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神様、ダーツの旅をさせる
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ここは天上界。信仰ある者は【天国】と呼ぶ。
となれば主は自ずと分かるもので───
「神様、そろそろです」
「ん?そうか」
立派な顎髭をわさわさと蓄えでっぷりとした体格をした秘書官に呼ばれ、手にしていた茶器をテーブルに置いて壁に映された下界の様子に視線を向ければ、赤髪の老婆が家族に見守られながら旅立ちの準備をしている。
「この国は信仰が深かったな」
「そうですね。この国にとっては50年振りの黒髪でしたが、その間に起きた災害や疫病の脅威でその存在を再認識してより深まった…と言ったところでしょうか」
「そりゃぁ、再度赤髪が生まれた瞬間にあらゆる厄災が消え去ったんだからな。これでまた信仰を怠らずに祈りを捧げてくれればよい」
「お、来ましたね」
下界が映し出されている壁からふわっと出てきたのは手の平サイズをした虹色の玉。ゆらゆらと柔らかい光を放ち、甘えるように神の手の平に乗り転がされている。
「ふむ。だいぶ愛されて過ごしていたんだな」
その言葉を肯定するように、強くぱぁぁぁぁっと光を放つ虹色の玉。神と秘書官はそのあまりの眩しさに思わず『目を潰される!』と思いぎゅっと目を瞑った。
しばし目を閉じていた神だが、手の平にほわんと温かい熱を感じて徐に目を開く。これは虹色の玉からの催促だ。
「おぉ、そうだな。早く次を探してやろう」
ころころと玉を転がしてあやしつつ、壁に映る下界を覗いていつものように何処あたりの国にしようか…と考えていた時──
「どこがいいかなぁ。天上界の事も思えば信仰が薄くなっている所を選んで再度信仰を深めさせたいが…ん~…ん~…ん?んんんんんんんんん!?あのあの赤子は!!!」
突然の神のご乱心に、部屋の隅でダーツを用意していた秘書官はビクリと肩を震わせた。いつものようにダーツがあたった場所に玉を向かわせるのだろう、と着々と準備をしていたのだ。
「ど、ど、どうされました!!」
思わずダーツの針で指先を刺してしまったのだが構っている場合ではない。怒りからくる神のご乱心とあれば、下界が混濁の渦に巻き込まれる事態にも成りうる!と滝のような汗を噴き出しながら神に走り寄った。
「おい!見てみろ!ってお前どうした?随分汗かきになったんだな」
きゃっきゃと玉まで一緒にはしゃぎ、実に楽しそうにしながら壁を指差している。その指差した先に映るものを見て『あぁ、なるほど』と思うも、怒りなどのご乱心ではなかったことに安堵した。
「これはこれは…500年振りのお戻りですか?」
「そうだ!漸く帰ってきたんだ!」
ここは天上界。人はここを死後に訪れる【天国】と思っているが、亡者の魂が実際に召されるのは《天命界》と呼ばれる場所なのだ。
《天上界》は生きとし者を見守る場所。
《天命界》は亡き者の魂を見守る場所。
神の住む《界》はいくつかの種類が存在し、それら《神界》─神々の住まう場所─を治めているのが《光宮》である。
下界で言えば王宮といったところ。
「500年か…やっぱりだいぶ時間がかかったんだなぁ…あとで兄さんに労いの酒でも送っておくとするか」
そして、それぞれの《界》を司る神達は兄弟姉妹の関係性であり、《光宮》に君臨するのは彼らの父親でもある大神。御年5000歳。
ちなみに天上界の神は1000歳ほど。
まだまだ神としては若手の天上神だが、下界に暮らす人間への興味が誰よりも強かったことからこの《界》を任されるに相成った。
******
──600年前
まだ幼子と呼ばれていた彼が当時の天上神であった伯父の元へ遊びに来ていた際に、ふと覗いた下界のある魂の輝きに心惹かれたのだ。
それまではどこの《界》でもいいと朧気に考えていたのだが、『この魂を眺める生活がしたい!』という些か邪な下心を持って、父である大神に天上神の後任を望んだのである。
