【完結】「ごめんなさい」よりも「ありがとう」を

Ringo

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僕は君を愛してる

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過ちを犯した罪悪感に苛まれる日々を送っていたある日、帰宅した僕を迎えたのは朝の見送りの時とは別人にさえ思えるほど、表情をなくして伏し目がちに佇む妻。

目を合わせられることもなく、促されるままに連れていかれたのは応接室。

なぜ応接室?なぜ向かい側に座るんだ?

いつもと…朝までとは違う妻の様子に戸惑いながらも、用意された紅茶を口にした。


「子が出来たそうです」


でそう告げられ、オリヴィアの事だと喜んだ。

なぜ子が出来たなど喜ばしいことを告げるのに向い合わせなのかと、隣に行こうと立ち上がったところで───


「……カミラ・アローズ」

「え?」

「子が出来たのはカミラ・アローズです」


そこで漸く目が合うも…そこには朝まであったはずの愛情など微塵も存在せず、ただただ僕を責め立てる感情しか見られない。

そして妻の発した言葉…その名前に凍り付いた。


「三ヶ月ほど前、王太子殿下との視察先でお知り合いになったそうですね」


その日の記憶が一気に甦ってきた。決して許されない…決して冒してはならなかった愚行。


「カミ…お相手の方が、とても詳しく教えてくださいました……あなたとの時間を」


カミラ…その名を発した時、僅かに顔を歪めたのを見て後悔と罪悪感が溢れだした。


「……ごめん!!」


咄嗟に出た言葉はそんな稚拙なもので、謝罪をする為と…責める視線から逃げるように両膝をついて額を床につけた。


「…何に対しての謝罪ですか?」


それまで聞いたことのない妻の冷えた声に、取り返しのつかない事をしたのだと漸く現実味を持った後悔が襲ってくる。


───なぜ、あの時ひとりになったのか。

───なぜ、警戒を怠るほど酒を呷ったのか。

───なぜ……妻ではない相手を抱いたのか。


「っ……君を裏切った…」


二ヶ月に及ぶ視察で溜まってはいた。結婚してから毎日のように妻と営んでいたから、その寂しさをひとり慰めていた日々。漸く視察も終わり帰れるのだと…妻に会えて、抱けるのだと浮かれていたから、酒を呷るたびにやたら高揚する気持ちを疑いもしなかった。

最終視察の滞在中に世話をしてくれた子爵家の娘がやたらと纏わりつき、最後の夜に行われた宴でもそれは続き…けれどそれも最後なのだと特に対処はせずにいた。

いつもと変わらぬ量を飲んだだけなのに、やたらと込み上げてくる高揚感と情欲に、漸くおかしいと気づいた時には足元もおぼつかないほどで…同僚に支えられて与えられた部屋に下がり、ひとりになったところで自慰を始めた。

想う相手は愛する妻。

あと数日もすれば会える…抱ける…そう思いながら、いつも以上に固く反り勃つ陰茎を扱いていた時…ふと人の気配を感じ、その方向に視線を向けた瞬間に覆い被さられた。


『なっ…!』


突然上に覆い被さってきたのは子爵の娘なのだと気付いたが、体は甘く痺れてうまく動かせず、ニヤリと笑う女に寒気を感じたところで強烈な快感に襲われた。


『や、やめっ……!』


女の隘路に陰茎が納められたと分かり、退けようと手を伸ばすも全身を駆け巡る快感に抗えず、そのまま女の腰を掴んで突き上げた。

最早無意識に近いほど、ただ貪欲に快楽を追い求めるように奥に叩きつけ、途中何かを口に移され飲み込んだことで情欲はさらに増し、何度も体位を変えては攻め立て、何度も奥へ白濁を放っては押し込むように…馴染ませるように陰茎を捩じ込んだ。

