悪役令嬢、キャバクラ始めました

Ringo

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新居へ引っ越し

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経営者となるにあたりお父様から頂いた新しい万年筆を走らせながら、目の前の契約書類にサインをしていく。

え?今までは使っていなかったのか…ですか?

使っておりましたわ。王太子の婚約者と言う肩書き持って執務【補助】にあたるようになった時、ご本人より剥き出しで渡されたやつ。

聡明な方はお気付きかと思いますが、『忙しいからお前がやれ』と仰られた王太子に書類とセットで渡されましたの。

おかしくありません?執務があるから忙しいと言うならまだしも、忙しいから執務が出来ないだなんて…えぇ、これまた聡明な(ry…、新しいお花を見つけてキャッキャ💓ウフフ💓とそれはそれは楽しそうにお過ごしでした。

ですので、本来なら婚約者でしかない私がする必要のなかった執務の殆どを…九割九部九厘を私がこなしていたのですが、今となってみればいい経験となりましたのでよしと致しましょう。

決済のサインを書くことなんて、目を瞑っても出来ますのよ。


「では、こちらが控えでございます」

「ありがとう」


ひとまずの住まいとなる家がお店に近い場所で見つかり、こうして無事に契約も済みました。お値段も手頃ですし、管理のしやすい小さなお屋敷。


「本日、ご指定の家具やお荷物は全て搬入済みでございます」

「使いの者からも報告を受けたわ、ありがとう」

「それでは、私はこれで」

「ご苦労様」


契約と食後のティータイムの為に移動していたサロンから不動産業者が出ていき、こじんまりとした部屋にロベルトとふたりきり。


「もう荷解きも一段落したところかしら」

「プリシラ様のお部屋は最優先でかかっておりますから、完璧に仕上がっているはずです。もうお戻りになりますか?」

「そうね……」


今夜から私は実家の公爵邸ではなく自分で購入した屋敷へと帰る。なぜかしら…長く王宮で暮らしていたから、実家で過ごした事なんてそんなにないのに。


「寂しいですか?」

「寂しいわ…だから一緒にいてね」

「俺はいつでも傍にいます」


その言葉の意味は、いつになれば私の望むものへと変わるのかしら。


「……ねぇ、少し遠回りして帰りたいわ」

「畏まりました」





貴方は知らないのでしょうね。

差し出された手に自分のものを重ねれば、きゅっと握って立たせてくれる…この僅かな触れ合いから得られる小さな温もりが、いつか誰かに奪われるんじゃないかと不安に思っていることを。






******






「まぁ!完璧だわ、流石ね」

「ありがとうございます」


回り道をしてのんびり馬車を走らせ帰宅してみれば、私の部屋どころか全ての整理整頓が終わっていた。その完璧な陣頭指揮を取ったのは、改めて【侍女総長】と肩書きを変えたエルザ。

女性使用人達が携わる各職種の長を決め、エルザにはその総取り締まりとして動いてもらう事にした。今後は店舗運営にも携わってもらうし、その負担を少しでも減らす為にもね。


「エバンスは戻ってきてる?」

「ただいま戻りましたぁぁぁ!!!」


茶色をベースに調えられた執務室の仕上がりに満足して見回していると、この屋敷の家令となったエバンスが滑り込んできた。


「……エバンス…書類は仕上がったの?」

「はい!こちらです」


渡された書類の束は、エバンスに任せていた商品仕入れをする取引先と交わされた契約書。飲料・食材・衣類・化粧品・etc…


「流石よ、エバンス」

「ありがとうございます!」


褒めてあげようと笑みを向けたら、体半分をロベルトに隠されてしまったわ。絶好調ね。


「ちょっと!ロベルトさん!邪魔です!!」

「………………」

「邪魔ですってば!!」

「………………」


エバンスが必死でロベルトを押し退けようとしているけれど、びくともしない。そりゃそうよ。ロベルトは、王家に属せば総団長になれる腕を持つ人物なんだから。

スラリと細身で隠された筋肉のないエバンスでは無理と言うものだわ。


「ランドルフは?」


じゃれ合うふたりを無視してエルザに聞けば、騎士達の配置を最終確認しに回っているらしい。

この屋敷は、小さいながらも三階建て。

一階は、執務室や食堂など様々なシチュエーションで使う部屋と、客室。

二階は、住み込みで働く使用人達の部屋。

三階は、私の部屋…………とロベルトの部屋。

ちなみに主寝室の下は物置にしたらしい。なんの気遣い?むしろ悲しくなるんですけど?