無論、いくら子煩悩として知られる大神とて子供可愛さだけでは後任など認めなかった。何せ天上神の気持ちひとつで下界の国ひとつなどポロっと消えてしまうのだ、その責任は重大。
そして天上神に求められる必須業務は下界からの【信仰心】を集める事で、その量が膨大であればあるほど神界に実る農作物の栄養素となって豊かにさせてくれる。
神や天使とて生き物。食べる物がないと困り、枯渇させれば恨まれてしまう。
そんなわけで下心を糧に必死で勉学に勤しんだ彼は、100年の時を経て見事天上神に任命された。
いざ天上神となった彼が『恋する魂の観察』…という名のストーキングを始めた時、その魂は一目惚れをした時とは違う国に住む別人の体に宿っていた。つまりは生まれ変わっていたのである。
神や天使達は魂の器である人間にさして興味は抱かない。あくまでも興味対象は魂のみ。
「へぇ、今度はこの国なんだね」
死した後、体を抜け出した魂は天命界に召し上げられて浄化や治療を受ける。下界にいた頃の記憶や邪悪な汚れは全て綺麗に取り払われ、傷付いている箇所があれば丁寧に治してから再び下界へと送られるのだ。
どこの国の誰の命となるかは天命神の匙加減。
魂は潜在的な個性や才能を持っており、高水準の魂を一ヶ所に集めるなどの偏りを生んではいけないことから、天命神へと任命されるのは決まって「綺麗好き」で「無責任」な者だった。
汚れたり傷付いたりして戻ってきた魂を丹精込めて綺麗な状態へと仕上げ、けれどそれが終われば満足して無責任に放り投げては下界へと落とす。
そんな業務が天命界では行われている。
さてさて、話は戻って天上神のお気に入りである魂はある国の貴族の娘として生まれていた。なかなか裕福な高位貴族の家で、その国では優美とされる金髪と青目を持つ少女。魂にしか興味がないとは言え、大切な魂をしまう器が美しいものであることに否はない。
「これはまた…姉さんは暇だったのか?」
あまりにも美しい容姿に見惚れながら、美を司る神でもある姉が魂に自分の趣味を存分に含ませて練り込ませる様子を思い浮かべて首を傾げた。
通常は天使達によってランダムに組み合わされた容姿の情報を魂に組み込むのだが、稀に神自身が選りすぐりの容姿情報を練り込む遊びをする。
鼻歌でも歌いながらやっていそう…と思い浮かべつつ、映し出される少女を眺めた。
「幸せそうだなぁ、魂が輝いてる」
全ての魂は純真無垢な状態で生まれ、育つ環境や人間関係でその状態を変化させていく。汚れたり傷付いたりすることもあれば、その逆磨かれたり温められて輝きを増したりする。
前回同様、今回も綺麗に輝いていることに満足しながら眺める日々を送っていると、ある日突如としてその輝きが失われた。
「なんだ!?何があった!?」
キラキラと輝いていた魂が、一切の輝きを失ってしまっている。たとえ下界人としての生命が絶たれたとしても、魂自体の輝きには影響しない。よほどのダメージを受けたのだと直感した天上神はその原因を探るべく調査を開始した。
─天上神の乱心は下界へと影響を及ぼす─
頭ではそう分かっていても激昂する思いは止められなかった。何も考えずにぼんやりと過ごしていた自分を奮起させ、満たされる日々を送れるようになったきっかけをくれた魂…それが何者かの手によって一切の輝きを失うほどに傷付けられた。
「原因を探せ!消し去ってくれる!!」
原因を探るべく奔走する天使達は、その原因が見つかった後の状況に恐れを抱いていたが逆らうことなど出来るはずもない。
天使達は思う。
自分のお気に入りが原因だったら…その魂は間違いなく蒸発させられるだろう。
自分のお気に入りが暮らす国だったら…あらゆる天災と疫病に見舞われ、その魂は傷付くだろう。
様々な思いを抱きつつ、やがて原因となる出来事が報告された。一連のあらましを纏めた書類を手に怒りを滲ませながら読み進める神と、その姿に固唾を呑んで見守る天使達。
「……大神に繋げ!今すぐに!!」
「「「はい!!!」」」
******
ペラ…ペラ…
と紙を捲る音だけが響く光宮の一室、父である大神の前には拳を握り締めた息子の天上神。
