せめて夢の中は君と幸せになりたい

Ringo

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season3

ふたりきりの夜

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初めてジェイマンの息子に会って僕が…いや、ナディアと息子も驚いたのは、そのあまりにも似た容姿だろう。

違いと言えば皺の数とその深さくらい。

幼い頃の記憶にあるジェイマンそのままだった。

予定していた宿に落ち着き、話題にあがるのはそのことばかり。


「一瞬、過去に戻ったかと思った」

「私も…出会った頃を思い出したわ」


ナディアとそう頷き合っていたら、ジェイマンは笑みを浮かべ…その顔はやはり似ている。


「旦那様も、先代とよく似てらっしゃいます」

「そう?」

「えぇ。容姿もそうですが、家族を大切にされるところですとか…息子への対応に少しばかり甘くて、奥様に叱られがちなところも」

「あら、お父様譲りだったのね」


ナディアに揶揄われてしまいジェイマンを睨んでやると、昔を思い出したのか、お茶を淹れながら小さく笑っていて…僕まで頬が緩んだ。

あまり一緒に過ごせたことはなかったが、それでも両親には愛されていた記憶がある。

父上は、確かによく叱られていた。

母上の呆れたようでいて、どこか楽しんでいるような…そんな笑顔も覚えている。


「それに、ジェイド様は旦那様が幼かった頃にやはり似ていらっしゃる。仔猫を拾われるところまで似るとは思いませんでしたが」

「え?」


辺境伯領特産茶のいい香りに浸っていたら、そんな事を言われて思わず呆けた。

仔猫を拾った?僕が?


