1 / 37
season1
失われたもの
しおりを挟む
夢を見た。
色とりどりの花びらが舞う中、真っ白なウェディングドレスを着て幸せそうに笑い、嬉しそうに僕の名前を呼んでくれた美しい人。
お揃いの指輪が嬉しいと、そう言っていつも左手薬指をなぞっていた。
僕の髪を輝く金糸のようだと指を通し、瞳は空を写したようなスカイブルーだと見つめてくれた。
薄い唇は柔らかくて温かいと言って、いつも触れては口付けを強請っていた。
─────それらはすべて、過去のこと。
******
「…………記憶喪失…?」
「えぇ。恐らく事故に遭われた際の衝撃のせいかと思われましたが…この十年に渡る人間関係に関する記憶が抜けていますので、恐らく心因性の影響が大きいかと」
「……心因性…あの…記憶は……」
「戻るとも戻らないとも…なんとも言えません」
医師の並べる現状についての報告が頭の中をぐるぐると回り、何が起きているのか理解することが出来ない。
記憶喪失?
この十年を忘れている?
「……結婚…していたことは…」
申し訳なさそうに首を振る医師の様子に、僕を襲ったのは深い絶望。
これは罰なのだろうか。
幸せにすると誓いをたてたにも関わらず、君だけを愛すると誓ったのにも関わらず、君に愛されていることに驕っていた愚かな僕への罰。
『バルト様!!』
花が綻ぶような笑顔で僕の名前を呼んで駆け寄ってくる君には、もう会えないのだろうか。
君を傷付け、裏切り続けた僕はもう……
君に愛してもらうことは不可能なのだろうか。
******
「おかえりなさいませ」
「…………あぁ」
重い足取りのまま自宅に戻ると、厳しい顔をした執事のジェイマンが出迎えてくれた。
そう言えば、彼が眉間に皺を寄せて僕を見るようになったのはいつからだっただろう。
主に対して物申してくれる数少ない人間であったのに、僕は彼らのことも蔑ろにし続けてきた。
「奥様にはお会いできましたか?」
「……いや…会えなかった……」
「…左様でございますか」
失望…そんな意思が見てとれる視線を向けられ、自分の不甲斐なさに苦しくなる…そんな権利などないというのに。
「では、お手続きについてはまだ…」
「されていない…まだ婚姻関係は続いていることになっている…」
「…旦那様からはなさらないのですか?」
「……僕からするつもりはない」
たとえ僕が拒絶をしても、彼女から正式に申し出がされれば認められるだろう。
それを望まれるのは明日なのか、来月なのか…それだけの違い。
それでも僕からしないのは、最後の悪足掻き。
彼女が自分は人妻なのだと知った時、きっとどんな男と結婚していたのか…どんな結婚生活を送っていたのかと調べるだろう。
…また君を傷付けることになる。
それでも、どうしても僕から君の手を離すことはしてやれないんだ。
自分勝手で卑怯だと分かっていても、君と繋がっている唯一を失いたくない。
「……もう…解放してさしあげるべきなのでは」
そんなことは僕が一番分かっている。
だけど出来ない。
「…とりあえず今日はもう休むよ」
「そうですか……それでは、本日旦那様はいらっしゃらないことを別館にお伝えしておきます」
「……すまない…」
痛いほどの視線を背中に受けたまま、向き合う勇気さえなくて自室に入り扉を閉めた。
閉まる寸前に嘆息が聞こえたのは、もう僕に対して何も期待していないと言うことだろう。
別館にはもう三ヶ月行っていない。
多くの反対を押しきり自ら望み、大切な人を傷付けてまで選んだことなのに…戻れるならそう選択する前に戻ってやり直したい。
君がいないとこんなに空っぽになるなんて思いもしなかった。
君がいないとこんなにちっぽけな自分になるなんて知らなかった。
『バルト様…大好きです』
「ナディア……っ…」
言い訳にしかならないけれど、君を失ってまで守りたいものなんてなかったんだ。
君を傷付けてまで手に入れたいものなんて、なにひとつなかった。
「ナディア…ごめん……ごめん…っ……」
君が僕にたどり着くまで…
君が僕をもう一度嫌いになるまで…
僕は君の夫でいたい…………
色とりどりの花びらが舞う中、真っ白なウェディングドレスを着て幸せそうに笑い、嬉しそうに僕の名前を呼んでくれた美しい人。
お揃いの指輪が嬉しいと、そう言っていつも左手薬指をなぞっていた。
僕の髪を輝く金糸のようだと指を通し、瞳は空を写したようなスカイブルーだと見つめてくれた。
薄い唇は柔らかくて温かいと言って、いつも触れては口付けを強請っていた。
─────それらはすべて、過去のこと。
******
「…………記憶喪失…?」
「えぇ。恐らく事故に遭われた際の衝撃のせいかと思われましたが…この十年に渡る人間関係に関する記憶が抜けていますので、恐らく心因性の影響が大きいかと」
「……心因性…あの…記憶は……」
「戻るとも戻らないとも…なんとも言えません」
医師の並べる現状についての報告が頭の中をぐるぐると回り、何が起きているのか理解することが出来ない。
記憶喪失?