「…なるほど。お前はどうしたいんだ?」
分厚い報告書を読み終わるとそのタイミングで温かいお茶を出した給仕に視線で労い、目の前で未だ怒りに燃えている息子を見やった。
「…っ、蒸発の許可を…」
息子がどれだけ執着していた魂なのか、それをよく知る父親は「ふむ」と顎髭を撫でる。子煩悩な彼は、息子がそこまで気に入る魂がどんなものなのかを確認したことがあり、その輝きと慈愛からくる温かさには長く生きてきた大神でさえも驚いたほど。
慈愛に満ちた魂は簡単に傷付かずに光り輝くはずで、それが一切失われたとなれば息子の怒りにも頷ける。まだあどけない少女がそうなるだけの不遇に追い込まれたのだから、親である大神も何かと思うところはある。
「この子はもう天命界に着いたのか?」
「まだですが間もなくかと」
《稀代の綺麗好き》と言われている息子なら、時間はかかれどこの魂も元の状態に戻す事は可能であろう…そう考えて、怒りを抑えられずに震えて歯を食い縛っている息子を見た。
この100年、魅入られた魂の為にどんな努力も惜しまず最年少で天上神まで上り詰め、その魂が暮らす下界が善きものであるよう采配を努めていた息子。まだ500歳になったばかりの末っ子にとって、ここが正念場となるであろう。
考えを纏め、大神はひとつの決断をして側近の神官に指示を飛ばした。
「虹玉をここに」
虹玉…その言葉に天上神はピクリと反応し、そんな息子に大神は柔らかい微笑みを向ける。
「お持ち致しました」
白髪の神官が持ってきた小箱から取り出されたのは、淡い光りを放つ虹色の玉。話には聞いていたが見るのは初めての天上神、その美しい輝きに目を奪われた。
「これは下界で生まれる魂に重ね付け出来るものだ、知ってるな?」
「はい…全ての災いから守られ、また守ることの出来る加護…です」
末っ子の回答に、大神は満足そうに頷いた。
「本来、この虹玉を扱えるのは大神たる儂だけなのだがな…お前に託そう」
「…俺に?」
「あぁ。あの魂が戻るまでにはそれなりに時間がかかるだろうから、それまでこいつをお前なりに磨きあげておけ」
ポン…と投げられ慌てて受け止めると、ほわんと温かい感じがして驚いた。
「どうやらお前を気に入ったみたいだな。あちこち行かせて楽しませてやれ。磨きに磨かれた状態で重ね付けてやれば、次は愛に満ち溢れた時間を過ごせるだろうよ」
「……父さんっ…」
父親の心遣いに感動しつつ、はて父親はどうやって重ね付ける魂を選んでいたのだろうか?と気になり聞いてみると…
「ダーツで選んだ国に飛ばしていた」
…かくして天上神による虹玉のダーツ旅が始まったのである。
******
───そして冒頭に戻る。
「やっぱり綺麗だな」
500年振りに見る愛しの魂は、嘗ての輝きと慈愛を取り戻してお腹の中で眠っている。
「愛し合う夫婦か…」
前回はどこまでも強欲な家族と婚約者の、非情な行いと裏切りによって失われた輝き。今度は家族に恵まれていそうだと安堵すると共に、もしかしていつもは無責任に放り投げる兄さんが珍しく慈悲を与えたのか?とも思案した。
「500年も癒しが必要だったんだ…それもある」
本来はこうして慈しまれるべき魂なのだ…と感慨に耽っていると、顎髭秘書官が何やら怪訝な表情で書類を差し出してきた。
「神様、この国は信仰心が限りなく低いです。赤髪に対する伝承も正しく行われておらず、今では忌み嫌われる色とさえされています」
「へぇ…前回の赤髪はいつ?」
「500年前です」
その言葉に天上神は心を一瞬にして冷えさせ、それを感じ取った虹玉が温かみを増した。
まるで心配するな!と言うように。
「……いけると思うか?」
ぱぁぁぁぁ!と輝きを増し、その光りと温もりに天上神は決意を固める。
「これだけ信仰心の低い国がそれを持ち直せば齎されるものは大きい…行ってこい、頼んだぞ」
全ての災いから守られる…その加護を信じ、今度こそ幸せな輝きで戻ってこられる事を祈った。
──────────
(ここからR18です。よくない内容です。苦手な方やいらん方はここで次話へ飛んでください!)