漸く正気を取り戻したのは、もう何も出すものがないと力尽きて眠りにつき…窓から差す日の光で目を覚ました時。

隣で眠る、白濁まみれの女を目にして取り返しのつかない事をしたのだと血の気が引いた。

明らかに盛られたであろう媚薬。

それなのに、早く妻を想って欲を解放したいからと怠った施錠。

女に謀られた…そう思った時、もぞりと女が動いて薄く開いた目でこちらを見つめ…昨夜と同じようにニヤリと笑った。

すぐに殿下へも報告し、何事もないこと…望まぬ結果が出ないことを願いながら帰路についたが、別れ際に見せた女の歪んだ笑みが脳裏にこびりついて離れない。

すんなりと行為に及んだことから生娘ではなかったはず…だからこそ、悪質な戯れで終わるはずだと…あの夜限りなのだと思い込むようにした。

帰宅し『お帰りなさい』と言う愛する妻の笑顔に癒されるも、込み上げる罪悪感。

汚れてしまった自分が触れていいわけがない…そう思うも、夜になって寝台で横になり…


『寂しかった』


そう言われて抱き着かれた瞬間に組み敷いた。

女との悪夢のような出来事を払拭するかのように掻き抱き、様々な憂慮から与えられた二週間の休暇中、昼も夜もなく求めては抱き潰した。

休暇が明けてからも、家にいる時は離れたくないと常に抱き寄せ、僅かな時間でも繋がろうとする僕に苦笑しながらも付き合ってくれた。

このまま…このまま何事も起きなければいい。

最悪の事態を回避出来れば、無かったことにして過ごしていけるんじゃないか…そんな風に思うようになっていた。

……その罰があたったのだ。


「…三日後、こちらに来られるそうです」

「……………は?」


言葉の意味を理解できず、徐に顔をあげるも妻はこちらを見ることなくゆっくりとした仕草で茶器を手に取った。

その手が小さく震えているのが分かり、自分を殺したい衝動に駆られる。


「……あなたに会いたいそうです」


呟くようにそう言って、何かを堪えるような表情で紅茶を飲み込み茶器を置いた。

目を瞑っているのは、涙を堪えているのか…怒りを抑えているのか…きっと両方なのだと思い至るも、抱き締める資格などないと拳を握りこんだ。


「なんの…ため…」


そんなのは分かる。それでも口にしてしまった。


「…っ…あなたの!…っ、あなたの子を身籠った報告以外に何があるの!?」

「──っ、ごめん!ごめん、オリヴィア!」

「触らないでっ!!」


迂闊な言動で妻をさらに傷付け、溢れそうな涙を湛える瞳で睨まれ思わず手を伸ばすもパシリと払われた。


「ほかの…っ……ほかの女性に触れた…手で…っ、私に触らないで!!」


ポロリと涙を流したと同時に立ち上がり、応接室を勢いよく出ていく姿を見送り…暫くして、ハッと我に返り追いかけた。

追い詰めるだけ…悪手だ…そう脳裏を過るも、このまま離れていってしまうのが怖くて…


「オリヴィア!」


泣きながら逃げる妻と、それを追う夫。

使用人達も事情を知っているのか、突き刺さるような視線を向けられるが仕方ない。


「オリヴィア!待って!」


バタン!と大きな音で寝室の扉が閉められるが、お構いなしに追いかける。


「オリヴィア!オリヴィア!!」

「来ないで!触らないで!!」


寝台の中に潜り込み、そう叫んで拒絶したあとで嗚咽が聞こえてきた。


「……っ、っ……、……っ…」

「ごめん…ごめん、オリヴィア……」


出ていけ!…そう言われないことをいいことにその場を離れず、ひたすらに謝り続けた。


「……若様」


どれだけ時間が経ったのか、暗い寝室に執事の静かな声が届く。


「お伝えしたい事がございます」

「……分かった」


項垂れ座り込んでいたが、徐に立ち上がって…まだシーツに潜り込んだままの妻を見ると、小さく寝息を立てているのが分かった。


「…オリヴィア……」


そっとシーツを剥がすと、月明かりに照らされて眦に涙が光る。剣を突き立てられたような痛みを胸に感じ、目が覚めてしまうかもしれないと思いながらも……


「愛してる…」


目元に口付けを落とし、静かに寝室を出た。







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