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捕縛

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「…殿下」

「…大丈夫だ」


皆が仕事の為に出払っている使用人の居住棟…副料理長の部屋にトーマス、キャンメルと共に赴いた。サミュエルには、まだ眠るラシュエルの傍についてもらっている。

今、僕の目の前には赤い粉薬の入った小瓶があって…証拠として押さえるため、少量を移し変えなくてはならない。その為に変装までしたんだ。

だけど…


「殿下…私にやらせてください」

「…頼む」


女に溺れた愚かな男の部屋には、確かにラシュエルを苦しめている薬が存在した。その事実に、怒りが溢れて動くことが出来ない。キャンメルに役目を任せ、移し替えるための小瓶を渡す。

先に調べてもらった祖父の避妊薬は、確かに抜群の効能を持つと報告を受けた…そして、副作用として強烈な眠気や怠さに襲われることも。

その効果は胎内に子種を注いだ事で発揮されるらしく、ラシュエルも相当なダメージを受けたまま公務や執務を行っていたことになる。


「…情けない」


僕に夜毎愛されている名残だと思っていた。申し訳ないと思いつつ、僕のせいで気怠げなのだと喜びさえ感じていた事が情けない。ラシュエルは、どれだけ辛かったのだろう…


「終わりました。薬師長にお渡ししてきます」

「あぁ…」


キャンメルを薬師塔まで行かせ、何かしら侯爵や令嬢から指示を受けた証拠がないか調べるが、これといって指し示すものはない。


「殿下、これは押さえますか?」


トーマスが差し出してきたのは【取引証明書】数枚で、そこには【特効薬】を侯爵の商会から購入した旨が記されている。日付は一番新しくて三ヶ月前…ラシュエルとの婚姻時期だ。


「念の為に押さえておこう」


定期的にクレアが掃除と整理整頓に来ていると言っていたが、書類などは普段から自分で管理しているのだろう。恐らく、元は堅実な男だったのではないかと窺える部屋だ。

色欲に溺れなければ、いずれ料理長になる未来もあったかもしれない。


「…そろそろ行こう」

「はい」


なぜ三ヶ月前までしか証明書がないのか…捨てたと言う言い訳を潰す為に、商会にも探りを入れる必要がある。帳簿との照会の為に、一年間は保管する義務があるから一方だけが廃棄しても意味がない。だけどもし双方に無いとしたら…


「…トーマス?どうした?」


少し後ろを歩くトーマスから淀んだ空気が流れてきたので振り返れば、難しい顔をしていた。


「いえ…なんでもありません」

「なにか気がかりでも?」

「…私は…恥ずかしながら、避妊薬を便利な道具としか思っていませんでした。副作用が少ないものを選びはしていましたが、少なからず女性に負担をかけていたのだと…今さら思いまして…」


既婚者でも娼館に通ったり愛人を囲う者もいる。恋人も婚約者もいないトーマスが、自由に女性と付き合うのは悪いことではないし、無責任にならぬよう相手を選び避妊もしている…責めるべき点など何もない。


「そうだな…でも、だからと言って使わないわけにもいかない場合は確かにあるし、互いが合意の上なら問題はないのだから気にするな」


娼婦はもちろん、子を望むタイミングを見計らう為にも避妊薬を用いる夫婦だっている。一様に避妊薬が悪いわけではない。

続けての出産は負担が大きいと聞くし、僕達だって今後使用する事もあるだろう。


「問題は、避妊薬に限らず悪用する人間がいることだ。薬に罪はない」

「…そうですね」




********




執務が一段落して私室に出向けば、ラシュエルが昼寝をしていると聞いて静かに寝室へ入った。


「…ラシュエル」


いつもは襲いくる眠気に抗い気を張っていただろう…暫くは最低限の執務のみで構わないから休むように言えば、申し訳なさそうにしながらもどこか安堵していた。

何も知らず、お互いの不安を取り除くように昨夜も沢山愛してたっぷり注いだから、かなりの副作用を起こしてしまっているはずだ。

まして数日に一度のペースで強制的に摂取させられていたから、相当な蓄積がされているらしい。

ナルジスカ産の避妊薬は確かに強い効能を持つが、逆を言えば効きすぎる。あの祖父でさえ、愛人に使うのは短くて週に一度と言っていた。女性の体調や月の障り周期なども考慮していると。

