【完結】妻至上主義

Ringo

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葛藤の再会

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𓂃𓈒𓏸︎︎︎︎




天候に恵まれたデビュタント当日、メルロー侯爵家が所有するタウンハウスの前に1台の馬車が乗り付けた。

中から降りてきたのはアルバート。

近衛騎士の正装を身につけ、胸元にはデビュタントのエスコート役を示す白薔薇が飾られている。

カフリンクスとラベルピンに輝く石は、婚約者の瞳を思わせるグリーンガーネットで、どちらもこの日の為にリリーチェから贈られたもの。


「メルロー侯爵、夫人…お久しぶりです」


5年振りに顔を合わせた2人に、アルバートは最上級の騎士礼をとってから挨拶をした。

出立した時よりも更に逞しくなり、顔色は勿論よくて健康である事が窺える。

その姿を見て「無事で何より」と夫妻は胸を撫で下ろしたが、亡き公爵夫人に代わって母親の役目を担ったと言っても過言ではない侯爵夫人は、目に涙を浮かべてアルバートを抱き締めた。


「おかえりなさい、アルバート」


その優しい抱擁と声音に、漸く帰ってこられたとアルバートも胸に想いをこみあげさせた。


「ただいま戻りました」

「さぁ、リリーチェを迎えに行こうじゃないか」


もうひとりの父親と思っている侯爵に促されて、夫妻のあとに続いて階段下に向かう。


「絶対、びっくりするわよ」


夫人の言葉に首を傾げた。

商会には『流行を押さえながらリリーチェの魅力をふんだんに引き出すデザインを頼む』と伝えていたが、当日を楽しみにしようとデザイン画は1度も見ていない。

しかし、アルバートはその決断を激しく後悔することになる。


「お待たせ致しました」


優雅な足取りで階段を降りてくるのは、女神かと見紛うほどに洗練された女性。

後光でも差しているのかと思うほどに眩いその女性は、一歩…また一歩と近付いてくる。


「……アルバート様?」


間近に迫った女神の淡い栗色の髪は複雑に編み込まれており、肌はきめ細やかに磨かれていて薄く色付いた唇はぷるっと潤っている。

それだけでも色々と衝撃なのに、更なる追い打ちをかけたのは他でもない体のライン。

最後に会ったのは5年前で、当時は10歳らしい…ランドルフが言うところの“幼児体型”だった。

それが今や立派な女性に成長している。

固まるアルバートの様子に首を傾げたせいで、流されている髪がサラリと胸元に移動した。

ついその動きを目で追ってしまい、視界に飛び込んできたのは5年前には存在しなかった膨らみ。

しかもたわわに盛り上がっている。


「……どこかおかしい?」


あまりにも無言なので、不安になったリリーチェが目に涙を滲ませてしまった。

この日の為に睡眠もたっぷりとって、髪や肌の状態にも細心の注意を払ってケアしてきた。

ドレスを美しく着こなせるよう、食事の栄養管理も徹底したし慣れない運動もしたのだ。

努力が足りなかったのかと落ち込むリリーチェの涙声に、漸く我に返ったアルバート。


「っ……いや、そうじゃなくて……あまりにも綺麗だから驚いてしまったんだ。それに……ドレスもよく似合ってる」


昔のくせでつい涙を滲ませた眦にキスをしてしまうが、もうしゃがまなくとも出来る事に気付きいて心臓が早鐘を打ち始める。

ランドルフが言った『少女から大人の女性に変わる』という事を、深く実感した。


「今夜は宜しくね?」


化粧ではなく頬を染めたリリーチェに手を差し出され、その甲にキスをしてから腕に絡めさせる。

馬車までエスコートしながら、腕に感じる柔らかな感触に何度も唾を飲み込んだ。

この5年でリリーチェは15歳になったが、アルバートも22歳になっている。

色々と多感すぎるお年頃なのだが、降って湧いた下心に動揺してしまい、実はリリーチェが意図して押し付けていることにはまるで気付かず、そんなアルバートの様子を盗み見てリリーチェはこっそりほくそ笑んだ。

