【完結】失った妻の愛

Ringo

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7・妻の気持ち

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こうして貴方とお話しするのはいつぶりかしら。

なんだかとても緊張するわね。

何から話そうかしら…
全てをお話ししてもいいの?

そう……







わたくしね、本当に傷付きましたの。

幼い頃から大好きで大好きで仕方なくて…心からお慕いしていた貴方との夢にまで見た結婚式が近付き、毎日ウェディングドレスを眺めては胸を高鳴らせておりました。

どんな夫婦になるだろう。
どんな家族になるだろう。
子供は何人生まれ、貴方とわたくしはどんな親になるのだろう。

そうやって日々思い描いていたんです。

夢だった愛する貴方との結婚式が近付いてきた…漸く貴方と夫婦としての生活が始まる…そんな風に心を踊らせていた時に、突然貴方と愛し合っていると仰る女性が訪ねてきて…ふたりの邪魔をするなと声を荒げましたの。

何を仰っているのか分からず混乱するばかりのわたくしに、その女性は貴方との関係を…何をしてお過ごしになられる関係なのかを、ひとつひとつ丁寧に教えてくださいました。

そして、わたくしは貴方の正妻となり公爵夫人となって贅沢三昧出来るのだから、貴方がその女性と心を寄せ合うのを認めろと仰ったんです。

………驚きました。

わたくしが認めないから…わたくしが我が儘を言うから貴方が別れを言い出したと。

心から愛し合っているのにも関わらず、わたくしのせいで致し方なく貴方が別れようとしている、愛されてもいないくせに図々しい…と、混乱するわたくしに仰ったんです。

わたくしさえ認めれば、貴方はその女性に家を与え生活に困らないお金を融通するつもりでいるのに、わたくしのせいで悩んでいるとも。

勿論、その女性が仰る話だけを聞いて鵜呑みになど出来ない…そう思いましたが、貴方が贈られたと言う恋文を実際に拝見してしまっては…信じる他ありません。

わたくしでは貴方の心を軽くする事など出来ず、むしろ息苦しい思いをさせていたのだと…そう思うと心は痛み、身を引くべきとも考えました。

女性が仰った貴方との関係ひとつひとつが頭から離れず、それまで貴方から頂いた贈り物を全て処分しようとも考え…けれどそれは出来ず。

突然のことに視界は真っ暗になり、頭と心の整理もつかず部屋に籠って泣き暮らしておりましたせいで…家族にも迷惑をかけました。

お父様は爵位と領地を返上するとまで仰り、お母様は身の回りのものを纏め始め…お兄様は婚約者の方…お義姉様に、共に行くか解消をとまでお話しになられたのです。

貴方に裏切られ、信じていたものを失い空虚を感じていたわたくしの心は…家族の愛情に触れ、ひとりではないと奮い立つ事が出来ました。

そして、貴方と結婚すると伝えたのです。

何故…ですか?

貴方を苦しめようと思ったからですわ。

どんなに貴方があの女性と結ばれたい、あの女性と夫婦になりたいと望んだとしても…お義父様がお認めにはなりませんし、わたくし自身がその座を譲らなければ叶うことはありません。

わたくしが貴方と結婚すると言えば、その未来は決して変わらないと分かったのです。

わたくしを傷付けた貴方を苦しめるには、貴方が望む幸せと未来を奪ってやればいいと。

今思えば、貴方への執着ですわね。

幼き頃より貴方に心を寄せ、貴方と歩む未来を夢見ていたわたくしの心が、貴方を他人に渡すものかという執着と独占欲を露見させた。

憎まれるであろうことは覚悟致しました。

だってそうでしょう?

わたくしは愛し合うふたりを引き裂き、貴方の幸せを奪う悪者なんですもの。

真実愛する女性とは結ばれず、貴方の後継と認められるのはわたくしとの間に生まれた子だけ。

さぞ辛い思いをされ、わたくしは憎まれるのだろう…そう思い、覚悟致しました。






それなのに、貴方はわたくしを愛してると言う。

わたくしに信じてほしいと言う。

今さら何をと思いました。

他の女性と通じておきながら何を…と。

わたくしの想いなど捨て置けばいいと申しましたのに、貴方はそれを探し続けた。

わたくしだけがいればいいと…
家族がいればそれでいいと…
わたくし達と過ごすことが幸せだと仰った。

本心かもしれない…そう思ったこともあります。

だけどそう思う反面で、いつまでも消えてくれない貴方の裏切りが脳裏を過った。

貴方を許したい…信じたいと思うたびに、塞いだはずの傷が悲鳴をあげて顔を出すの。

貴方が必死になればなるほど、それならば何故と思って余計に苦しくなる。

貴方を詰り、罵倒したくて堪らなくなる。

いつまでも消えない貴方とあの人の噂も、わたくしの心を抉り続けた。

あの女性が身籠ったと耳にするたび、貴方の子ではないようにと祈りました。

わたくしの信用を得たいと貴方がとる行動の裏を読み、いつあの女性を迎え入れたいと言われるのか…いつあの女性との子供が出来たと言われるのかと、心が休まる日はなかった。