祖父から預かった小瓶のラベルをクレアにしっかり読んでもらうと、効能三日間というのは単純にその期間避妊されるといったものではなかった。

避妊薬を飲んで子種を注ぐ…そうすることで効果を発揮し始め、その時点での避妊効果は勿論、じわじわと孕みにくい状態に体を変化させていく。その為の効能が三日間なのだ。本来の効能を発揮させることの出来る期間が三日。飲んで三日以内に子種を受け入れれば、実質避妊効果は数日間持続する。短くても一週間、長ければ二週間ほど。

それ故、副作用も強い。

もし、飲んで三日間子種を受け入れなければ再度服用しても問題はないが、子種を受け入れたにも関わらずに短期間で摂取し続けると副作用がより強く継続するという。


「ごめんね…気付かなくて……」


すやすやと寝ているが、今もラシュエルの体は孕みにくくする為に変化を引き起こし続け、やがてくる僕の子種を無力化すべく武装している。


「僕達の子を殺したも同然だ」


本来なら既に実を結んでいたかもしれない。ラシュエルのお腹も膨れ、生まれてくる子の為に編み物をしていたかもしれない。


「生まれるはずだった命を奪われた」


今朝の食事から公爵家の者が用意したものに差し替え、調理場から出されたものは回収済み。まだ混入した様子は見られないということだが、避妊効果が三日間だと思っている男は近日中に行動を起こすだろう。


「その時があいつの終わりだ」

「ん……まりうす…」


ラシュエルはたまに寝言で僕の名前を呼ぶ。少し舌ったらずでとても可愛らしい。隣で寝てれば擦り寄ってくるし、今のように隣にいないと手を伸ばして僕を探す仕草をする。


「ラシュエル…ここにいるよ」

「……すき…」

「僕も大好きだよ」


どんな夢を見ているんだろう。幸せで楽しい夢ならいいな…ラシュエルのことはいつも幸せで優しく包んであげたいから、それを邪魔する奴は排除するのみ。


「まだゆっくりおやすみ…愛してる」


そっと口付ければ幸せそうに微笑む。この笑顔を守るためなら僕は悪魔にだってなれるんだ。

副作用は摂取をやめれば落ち着いてくると言っていたから、もう少しだけ頑張ろうね。





******




「昼食から避妊薬が検出されました」


男の監視を始めて三日目。行動を起こしたとの報告を受けて、八食目の検査結果が薬師長からされるのを待っていた。律儀に三日で混入させていたということか。


「男は今どうしてる?」

「調理場で夕食の仕込みをしています」

「捕らえろ」

「御意」


近衛騎士団長の指示のもと、騎士数名が調理場へと向かった。現場にも数名潜り込ませているから捕縛は一瞬で終わるだろう。


「これで一歩前進だな」


エドワードにもかなりの疲労が窺える。まだ解決まではかかるだろうけど、終われば数日間の休みを与えよう。


「あとは高貴な鼠をどう捕まえるかだね」


商会にも男との取引証明書控えは三ヶ月前までしかなかった。だが…


「三ヶ月前からは侯爵名義での購入」


先代が絡む取引ゆえ、横流しなどは出来ないとみて侯爵自身が購入していたのだろう。男との取引と入れ替わるように侯爵の購入が始まった。


「娘に頼まれたか…それとも侯爵自身が目論んだのか…どちらにしても逃がさない」

「ラシュエルはどうしてる?」

「まだ気怠さが抜けないみたい。うとうともしちゃうから、刺繍は禁止した」


綺麗な指に怪我でもしたら、一連の関係者全員の首じゃ気が済まなくなる。


「そうか…ところで、男の尋問はひとまず俺とマルコフで担当する」

「え?やだよ、僕がやる」

「…殺さないと断言できるか?」


出来ない。確実に殺してしまう。


「な?マルコフに経験を積ませる為もあるし、勿論手加減なんかするつもりはない。俺にとって大切な妹を傷付けた糞野郎だからな」


ふふふ…と黒い笑みを浮かべるエドワードを見て、少しばかり気持ちがスッとした。僕が瞬殺で消してしまうより、エドワードによって蝕まれるように苦しむ方が辛いだろうから。


「頼むよ、義兄さん」





******




(先代side 離宮)




本宮で動きがあったと報告を受けてから数刻。今夜の食事と女はどうしたものかと考えていたら、先触れ無しで来訪者ありと執事が伝えに来た。

暫く時間をかけてから待たせている部屋へ赴けば、そこにいたのは汗だくで青白い顔をした男。


「それで?突然来た理由はなんだ?」


聞かずとも答えなど分かりきっているが、俺の姿を見るなり安堵し縋りつくような目をしたのが気にくわない。なぜ助けてもらえるなど思う?


