裏切る者と、裏切られた者

Ringo

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③初恋を実らせたい男(後編) side夫

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「おはようございます」

「おはよう」


俺の側近として仕えるベントレは、王宮内に使用人用の私室を与えられており、俺の寝泊まりに合わせてくれている。

ミリアンナも同様に私室を与えられていると言っていたが、それには疑問を覚えた。

王宮侍女は通常相部屋であり、個室である私室を与えられるのは侍女長クラスのみ。

疑問に思っていると、ミリアンナは『私は王女殿下の“私選”なの』と言っていた。

色々と確認したい。


「ベントレ…王女殿下にお伺いしたい事がある。その旨お伝えしてくれ」

「畏まりました。ところで、既に広まっているようですよ」

「そうだろうな」


何が?とは聞かずとも分かる。

何せミリアンナの手を引き、人目も憚らずに私室へと連れ込み朝まで過ごした。

噂はあっという間に広がるだろう。


「ミリアンナは休みだと言っていたから、このまま俺の部屋で過ごさせる」

「承知致しました」


会話を交わしながら淹れたての紅茶を飲んでいると、扉が叩かれた。


「こんなに朝早くから誰だ?」

「確認して参ります」


ベントレが赴いている間、本日予定している執務の一覧に目を通す。

さほど量はなく、昼には片付けられそうだ。

ミリアンナと昼食が取れる…と思案していると、訪問者を確認したベントレが戻った。


「誰だった?」

「第一王女殿下付きの侍女でした。こちらを」


渡されたのは、王女殿下からだと示す青薔薇の封蝋が押された手紙。

中身を確認すると、短い文章が綴られていた。


「……ベントレ、先触れはなしだ」

「お呼び出しですか?」

「あぁ…すぐに用意して向かう。ベントレはこのまま残ってくれ」

「畏まりました」


目覚めた時に誰もいなくては、ミリアンナもどうすればいいか分からないだろう。

もう二度と離さない。

どこにも行かせない。






*~*~*~*~*~*






王女殿下は我が国の至宝…と言うのが、この国に暮らす国民の総意。

優秀な頭脳を持ち、絶世の美女と謳われる王女を国外に出したくない貴族達は、こぞって降嫁するよう進言していた。

王女を溺愛する陛下と王妃は大喜び。

そんな王女殿下の私室に通された俺は、高貴な香りのするお茶を頂いている。


「……殿下、そのお顔はどうかと」

「あらいやだ、アベルに言われたくないわ。昨日までの仏頂面はどこへやったの?」


手紙にあった通りすぐに伺えば、王女はずっと顔を綻ばせている。

悪く言えばニヤニヤだ。

その反応に、俺の中に生まれていた予想がどんどん当てはまっていく。


「“彼女”はどうしてる?」

「だいぶ疲れているようで、まだ寝ております」

「まぁ!!聞いた!?ポーラ。言った通りよ!!」

「姫様、はしたのうございますよ」

「いいじゃない、煩いわねっ」


ぷくっと頬を膨らませる王女の姿など、どれだけの者が知っているだろうか。

普段はニコリともしない【氷晶の姫君】など呼ばれているのに。


「“彼女”には全て話したの?」

「……はい」

「そう」


王女は、俺があの女に嵌められた時も、色々と心配してくれていたひとり。

姑息な手を使った事に憤っており、未だに茶会などでチクチク嫌味を放っているらしい。

証拠を掴めなかったことを謝罪までしてくれた。


「殿下が“彼女”と知り合ったのは、エランドール王国への留学時ですか?」

「正解よ」


ニッコリと向けられた笑みに、やはりと思った。

エランドール王国はプラナの隣。

二年程前、王女は短期留学していた時期がある。


「使用人や商人の親族を頼りに幾つも家を渡り、次の国へ移ろうとしているところだったの」


その言葉に、思わず眉を顰めてしまった。

公爵家の親族筋ではすぐに見つかってしまう…だからこその手段だったのだろうが、あまりにも危険な行為だ。

身を守る術など僅かもない令嬢が、何事もなくここまで辿り着けたのは奇跡としか言えない。

最悪、渡り歩いた家の者やその過程で…襲われていた可能性だってあったはず。

乙女であったことは俺自身が確認してるが、その危険に晒された事もあったのではないだろうか。

ご両親が命を懸けて逃がし…様々な危険を乗り越えて来てくれたのに…俺は……


「ロナウドを知っていて?」

「……はい。“彼女”の護衛をしていた人物です」