※500年前のある国の出来事(天上神のご乱心)
「どうなってるんだ!!」
自慢の銀髪を靡かせ恐怖にガタガタと震えているのは、とある国の王子。
肉欲を刺激し満たしてくれる恋人と共謀して婚約者を陥れ、処刑前に「どうせ死ぬんだから」と思い付く限りの方法で凌辱し…
その場に嬉々として参加していた少女の実父と実兄も、予てから娘であり妹である少女へ持て余していた歪んだ情欲を時間の限りぶつけ、白濁にまみれボロボロの状態で首を落とされる様子に股間を膨らませた。
その少女が神に愛されし魂を持つなど露知らず。
「もっと遊んでやってから殺せばよかったな」
絶世の美女と謳われていた婚約者が自分に揺さぶられて泣き叫ぶ姿が忘れられない。いつも何かと理由をつけては躱されていた欲求が、ここぞとばかりに爆発したのだ。
「さっさと股を開けばよかったものを」
貴族として、王族に嫁ぐ者として過度な接触を拒絶し続けていた婚約者。その態度が気に入らず、求めれば好きなだけ相手をしてくれる恋人に夢中になった。とは言え、いざ貪ってみれば婚約者の具合は頗るよかったと思い出すだけで滾ってしまう。中の具合と肌質の良さ、それから胸の大きさで言えば婚約者の方が上をいった。
「やはり側室か愛妾にすべきだったか?」
「いやよ、そんなの」
自分の股の間に顔を埋めていた恋人の拗ねた様子に頬を緩め、再度咥えさせる。あの婚約者だったらこんな事はしてくれなかった…と思いながら。
いくら美しくても堅物の婚約者より、好きなだけ抱ける淫らな恋人の方を選んだ。政務など優秀な臣下にやらせればいい、と。
「それにしても、公爵達まで欲に駆られていたとは思わなかった」
実の父兄に散々嬲られていた婚約者の様子を思い出し、ぽっかり開いた穴から流れ出ていた白濁を瞼裏に浮かべて吐精した。
§ § §
そんな爛れた生活を送って僅か一週間後、謎の疫病が物凄い勢いで国中に広がっているとの報告を受け、水源は汚染されて農作物は全滅、国全土で悪天候どころかあらゆる天災に見舞われた。
そして王宮へと押し寄せた国民。
苦しむ民を蔑ろにし続けてきた王家に我慢の糸が切れ、病や貧しさでどうせ明日をも知れぬ命なのだからと武器を手に突撃した。
王宮にいるのは驕る貴族だけではなく、平民に寄り添ってきた貴族もいる。その者達を筆頭に民達は容易く王族の居住区まで辿り着き、鍛練を怠けていた騎士が命を懸けて立ち向かう民に勝てるわけもなく打ち破られ、王族は次々と首を刎ねられていく。
「やめ、やめろ!!金ならくれてやる!」
例の如く恋人とお楽しみ中だった王子は全裸のまま宝石や金貨を民に投げつけるが、そんなもので納得するはずもなくあっさりと刎ねられた。
少女の母親であった公爵夫人は国王との交接中に共に刎ねられ、王妃と公爵も同様。
公爵家嫡男は婚約者である王女と共に、これまでの罪を告げられ焼き殺された。
悪虐の限りを尽くしていた王候貴族と一部の平民が壊滅し、すると荒れた天気は回復、水は清らかさを取り戻して農作物も復活した。謎の疫病も嘘のように引いていき、新たな国王によって少しずつ復興の兆しを強めていった。
ひとりの少女の死をきっかけに起きたこの出来事を、生き残った者全員が深く心に刻み、二度と同じ道は歩むまいと誓った。
この時から500年、嘗て愚かな王族に荒らされたブルーム王国は世界屈指の平和で豊かな国として名を馳せ、小さな犯罪すらも決して見逃さない優秀な騎士団を抱えていた。
となれば主は自ずと分かるもので───
「神様、そろそろです」
「ん?そうか」
立派な顎髭をわさわさと蓄えでっぷりとした体格をした秘書官に呼ばれ、手にしていた茶器をテーブルに置いて壁に映された下界の様子に視線を向ければ、赤髪の老婆が家族に見守られながら旅立ちの準備をしている。
「この国は信仰が深かったな」
「そうですね。この国にとっては50年振りの黒髪でしたが、その間に起きた災害や疫病の脅威でその存在を再認識してより深まった…と言ったところでしょうか」
