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役目 ※ヒロイン視点
しおりを挟む青天の霹靂というわけではない。
想定の範囲内といえばそう。
彼と結婚する時に…いえ、婚約する時にこうなる可能性はきちんと説明されていて、けれど当時は彼に特別な気持ちを抱いていなかったから。
今は違う。
婚約者として過ごす間に少しずつ親愛が育ち、夫婦となる頃には恋慕を含む情愛が実っていた。
優しく…それでいて力強く抱かれた初夜。
何度も何度も口付けを交わし、何度も何度も体の奥へと注がれた彼の熱。
それは跡継ぎを作る為の行為であり、彼を如何に愛しているのかを再認識した瞬間でもあった。
誰にも渡したくない。
彼は私だけのもの。
子作りに最適とされる日以外も肌を合わせ、日に日に大きくなった彼への愛情。
彼からも同じように想いを返してもらえて幸せに満ちた日々。
だから忘れていたの。
彼が次期国王である王太子殿下の弟君で、この国には特別な方法で世継ぎを儲ける“伝統”があるということを。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
バルコニーからは王城を覗くことが出来る。
王都に建つ家なら当たり前の光景だけれど、それがどうにも苦しくてカーテンを引いて寝台の中へと逃げ込んだ。
「レイチェル様…」
乳母も務めた侍女のマリアが寝台に伏すわたくしを労り声を掛けてくれるけれど、上掛けを頭まで被り寝たフリをしてしまう。
分かっているの。
彼は王族として務めを果たすだけ、わたくしは臣下として受け入れるだけだと。
それでも心は苦しい。
もしも彼に特別な想いを抱かなければ…
もしも彼の優しい熱を知らなければ…
今となっては手遅れな“もしも”ばかりを想像して、半身を失った気持ちになってしまう。
「レイチェル様、本日もセドリック様からお花が届きました」
その言葉に上掛けから少し顔を出すと、慣れ親しんだ香りが鼻先をかすめた。
それは彼がつける香水の原料となっている花。
立ち入りが厳しく制限された王城の一角で育てられているもので、花を咲かせるにはかなりの手間と知識が必要なことから一般には流通していない特別なもの。
本来ならば切り花として持ち出すなど厳禁。
なのに毎朝こうして届けられる。
「………いい香り…」
まるで彼がいるように思えてついそんなことを漏らすと、マリアはふわりと微笑んだ。
「何かお召しになられますか?お花と一緒に採りたての果物も届いておりますよ」
これも毎日のこと。
果物だったり焼き菓子だったり、わたくしが好むものを必ず添えてくれる。
淡い紫色の花を眺めていると彼への想いが溢れて胸が苦しくなり…大切な宝物が脳裏に浮かんで心が温かくなった。
「………マリア…胸が張って痛むわ」
「では乳母にクルト様をお連れするよう申し付けておきますね」
3ヶ月前に生まれた愛する我が子。
父親の血を色濃く受け継いだ息子は、まるで彼をそのまま小さくしたように瓜二つ。
自らお乳を与えることは滅多にない事だと言われたけれど、我が子が一生懸命お乳を含む姿を見ると鬱屈とした心が癒される。
かけがえのない宝物。
「……ねぇ、マリア………セドリック様はいつ頃お戻りになられるかしら」
実家である王城へ戻ってふた月。
未だ待ち望む一報は届かない。
「城仕えの知人に聞いた話ですが…月のものが確認されたそうですので…少なくともあとひと月ほどは掛かるかと」
「……そう…」
待ち望むのは彼の帰宅が叶うから。
けれどそれはつまり……
王太子妃が彼の子を身篭るということ。
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