いざとなれば身を引こうと決めたのだが、やっぱりやめたのである。

生まれた瞬間から婚約者で、15年間の月日で築いてきた想いは簡単に断ち切れない。

それならば…と、リリーチェは改めてアルバートを篭絡することを決めた。

幸いにも体の成長は早く、男性が喜ぶという胸の膨らみも手に入れたので使わないという選択肢はない。むしろ超活用する所存だ。


「っ…気を付けて」


乗り込む為のステップに足を乗せるとアルバートの大きな手が細い腰を支えた…のだが、どうやらまたも何かしら衝撃を受けたらしい様子にリリーチェは心を弾ませる。


「ありがとう、アル」


優雅な所作で乗り込んだリリーチェにアルバートも続いたが、向かいに座るとすぐに両手で顔を覆い、肘と膝をくっつけてしまった。

隠しきれない耳は真っ赤である。

腰を支えた時に、ドレスのラインで分かってはいたがその細さに驚き…次いでそこからすぐ下にある可愛らしい丸みに目が釘付けとなったのだ。

思わず触れそうになった本能を抑えたのは、10年以上も勤しんできた鍛錬のお陰か。

リリーチェは満面の笑みを浮かべて小窓から両親と使用人達に小さく手を振り、走り出してから姿勢を戻してアルバートと向かい合う。

……まだ肘と膝はお友達だ。


「アルバート様?具合でも悪いんですの?」


分かっていながら聞いてみる。

ついでに手を伸ばして未だに赤い耳朶に触れた。

ビクッと反応した様子に、リリーチェの心はますます弾んでカーニバル状態。


「アル?……やっぱり私の装い…変かしら」

「そんなことないっ」


やっとあげてくれた顔は真剣そのもので、しかし目が合った瞬間に蕩けるような笑みを見せた。

まだ自分にも勝率があるのだと己を鼓舞する。

どこの誰か知らないが、ぽっと出の女になんて負けていられない!!と。

その全てがリリーチェを含む全員の勘違いなのだが、それに気付くのはもう少し経ってから。

今は2人きり…ではないものの、広い馬車内でそれぞれの侍女と侍従は空気に徹している。


「装いは本当に似合ってる。でも…」


そう言い淀んで、アルバートは眉を下げた。

何が言いたいのか理解しているリリーチェ。

さりげない仕草で胸元の谷間に指先をあて、「このデザインはまだ早かった?」と首を傾げる。

途端にアルバートは鼻と口を覆うようにしてから激しく首を横に振り、アイザックの気持ちを痛いほど理解した。

愛しい相手の一挙手一動で翻弄されてしまう。

ましてリリーチェは意図して篭絡にかかっているので、色々と(略)なアルバートには刺激が強い。


「マーメイドラインというもので、今シーズンの流行だそうなの。折角アルから贈られたから、着こなせるように気をつけたのよ。少しでも太っちゃうとラインが崩れちゃうから」

「っ……うん…素敵……です」

「よかった」


アルバートの反応に満足してご機嫌なリリーチェを乗せた馬車は、あっという間に王宮へ到着。

高位貴族のタウンハウスは王宮に近い。


「足元に気を付けて」

「えぇ」


先に降りたアルバートの手をとり優雅に馬車を降りるリリーチェ。

多くの人がその様子に目を奪われた。

近衛騎士の正装に身を包む男性が誰なのかは馬車の家紋から推測出来たが、ならば相手はなのだとそこかしこで囁かれる。

リリーチェと学園で顔を合わせている者すら、その美しい容姿とスタイルに気付けない。


「あの美しい女神は誰だ?」


そんな呟きがアルバートの耳に届いて、思わず添える手に力が入ってしまった。

リリーチェも本当ならここで「きゃっ」とか言って抱き着きたいが、そんな事をすれば周囲から侯爵家のマナー教育を疑われてしまう。

しっかりと足を地につけ、けれど洗練された所作でステップを降りきったところで、流れるようにアルバートの腕に手を絡めた。


「ありがとう、アルバート」

「どういたしまして、僕のリリーチェ」


そのやり取りで、漸く周囲は2人が5年もの長い間離れていた渦中の人物だと気付き、改めてリリーチェの美貌に視線を集中させる。


「あんなに綺麗だったか?普段は化粧なんてしていないから分からなかった」


そう言ったのは学園の同級生。

校則のひとつとして、デビュタント前の令嬢が化粧をして登校することは禁止されていた。

まずは見た目より中身。

その教育方針が齎した反応である。


「誰だよ…リリーチェ嬢を“寸胴”とか“ぽっちゃり”とか言った奴」


そう下世話な発言をしたのは、国立学園を卒業したばかりの初級文官。

宰相補佐を務める父親に届け物や差し入れをする為に何度も訪れているが、その際には敢えて体のラインを誤魔化す装いをしていた。

ぽっちゃりに見えたのは、豊かに膨らむ胸を隠すような服ばかり来ていたからだろう。

すかさずアルバートの鋭い視線が向けられ、少し足早に王宮の中へと進んでいく。


「アル?」

「……早く帰りたい…くそっ…」


ダダ漏れの嫉妬にリリーチェの心は温かく満たされるが、そうとは悟られないように振る舞う。

そして…




何処かにいるであろう、件の女性を探すべく意識を周囲に張り巡らせるのであった。










勘違いなのに。









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