「そりゃぁ、再度赤髪が生まれた瞬間にあらゆる厄災が消え去ったんだからな。これでまた信仰を怠らずに祈りを捧げてくれればよい」
「お、来ましたね」
下界が映し出されている壁からふわっと出てきたのは手の平サイズをした虹色の玉。ゆらゆらと柔らかい光を放ち、甘えるように神の手の平に乗り転がされている。
「ふむ。だいぶ愛されて過ごしていたんだな」
その言葉を肯定するように、強くぱぁぁぁぁっと光を放つ虹色の玉。神と秘書官はそのあまりの眩しさに思わず『目を潰される!』と思いぎゅっと目を瞑った。
しばし目を閉じていた神だが、手の平にほわんと温かい熱を感じて徐に目を開く。これは虹色の玉からの催促だ。
「おぉ、そうだな。早く次を探してやろう」
ころころと玉を転がしてあやしつつ、壁に映る下界を覗いていつものように何処あたりの国にしようか…と考えていた時──
「どこがいいかなぁ。天上界の事も思えば信仰が薄くなっている所を選んで再度信仰を深めさせたいが…ん~…ん~…ん?んんんんんんんんん!?あのあの赤子は!!!」
突然の神のご乱心に、部屋の隅でダーツを用意していた秘書官はビクリと肩を震わせた。いつものようにダーツがあたった場所に玉を向かわせるのだろう、と着々と準備をしていたのだ。
「ど、ど、どうされました!!」
思わずダーツの針で指先を刺してしまったのだが構っている場合ではない。怒りからくる神のご乱心とあれば、下界が混濁の渦に巻き込まれる事態にも成りうる!と滝のような汗を噴き出しながら神に走り寄った。
「おい!見てみろ!ってお前どうした?随分汗かきになったんだな」
きゃっきゃと玉まで一緒にはしゃぎ、実に楽しそうにしながら壁を指差している。その指差した先に映るものを見て『あぁ、なるほど』と思うも、怒りなどのご乱心ではなかったことに安堵した。
「これはこれは…500年振りのお戻りですか?」
「そうだ!漸く帰ってきたんだ!」
ここは天上界。人はここを死後に訪れる【天国】と思っているが、亡者の魂が実際に召されるのは《天命界》と呼ばれる場所なのだ。
《天上界》は生きとし者を見守る場所。
《天命界》は亡き者の魂を見守る場所。
神の住む《界》はいくつかの種類が存在し、それら《神界》─神々の住まう場所─を治めているのが《光宮》である。
下界で言えば王宮といったところ。
「500年か…やっぱりだいぶ時間がかかったんだなぁ…あとで兄さんに労いの酒でも送っておくとするか」
そして、それぞれの《界》を司る神達は兄弟姉妹の関係性であり、《光宮》に君臨するのは彼らの父親でもある大神。御年5000歳。
ちなみに天上界の神は1000歳ほど。
まだまだ神としては若手の天上神だが、下界に暮らす人間への興味が誰よりも強かったことからこの《界》を任されるに相成った。
******
──600年前
まだ幼子と呼ばれていた彼が当時の天上神であった伯父の元へ遊びに来ていた際に、ふと覗いた下界のある魂の輝きに心惹かれたのだ。
それまではどこの《界》でもいいと朧気に考えていたのだが、『この魂を眺める生活がしたい!』という些か邪な下心を持って、父である大神に天上神の後任を望んだのである。
無論、いくら子煩悩として知られる大神とて子供可愛さだけでは後任など認めなかった。何せ天上神の気持ちひとつで下界の国ひとつなどポロっと消えてしまうのだ、その責任は重大。
そして天上神に求められる必須業務は下界からの【信仰心】を集める事で、その量が膨大であればあるほど神界に実る農作物の栄養素となって豊かにさせてくれる。
神や天使とて生き物。食べる物がないと困り、枯渇させれば恨まれてしまう。
そんなわけで下心を糧に必死で勉学に勤しんだ彼は、100年の時を経て見事天上神に任命された。
