神に愛されし夕焼け姫

Ringo

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苦悩する国王と絶望する王子

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──まずいことになった


息子の拗らせによって筆頭公爵家を敵に回し、その娘との婚約が解消となった事に国王カーセルはひとり焦っていた。


『マリアンヌは可愛い、大好き』


息子に問えば頬を染めていつもそう言うから、公爵から度々申し立てられていた婚約解消の理由が俄に信じられなかった。


『パーシル殿下は娘の事を嫌っているようです。いつも泣かされて帰ってきますので』


照れ隠しでつれなくなってしまうのだと分かり、その旨も公爵へと伝えたが『は?認められない』の一点張り。逆に息子を諌めるも、一度拗らせたものがそう簡単に直るわけもなく。


「…パーシルはどうしてる?」

「お変わりなく」


いつもは冷静で顔色ひとつ変えない筆頭執事が、その様子を思い出したのか物悲しい顔をした。

自分が素直になれなかったせいで失ったと落ち込み、食事も碌に取らず寝室に閉じ籠っている。その寝室にはこっそり集めたマリアンヌの絵姿が大量に保管されていた。

王宮の使用人達もパーシルの拗れた思いには気付いていたものの、まだ幼いから…王族だから…と大したフォローをすることもなく、毎回マリアンヌが泣いて終わっていたのだ。

そして、公爵が懸念していた理由はもうひとつ。


「王妃はどこに?」

「…バンデス侯爵とご婚約についてお話を」

「またか……」


国王と公爵夫妻、バンデス侯爵は同い年で、王妃はひとつ年下。同じ貴族学院に通っていたという繋がりがあるのだが、当時王太子だったカーセルには婚約者がおり、その相手は王妃ではない別の令嬢だった。

有能な大臣であった侯爵の娘オリビアで、抱える事業と鉱山を王家へと取り込む為に幼い頃より婚約が結ばれ、それなりに仲良く過ごしていた。

そこに横槍を入れたのは王妃となった伯爵令嬢のサリア。常に男を侍らしている様子に当初は訝しんでいたにも関わらず、何がそんなに惹き付けられるのだと近付いたのが運の尽きだった。

あっという間に篭絡され、その体と技巧に溺れた結果、婚姻まで半年となったところでサリアが身籠ってしまったのだ。

通常なら婚約は継続され、弱小伯爵家の令嬢でしかないサリアは愛妾になるはずが、カーセルを真に愛していたオリビアは以前より痛めていた心をサリアの懐妊により止めを刺されてしまい自害してしまった。

その一件で侯爵家は事業こそ手放したが、鉱山の所有権と財産を持って隣国へと亡命した。

献身的な婚約者を死に至らしめたカーセルに娘がいる高位貴族は難色を示し、仕方なくサリアを王妃として娶ることに。

元より優秀ではなく怠惰な性格をしているサリアに政務などこなせるわけもなく、積極的にする事と言えば着飾ることと交流…とりわけ高位貴族の男性や眉目秀麗な者への擦り寄りは目に余るものがあり、多くの女性から苦情が寄せられている。

中でもバンデス侯爵は学生時代からサリアに侍っていた男で、自身も妻を迎えたと言うのにその態度を変えることはなかった。

ふたりの肉体関係は今も続いており、それはカーセルも承知しているが離縁に踏み切れずにいた。

如何なる理由でも万が一にサリアが自害するような事があれば、カーセルは二度も女性を殺した王として名を残すことになってしまう。

その事に恐れるカーセルと、それを逆手にとって男遊びやバンデス侯爵との不貞をやめようとしないサリア。

せめてパーシルが間違いなくカーセルの息子であると確認できた事だけは僥幸だった。生まれるまで、誰しもが疑いを持っていたから。


「…そろそろ限界なのか…いやしかし……」


こうしている間も、人払いのされた応接間では不貞に耽るふたりが絡み合っている…そして、サリアとより強い繋がりを持とうとするバンデス侯爵からの企みで、互いの子供を婚約させる話が持ち上がっている。

サリアに溺れきっているバンデス侯爵は、縁戚となればもっとサリアとの時間を作れるはずだと目論み、そうなればより頻繁に抱けると思いを滾らせていた。

対するサリアも、贅沢と王妃の身分を欲してこそカーセルを選んだが外見と体の相性で好いているのはバンデス侯爵。

しかし、サリアが本当に狙っていたのはモロゾフ公爵のダイアン。何度も接触を図り既成事実を作ろうとしたが、セシルしか見ていないダイアンに相手にされることなく終わってしまった。

全く相手にしてくれないダイアンへの興味は早々に捨て、バンデス侯爵や他にも体を許せば貢ぎ物をする者を侍らせ、王妃としての仕事など何一つしない。


「いっそ離宮に閉じ込めて、万が一にでも死ぬようなことがあれば病気だとでも言って…」


王妃の仕事まで抱え、日々頭を悩ませているカーセルはサリアの処遇を固めつつあった。

そして何よりも最優先で解決しないとならないのが公爵家との和解。国庫の財源7割を埋めているモロゾフ家が反旗を翻すようなことがあれば、国は一気に傾いてしまう。

その為に結ばれた婚約だったのに息子は初恋を拗らせ、王妃は目先と自分の得しか考えていない。自由に使えない国庫の財源がなんなのかよりも、自分に貢ぐ男達の方が優先なのだ。

モロゾフ公爵家の夫人セシルは大国ブルーム出身であり、兄はその君主である国王…そこに助けを求められたらモロゾフ家は奪われ、最悪侵攻されてしまう。


「なんとかして繋ぎ止めなければ──」


そしてこの数ヵ月後、モロゾフ家は高い技術と能力を持つ領民ごとごっそりと姿を消した。










──────────


(寝室にて落ち込むパーシル)




「マリアンヌ…ごめんね……マリアンヌ…」


初めて会った時から大好きだった。

生まれたばかりのマリアンヌにぎゅっと指を握られてから、ずっとずっと大好きだった。

少しずつお喋りをするようになって、色んな人と仲良く話しているのが気に入らなくて…気を引きたくて見た目を馬鹿にした。

本当は大好きだったマリアンヌの髪色。

赤くて、だけど角度によって色味を変える夕焼け色の髪。大きな空色の瞳も、いつまでだって見ていられるほど大好きだった。


「マリアンヌ…っ……」


謝ろう…大好きなマリアンヌの絵姿を抱き締め、そう決めたパーシルに新しい婚約者が内密に宛がわれたのは僅か一週間後。

さらに数ヵ月後にはモロゾフ公爵家が姿を消したと聞いて絶望の縁に落ちた。








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