「と、突然申し訳ありません」

「謝罪などいい。理由を聞いている」

「──っ、実は…先代様より託されておりました例の薬の件で…トラブルがございまして…」


トラブルねぇ。


「あの薬がどうした?あぁ、そう言えば急遽不足してしまってな。いいタイミングだ。肌の合わない女が続いたせいで薬の減りが早かったんだが、まだ在庫はあるだろ?急ぎ持ってきてくれ」

「えっ!いや…」

「あるだろ?ここ最近は同じ女を相手していたから、追加していなかったはずだ。それともお前が使ったか?お前も隅に置けないな」


仮にそうだと言っても、消費量が尋常ではないことなど言い訳できまい。どこかの娼館や医師に譲渡するなら証明書を残すように指示していたし、その場合はその都度報告するように申し伝えていた。たとえこの男が個人的に購入したとしても。


「いえっ…私は…っ」

「何を焦っている?まさかとは思うが…横流しでもしたか?もしくは許可していない者に売り捌いたか?あれは気安く売れるものじゃないと言っておいたはずだよな?」

「…っ……」

「まぁ、それはないか。お前も含めて購入する時には報告を義務付けていたのに、今まであったのはひとりの男娼だけだ。それも三ヶ月はなかったと記憶しているぞ?」


前侯爵が成した功績と人柄を認めて窓口としていたが、この男の代になった時点で解消すべきだったな…俺の判断ミスだ。


「そう言えば、その男娼はどうしてる?確かフリーの男娼だと言っていたよな?」

「…もう付き合いもございませんで…」

「そうなのか?実は最近、男娼と同じ名前をした男が王宮に勤めていることが分かってな…その男が懸想していたのがお前の娘らしいんだが、知らなかったか?そんなはずないよな?」


マリウスから事情を聞いてから調査しただけで、この男と娘がしてきた事がボロボロと判明した。商会の横領や使用人に対しての虐待、娘に至っては様々な男との間に密通の訴え多数。


「それとも、娘の相手は多すぎていちいち覚えていられないか?驚いたよ…仮にもマリウスの側妃を狙っている女が、こんなにも多情な女だったなんてとな。愛妾狙いに変えたのか?」

「そ…それは…」

「いや、違うな。お前の娘は王太子妃になると周りに言っているらしいから、愛妾などありえないか。ん?でもマリウスにはラシュエルがいるから正妃などなれないぞ?それともラシュエルが王太子妃ではなくなるとでも?」

「いや…その…っ」

「なぁ、ジュリアスよ。俺が何も知らずにこんなことを言っていると思ってるのか?」

「─────っ」

「俺が、大切な孫とその嫁を傷付けられて見逃すような男だとでも思ったか?」


親父の色欲ぶりと育児放棄は有名な話だったし、俺とて女を切らしたことはない。それでも子供は可愛がってきたし、孫とて同じ…まぁ、女関係で嫌われていることは知っているが。


「なぁ…もしもラシュエルに薬を盛らせていたのだとすれば、それは王族殺しにも通ずるぞ」

「っ!!そんなつもりは───」

「マリウスはそのつもりで対処するってことだ。結婚して三ヶ月…本当ならもう身籠っていてもおかしくないはずなのに、そうならなかったのが薬を盛られていたからだと知ったら?あいつが大人しくしていると思うか?」


俺に何とかしてほしくて来たのだろうが、自ら捕まりに来ただけの愚か者だ。ここまで頭が回らないのも、影で操る人間がいることくらいは分かっている。それでもダメだ。


「そんなにあの女がいいか?都合よく利用されて全ての罪をお前に被せようとする…あんな強欲女のどこがいい?知らんかもしれないから教えてやるが、あの女は未だに俺に色目を使うぞ」

「そんなっ───」

「今さら驚くことでもないだろ。婚約者を蔑ろにして冤罪を着せ、見事侯爵夫人の座を奪ったような女だ。それなのに次は公妾を狙い、俺やデュスランにまで手を出そうとした欲まみれの卑しい女だよ。さすがにデュスランは無理だと諦めて、俺の愛人になりたいと言い寄ってくる」


