【完結】妻至上主義

Ringo

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翻弄される近衛騎士

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デビュタント達はパーティーの開始前に王家の面々に挨拶をする。

その順番は爵位順である為、国内最古である侯爵家令嬢のリリーチェの順番は早い。

アルバートにエスコートされながら、両陛下と王子王女殿下が並ぶ御前に立って最上礼をとった。

普段なら声がかかるまでそのままの姿勢を保つのがだが、この日はすぐに姿勢を戻すことを前もって許可されている。

数多くいるデビュタント達を捌き切る為に。


「久し振りね、リリーチェ」

「はい、王妃様」


ニッコリと微笑み合う2人は、どことなく雰囲気が似ている。

それもそのはず王妃の出自はメルロー侯爵家の傍系で、母親である侯爵夫人と王妃はハトコという近い血筋なのだ。


「アルバートも長きに渡りご苦労であった。無事に第1王子を帰国させたこと、感謝する」

「有り難きお言葉にございます」

「リリーチェ嬢にも負担をかけたな」

「いえ、騎士の妻とは時に夫の長い留守を預かり家を守らねばなりません。その気構えをする機会を与えて頂いたと、わたくしから感謝を申し上げる所存でございます」

「そうか…そう言ってくれるのだな。息子はいい側近ばかりか、側近その者を支える女子おなごにも恵まれたようだ。5年という月日をかけたからこそ、素晴らしい婚約者も連れて帰ってきた。国交も安泰するし言うことなしじゃよ」

「俺からも礼を言うよ、リリーチェ嬢。長いことアルバートを引きずり回してすまなかった」


第1王子の謝罪に焦ってしまうが、腰に回る手が「大丈夫」とでも言うように優しく撫でる。

そのせいで違った意味のドキドキをしてしまったリリーチェは、視線はランドルフと合わせたままポっと頬を染めた。


「ん?どうした?」


まさか自分に懸想したか?と思うも、ふと視界に入れたアルバートの仕草に苦笑してしまう。

王族の前で抱き寄せ過ぎな点も通常なら問題とされるのに、さりげなく親指で腰を撫ぜるなど言語道断…なのだが、漸く再会出来たばかり。

その原因が自分にある事は承知しているので、さっさと2人きりにさせてやる事にした。

それは陛下も同じだったようで、


「まだゆっくり話も出来ておらぬのだろう?これで挨拶は終わりにしよう」


その言葉に2人はもう一度深く礼をし、仲睦まじく歓談が繰り広げられている場へ戻っていく。






୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧






そろそろダンスが始まろうという時刻になり、デビュタント達がダンスホールに集まり始める。

中央には公爵家と侯爵家の子女が位置し、その周辺を取り囲むように伯爵家・子爵家・男爵家の子女が立ち並んだ。


「こうしてダンスをするのは初めてだね」

「そうね…足を踏まないようにしなくちゃ」

「リリーに踏まれるなら本望だよ」


優しく微笑んで、緊張しているリリーチェの腰をさりげなく抱き寄せる。

まだアルバートが入学する前に踊ったことはあるが、その時の2人は10歳と3歳。

ダンスというよりお遊戯だった。

足元でクルクル回りながらきゃっきゃっと笑うリリーチェを、アルバートがそれっぽく相手していただけ。


「練習相手も僕が務めたかったな」


音楽が奏で始められ、一斉に踊り出す。

本来ならデビュタントに向けたダンスレッスンの相手は婚約者が務めるが、離れていた為にその役目を担ったのはリリーチェの父親と兄達。

リリーチェには内緒とされたが、こっそり届けられたアルバートからの手紙で『他人に任せないで欲しい』『家族以外の男には触れさせないで欲しい』と懇願された結果そうなった。

ちなみにアルバートのダンス講師をしたのは侯爵夫人である。


「上手だよ、リリー」

「ふふっ…頑張ったもの」


心配していたような足を踏む粗相もなく、実に優雅な足取りを見せるリリーチェ。

さすがは侯爵家の男性陣…と内心でひとり言ちたところで、意外な言葉が飛び出した。


「1番しっくり踊れたのがウォルターおじさまだったんだけど、やっぱり親子って似るのね」

「……父上と踊ったの?」

「?えぇ、何度も御相手して頂いたわ」


嬉しそうに顔を綻ばせてクルクル回ったリリーチェを、強く抱き寄せてしまった。

あまりの力強さと勢いに驚いたが、向けられた瞳に激しい嫉妬の炎を見つけて鼓動が速まる。

と同時に、リリーチェにも嫉妬が湧いた。

音楽は2曲目へと変わり、スローな曲調に合わせて皆が一様に体を寄せ合う形で踊っている。

ここぞとばかりにリリーチェも身を寄せると、むぎゅっと胸を押し付けながら上目遣いでアルバートを見上げ、首に腕を回す…振りをして首筋に指を這わせた。母親直伝の技である。


『これに落ちない殿方はいないわ』


今でもそれをすると侯爵は妻を寝室に引き込んで籠るのだが、そこまでの効果がある事をリリーチェは知らない。

免疫のある侯爵でさえそうなるのに、免疫ゼロの童貞である。目出度く嫉妬は霧散し、代わりに湧いてはならぬ感情が込み上げてしまう。

ついでに立ち上がりそうになるものを、そうとは気付かれぬよう冷静を装いつつ必死に抑え込む。

しかし相手は本気で篭絡する気満々。

高いヒールを履いているせいで顔も近く、少しでも寄せれば触れてしまう程の距離にぷるんと潤う唇がそこにある。

煩悩とひとり戦うアルバートのことなどお構い無しに、リリーチェの攻撃は止まらない。


「ねぇ…アルバート」

「な、なに?」


心なしか甘く感じるのは声音か吐息か。


「…親しくしている女性がいるの?」


言い切ってリリーチェの瞳に膜が張った。

反射的にその涙を拭おうと口付けてしまい、黄色い声があがる。

だがアルバートにはそれどころじゃない。


「親しくしている女性?なんのこと?」

「…噂があるの…アルが…向こうで女性と2人きりでカフェでお茶したり…宝石を買っていたって」


再びうるっと盛り上がった涙を、もう一度キスして慰めながら頭を働かせる。


「えっと…記憶にないんだけど……誰かと見間違えたとかじゃない?」

「確かにアルだったって明言したそうよ…お相手については見たことがないから…あちらで知り合った人で…恋仲になったんじゃないかって…だから私……っ…」


キスで吸い取っても追いつかないほどに涙が溢れ出ようとし始めたところで、漸く音楽が止んだ。


「リリー…誤解があるようだから話をしよう」


ダンスの終わりを示す礼をとるや否や、アルバートはリリーチェの腰を抱いて連れ去るように庭園へと姿を消した。







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