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噂のふたり

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「まぁ、ご覧になって。本日のおふたりも素晴らしくお似合いでいらっしゃる」


えぇ、わたくしもそう思うわ。


「まるで対のようで…身分の差など、おふたりの前には霞んでしまいますわね。殿下の眩いばかりに輝くブロンド御髪と、平民にはまず見かけない銀の髪……思うに、本当は誰か高貴な方の落胤なのではないのかしら」


いえ、彼女は間違いなく平民の娘ですわ。
顔立ちは父親に瓜二つなのですから。


「運命で引き寄せられたのでしょう…なのに神は残酷ですわね。あんなにも互いを慈しみ合われているというのに……」


そしてわたくしに視線が集中した。
いつもの事ながら、よくもまぁ飽きないものだと呆れてしまう。

広げた扇の中に小さな嘆息を漏らしたところで、渦中のひとり…わたくしの夫であるアンドレアス王太子殿下が声をかけてきた。


「セリナ」


浮かべられた陽だまりのように暖かな微笑みに、周囲からは「はぅ…」だの「素敵…」だの見惚れる様子が伝わってくる。


「アンドレアス様、ごきげんよう」

「…………」


途端に仏頂面となった彼を見て、今度は周囲から「やはり心を煩わせている」だの「義務とはいえお労しい」だの聞こえてきた。

いけませんわね。
王太子ともあろうお方が、こうも感情を露骨に表面化なさっては。


「アンディ様」


小さく彼の愛称を呼べば、一気に花が咲き誇るような笑みへと変わった。
思わずわたくしまで見惚れてしまうけれど、先程の態度を忘れてはいなくてよ?

あとでお説教ですわ…と目を僅かに細めれば、それすらも嬉しそうに笑みを深めるのだから……この方には敵いません。

気を取り直して、アンディ様の後ろに控える女性騎士へ声をかけた。


「ごきげんよう、シーラ。今日も貴女と殿下についての噂で持ちきりよ。でも本当に…そうして並んでいるとしっくりくるわ」


あえて周囲にも聞こえるよう言えば、コソコソと話していた女性達が気まずげに視線を伏せる。


「アクセリナ様……お戯れを」


シーラは困ったように眉尻をへにょっと下げ、騎士としての一礼をした。
高い位置でひとつに結んだ髪がサラリと流れ、シャンデリアの光を反射して虹色に輝いている。


「セリナ、僕と踊ってくれる?」

「勿論ですわ、愛しの旦那様」


差し出された手に自分のものを重ねれば、固い剣だこに触れて心がキュン…と締め付けられた。

幾つもあるそれは、王太子としての嗜み…など生易しいもので片付けられるものではない。


「セリナ?」


どれだけの思いで鍛錬を積み重ねてきたのか…誰を守る為なのか……それを知るだけに、繋いだ手から伝わる温もりに視界が滲んだ。


「……アンディ様と踊れるのを楽しみにしておりましたから、嬉しくて…」

「僕も楽しみにしていたよ。セリナを置いての視察なんて拷問に近い。早く会いたかった」

「ふふっ、わたくしもですわ」


王太子として視察に出ていたアンディ様は、本来なら明日お戻りの予定だった。
それを今夜の夜会に間に合わせたという。

巷では『運命の相手とふたりきりの時間を楽しまれている』と噂だったけれど。


「着替えもしないでごめんね」


そう言うアンディ様の装いは漆黒の隊服。
胸元にはベルギアの刺繍が施されている。

シーラの瞳と同じ紫色の糸で。


「礼服姿のアンディ様も素敵ですが、隊服をお召しになられているお姿は…より一層魅力的だと思いますわ」

「なら普段から隊服を着ようかな」


そんなやり取りをしながら、中央のダンスホールへとふたりで足を進めた。

アンディ様の護衛を務めるシーラは、壁際へと移動しこちらの様子を静かに窺っている。

その様子はまさしく、噂にあるような『悲恋に耐え忍ぶ姿』そのもの。

近衛騎士である彼女が着るのは紺色の隊服で、胸元に咲き誇るのはブルーベル。

刺繍糸は……アンディ様の瞳と同じ青色。






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