分かりやすい媚も嫌いではないが、自分の立場を勘違いするような馬鹿女は願い下げだ。俺が可愛がるのは美しく頭のいい馬鹿女だけ。


「嫁と娘に言いくるめられたのかもしれないが、お前は浅はかすぎた。もう終わりだ。おい、こいつを本宮の第三特別室に連れていけ」

「まっ、待ってください!私は───」

「今までご苦労だった」


口を塞がれ引きずられていく男を見送ってソファーに深く腰掛ける。

恐らくそろそろ向こうの尋問が終わる頃だろうからな…スムーズに執り行えるようにしてやろう。嫌われ者のおじいちゃんだって、守りたいものはそれなりにあるんだ。


「…来てたのか」

「えぇ」

「久し振りに一緒に夕食でもどうだ?」


いつからいたのか、久し振りに姿を見せた自分の妻に思わず頬が緩む。いくつになっても美しい女だ。数多くいる愛人など霞んでしまう。


「あら…よろしいの?他に予定されていた方がいらっしゃるんじゃなくて?」

「お前がいてくれるなら他などいらん」

「…まったく信用出来ない言葉だわ」

「そう言ってくれるな。近くへ」


久し振りに抱き締める妻に胸が震え高鳴るのが分かる。肉欲だけはどうしても抑えられなくて愛人を囲ってはいるが、自ら欲し手放したくない女はひとりだけだ。


「また暇を出したと聞きました」

「あぁ…大人しく愛でられていればいいものを、あいつは欲を出しすぎた」


いつまでも猫を被り続けていれば、もう少し可愛がってやろうと思っていたが…俺の妻になりたいなど言語道断。


「俺のはお前だけだ」


孫までいるのに、軽い口付けで顔を赤くするいじらしさが堪らない。それなのに強がる口調も。


「夕食まで時間はある」

「…お疲れでは?なにやら慌ただしいですわ」

「ちょっと手伝っただけでもう終わった。あとはマリウスがどうにでもするよ」

「でも──」

「お前を愛したいんだ、もう黙れ」


久し振りだから本当なら寝台でゆっくり愛したいが、今すぐ欲しくて仕方ない。ほかの愛人などでは感じない枯渇感が襲ってくる。


「あとでちゃんと寝室に運んでやる。夕食は寝台で一緒にとろう」


たくさん傷付けていると分かっていて、女も切れないが手放しも出来ない。相当なクズだと自分でも思うがどうにもならない。それでも、自分の妻にと望んだ時から変わらない思いがある。


「…カルディ様」

「なんだ?今さらやめないぞ」

「今も…変わりませんか…?」


どれだけ傷付けても、その思いだけは変わらないでいて欲しいと願い続けてくれた。その権利だけは自分のものだと、泣きながら多くの女に対峙していた姿を美しいと感動したものだ。


「変わらないし、変わるわけない」


久し振りの妻の温もりは心地よくて、誰よりも強く優しく包んでくる感覚が愛しい。


「そろそろ帰ってきてくれないか?」


子供がふたり生まれると逃げるように別居が始まり数十年…俺が悪いのは分かっているが、やはり誰よりも傍にいて欲しい。


「…ほかの方とご一緒は出来ません」

「そうだよな」


何度もこの繰り返し。その度に傷付けてきた。


「だからそろそろ整理をしようかと思ってる。この離宮じゃ嫌か?別の場所にしたいならそれでもいい」


さすがに一年もお預けをくらって堪えた。どうしたって諦めきれない存在はひとりだけで…


「いつか最期を迎える時にはシェスリアとふたりがいい。シェリーしか愛せない」


病的に女の体を求めても、いつもどこか物足りなくて不満ばかり抱えていた。それでもシェスリアの温もりに包まれれば落ち着いて…けれどまた肉欲の思うままに流れに流れた。


『約束してくださいませ。貴方の妻はわたくしだけであると。貴方の子を生むのはわたくしだけ…貴方の最期を看取るのもわたくしだけだと。ならばわたくしは貴方の妻でおります』


あまりにも女と関係を持つ俺に、最後通告を叩きつけてきた時は泣いていなかった。泣きそうになりながらも耐え、自分だけを愛するのならと条件を出してきた。


『体だけでなくほかの方に心を移されたら、すぐに離縁していただきます』


親父の色欲を近くで見てきたから、愛人などいくらいても耐えてみせるといった姿に惚れ直した。


「今も昔も愛してるのはシェリーだけだ」


子を生ませたいと思うのも、最期に寄り添っていて欲しいと思うのも。


「住まいは…わたくしの離宮でも?」

「シェスリアが望むなら」


花が綻ぶような笑顔が好きだ。何度抱いても、何十年経っても変わらないいじらしさが好きだ。変わらずに愛してくれていることに感謝してる。

月の障りが来なくなった時、もう女として見てもらえないとひとり泣いていたという。とんだ思い違いだ。こうしてシェスリアを抱くのは、子が欲しいからでも欲を発散したいからでもない。ただ愛してるからだ。


「シェリーの中は相変わらず気持ちいい」

「…っ……そんなことっ」

「愛してるよ、シェリー」


死ぬまで放さない。





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