せめて夢の中は君と幸せになりたい

Ringo

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season2

これは夢か現実か

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「旦那様……旦那様!!」


ジェイマンの強い声で意識が浮上して、幸せな夢が終わってしまったのだと絶望感に襲われながら目を覚ました。


が、


「んんっ…………」


夢の中と同じく、左側に温もりがある。


「え……」


存在を確かめればそこにいるのはやはりナディアで…まだ夢の続きを見ているのかと思考が混乱してしまう。


「旦那様!本日は昼過ぎより出仕となっておりますよ!お早くお願いします!」

「あ、あぁ…すぐ起きる……」


これは…夢の続き……でいいのだろうか。

僕の腕の中…すやすやと寝ているナディアの温もりはやたらリアルで…不意に下に手を伸ばせば、そこは確かに行為の形跡があって…


「んん……ばるぅ…」


甘い声音に動揺して思わずぬかるんだままのそこに指をつぷりと入れてしまい、疼いたのか…それとも物足りないのか…もぞもぞとナディアが僕にしがみついてきた。


「……ナディア…」

「ばるぅ……」


すり寄ってくるナディアを抱き締めつつ、口付けながら温かくぬめる中を指で弄りながらイチャイチャとしていたら、ジェイマンが僕を呼ぶため今度は扉を叩いた。


「ぼっちゃま!早く起きてください!」


ジェイマンは時折僕をぼっちゃまと呼ぶ。

いつまでたっても子供扱いするな!と怒りたいところだが、今回は明らかに僕が悪い。

甘えるナディアが可愛すぎて、何もかもがどうでもよく思えてしまった。


「分かった、今すぐいく」


まったく…とぶつぶつ言っている声が小さく聞こえてきたが、まるで親に叱られた子供のような気分になんだか胸が温かくなる。


「……お仕事ですよね…」


すっかり目覚めているナディアが、しょんぼりと寂しそうな眼差しで見つめてくる。

……この目に僕は弱い。


「…うん、行かないと」

「あの…お見送りは……」


頬を染めてしまった原因は分かっている。

…………やり過ぎた。

なんの後処理もせずに眠ってしまったせいで、ナディアの体は大変なことになっている。


「見送りはここで大丈夫だよ。すぐに侍女を呼ぶから湯浴みをしてゆっくり休んで」


僕ができなくてごめん…と告げれば隘路が収縮して、そのまま激しく指を動かし絶頂へと導いた。

ぐったりしているナディアに「行ってきます」と軽い口付けをして、夢なのに仕事なんて行きたくないと思いながら寝台をおりた。






******





「旦那様、こちら先ほど届きました」


手早く自己処理をして身支度を整え、食堂で軽く朝食をとって食後のお茶を飲んでいると、ジェイマンが一通の手紙を渡してきた。

差出人は……


「……トレーシア・コーレス………」


その名前に胸が締め付けられて鼓動が速まるのを感じ、夢の中にまで…と絶望した。


「旦那様の親友であらせられたビノワ様の奥様でいらっしゃいますよね?先日赴いた弔問のお礼状でしょうか」

「……弔問…」

「突然のことで私も驚きましたが…多くのご友人に囲まれて見送られ、お幸せだったと思います」

「……ジェイマン…今日は何日だっただろうか」


頭がガンガンする。

随分長く続いている夢だと思っていたけれど…いや、まだ夢の中かもしれないけれど…


「本日は十七日でございます。ご心配なさらずとも、奥様のお誕生日準備は万全でありますぞ」

「いや…あぁ、そうだな……頼む」


うるさいくらいの鼓動と激しい頭痛に目眩を起こしそうになるのを堪えながら、手紙を開けた。


「……旦那様?どうかなさいましたか?」


書かれている内容に驚きを隠せずにいるとジェイマンの呼び掛けが聞こえてきたが、それに答えるだけの余裕はなく、とにかく頭の中を整理し組み立てることに必死だ。

……そうだった…

ナディアの誕生日パーティーの数日前にこの手紙が届き、愚かな僕はひとつ目の過ちをおかした。

夫の急死で気落ちしていることと、相談したいことがあるからとの内容に、僕は誘われるままふたりで会うことを了承して…出来る限りの事をさせて欲しいと申し出た。

そして、気晴らしになればいいとナディアの誕生日パーティーにも誘い…元気付けようとナディアよりもトレーシアと多く過ごし……

今になって思い返すと、ふたりで会った時からやたらと距離が近かったし、パーティーには露出の高いドレスで現れとても気落ちしている未亡人という雰囲気は皆無だったように思う。

あの時は、健気にも気丈であろうと努力しているのだと思っていたが…それがそもそも僕の勘違いなのだとしたら…


「旦那様?…大丈夫ですか?」

「……あぁ…返事は出仕してから書くよ」


この状況は不思議に感じるけれど、やはりこれは夢なのだろう。

そうでなければ…まさか時が巻き戻った…?

そんな小説や物語のようなことがあるか?

どちらにしても…



間違えるわけにはいかない。






******






出仕後、トレーシアには当たり障りない励ましとふたりで会うことは出来ない旨を記した内容の手紙を送った。

念のため、受け取ったトレーシアが僕の不在中に屋敷に来ないよう、帰りがけに。

それが功を奏したと思えたのは、帰宅後。


「旦那様、ビノワ様の奥様がいらしております」


ナディアと夕食をとってふたりでお茶をしていた時、予想通りトレーシアが来訪した。

非常識とも言える時間の来訪に、なぜ?と首を傾げるナディアを抱き寄せ理由を問えば、


「とにかくお会いしたいと一点張りで…今はまだ玄関でお待ちいただいております」


と、子供も連れていることも告げられる。

しかも乗ってきた馬車は返していると言われ、仕方なく応接室に通すよう指示をし、すぐに帰ってもらうから持て成しはいらないことも伝え、帰りの馬車を手配させた。


「使うのは家紋の入っていない馬車を」


我が家の家紋入りで送り届けたら、そこからどんな噂が広がるか分かったもんじゃない。

夫人同士が親しいのだと周知されていればともかく、ナディアとトレーシアの間にそういった付き合いはない。

トレーシアは、ナディアに対して初めから棘のある態度だった。


「……バルト様…?」


間違えることの出来ない緊張感が伝わってしまったのか、ナディアが不安げに僕を見ている。

手紙の件と僕の考えを伝えておいてよかった。

もう何一つ誤解を与えたくない。


「大丈夫だよ、すぐにお引き取り願おう」


ナディアの腰を抱いて応接室に向かい、扉が開くとトレーシアが勢いよく駆け寄ってきた。

そのまま抱きつこうとするのをジェイマンが制止すると、なぜかナディアを睨み付ける。

あぁ、やはり…


「コーレス夫人、お掛けください」

「……っ、えぇ…」


渋々といった不機嫌さを隠しもせず、ナディアを睨み付けたまま向かいに腰を下ろす。


「このような時間にどのようなご用件で?」


声をかけると、甘えて媚びるような視線を僕に向けてきて…その態度にナディアがピクリと反応したことが、腰に回している手から伝わってきた。


「えぇ…こんな時間に申し訳ありません。どうしても寂しくて…とてもひとりで過ごす気持ちになれなくて…」

「まだビノワが亡くなって日も浅いですからね。しかし、このような時間に小さな子供まで連れて外に出られるのは如何なものかと」


夜は肌寒い季節だというのにやはりドレスはやたらと露出が高く、とても亡き夫を偲んでいるようには見えない。


「この子も寂しがって…バルト様には夫の生前からとても可愛がってもらっていましたから、お会いするべきだと思いましたの」


私もお会いしたかった…と目を潤ませているが、そんな姿に僕が心を動かされることはない。

ナディアは不安になったのか、少し身動いで僕に体を寄せてきたので、心配いらないよと腰をさらに強く抱き寄せた。

すると、またトレーシアはナディアを睨む。

こんなにあからさまな態度を、なぜあの時の僕は気付かなかったのだろう。


「そうですか。ですが僕にしてあげられることはありません。もう夜も遅いですし、帰りの馬車は用意させましたのでお引き取りください」

「ですがっ…その…」

「以前、ビノワから夫人のご実家が大変な状態であることは伺ってはおりましたが、そちらに関してお悩みのことがあれば、専門の窓口にご相談なさることをお薦め致します」

「バルト様に手助け頂きたいわ」

「出来かねます。僕は自分の領地運営や騎士の仕事で手一杯ですので、お手伝い出来ることはありません」

「では…せめて今夜はこちらに……」

「そちらもお断りさせていただきます。夫人との付き合いはビノワを通じてのものでしたし、たとえ子供を伴っているとしても、妙齢の女性をお泊めするわけにはまいりません」


一切の関与を否定すると、分かりやすく肩を落とし…そしてまたナディアを睨む。

このやり取りで、僕はトレーシアを夫人と呼んでいたことも思い出した。

別館に住まわせるようになって、是非名前で呼んでほしいとねだられ呼ぶようになったんだ。

どこまでも馬鹿だった。


「そんな冷たいこと仰らないで…それに…もう夫もおりませんので、私のことはトレーシアと名前で呼んでいただきたいわ」

「お断り致します。家族ではない女性を名前で呼ぶなど、あらぬ誤解を受けかねません」

「そんな…私とバルト様の仲なのに……」

「ビノワを通じてのお付き合いしかございませんでした。今後それらが変わることはありません」


トレーシアからの要望をすべて潰していくと、ナディアから不安と緊張の強張りが溶けていくのが分かる。

もう傷付けない。


「……奥様に何か言われましたの?」

「ナディアは関係ありません。勿論、愛する妻にあらぬ誤解を与えたくない思いはありますが、それは僕自身の意思です。突然のことで大変なこともあるでしょうが、問題はそれぞれの専門家にご相談ください」

「…私のことが心配ではないの?」

「亡き親友の残した家族…といった点では心配する部分もありますが、それだけです。これ以上は時間の無駄ですから、お引き取りください」


ジェイマンに合図して立席を促し、僕とナディアは見送る意思がないことを伝えるため立ち上がらない。


「お気をつけて、コーレス夫人」


顔を歪め悔しそうな眼差しをナディアに向け、息子の手を乱雑にとってトレーシアは出ていった。

その様子を見送り扉が閉まると、ナディアが小さくふぅ…と息を吐いて、僕に寄りかかってきた。


「……帰らないかと思った…」

「その時は無理矢理にでも帰したよ」

「…何もしなくていいんですか?」

「いいんだよ。ああいう女性は、誰かしらに寄りかからないと生きていけないんだ。たまたま僕との接点があったから狙われたけれど、それに応えてやる義理はない」


僕が守りたいのはナディアだけだから。





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