いざ天上神となった彼が『恋する魂の観察』…という名のストーキングを始めた時、その魂は一目惚れをした時とは違う国に住む別人の体に宿っていた。つまりは生まれ変わっていたのである。
神や天使達は魂の器である人間にさして興味は抱かない。あくまでも興味対象は魂のみ。
「へぇ、今度はこの国なんだね」
死した後、体を抜け出した魂は天命界に召し上げられて浄化や治療を受ける。下界にいた頃の記憶や邪悪な汚れは全て綺麗に取り払われ、傷付いている箇所があれば丁寧に治してから再び下界へと送られるのだ。
どこの国の誰の命となるかは天命神の匙加減。
魂は潜在的な個性や才能を持っており、高水準の魂を一ヶ所に集めるなどの偏りを生んではいけないことから、天命神へと任命されるのは決まって「綺麗好き」で「無責任」な者だった。
汚れたり傷付いたりして戻ってきた魂を丹精込めて綺麗な状態へと仕上げ、けれどそれが終われば満足して無責任に放り投げては下界へと落とす。
そんな業務が天命界では行われている。
さてさて、話は戻って天上神のお気に入りである魂はある国の貴族の娘として生まれていた。なかなか裕福な高位貴族の家で、その国では優美とされる金髪と青目を持つ少女。魂にしか興味がないとは言え、大切な魂をしまう器が美しいものであることに否はない。
「これはまた…姉さんは暇だったのか?」
あまりにも美しい容姿に見惚れながら、美を司る神でもある姉が魂に自分の趣味を存分に含ませて練り込ませる様子を思い浮かべて首を傾げた。
通常は天使達によってランダムに組み合わされた容姿の情報を魂に組み込むのだが、稀に神自身が選りすぐりの容姿情報を練り込む遊びをする。
鼻歌でも歌いながらやっていそう…と思い浮かべつつ、映し出される少女を眺めた。
「幸せそうだなぁ、魂が輝いてる」
全ての魂は純真無垢な状態で生まれ、育つ環境や人間関係でその状態を変化させていく。汚れたり傷付いたりすることもあれば、その逆磨かれたり温められて輝きを増したりする。
前回同様、今回も綺麗に輝いていることに満足しながら眺める日々を送っていると、ある日突如としてその輝きが失われた。
「なんだ!?何があった!?」
キラキラと輝いていた魂が、一切の輝きを失ってしまっている。たとえ下界人としての生命が絶たれたとしても、魂自体の輝きには影響しない。よほどのダメージを受けたのだと直感した天上神はその原因を探るべく調査を開始した。
─天上神の乱心は下界へと影響を及ぼす─
頭ではそう分かっていても激昂する思いは止められなかった。何も考えずにぼんやりと過ごしていた自分を奮起させ、満たされる日々を送れるようになったきっかけをくれた魂…それが何者かの手によって一切の輝きを失うほどに傷付けられた。
「原因を探せ!消し去ってくれる!!」
原因を探るべく奔走する天使達は、その原因が見つかった後の状況に恐れを抱いていたが逆らうことなど出来るはずもない。
天使達は思う。
自分のお気に入りが原因だったら…その魂は間違いなく蒸発させられるだろう。
自分のお気に入りが暮らす国だったら…あらゆる天災と疫病に見舞われ、その魂は傷付くだろう。
様々な思いを抱きつつ、やがて原因となる出来事が報告された。一連のあらましを纏めた書類を手に怒りを滲ませながら読み進める神と、その姿に固唾を呑んで見守る天使達。
「……大神に繋げ!今すぐに!!」
「「「はい!!!」」」
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ペラ…ペラ…
と紙を捲る音だけが響く光宮の一室、父である大神の前には拳を握り締めた息子の天上神。
「…なるほど。お前はどうしたいんだ?」
分厚い報告書を読み終わるとそのタイミングで温かいお茶を出した給仕に視線で労い、目の前で未だ怒りに燃えている息子を見やった。
「…っ、蒸発の許可を…」
息子がどれだけ執着していた魂なのか、それをよく知る父親は「ふむ」と顎髭を撫でる。子煩悩な彼は、息子がそこまで気に入る魂がどんなものなのかを確認したことがあり、その輝きと慈愛からくる温かさには長く生きてきた大神でさえも驚いたほど。