少しでも帰宅が遅くなれば会っているのではと不安になり、仕事で何日も家を空けると言われれば旅行にでも行っているのかと恐怖に苛まれ…

貴方が帰宅するたび、お腹の大きな愛人を連れて帰るのではと怖くて…部屋に籠り怯えるならこちらから受けて立てばいい…そんな思いで貴方の帰宅を待っていたんです。

そして今日も言われなかった…愛人を連れて帰るようなことはなかったと安心した。

ずっとその繰り返し。

もう大丈夫…やっぱりダメ…そんな風に気持ちはいつまでも整理がつかず、何度わたくしから離縁を申し出ようとしたか分かりません。

夜会に出れば貴方は多くの女性から熱い視線を向けられ、茶会に出れば貴方を慕う女性から思わせ振りな事を言われる。

勿論…貴方が熱い視線に応えることはなく、思わせ振りな事を言う女性の家には抗議してくれていたことも分かっています。

だけど不安だった。

年を重ねるたびに魅力的になる貴方を、いつ奪われてしまうのかと…また誰かに突然わたくしの知らない現実を齎されるのかと。

不安に押し潰されそうになると、貴方に罵声を浴びせ詰ってしまいたくなる…だけどそんなことはしたくなくて…だからそんな時は貴方と物理的に距離を置きました。

自分可愛さに逃げたのです。

口汚い言葉を投げ付けるような女なのだと、貴方には思われたくなかった。

落ち着いたら…この不安が消えたら…そうするうちに、貴方との適切な距離感が分からなくなり、そのままになってしまった事もある。

貴族らしく…公爵夫人らしく振る舞えば、貴方に見限られることはない。
そして何より、愛する子供達もいる。
貴方がわたくしの生んだ子供達を愛し、可愛がる様子に安堵しておりました。

どんなにわたくしの心が拒絶し距離を置こうと、貴方がわたくしを拒絶することはなく、常に視界に入る距離にいてくれた…その想いに気付いてはいたのです。

夫の不義理に苦しむご夫人のなかには、愛想を尽かし『いい加減にしろ』と言われ突き放されてしまう方もいらっしゃると聞きます。
実際…そうして心を壊し、離縁をされた方を幾人とお見かけしました。
そして愛人やその子供を招き入れる方も。
だけど貴方は決してそうはせず、わたくしを待ち続けてくれた。

だから応えたいと思ったこともあります。

そう思うタイミングで…何故かあの女性がまた身籠ったと耳にしてしまう。
そしてやはり父親は貴方なのではないかと、口さがない噂が何処からともなく聞こえてくる。
いずれ貴方はその女性と子供達を迎え入れるか、彼女達の元に行くのだろう…そんな風に流れてくる噂に、心を冷静に保つことは出来なかった。

必ずしもただの噂とは思えなかったのは…実際にそうされている方も多いからです。
貴族という身分と社会を恨みもしました。

貴方の行動を見ていれば、信用するに値する…そんな風に考えたこともあります。

仕事以外では一切外出せず、金銭の収支は事細かく報告してくれる。
心ない噂には毅然と抗議もしてくれた。
けれど、傷が疼くとそれすらも疑ったのです。

わたくしが絆される時を見計らっているのか…それとも子が出来たから絆そうと必死なのか…そう邪推しては心を閉ざしました。

我ながら、そのしつこさと過去への執着に疲弊し呆れております。
けれどそう思うことで、いざという時に己を保てるような気がしておりましたの。



何よりも辛かったのは…貴方に触れられるたび、こうしてあの女性に触れたのか…こうして丁寧に愛したのかと心は抉られ、愛してると言われるたびに、わたくしは家の為の身代わりにすぎないのだと思っておりました。

自分で選んだ道とは言え、こんなに苦しいなら逃げ出してもいいのではないかと…何度も何度も繰り返し考えました。

貴方と朝まで共にしなかったのは…もしも貴方が目覚めた時…口にする名前がわたくしのものではなかったらと…そう考えると怖かったからです。

いつか自分のものではなくなるなら…その前に自分から使わないでおこうと、公爵夫人用の部屋に身を置くことはしなかった。

貴方との閨を続けたのは…意地のようなものだったかもしれません。

わたくしこそが貴方の妻であり、貴方の子を生むことを望まれているのだと…そう思うことで、あの女性への対抗意識を持ち続けた。

そして……生まれた子供達は本当に可愛くて…この幸せを手放したくないと思いました。

義務でもなんでもいい。

貴方と子供達と、このまま暮らしていきたい。

その為にわたくしの心を閉ざす必要があるなら、もうそれでいいと。

爵位も息子へ移り、孫も生まれ、もうわたくしが貴方の妻である理由はなくなったのだと…もう貴方を自由にすべきだと…そう思っています。

この二十年、いつ貴方に暇を言い渡されるのか…いつあの女性が現れるのか…もしかしたら別の女性なんてこともありえるのか…貴方はそんな人いないと仰るけれど…過去いたという事実が、その可能性があるという不安をいつまでも消してくれないのです。

わたくしの知らないところで、また貴方は愛を紡いでいるのではないか…また知らない女性が押し掛けてくるのではないか…そう思うと苦しくて…塞がりかけた傷がジクジクと膿を出しては傷んで堪りませんでした。

貴方がわたくしに縋る姿を見ることでしか、心の安寧を保つことが出来なくなっていましたの。

心についた傷の瘡蓋を何度も自ら剥がしては完治させようとせず、癒す事が出来るのは貴方の追い縋る姿だけなのだと…そんな言い訳をした。

わたくしを傷付けたのは貴方なのだから、貴方が責任をもって癒すべきなのだと。

貴方は生涯をかけてわたくしの傍で、わたくしの傷を見て苦しめばいいと。

思えば、それは貴方の愛があって成り立つもの。

貴方の忍耐があればこそ…なのですよね。

わたくしは無意識に、貴方に愛されている事を自覚し振る舞っていたのだと思います。

貴方を拒絶し苦痛に歪む顔を見ては、もうこれ以上はダメ…これ以上は呆れられてしまうと思い、その反面でもっと縋ればいい…もっと愛を乞えばいいと……そう思っておりました。






どれだけ傷付いても……




どれだけ苦しくても……







貴方の傍を離れること……

それだけはどうしても出来なかった









貴方への想いを、

完全に捨て去ることは出来なかった











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