「彼が常に側へ仕えていたから、“彼女”が危険に晒された事はなかったそうよ。恐らく貴方が心配しているであろうことも含めてね」

「どうも昨日から表情をうまく作れません…それでなくとも殿下にはお見通しでしょうが」

「そうね。でも今の貴方、見ていて飽きないわ」


楽しそうに笑う王女に苦笑いを返しながら、脳裏にはロナウドの姿が浮かぶ。

常にミリアンナの側に仕えていた騎士で、その多大なる忠誠心から、俺と婚姻が結ばれた暁には共に移住する予定だった。


「そうですか…ロナウドが。……まさか…」

「えぇ、彼いるわよ。ついでに言うと、彼の恋人も一緒」

「ロナウドの恋人…エレンですか?」

「そうよ。エレンは“彼女”付きの侍女をしていたんでしょう?今は市井で働いているわ」


さすがに予想外だった。

しかも…彼の特徴でもある長い銀髪の騎士など、この王宮では見かけていない。

見目もよく、プラナでもよく令嬢に囲まれていたから…いれば否が応にも耳に入るはず。


「長い髪は短く切り揃えられて、色も銀から茶に染めているわ」

「……ブラウンローズの騎士」

「そう呼ばれてるみたいね。確かに、令嬢達が騒ぎそうな顔をしてるわ」


それなら聞いたことがある。

髪色こそありふれた茶色だが、瞳はまるで咲き誇る薔薇のようで美しい…と。


「表向き流れの平民騎士として雇い入れたのだけど、今では王宮護衛騎士よ。出世したわよね」

「……“彼女”達はいつから…」

「もう半年になるかしら。流石にすぐ呼び寄せることは難しくて、途中で何度か戸籍をいじりながら来てもらったの」


ふふっと笑い事も無げに言うが、他国で戸籍を偽造するなど…それをさらっと出来てしまう、王女の人脈には恐れ入る。


「とえる人から命からがら逃げてきた…というような内容を聞いて、さらに慕う相手がわたくしの国にいると言うんだもの。驚いたわ」


王女は俺に憐れみの目を向けた。

自責の念に苛まれるが、逸らすことは出来ない。


「その相手が貴方だと気付いたのは、“彼女”をわたくしの“私選侍女”として王宮に招いてからよ」


王女は俺から視線を外し、茶器に口をつけた。

ミリアンナは王宮で俺を見かけ…さらに妻子がいると耳にしたはずだ。

しかも息子の年齢を考えれば、帰国して間もなく出来た子だと分かる。

家族を犠牲にしてまで追いかけた男が、あっさり他の女と家庭を持っているなど…どれほどのキズを負わせたことだろう。


「とても寂しそうではあったけれど、貴族にはよくあることだと…そう言っていたわね」

「…………そうですか…」


その全てを捨ててミリアンナは来たのに。


「慕う相手が妻子持ち…国を出ようとも考えたみたい。結局はやめて今に至るけれど」

「それは…なぜ……」

「色々あるでしょうけれど…捨てきれなかったんじゃないかしら。貴方への想いが」


昨夜のミリアンナが甦る。

俺に会いたかったと…それだけの想いで国を出たのだと泣いていた。


「それに…ほら、貴方達夫婦は不仲で有名でしょう?二人目も出来ないし、公の場ですら距離置きまくりだし。さすがに周りも勘繰るわ」


握り混む拳に力が入る。

今でこそ息子は愛しているが、やはりあの夜を悔やまない日はないし、許せない。


「わたくしね、“彼女”が大好きなの」


途端に見せた笑顔。

エランドール王国で知り合い、身元を詐称させてまで引き入れたんだ…それはそうだろう。


「そしてね、貴方の奥様は大嫌い」

「……存じております」


満足そうな笑みを浮かべて頷いた王女。

俺だって大嫌いだ。

離婚したくてたまらなかった。

ただこの国では、子供が生まれてから五年間は離婚が認められない。

認められるとすれば、子供の養育が充分に賄えないほど貧しくなるか、虐待などでその身に危険が及ぶ場合にのみ。

息子に貧しい思いをさせたり、身を危険に晒すことなど出来るはずもなく…だからずっと、あの女を避けてきた。

もう二度と過ちが起きないように。

万が一にでも謀られ身籠ろうものなら、そこからまた五年も縛られる。

冗談じゃない。


「だから、“彼女”を貴方付きの侍女にするわ」


王家にとって有益であると認められれば、個人で雇い入れた使用人が“貸し出される”事がある。

王女はそれを利用し、ミリアンナを俺の傍に置いていいと言ってくてれているのだ。


「っ……慎んでお受け致します」


感謝しかない。

これからはミリアンナと過ごすことが出来る。

そして、あと数年耐えれば離婚も叶う。



















本気まじ
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