慈愛に満ちた魂は簡単に傷付かずに光り輝くはずで、それが一切失われたとなれば息子の怒りにも頷ける。まだあどけない少女がそうなるだけの不遇に追い込まれたのだから、親である大神も何かと思うところはある。
「この子はもう天命界に着いたのか?」
「まだですが間もなくかと」
《稀代の綺麗好き》と言われている息子なら、時間はかかれどこの魂も元の状態に戻す事は可能であろう…そう考えて、怒りを抑えられずに震えて歯を食い縛っている息子を見た。
この100年、魅入られた魂の為にどんな努力も惜しまず最年少で天上神まで上り詰め、その魂が暮らす下界が善きものであるよう采配を努めていた息子。まだ500歳になったばかりの末っ子にとって、ここが正念場となるであろう。
考えを纏め、大神はひとつの決断をして側近の神官に指示を飛ばした。
「虹玉をここに」
虹玉…その言葉に天上神はピクリと反応し、そんな息子に大神は柔らかい微笑みを向ける。
「お持ち致しました」
白髪の神官が持ってきた小箱から取り出されたのは、淡い光りを放つ虹色の玉。話には聞いていたが見るのは初めての天上神、その美しい輝きに目を奪われた。
「これは下界で生まれる魂に重ね付け出来るものだ、知ってるな?」
「はい…全ての災いから守られ、また守ることの出来る加護…です」
末っ子の回答に、大神は満足そうに頷いた。
「本来、この虹玉を扱えるのは大神たる儂だけなのだがな…お前に託そう」
「…俺に?」
「あぁ。あの魂が戻るまでにはそれなりに時間がかかるだろうから、それまでこいつをお前なりに磨きあげておけ」
ポン…と投げられ慌てて受け止めると、ほわんと温かい感じがして驚いた。
「どうやらお前を気に入ったみたいだな。あちこち行かせて楽しませてやれ。磨きに磨かれた状態で重ね付けてやれば、次は愛に満ち溢れた時間を過ごせるだろうよ」
「……父さんっ…」
父親の心遣いに感動しつつ、はて父親はどうやって重ね付ける魂を選んでいたのだろうか?と気になり聞いてみると…
「ダーツで選んだ国に飛ばしていた」
…かくして天上神による虹玉のダーツ旅が始まったのである。
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───そして冒頭に戻る。
「やっぱり綺麗だな」
500年振りに見る愛しの魂は、嘗ての輝きと慈愛を取り戻してお腹の中で眠っている。
「愛し合う夫婦か…」
前回はどこまでも強欲な家族と婚約者の、非情な行いと裏切りによって失われた輝き。今度は家族に恵まれていそうだと安堵すると共に、もしかしていつもは無責任に放り投げる兄さんが珍しく慈悲を与えたのか?とも思案した。
「500年も癒しが必要だったんだ…それもある」
本来はこうして慈しまれるべき魂なのだ…と感慨に耽っていると、顎髭秘書官が何やら怪訝な表情で書類を差し出してきた。
「神様、この国は信仰心が限りなく低いです。赤髪に対する伝承も正しく行われておらず、今では忌み嫌われる色とさえされています」
「へぇ…前回の赤髪はいつ?」
「500年前です」
その言葉に天上神は心を一瞬にして冷えさせ、それを感じ取った虹玉が温かみを増した。
まるで心配するな!と言うように。
「……いけると思うか?」
ぱぁぁぁぁ!と輝きを増し、その光りと温もりに天上神は決意を固める。
「これだけ信仰心の低い国がそれを持ち直せば齎されるものは大きい…行ってこい、頼んだぞ」
全ての災いから守られる…その加護を信じ、今度こそ幸せな輝きで戻ってこられる事を祈った。
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(ここからR18です。よくない内容です。苦手な方やいらん方はここで次話へ飛んでください!)
