【完結】妻至上主義

Ringo

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結婚式

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雲ひとつない空が広がる朝。

国内最古の歴史を誇るふたつの貴族が婚礼の義を執り行う教会には多くの招待客が訪れ、招待そうではない貴族や平民も周りを取り囲んでいた。

領地はひと月前からお祭り騒ぎで、ここ10日ほどは招待客だけでなく見学者が押し寄せるようにして訪れていた為、その対応にも追われている。

連日満室となっている宿屋を筆頭に、レストランや雑貨屋などありとあらゆる店が歴代最高の売上を更新し続ける日々。

人気第1のお土産は、2人の絵姿が描かれたクッキーを含む焼き菓子の詰め合わせ。


「これ、どうやって描かれたのかしら?」

「絵筆とインク?でもそれだと食べられないわ」

「それが食べられるらしいのよ。しかも美味しいからまとめ買いしちゃったわ」

「あら、わたくしもよ。残念ながら来られなかった友人達にも頼まれたから」

「私が行った時には売り切れていたの…でも明日また販売されるらしいし、後日送ってもくれるそうだから安心よね」


まるで“魔法”でも使ったかのような不思議な絵姿クッキーは爆発的に売れ、製菓店はもちろん材料を卸す商会や農家にまで恩恵は広がった。






正式に招待されたのは国内外の王侯貴族達だが、あくまでも“個人的”に交流がある者達だけが招待状を手にしていた。

なかには滅多に顔を見せない国外の王族もいたりして、その錚々たる顔ぶれに参列者達は両家が築いてきた地位とその存在の気高さを再認識する。

自国の代表として最前列に座るのは両陛下。

そしてその後ろには、帰国後立太子した王太子と妻の王太子妃が座している。

4名が揃って参列するなど例がなく、それだけこの両家がこの王国にとって如何に重要なのかという事を国内外の者に示した。


「我が家より純血なんじゃないかしら」


苦笑してそう言うのは王妃。

歴史を辿れば、王家には子が成せずに遠縁の女系から養子を迎えた過去がある。

それに引き換え、両家は常に直系の嫡男を後継者に据えて血を繋いできた。

国を治めるにあたって大切なのは“純血”という血統だけではないが、やはり尊重する者もいる。


「我が家と違って愚か者がいた過去もないしな」


王妃に続いて国王も苦笑するが、過去を嘆いても国は潤わないし民の腹は膨れない。

王家が成すべきは国の安寧と民の幸福。

王位についてそれなりの年月を過ごしてきた2人だが、参列者の中には初めて顔を合わせる国の重鎮もいる事を確認している。

この場では叶わないが、挙式後に開かれる披露宴ではそれなりに会話を交わせるだろう。

屋内外にズラリと並ぶ各国の護衛騎士達の様子を見やってから、今この場が世界で1番安全なのではと思考を巡らせた。






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参列者が全員着席して静寂が広がると、まずは新郎である公爵家嫡男アルバートが友人達と共に祭壇に立ち並び、そこで花嫁の到着を待つ。

ゆったりとした時間が流れたのち、厳かな扉が開かれふたつの人影が姿を現した。

メルロー侯爵とその娘である。

感涙で腫れたであろう目を尚も潤ませる父親にエスコートされているのは、侯爵家初のご令嬢。

Aラインのウェディングドレスからは見事なトレーンが流され、俯き加減の顔はベールで隠されていて表情は窺えない。

この扉が開かれる直前、母親の娘に対する最後の役目として紅を引いてもらった。


『少し俯いて向かいなさい。花嫁の顔を初めて見るのはベールを挙げる花婿よ』


そう言った母の手によってベールがかけられ、視界がぼやけた。

それはベールのせいだけではなく、もう母に甘えているだけの娘ではなくなる寂しさから。

そんな娘の様子を察した父親が、グローブを嵌める手を取って腕に絡める。


『辛いことがあればいつでも帰ってきなさい。嫁に行っても娘であることには変わりないんだ』


そう言う父親の声は涙混じりで、自分より泣いて真っ赤な目をしていた事を思い出して心が温かくなった。










赤い絨毯が敷かれたバージンロードを父親とゆっくり進み、その先で待つ新郎の元へと向かう。

その道すがらでリリーチェはこれまでの16年を振り返っていた。

同じ祖先を持つ両家にとって初めての娘だったから、これでもかと甘やかされてきた自覚はある。

それでも由緒ある侯爵家令嬢としてマナー教育はとても厳しかったし、泣き疲れて寝てしまい朝を迎えたことも数え切れないほど。

実は苦手な語学習得も頑張れたのは、他国との繋がりが多い公爵家に嫁ぐ為。

何度針で指を刺そうと刺繍をし続けたのは、贈ると嬉しそうに笑ってくれる彼の為。

難しい地理や数学に必死で食らいついたのは、領地経営する旦那様の助けになりたいから。

今まで努力した全ては愛する人の為。


『女性は愛されて綺麗になるのよ』


結婚式が迫った時に母親から言われた言葉。

彼の為に綺麗になりたいと思った。

彼に喜んで欲しくて美容を心がけた。

リリーチェを作る全ての要素は、全て愛するアルバート…ただひとりの為に作り上げられたもの。


「リリー」


父親から名を呼ばれて顔をあげると、もう彼の前に着いていた。

組んだ腕を解いて握られた手の甲に、父親は優しくキスして微笑む。


「幸せにおなり」

「……っ…はい…」


娘の返事に満足した父親は、もう1度しっかり手を握ってから新郎へ託す。


「頼んだぞ、アルバート」

「お任せ下さい」


しっかりと頷いた花婿に手を…


「……義父上ちちうえ…離してください」

「あぁ…」


なかなか離さない。


「…お父様……改めて申し上げます。今日…この時まで私を守り、育ててくれてありがとうございました。私は心から、お父様とお母様の娘でよかったと神に感謝しております……だからこそ、娘として甘えられなくなることが寂しかった…だけどお父様は仰ったから…いつまでも娘だと…そう仰ってくださったから……安心して彼の元に嫁げますわ」


ベールの奥で、一筋の涙が流れた。

父親の脳裏に…笑顔の娘、怒った娘、泣いている娘…と、これまでの様々な姿が駆け巡る。

そして何より思い出すのは…


「リリーの産声を聞いたあの日、父様とうさまは全力で愛して守り抜くと誓ったんだ。だけどその役目はもう終わりなんだな…寂しいけど…悔しいけど…アルバートに引き継ぐことにするよ」


そう言って、漸くアルバートに娘の手を預ける。

その様子にホッとする者…涙する者と様々。

さぁ、いざ祭壇にいる神父の前に…といったところでリリーチェが父親を振り返った。


「お父様…愛してますわ」


『おとしゃま、だいしゅき!!』


侯爵は堪えていた涙をボロボロと流しながら、嗚咽混じりに自身の妻の元へと戻っていく。


「っ……では、始めさせて頂きます」


つい先日溺愛する姪っ子の式を終えたばかりの神父の目にも、涙が滲んでいた。









「嫁ぐと行ってもお隣さんなんだけどね」

ボソッと呟いたのは侯爵家嫡男。

父親は泣き続けている為に気付いていないが、耳に届いた母親が「こらっ」と叱った。







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