この十年を忘れている?
「……結婚…していたことは…」
申し訳なさそうに首を振る医師の様子に、僕を襲ったのは深い絶望。
これは罰なのだろうか。
幸せにすると誓いをたてたにも関わらず、君だけを愛すると誓ったのにも関わらず、君に愛されていることに驕っていた愚かな僕への罰。
『バルト様!!』
花が綻ぶような笑顔で僕の名前を呼んで駆け寄ってくる君には、もう会えないのだろうか。
君を傷付け、裏切り続けた僕はもう……
君に愛してもらうことは不可能なのだろうか。
******
「おかえりなさいませ」
「…………あぁ」
重い足取りのまま自宅に戻ると、厳しい顔をした執事のジェイマンが出迎えてくれた。
そう言えば、彼が眉間に皺を寄せて僕を見るようになったのはいつからだっただろう。
主に対して物申してくれる数少ない人間であったのに、僕は彼らのことも蔑ろにし続けてきた。
「奥様にはお会いできましたか?」
「……いや…会えなかった……」
「…左様でございますか」
失望…そんな意思が見てとれる視線を向けられ、自分の不甲斐なさに苦しくなる…そんな権利などないというのに。
「では、お手続きについてはまだ…」
「されていない…まだ婚姻関係は続いていることになっている…」
「…旦那様からはなさらないのですか?」
「……僕からするつもりはない」
たとえ僕が拒絶をしても、彼女から正式に申し出がされれば認められるだろう。
それを望まれるのは明日なのか、来月なのか…それだけの違い。
それでも僕からしないのは、最後の悪足掻き。
彼女が自分は人妻なのだと知った時、きっとどんな男と結婚していたのか…どんな結婚生活を送っていたのかと調べるだろう。
…また君を傷付けることになる。
それでも、どうしても僕から君の手を離すことはしてやれないんだ。
自分勝手で卑怯だと分かっていても、君と繋がっている唯一を失いたくない。
「……もう…解放してさしあげるべきなのでは」
そんなことは僕が一番分かっている。
だけど出来ない。
「…とりあえず今日はもう休むよ」
「そうですか……それでは、本日旦那様はいらっしゃらないことを別館にお伝えしておきます」
「……すまない…」
痛いほどの視線を背中に受けたまま、向き合う勇気さえなくて自室に入り扉を閉めた。
閉まる寸前に嘆息が聞こえたのは、もう僕に対して何も期待していないと言うことだろう。
別館にはもう三ヶ月行っていない。
多くの反対を押しきり自ら望み、大切な人を傷付けてまで選んだことなのに…戻れるならそう選択する前に戻ってやり直したい。
君がいないとこんなに空っぽになるなんて思いもしなかった。
君がいないとこんなにちっぽけな自分になるなんて知らなかった。
『バルト様…大好きです』
「ナディア……っ…」
言い訳にしかならないけれど、君を失ってまで守りたいものなんてなかったんだ。
君を傷付けてまで手に入れたいものなんて、なにひとつなかった。
「ナディア…ごめん……ごめん…っ……」
君が僕にたどり着くまで…
君が僕をもう一度嫌いになるまで…
僕は君の夫でいたい…………
6
お気に入りに追加
2,604
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。
結婚だってそうだった。
良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。
夫の9番目の妻だと知るまでは――
「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」
嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。
※最後はさくっと終わっております。
※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる