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僕は君を裏切った

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寝台で隣にいる妻が背を向けて寝るようになってからどのくらい経つだろうか。

広い寝台…人ひとり分をあけられているこの距離が、心の距離そのままに思えて胸が締め付けられる。それだけ傷付けてしまったことに、それでも傍にいてくれることに泣いてしまいそうだ。


『喧嘩しても同じベッドで寝ましょうね』


結婚前、いつまでも仲の良い夫婦でいるための秘訣なのだと微笑んでいたのを思い出す。

だからこそ寝室はひとつしか設けず、どんなに多忙であってもこの場所での語らいの時間を大切にしてきた。


「……オリヴィア」


静かな寝息をたてている妻に小さく呼び掛け、手を伸ばして柔らかな髪にそっと触れる。今日も離れずにいてくれたこと、隣で眠りについてくれていることに感謝して…でも、抱き締められないもどかしさに苦しくなる。

傷付けた心を治せるなど傲ってはいない。自分の傍にいることが、さらに深い傷をつけるのではと分かってもいる。それでも手放せない。

ごめんだなんて、何度口にしたところで許してもらう為の自己満足でしかなくて…謝るたびに、君の傷をさらに深めていたことに気付かなかった。




* * * * * *




妻を傷付けてしまい、埋まらない溝と縮まらない距離感にどうすればいいのか頭を悩ませる日々。

それでも宰相補佐としての仕事はあり、もたされている昼食を持って王宮を歩いていたら、視線の先に侍女の制服を着たふたりを見かけ───


「へぇ。じゃぁ、旦那さんの浮気相手とは決着つて、離婚はしないことにしたんだ?」


思わず隠れてしまった。手を動かしているとはいえ、仕事中にお喋りをするなど咎められるべきはあちらなのに…話の内容に動揺してしまう。


「もう許してあげたら?旦那さん、何度も謝ってくれてるんでしょう?なんだか窶れてたし…」

「ふんっ!窶れたからなによ。こっちはズタズタに傷つけられたの。それにさ、謝られるたび相手の女を思い出して思い出し怒りが沸くんだよね。それで、そのたびに旦那もその女を思い出して謝っているんだと思うとさらに頭に来る」


頭を強く殴られたような思いがした。

ただ傷付けたことを謝りたくて…でも、妻も同じように思っていたとしたら?僕が謝るたび、その原因を思い出していたとしたら?全身から血の気が引いていく。


「じゃぁ、どうすれば許してあげるの?」

「はっ?許すわけないじゃない」


胸がドクリと嫌な音をたてて締め付けられた。許されない…そんなことは分かっていたけれど、そうなれば結末はひとつになってしまうから…それだけは避けたくて、恐らく自分と同じような事が起きている侍女の話に手が震える。


「許さないし忘れることなんか出来ない」

「そっか…そりゃそうだよね」


分かっている。決して許されないし、妻を傷付けたことを忘れてはならない。でも…だからと言って離れることなど考えられなくて。


「だからさ…謝るくらいなら…離婚なんてしたくないって本気で思うなら、その気持ちだけを伝え続けて欲しいって言った」

「気持ち?」

「浮気したことはいつまでも悪夢として続くし、これから先もいつ思い出して怒り出すか自分でも分からない。仕事って言われても何一つ信用なんて出来ないし、また同じことするんじゃないかって疑い続ける」

「そりゃぁ…まぁ、そうだね」

「だから、そんな私でも一緒にいたいって思うなら、死ぬまでそんな私に向き合えって言った。疑われ続けて、罵倒され続ける……そんな人生しか待っていないけど、それでもいいの?って」

「…旦那さんはなんて?」


ドクドクと胸がなる。自分と同じ立場であろうその男が、どんな答えを返したのか…そして、その答えから結果として離婚しないと結論付けたという侍女の考えも知りたくて、足まで震えだしたもののその場から離れようとは思えない。


「ありがとう……だってさ」

「ありがとう?離婚してくれなくてってこと?」


それは僕も言った。離婚しないでいてくれてありがとう…そう何度も伝えて……


「まぁ、それもあるけど…」

「? ほかにも?」

「……愛させてくれてありがとう…って。愛してると目を見て言わせてくれてありがとう、結婚してくれてありがとう、毎日傍にいてくれてありがとう…まぁ、そんなことをツラツラと」

「あらまぁ」

「それと…この前、突然なんだか無性に腹が立って、泣いてひっぱたいたんだけど…」

「…うん」

「そんなに傷付いてるのに…それでも傍にいてくれようとしてくれてありがとう……って。ごめんじゃなくて、そう言われたことが…なんか嬉しくてさ…もう少し夫婦でいてあげてもいいかなって思った。まぁ、それもいつまで続くか分からないけどね」

「なるほどね。感謝することを忘れたら、その時点で終わりってこと?」

「そういうこと。こっちは浮気された事を一生忘れないんだから、旦那にも忘れないでいてもらわないと割りに合わない」


頭の中に今までの時間がぐるぐると回る。僕はどうだった?ただ離婚を回避できたのだと、ひとまずは落ち着いたのだと安心してはいなかっただろうか。


「そのうち慣れて油断したら、その時こそ離婚を叩きつけてやる!その為にお金も貯めてるしね」

「うわぁ、旦那さん頑張りどころだわ」

「死ぬまでね」


きゃっきゃと笑いながら去っていく気配に、僕はずるずるとしゃがみこんだ。

泣いてひっぱたいたと言う侍女の言葉に思う…妻は…オリヴィアは泣いて詰るような事はしていない。もしかしたら隠れて泣いていたかもしれないが、記憶にあるのはただ表情をなくした姿だけ。

それこそが、オリヴィアの傷の深さを表しているのだと思い知らされた。


「……僕のことは諦めてしまった…?」


泣いて罵ることすら必要とされていない…そう思われているのかと、込み上げてくるものを抑えられなくなった。


「……っ…オリヴィア……ッ」


大切にすると誓った。絶対に幸せにすると、そう誓って夫婦となって…それなのに……




僕は君を裏切った。





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