慮なく入り込んで不遜な態度をとるリョウ大神官。なんでコイツがいるのよ……。

「ミリア様が"聖女のオーブ"が盗まれた件でさぞ落ち込んでいるだろうと思い、馳せ参じました」
「来なくていいから。アンタの魂胆バレバレだから」

 どうせアタシとラルフルの関係について尋ねに来たのだろう。リョウ大神官は魔力はすごいが素行に問題がありすぎる。
 自身が『かわいい、愛でたい』と思った相手には節操なくアタックを仕掛ける。
 誰だ。リョウ大神官をこんな風に育てたのは。

「……これ以上ボク個人の目的で話しかけても、ミリア様は反応しなさそうだね。なら、真面目に大神官らしいことをするとしましょうか」

 普段からそうしなさい。

「ミリア様。本当に"聖女のオーブ"は探さなくてもよろしかったのかな?」

 リョウ大神官がアタシに確認をとる。
 ラルフルの件を抜きにしても国宝である"聖女のオーブ"が盗まれたことは大問題だ。だが、王宮の厳重な警備をかいくぐって気付かれることなく盗みが働ける相手となれば相当な手練れだ。"聖女のオーブ"が悪用されない限り、下手にこちらから手出しをしない方がいいと思った。

 それに……また"聖女のオーブ"がラルフルを救ってくれるかもしれないとも願った。

「盗んだ犯人に接触しても、返り討ちにされる可能性が高いわ。無暗に追わない方が賢明よ」
「クフフフ。聖女様の判断は懸命だね。ボクもそう思うよ」

 リョウ大神官はアタシの意見を尊重し、一礼した。

「それよりさっさとアタシの私室から出ていきなさいよ。後、ラルフルに手出ししたら許さないから」
「ミリア様は殺生なお人だな~。ボクから楽しみを奪おうだなんて」

 ラルフルの貞操を奪おうとした人間が何を言うか。

「まあ、ボクもちょっと思いついた魔道具があるからその開発のためにお暇させてもらうとしますよ」
「……一応聞いておくわ。何を思いついたの?」
「異国の技術を参考に、"目の前の光景を記録していつでも見れるようにする"魔道具」

 シュン

 それだけ言い残してリョウ大神官はテレポートしてしまった。
 ……明日開発を止めに行こうかしら。いや、でもそれが完成すればアタシもラルフルとの……人々との思い出を残したりできるかしら?


「何やらお取込み中だったかな? 聖女ミリア様」

 突如部屋の片隅から声がした。そこから現れたのは赤いローブを深くかぶって顔を隠した男だった。
 さっきまでは確かにいなかった。コイツ、リョウ大神官がいなくなってアタシが一人になるのを狙って……?

「あなたは何者ですか?」

 アタシはいつもの聖女モードで接しながら相手の様子を伺いつつ、衛兵を呼ぶためのベルを鳴らそうとしたが……

 ボオォ

「キャア!?」
「人を呼ぶのは遠慮願いたいな。君とは邪魔が入らぬように話をしたいのだ」

 ベルが崩れるように焼け落ちた。ありえない! アタシと相手の間にはかなりの距離がある! 魔法を使った? でも物体を焼け落とす魔法なんて……!

「警戒しないでくれたまえ。小生は"紅の賢者"と名乗る者だ。この度は突然の訪問ですまなかったが、どうしても君に返しておきたいものがあってね」

 "紅の賢者"? それって一体……。

「"聖女のオーブ"。やはりこれは君が持っているのがふさわしい」

 そう言いながら取り出したものを私の手元に投げ渡した。
 "聖女のオーブ"だ。
 それならばこの男が"聖女のオーブ"を盗み、ラルフルを救った……!?

「なかなか面白い代物だったが、小生の趣味にはあわないようでね」
「待って! アンタがこれを盗んだの!? だったら、何でラルフルを助けてくれたの!?」

 アタシは聖女としてのふるまいも忘れて"紅の賢者"と名乗る男を問い詰めた。

「それを盗んだのは単なる"気紛れ"。君が言うその少年を助けたのも単なる"気紛れ"。だが運命とは面白いものだ。そんな小生の"気紛れ"がこの国の歴史を変えかねないのだからな……!」

 単なる気紛れ!? それでこの国の運命が変わる!?
 この男は本当に……本当に何を企んでいるの!?

「理解せずともよい。小生が諸君に願うのは、この"運命という歯車"をどのように動かすかだけだ」

 ボゥン!

 それだけ言い残して"紅の賢者"は煙と共に姿を消してしまった。

 何が何だか分からない。でも、"聖女のオーブ"は無事に戻ってきた。
 オーブを見ながら思い浮かぶのはラルフルの顔。

「今度アイツにあったら、ちゃんと話をしよう」

 "聖女のオーブ"のこと。"紅の賢者"のこと。アタシはそう思いながら聖堂の人間に説明に向かった。



 アタシがラルフルに会えなくなる日が近づいてるとは知らずに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

学年一の不良が図書館で勉強してた。

山法師
恋愛
 春休み。4月になったら高校2年になる成川光海(なりかわみつみ)は、2年の予習をしようと、図書館に来た。そしてそこで、あり得ないものを見る。  同じクラスの不良、橋本涼(はしもとりょう)が、その図書館で、その学習席で、勉強をしていたのだ。 「勉強、教えてくんねぇ?」  橋本に頼まれ、光海は渋々、橋本の勉強を見ることに。  何が、なんで、どうしてこうなった。  光海がそう思う、この出会いが。入学して、1年経っての初の関わりが。  光海の人生に多大な影響を及ぼすとは、当の本人も、橋本も、まだ知らない。    ◇◇◇◇◇◇◇◇  なるべく調べて書いていますが、設定に緩い部分が少なからずあります。ご承知の上、温かい目でお読みくださると、有り難いです。    ◇◇◇◇◇◇◇◇  他サイトでも掲載しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

異世界で最高の鍛冶師になる物語

ふみかん
ファンタジー
 ある日、鐵光一は子犬を助けようとして死んでしまった。  しかし、鍛治の神ーー天目一箇神の気まぐれで救われた光一は海外の通販番組的なノリで異世界で第二の人生を歩む事を決める。  朽ちた黒龍との出会いから、光一の手に人類の未来は委ねられる事となる。  光一は鍛治師として世界を救う戦いに身を投じていく。  ※この物語に心理戦だとかの読み合いや凄いバトルシーンなどは期待しないでください。  ※主人公は添えて置くだけの物語

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

私は普通を諦めない

星野桜
ファンタジー
前世で日本の大学生(アイドルオタク)だった佐藤瑠奈は、強い魔力を持った王族が治める王国の小さな村で生まれた。初めて見た魔法に感動して、期待に胸膨らませていたけど、現実を知る。平民に対するひどい差別と偏見、厳しい暮らし、保証のない生活、こんなのいや! 私、自分にとっての普通を取り戻したい! そんな不満をぶつけるように、数ヶ月だけ一緒にいたなんか偉そうな男の子にいろいろ言った結果、その子は実は王太子だった。 昔出会った偉そうなお坊ちゃんが王子様系王太子殿下となって再び現れ、王太子妃になって欲しいと言われる。普通の生活を手に入れるために婚約者となった瑠奈と、そんな瑠奈をどうしても手に入れたい最強王太子。 前世の知識を武器に世界の普通を壊していく。 ※小説家になろう様で公開中の作品です。

処理中です...