※500年前のある国の出来事(天上神のご乱心)
「どうなってるんだ!!」
自慢の銀髪を靡かせ恐怖にガタガタと震えているのは、とある国の王子。
肉欲を刺激し満たしてくれる恋人と共謀して婚約者を陥れ、処刑前に「どうせ死ぬんだから」と思い付く限りの方法で凌辱し…
その場に嬉々として参加していた少女の実父と実兄も、予てから娘であり妹である少女へ持て余していた歪んだ情欲を時間の限りぶつけ、白濁にまみれボロボロの状態で首を落とされる様子に股間を膨らませた。
その少女が神に愛されし魂を持つなど露知らず。
「もっと遊んでやってから殺せばよかったな」
絶世の美女と謳われていた婚約者が自分に揺さぶられて泣き叫ぶ姿が忘れられない。いつも何かと理由をつけては躱されていた欲求が、ここぞとばかりに爆発したのだ。
「さっさと股を開けばよかったものを」
貴族として、王族に嫁ぐ者として過度な接触を拒絶し続けていた婚約者。その態度が気に入らず、求めれば好きなだけ相手をしてくれる恋人に夢中になった。とは言え、いざ貪ってみれば婚約者の具合は頗るよかったと思い出すだけで滾ってしまう。中の具合と肌質の良さ、それから胸の大きさで言えば婚約者の方が上をいった。
「やはり側室か愛妾にすべきだったか?」
「いやよ、そんなの」
自分の股の間に顔を埋めていた恋人の拗ねた様子に頬を緩め、再度咥えさせる。あの婚約者だったらこんな事はしてくれなかった…と思いながら。
いくら美しくても堅物の婚約者より、好きなだけ抱ける淫らな恋人の方を選んだ。政務など優秀な臣下にやらせればいい、と。
「それにしても、公爵達まで欲に駆られていたとは思わなかった」
実の父兄に散々嬲られていた婚約者の様子を思い出し、ぽっかり開いた穴から流れ出ていた白濁を瞼裏に浮かべて吐精した。
§ § §
そんな爛れた生活を送って僅か一週間後、謎の疫病が物凄い勢いで国中に広がっているとの報告を受け、水源は汚染されて農作物は全滅、国全土で悪天候どころかあらゆる天災に見舞われた。
そして王宮へと押し寄せた国民。
苦しむ民を蔑ろにし続けてきた王家に我慢の糸が切れ、病や貧しさでどうせ明日をも知れぬ命なのだからと武器を手に突撃した。
王宮にいるのは驕る貴族だけではなく、平民に寄り添ってきた貴族もいる。その者達を筆頭に民達は容易く王族の居住区まで辿り着き、鍛練を怠けていた騎士が命を懸けて立ち向かう民に勝てるわけもなく打ち破られ、王族は次々と首を刎ねられていく。
「やめ、やめろ!!金ならくれてやる!」
例の如く恋人とお楽しみ中だった王子は全裸のまま宝石や金貨を民に投げつけるが、そんなもので納得するはずもなくあっさりと刎ねられた。
少女の母親であった公爵夫人は国王との交接中に共に刎ねられ、王妃と公爵も同様。
公爵家嫡男は婚約者である王女と共に、これまでの罪を告げられ焼き殺された。
悪虐の限りを尽くしていた王候貴族と一部の平民が壊滅し、すると荒れた天気は回復、水は清らかさを取り戻して農作物も復活した。謎の疫病も嘘のように引いていき、新たな国王によって少しずつ復興の兆しを強めていった。
ひとりの少女の死をきっかけに起きたこの出来事を、生き残った者全員が深く心に刻み、二度と同じ道は歩むまいと誓った。
この時から500年、嘗て愚かな王族に荒らされたブルーム王国は世界屈指の平和で豊かな国として名を馳せ、小さな犯罪すらも決して見逃さない優秀な騎士団を抱えていた。
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