「防音対策もバッチリです」


エルザ……手当てを弾むわ。

そんなエルザは、夫であるランドルフや子供達と共に家族部屋を使用する。そちらも防音なの?居室を挟んで子供達と夫婦の寝室は離れるようにリフォームさせた事、知ってるのよ?


「明日は昼食後にキャスト選考を予定しておりますので、ごゆっくり出来ます」


その気遣いは本当に私の為なの?新居での生活が始まるから、はっちゃけちゃうんじゃないの?


「………………なにかございましたか?」

「なんでもないわ」


ふんっ。私だってその内、寝室を荒れさせてやるんだから。いくら洗ってもシーツの替えが追い付きません!って、洗濯係を困らせてやるわ。






******






「おやすみなさいませ、お嬢様」


湯浴みを寝仕度を終えてエルザが下がると、広い部屋にひとりきり。屋敷内に多くの使用人が残っているとはいえ…やっぱり寂しいわね。

つい、チラ…と続き部屋の扉を見てしまう。

この屋敷で一番広いこの部屋の隣には、執務机と応接セットのある小さな居室と…その向こうに寝台だけが置かれた寝室がある。そして、今日からロベルトはそこで生活をするんだけれど…


「…………ロベルト…」

「はい」


扉に両手を添えて小さく名前を呼んでみたら、まさかのオープン。ハイタッチ待ちの人みたくなってしまったじゃないの。


「お呼びですか?」

「…………何していたの?」

「ご様子を窺っておりました」


宙ぶらりんだった両手のやり場に困ったから、そのままおろしてロベルトの手を握ってみた。


「寝ないの?」

「クリスティア様の専属護衛ですから」

「これから毎日、それこそ一日中一緒なのよ?寝ないと体力がもたなくなるわ」

「…………それは困りましたね」


ほんのり赤く頬を染めて、握る手に力を込めないでよ。引きずり込むわよ?

今まではランドルフと交代制だったし、夜間は他の騎士も含めて調整していた。だけどこれからは基本的にロベルトひとり。【不測事態に対応出来るよう私の隣室を与える】とお父様を説得するはずだったのに、むしろお父様はノリノリだった。


『不測事態?既成事実の間違いではないのか?お父様は、出来れば娘がいいな。愛するソフィアによく似たお前によく似た孫が欲しいぞ』


お父様……私、頑張りますわ。


「一緒に寝る?」

「むしろ眠れません」


ロベルトも湯浴みをしたあとで、おろされた長い髪に指を通せばサラサラと落ちる。少し顔を上気させているのは湯浴みのせい?


「じゃぁ、眠るまで傍にいて」

「畏まりました」


そんなに嬉しそうな顔して手を引かないでよ。しかも婚約者でもないのに、なんの躊躇いもなく寝室に入るどころか先導するってどうなの?私まで顔が熱くなってきちゃうわ。

さっさと頷いて夫になりなさいよ。


「…………遠いわ」


無駄に広い寝台の真ん中に寝転んだ私は、横向きになってロベルトへ手を伸ばした。


「傍にいてくれるんでしょう?」


知ってるんだから。貴方が私の使い古したハンカチを、洗濯係から高値で買い取っていることや、それを何に使っているのかも。さっさと来なさいよ。今夜のオカズになるでしょう?


「……失礼致します」


ギシッ…なんて音はしない、しっかりとした作りの寝台……の隅っこにロベルトは寝転び、伸ばしていた私の手を握った。

これってもう、既成事実ありにしてもいいんじゃないかしら。しちゃう?婚姻届け出しちゃう?


「寂しくありませんか?」


握る手を、親指で撫でてくる仕草が好き。大切にされているって気がするの。


「ロベルトがいるから寂しくないわ」


貴方、私を性欲の欠片もない精霊か何かだと思ってないわよね?むしろ旺盛よ?


「眠るまでこうしています」

「……朝までいればいいのに」


嬉しそうな顔をするくせに。妻子持ちのエバンスのからかいにも嫉妬するくせに。いっそ、この手を引っ張ってやろうか。


「朝一番で参ります」

「それは護衛騎士の仕事ではないわ」


寝かし付けなんてもってのほか。


「これからは私が起こします。眠るまでお傍を離れることもありません」

「手も握ってくれる?」

「お望みとあれば」


必ず成功させる。貴方が憂う事は私が全て解決してやるわ。それでも今度は男としてのプライドがとか言い出すなら、私専属の騎士を辞めるか夫になるのかを選ばせるだけよ。


「おやすみなさい、ロベルト」

「おやすみなさいませ、クリスティア様」


繋ぐ手から伝わる確かな温もりを感じながら、抱えていた寂しさなど何処へやら。安心してゆっくりと心地よい眠りに落ちていった。








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