「旦那様がまだ歩き始めたばかりの頃、小さな黒猫を庭で見つけたからと拾ってこられたのです。ただ…既に弱っていて、数日で旅立ってしまいましたが」

「……全然覚えてない」

「ずっと抱きしめておいででしたよ。頑張れ、頑張れと声をかけて…痩せて震えていた仔猫も、旦那様の腕の中では甘えていました」

「その頃から、バルトは優しかったのね」

「ですから今のジェイド様を見ていると、私はとても微笑ましくなります。やはり親子だな…と。ちなみに先代様は仔犬でしたね」


なんと父上まで。


「…ジェイマンは我が家の生き字引だな」

「これからも、しっかりお仕え致します」


向けられた笑みに、僕も返す。

本当に、よく仕えてくれている。

娘や孫を失う憂き目に遭い、奥方を亡くしてからでさえも…我が家と僕を支えてくれてきた。

ジェイマンがいなければ、僕はとっくに死んでいたとさえ本気で思う。


「……ジェイマン」

「はい」

「いつもありがとう」


常に傍にある笑顔に、何度も救われてきた。

ナディアや息子同様、失いたくない。


「おとしゃまっ!!おかしゃまっ!!じぇいまんっ!!」


やはりここでも、仔猫の紹介に忙しくしていた息子が勢いよく戻ってきた。

元気だなぁ…と微笑ましくなる。


「ジェイド、乱暴に扉を開けてはなりません」

「うっ…ごめんなしゃい…」


……成る程、こういうところか。

僕はついつい、今日も元気だなぁ…とか、大きくなったなぁ…とか感慨に耽りがちだけど、そこはきちんとナディアが叱る。

両親もこうだったのだろう…僕は父上に叱られた記憶などひとつもないのだから。


「分かればいいのよ、次は優しくね」

「あいっ!!」「にゃっ」


仔猫は常に息子が抱いているが、たとえそうでなくとも傍を離れようとしない。

息子のあとをついて歩き、常に寄り添っている。

まだ出会って二日目なのに、まるで長いこと共にいるような感じだ。


「ジェイド、明日は辺境伯様にお会いするの。きちんとご挨拶しましょうね?」

「あい」


ナディアの言葉に、僕もひっそり緊張する。

この国の繁栄を支え、安全を守り続けている辺境伯…僕もきちんとお会いするのは初めての事。

その立場ゆえ、夜会などに参加はされることも滅多になく、お姿を見たことのない貴族も多い。

噂では大柄で強面…と言われているが、ちらっと拝見した時の印象は、まさにその通りだった。

だがジェイマンの息子によれば、見た目に反して穏やかで優しいお人柄らしい。

その言葉に少しだけ救われた…が、それは平民であるジェイマンの息子だからこその印象だろう。

王家に次ぐ地位であり、国を守る辺境伯である。

貴族である僕に対してはやはり違うと思うし、僕もしっかり心構えをしてお会いしなければ。






******






夜になり、息子は今夜も仔猫と添い寝。

部屋も別でいいと主張したことから、今夜は完全にナディアとふたりきりになった。

静かな帷の中、昨夜と同じようにナディアを抱き締めると…色んな思いが脳裏を過る。

場所が変われば気持ちも変わるのでは…と期待していたが、やはり変わらず。

ふたりでの湯浴み中…も無反応だった事を思い返し、思わず出そうになった溜め息を飲み込んだ。

そんな僕の情けない機微を感じてか、ナディアの方から話し始め…その気遣いに情けなくなる。


「私、明後日が楽しみなの。孤児院がないなか、孤児達はどうやって生活しているのか…話に聞くだけでは分からなかったから」

「そうだね、僕もだよ」


明後日は、辺境伯領を案内してもらえる予定だ。

この辺境伯領には孤児院がない。

王都は勿論、他の辺境や領地にはいくつかあり、辺境伯領ここにもかつてはあったらしいが、もう長いこと使われておらず、今では違う方法で孤児達を育てているという。

親を病や事故で亡くし孤児となった子供達が、どのような環境で暮らしているのか実際に見せてくれるらしい。

特にナディアは自身が孤児院で育ったからこそ、かなり興味を惹かれている。


「明日の事を考えると緊張するけれどね」

「言わないで、僕まで緊張してきた」


ふたりでクスクス笑いながら抱き合って口付けを交わし…以前なら甘い雰囲気になるところだが、やはり僕の下半身は反応せず。

とにかく時間を置いて様子を見るしかない…そう老医師や若先生にも言われたし、ナディアも理解はしてくれているけれど…本当は僕だって抱きたいし二人目も欲しい。

出来ればナディア似の女の子。

可愛いだろうな…どこにもお嫁に出したくないと思うだろうな…と、娘がいる未来を思い描く事は出来るのに。

またナディアを失いかけたら…と思うと、その為の行為すら怖くなってしまう本心が、如実に体へ影響を及ぼしてしまった。

このままの状態が続いたら、ナディアは僕を愛してくれなくなるんじゃないか…そんな風にすら考えてしまうこともある。

体を繋げる事だけが愛ではないが、それが原因で離縁したという話も聞くから…不安は拭えない。


「バルト?」


思わず強く抱き締めてしまい、ナディアが顔をあげて僕の顔を覗きこむ。

ナディアは当初、自分が厳しい状態での出産をしてしまったからだと、自身を責めていた。

だから僕のせいではないのだと。

それは違う、僕が弱くて情けないからだと何度も言ったけれど…きっと今も自分を責めているのだと思う。

行為が出来ない事がナディアに申し訳なくて…そのまま黙って見つめていたら、ナディアから口付けてきた。


「大丈夫よ、ちゃんと分かってる」


息子が生まれてからというもの、どうにも涙腺が緩んでしまったように思う。

ふとした時にナディアを失う恐怖感に襲われ、突然抱き締めては驚かせてしまう事もある。


「…君を愛してるんだ…それだけは変わらない」


むしろ愛しているから、怖くて仕方なくなる。

愛しているから、絶対に失いたくない。


「私も愛してるわ」


ごめんともありがとうとも言えなくて、今度は僕から唇を重ね……この日、久し振りに裸になって睦み合った。

とは言っても僕は反応しないから、挿入はなし。

ナディアの全身に口付けをし、独占欲の証しでもある痕を幾つも残す。

そうしているとナディアの秘所が濡れ始め、本来ならここで僕を受け入れてくれるのに…と悔しく思いながらも、トロトロと溢れてくる蜜を啜る。


「…ぁ……っ、、、バルト……ッ…」


可愛くて愛しくて仕方ない。

幾らでも愛したくて、甘やかしたくて。

ナディアの為ならなんだってしてやりたい。

その為に、陞爵も受け入れた。

孤児達に明るい未来を与えてやりたいと思うのも本心からだが、元はナディアの為。

ナディアを喜ばせたくて始めたこと。


「はっ、、、、ぁ……ッ…バル、、、そこ…っ……」

「気持ちいい?可愛いよ、ナディア」

「キス……して、、、っ……」

「いくらでも」


ナディアが悦ぶことならなんでもしたい。

繋がる事は出来なくとも、出来ることはある。

僕の指や舌で蹂躙されて悶えるナディアは、とても可愛くてとてもいやらしい。


「あぁっ、、っ……まっ、、まって、、、ぁぁっ…!!」

「もっとだよ…ナディア……まだやめない」


もっともっと蕩けてほしい。

ドロドロに愛されてほしい。

何度も達したナディアに口付けながら、芯を持たないながらも擦りつけ、熱と蜜を絡め合う。


「もっ、、ぁ……、、ま、た……ぃ、、、!!」


充分に高められたナディアはそれだけでも簡単に達してしまい、僕の心は満たされていく。

ナディアからの愛撫や口淫には、以前と同様に快感を感じた。

ナディアの中に入りたい…そう強く思うのに、一向に反応を示してはくれなくて。

悔しいやら情けないやら気持ちいいやら…複雑な感情のまま腰を振っては擦り付けた。





やがて達しすぎて疲れきったナディアは眠ってしまい、その寝顔はとても幸せそうで…堪えていた涙が溢れてきた。

僕が怖いのは、出産だけではない。

あまりにも幸せな日常に、忘れていたこと。

忘れてはいけなかった事が、頭から離れない。





息子が生まれて二年…



もうすぐ、前回ナディアの中から僕が消えた日がやってくる。

ナディアに別れを告げられた日が近付いている。


『幸せになってくださいね』


忘れてしまいたい言葉が何度も脳裏に響く。


僕を愛していないナディアの笑顔が甦る。


もう二度と聞きたくない。


もう二度と見たくない。






これが夢なのか現実なのか…未だに不安になる。




この幸せな日常は、僕の願望が見せる都合のいい夢なのか…それとも現実なのか。




それとも小説にあるような、別の世界線や巻き戻りというものなのか。





なんでもいい。






ナディア





僕は君を失いたくない







君のいるこの世界で生きていたい








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