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第5章 交わり始める思惑
第53話 先代勇者
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ペラ……
ガルペラ侯爵邸の地下図書室に案内された俺はこの国の歴史書を読み漁っていた。
これまで、俺自身の記憶……歴史がなかったこともあり、それ以外の歴史など興味も持たなかったが、これからこの国の歴史をガルペラと共に塗り替えようとするならば知っておいて損はない。
ルクガイア王国の歴史は長く、おおよそ千年は続いているらしい。そして国土が魔王の居城である島から最も近い国であるため、代々魔王との戦いの前線に立ち、神聖国から選ばれてやってきた勇者の伝説の舞台となっているそうだ。
勇者も魔王も代々変わり続けている。魔王はルクガイア王国近くの魔王城から誕生しており、そこが勇者と魔王の決戦の地になり続けている。これまで勇者の勝利で終わることが多かった戦いだが、【伝説の魔王】の誕生ですべてが変わった。
【伝説の魔王】は魔力も武術も知略も、すべてがこれまでの魔王とは比較にならない存在で、まさに人類にとって最強最悪にして最大の敵。多くの勇者が【伝説の魔王】に挑んだが、そのすべてが戦死。当代勇者・【栄光の勇者】レイキースが【伝説の魔王】を倒すまで、人類は長年苦しみ続けていたそうだ。
「そんな魔王を倒す当代勇者・レイキースはそれほどまでの実力者なんだろうな」
レイキースの実力に関心を寄せはしたが、俺が一番気になったのはレイキースの先代勇者、【慈愛の勇者】ユメの存在だった。
【慈愛の勇者】ユメはその肩書通り、慈愛にあふれ、魔王に怯える人々を勇気づける気概を持ちながら、流れるような剣術と卓越した魔法を併せ持ち、魔王に挑む前はその力で多くの人々を救っていたようだ。もし彼女が今も生きていたのなら、彼女こそが"聖女"と呼ぶにふさわしい人物になっていたであろう。
だがそんな彼女の最期はあまりに悲惨なものであった。
【伝説の魔王】に挑むも力及ばず敗北し、当時の仲間だった戦士バルカウス、魔術師ジャコウ、武闘家ジフウの三人を逃がし、世界中の人々を守るために自ら【伝説の魔王】の妻となったのだった。
【伝説の魔王】は人々の希望の象徴であった【慈愛の勇者】を正室として迎え入れることで人々の心をへし折ろうとした。だが、【慈愛の勇者】は人々を守るために、自らを助け出すことはしないように王国に言い聞かせた。
彼女が魔王からどのような仕打ちを受けていたかまではわからない。だが、それから約三年後。【慈愛の勇者】ユメは人知れず息を引き取ったのだ。
しかしその思いは無駄にはならなかった。勇者ユメが亡くなった後、神聖国より派遣された勇者レイキースは先代勇者が作り上げた"魔王城へと至る道"を辿って短期間で魔王城へ侵攻。【伝説の魔王】を打ち倒すに至ったのだった。
「己が身を切り、人々を守った彼女の功績は無駄ではなかった。だが、彼女自身は救われなかったか……」
俺はふと先代勇者ユメとガルペラの影が重なって見えた。
ガルペラはこの国を改革するために身を切る覚悟だ。それはこの伝承にある【慈愛の勇者】と同じような行いにも見える。
ガルペラは武力ではなく政略での改革を進めようとしている。それでも陰謀の渦中に飛び込むことには相応の危険が伴う。ガルペラも先代勇者ユメと同じように人々のための犠牲にならなければいいのだが……。
■
「私が先代勇者様のように犠牲になってしまわないか、ですか?」
俺は不安と忠告をガルペラにぶつけた。
「ああ。いくらお前が策を弄してことを進めるにしても、お前が犠牲になるつもりでいるなら俺は簡単には協力できない」
「ゼロラさんの御忠告は有難いのです。確かに私も先代勇者ユメ様のようになれたらと思わないことはないのです。でも、私はあのお方とは違うのです」
ガルペラは真剣に語り始めた。
「ユメ様には傍に仲間がいなかったのです。当時パーティーの一員だった現騎士団長バルカウス様、軍師ジャコウ様、黒蛇部隊隊長ジフウ様。皆さん内心はユメ様を助けたかったのでしょうが、それをユメ様自身に止められていたのです。ユメ様は最初からご自身が犠牲になるつもりだったのです」
孤軍奮闘を自ら受け入れた。それだけなら美談にも聞こえるが、ジャコウはともかく、ジフウは内心穏やかではなかっただろう。騎士団長バルカウスについては不明だ。
「だから私は仲間を募るのです。私のことを守ってくれる仲間を、共に戦ってくれる仲間を。私の理想は一人では成し遂げれないのです。私は誰かに助けてもらわないと前には進めないのです」
つくづくガルペラは己の在り方を理解している。俺もこいつの理想とこいつの身を守るためならば、傍で力になってやろう。
「そして俺もその理想のための仲間の一人って訳か」
「そうなのです。だから先に言っておくのです。私に何かあったら助けてほしいのです」
望むところだ。俺は笑いながらガルペラの願いに同意した。
ガルペラをこんな風に育てた父親である先代は立派な人間なのだろう。それなら傍にいてやれとも思うが。
「父も事を急ぎ過ぎて味方をつけれなかったですので」
「お前にとって父親は反面教師か?」
「もっとしっかり準備すれば追い出されるようなこともなかったのです」
「追い出されたのかよ。母親の母国を助けるのはついでかよ」
「ついでらしいのです」
俺の中での先代ガルペラ侯爵への評価が上がったと思ったら下がった。
