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王女の来訪
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「ごめんなさいね、無理を言って」
「いえ、ご心配をおかけして申し訳ありません」
あの夜会から時折お手紙を頂いていた王女から『お見舞いに伺いたい』と先触れが来たことで、急遽ふたりきりのお茶会となった。
「それにしても…凄い花の量ね」
苦笑する王女に私も笑みを溢してしまう。あれから半年…今も変わらずフリードリヒから花は届けられている。
「噂には聞いていたけれど…これは凄いわ。私の夫にもこれくらいの気概を持ってもらいたいわ」
王女が長年ご婚約を結んでいたお相手のいる国は、ここ数年続いた天候災害により立て直しが急務とされ、予定されていた輿入れが2年も延期されていた。漸く落ち着いたことから、近日中に出立されるのだと言う。
遠く離れた国へ嫁ぐため、恐らくラシュエル国に戻ることは二度とない。その前に…とこうして会いに来てくれた。
「顔色もいいようだし安心したわ」
誰からも好かれて優しい王女は、ラシュエル王国に住む民たちから〔ラシュエルの花〕と呼ばれていた。
王候貴族はもちろん、お忍びで市井まで気軽に足を運び交流を持つ王女は、民に寄り添い民の声に耳を傾けてくれることから人気が高い。
そんな王女が嫁ぐことに悲しみを抱く者も多いが、政略結婚とは言え誠実なお相手と真摯に関係を育む様子に安心もしている。
だからこそ…聞いてみたくなった。
「2年は…長くありませんでしたか?」
遠い南の国へ嫁ぐのを楽しみにしていたと聞いているから、たとえ情勢の都合とは言え複雑な思いを抱えたのではないだろうか。
「そうね…長かったわ。不測の事態に陥ったとは言え、私が嫁ぐことに問題はなかったはずだもの。それを『君に余計な負担をかけたくない』の一点張りで取りつく島も与えてくれなかったのよ、意地っ張りにも程があるわっ」
ふんっ、と頬を膨らませる王女が可愛らしくて…けれど〔待たされる側〕の思いを知ることが出来て、ツキリと胸が痛んだ。
「でもね、結果としては2年も待ったからこそ得られたものがあったのよ」
花が綻ぶような微笑みに、同性とは言えドキリとしてしまう…
「私達の婚姻は政略的なものだから、災害に見舞われたあちらへの更なる援助を求められることも想定されていた。けれど彼はそうせずに、自分の…自分達の力で立て直すことを選び実行したの。まぁ、本当にダメだと思えば助けを求めたのでしょうけれど、『安心して嫁いできてほしいから』と言う彼を信じていたわ。何があっても挫けず、国や民と真摯に向き合う彼を尊敬しているのよ」
遠く離れたお相手の王子とは数回しかお会いしておらず、手紙や絵姿のやりとりのみ…それでも互いを信頼し、思い合える姿に胸が温かくなる。
「待たせる側にも葛藤や複雑な思いがあるはずだと思うわ…だから、焦らずゆっくりとタイミングを見図ればいいのではないかしら」
心を見透かされるような優しい微笑みに、凝り固まった心が解れていくような気がする。
待たせてばかりで、そうさせている私に心ない言葉が届くことも増えてきていた…その殆どは、彼に恋慕するご令嬢からの手紙だったりするのだけれど。
「外野の言うことなんて無視よ、無視」
「無視…ですか?」
「えぇ、無視。なぜそうなのか、そうなっているのかなんて本人達にしか分からないもの。それを知らず分かろうともせずにうるさく騒ぐような外野は無視に限るわ」
王女も様々な思いをしてきたのだろう…その心遣いに目頭が熱くなるが、少し俯きじっと目を瞑ってその感覚を押し流す。
「そうね…でも、ひとつだけ聞いてもいいかしら?遠くに嫁いでいってしまう可哀想な私のために」
そうは思っていないはずなのに敢えてそう言う王女の可愛らしい笑顔に首肯する以外はない。
「…フリードリヒのことを今も愛してる?」
誰もが口にしなかった…けれど誰もが聞きたいと思っているであろう、それ。
私の気持ちは決まっている。
「はい……今も彼を愛しています」
進まなくてはいけない。