ガルペラ侯爵邸の地下図書室に案内された俺はこの国の歴史書を読み漁っていた。
これまで、俺自身の記憶……歴史がなかったこともあり、それ以外の歴史など興味も持たなかったが、これからこの国の歴史をガルペラと共に塗り替えようとするならば知っておいて損はない。
ルクガイア王国の歴史は長く、おおよそ千年は続いているらしい。そして国土が魔王の居城である島から最も近い国であるため、代々魔王との戦いの前線に立ち、神聖国から選ばれてやってきた勇者の伝説の舞台となっているそうだ。
勇者も魔王も代々変わり続けている。魔王はルクガイア王国近くの魔王城から誕生しており、そこが勇者と魔王の決戦の地になり続けている。これまで勇者の勝利で終わることが多かった戦いだが、【伝説の魔王】の誕生ですべてが変わった。
【伝説の魔王】は魔力も武術も知略も、すべてがこれまでの魔王とは比較にならない存在で、まさに人類にとって最強最悪にして最大の敵。多くの勇者が【伝説の魔王】に挑んだが、そのすべてが戦死。当代勇者・【栄光の勇者】レイキースが【伝説の魔王】を倒すまで、人類は長年苦しみ続けていたそうだ。
「そんな魔王を倒す当代勇者・レイキースはそれほどまでの実力者なんだろうな」
レイキースの実力に関心を寄せはしたが、俺が一番気になったのはレイキースの先代勇者、【慈愛の勇者】ユメの存在だった。
【慈愛の勇者】ユメはその肩書通り、慈愛にあふれ、魔王に怯える人々を勇気づける気概を持ちながら、流れるような剣術と卓越した魔法を併せ持ち、魔王に挑む前はその力で多くの人々を救っていたようだ。もし彼女が今も生きていたのなら、彼女こそが"聖女"と呼ぶにふさわしい人物になっていたであろう。
だがそんな彼女の最期はあまりに悲惨なものであった。
【伝説の魔王】に挑むも力及ばず敗北し、当時の仲間だった戦士バルカウス、魔術師ジャコウ、武闘家ジフウの三人を逃がし、世界中の人々を守るために自ら【伝説の魔王】の妻となったのだった。
【伝説の魔王】は人々の希望の象徴であった【慈愛の勇者】を正室として迎え入れることで人々の心をへし折ろうとした。だが、【慈愛の勇者】は人々を守るために、自らを助け出すことはしないように王国に言い聞かせた。
彼女が魔王からどのような仕打ちを受けていたかまではわからない。だが、それから約三年後。【慈愛の勇者】ユメは人知れず息を引き取ったのだ。
しかしその思いは無駄にはならなかった。勇者ユメが亡くなった後、神聖国より派遣された勇者レイキースは先代勇者が作り上げた"魔王城へと至る道"を辿って短期間で魔王城へ侵攻。【伝説の魔王】を打ち倒すに至ったのだった。
「己が身を切り、人々を守った彼女の功績は無駄ではなかった。だが、彼女自身は救われなかったか……」
俺はふと先代勇者ユメとガルペラの影が重なって見えた。
ガルペラはこの国を改革するために身を切る覚悟だ。それはこの伝承にある【慈愛の勇者】と同じような行いにも見える。
ガルペラは武力ではなく政略での改革を進めようとしている。それでも陰謀の渦中に飛び込むことには相応の危険が伴う。ガルペラも先代勇者ユメと同じように人々のための犠牲にならなければいいのだが……。
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「私が先代勇者様のように犠牲になってしまわないか、ですか?」
俺は不安と忠告をガルペラにぶつけた。
「ああ。いくらお前が策を弄してことを進めるにしても、お前が犠牲になるつもりでいるなら俺は簡単には協力できない」
「ゼロラさんの御忠告は有難いのです。確かに私も先代勇者ユメ様のようになれたらと思わないことはないのです。でも、私はあのお方とは違うのです」
ガルペラは真剣に語り始めた。
「ユメ様には傍に仲間がいなかったのです。当時パーティーの一員だった現騎士団長バルカウス様、軍師ジャコウ様、黒蛇部隊隊長ジフウ様。皆さん内心はユメ様を助けたかったのでしょうが、それをユメ様自身に止められていたのです。ユメ様は最初からご自身が犠牲になるつもりだったのです」
孤軍奮闘を自ら受け入れた。それだけなら美談にも聞こえるが、ジャコウはともかく、ジフウは内心穏やかではなかっただろう。騎士団長バルカウスについては不明だ。
「だから私は仲間を募るのです。私のことを守ってくれる仲間を、共に戦ってくれる仲間を。私の理想は一人では成し遂げれないのです。私は誰かに助けてもらわないと前には進めないのです」
つくづくガルペラは己の在り方を理解している。俺もこいつの理想とこいつの身を守るためならば、傍で力になってやろう。
「そして俺もその理想のための仲間の一人って訳か」
「そうなのです。だから先に言っておくのです。私に何かあったら助けてほしいのです」
望むところだ。俺は笑いながらガルペラの願いに同意した。
ガルペラをこんな風に育てた父親である先代は立派な人間なのだろう。それなら傍にいてやれとも思うが。
「父も事を急ぎ過ぎて味方をつけれなかったですので」
「お前にとって父親は反面教師か?」
「もっとしっかり準備すれば追い出されるようなこともなかったのです」
「追い出されたのかよ。母親の母国を助けるのはついでかよ」
「ついでらしいのです」
俺の中での先代ガルペラ侯爵への評価が上がったと思ったら下がった。
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