待たせる側にも葛藤があるのだと言ってくれた…もう会うことは叶わなくなる王女に報いるためにも。
「いえ、ご心配をおかけして申し訳ありません」
あの夜会から時折お手紙を頂いていた王女から『お見舞いに伺いたい』と先触れが来たことで、急遽ふたりきりのお茶会となった。
「それにしても…凄い花の量ね」
苦笑する王女に私も笑みを溢してしまう。あれから半年…今も変わらずフリードリヒから花は届けられている。
「噂には聞いていたけれど…これは凄いわ。私の夫にもこれくらいの気概を持ってもらいたいわ」
王女が長年ご婚約を結んでいたお相手のいる国は、ここ数年続いた天候災害により立て直しが急務とされ、予定されていた輿入れが2年も延期されていた。漸く落ち着いたことから、近日中に出立されるのだと言う。
遠く離れた国へ嫁ぐため、恐らくラシュエル国に戻ることは二度とない。その前に…とこうして会いに来てくれた。
「顔色もいいようだし安心したわ」
誰からも好かれて優しい王女は、ラシュエル王国に住む民たちから〔ラシュエルの花〕と呼ばれていた。
王候貴族はもちろん、お忍びで市井まで気軽に足を運び交流を持つ王女は、民に寄り添い民の声に耳を傾けてくれることから人気が高い。
そんな王女が嫁ぐことに悲しみを抱く者も多いが、政略結婚とは言え誠実なお相手と真摯に関係を育む様子に安心もしている。
だからこそ…聞いてみたくなった。
「2年は…長くありませんでしたか?」
遠い南の国へ嫁ぐのを楽しみにしていたと聞いているから、たとえ情勢の都合とは言え複雑な思いを抱えたのではないだろうか。
「そうね…長かったわ。不測の事態に陥ったとは言え、私が嫁ぐことに問題はなかったはずだもの。それを『君に余計な負担をかけたくない』の一点張りで取りつく島も与えてくれなかったのよ、意地っ張りにも程があるわっ」
ふんっ、と頬を膨らませる王女が可愛らしくて…けれど〔待たされる側〕の思いを知ることが出来て、ツキリと胸が痛んだ。
「でもね、結果としては2年も待ったからこそ得られたものがあったのよ」
花が綻ぶような微笑みに、同性とは言えドキリとしてしまう…
「私達の婚姻は政略的なものだから、災害に見舞われたあちらへの更なる援助を求められることも想定されていた。けれど彼はそうせずに、自分の…自分達の力で立て直すことを選び実行したの。まぁ、本当にダメだと思えば助けを求めたのでしょうけれど、『安心して嫁いできてほしいから』と言う彼を信じていたわ。何があっても挫けず、国や民と真摯に向き合う彼を尊敬しているのよ」
遠く離れたお相手の王子とは数回しかお会いしておらず、手紙や絵姿のやりとりのみ…それでも互いを信頼し、思い合える姿に胸が温かくなる。
「待たせる側にも葛藤や複雑な思いがあるはずだと思うわ…だから、焦らずゆっくりとタイミングを見図ればいいのではないかしら」
心を見透かされるような優しい微笑みに、凝り固まった心が解れていくような気がする。
待たせてばかりで、そうさせている私に心ない言葉が届くことも増えてきていた…その殆どは、彼に恋慕するご令嬢からの手紙だったりするのだけれど。
「外野の言うことなんて無視よ、無視」
「無視…ですか?」
「えぇ、無視。なぜそうなのか、そうなっているのかなんて本人達にしか分からないもの。それを知らず分かろうともせずにうるさく騒ぐような外野は無視に限るわ」
王女も様々な思いをしてきたのだろう…その心遣いに目頭が熱くなるが、少し俯きじっと目を瞑ってその感覚を押し流す。
「そうね…でも、ひとつだけ聞いてもいいかしら?遠くに嫁いでいってしまう可哀想な私のために」
そうは思っていないはずなのに敢えてそう言う王女の可愛らしい笑顔に首肯する以外はない。
「…フリードリヒのことを今も愛してる?」
誰もが口にしなかった…けれど誰もが聞きたいと思っているであろう、それ。
私の気持ちは決まっている。
「はい……今も彼を愛しています」
進まなくてはいけない。
待たせる側にも葛藤があるのだと言ってくれた…もう会うことは叶わなくなる王女に報いるためにも。
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