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ゼラニウムの花束を君に sideフリードリヒ
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モナクール公爵家での夜会で油断し隙を作ったことから起きてしまった最悪の状況と出来事を伝え謝罪するため、翌日先触れもなしにプルミア侯爵家を訪れた。
「申し訳ありませんっ」
通された応接室で侯爵夫妻と長男マクシウルに深く頭を下げ、本人が受け取ってくれるならとゼラニウムの花束を侍女のミーシャに手渡した。
殴られても仕方ないことをしでかしたのにも関わらず、侯爵家の3人はただ静かに呼吸を整えており…その静寂が胸をきつく締め付けるように思えたが、
(このくらいの痛みなんだって言うんだっ…)
昨夜のジュリエンヌの傷と痛みを思えば僅かなものだろう、と受け止める。
ポロポロと涙を流すジュリエンヌの姿が目に焼き付いて離れない…けれど決して忘れてはいけない。あれほどの痛みを与えてしまったことを、絶対に忘れてはいけない。
「…それで……ナチュリシア公爵令嬢は…」
重い沈黙と静寂を打ち破ってくれたのは、親友でもあるマクシウル。昨夜は領地の問題で夜会には参加していなかった。
「シェスリーナ殿下の護衛に連れられて、今は自宅の私室で謹慎を受けていると…本当に申し訳ない」
通常であれば公爵令息である俺が侯爵令息のマクシウルに頭を下げることはない……などと驕っている場合でもなければそんなことはどうでもいいしそもそも思っていない。
ジュリエンヌと結婚し、プルミア侯爵家や我が家のように愛情深い家庭を築くものだと…そう信じて疑わなかったし、今もその気持ちに変わりはない。
「フリードリヒ」
「はい」
幼い頃から実の息子のように可愛がってくれていたプルミア侯爵の声に鋭さを感じ、背筋が冷えて嫌な汗が流れる。
もしも…もしも婚約を破棄する意向だと言われても全力で抗う。ジュリエンヌを手放したくはないし考えられない。彼女のいない人生など…
「…ジュリエンヌが君との婚約を解消すると決めたら、君はどうする?素直に身を引くか?家督を継ぐために他のご令嬢と婚約を結び直すか?」
「ジュリエンヌ以外ありえません」
間を置かずに即答したことに瞠目するも、一瞬だけ目を細めて綻ばせ…すぐに元の鋭く真っ直ぐな眼差しに戻った。
そして、ジュリエンヌの部屋から戻ったミーシャから「お嬢様はお会いになられません」と告げられ絶望の淵に追いやられるも、
「ですが…お花は……あのお花は大切そうに抱えておいででした。まだお気持ちの整理がつかないのだと思われます」
そう付け足され、少しばかり生きた心地を感じられた。
ミーシャでさえ目を腫らして赤いままでいる…きっとジュリエンヌも同じように…それ以上にツラい状況にいるのだろうと思うと、和らぎかけていた胸の痛みがぶり返す。
「フリードリヒ…少しばかり時間を与えてやってくれんか。今はまだ混乱しているのだろうし、落ち着いて考える時間を過ごさせてやって欲しい」
「それ…は……」
どれくらいの時間が必要だろうか…3ヶ月後には念願だった結婚式が控えている。日取りは王家から正式に公表されており、招待客には案内状も手配済みだ。
でも……
「ジュリエンヌが…ジュリエンヌが婚約を考え直したいと結論付けても……受け入れることは出来ません」
初めて会ったときから唯一無二の存在として焦がれてきたんだ…はいそうですか、とは絶対に言えない。
「もし…もしも結婚式に向き合えないと言うなら、延期します。けれど解消も破棄も受け入れることは出来ません。仮にジュリエンヌがそう望むとしても、誠意を持ち全身全霊で向き合います」
失えるはずがない。
「俺には……ジュリエンヌしか……すみっ、ません」
ジュリエンヌしか愛せない……そう言おうとして不覚にも涙が溢れてしまった。泣きたいのはジュリエンヌでミーシャで、侯爵家の人達だと言うのに。
どうしようとも止まってくれない涙をゴシゴシと拭い言葉を繋げようとするも叶わず、漏れる言葉は形を成さずに嗚咽となってしまう。
「…フリードリヒ」
それまでとは違う優しさを含む声音で名を呼ばれて顔をあげ、滲む視界を晴らそうと強く目を擦る。
「私達はジュリエンヌに…フリードリヒの元へ笑顔で嫁いでいってもらいたい。その為の時間を、あの子に与えてやってくれ」
困ったように眉を下げてそう言う侯爵は、執務を行う際の辛辣さなど微塵も感じさせず…ただ愛する娘を…そして俺を慈しむように視線を向けている。
侯爵の願いはそれこそ俺の願いでもある。
大好きなジュリエンヌには、なんの憂いもなく笑顔で嫁いできてもらいたい。
その為に必要な時間が数日でも数週間でも……たとえ数年かかろうとも、俺はジュリエンヌだけを待ち続ける。
この日から数日後、侯爵家から結婚式の延期を無期限に願う申し出が送られてきた。
「申し訳ありませんっ」
通された応接室で侯爵夫妻と長男マクシウルに深く頭を下げ、本人が受け取ってくれるならとゼラニウムの花束を侍女のミーシャに手渡した。
殴られても仕方ないことをしでかしたのにも関わらず、侯爵家の3人はただ静かに呼吸を整えており…その静寂が胸をきつく締め付けるように思えたが、
(このくらいの痛みなんだって言うんだっ…)
昨夜のジュリエンヌの傷と痛みを思えば僅かなものだろう、と受け止める。
ポロポロと涙を流すジュリエンヌの姿が目に焼き付いて離れない…けれど決して忘れてはいけない。あれほどの痛みを与えてしまったことを、絶対に忘れてはいけない。
「…それで……ナチュリシア公爵令嬢は…」
重い沈黙と静寂を打ち破ってくれたのは、親友でもあるマクシウル。昨夜は領地の問題で夜会には参加していなかった。
「シェスリーナ殿下の護衛に連れられて、今は自宅の私室で謹慎を受けていると…本当に申し訳ない」
通常であれば公爵令息である俺が侯爵令息のマクシウルに頭を下げることはない……などと驕っている場合でもなければそんなことはどうでもいいしそもそも思っていない。
ジュリエンヌと結婚し、プルミア侯爵家や我が家のように愛情深い家庭を築くものだと…そう信じて疑わなかったし、今もその気持ちに変わりはない。
「フリードリヒ」
「はい」
幼い頃から実の息子のように可愛がってくれていたプルミア侯爵の声に鋭さを感じ、背筋が冷えて嫌な汗が流れる。
もしも…もしも婚約を破棄する意向だと言われても全力で抗う。ジュリエンヌを手放したくはないし考えられない。彼女のいない人生など…
「…ジュリエンヌが君との婚約を解消すると決めたら、君はどうする?素直に身を引くか?家督を継ぐために他のご令嬢と婚約を結び直すか?」
「ジュリエンヌ以外ありえません」
間を置かずに即答したことに瞠目するも、一瞬だけ目を細めて綻ばせ…すぐに元の鋭く真っ直ぐな眼差しに戻った。
そして、ジュリエンヌの部屋から戻ったミーシャから「お嬢様はお会いになられません」と告げられ絶望の淵に追いやられるも、
「ですが…お花は……あのお花は大切そうに抱えておいででした。まだお気持ちの整理がつかないのだと思われます」
そう付け足され、少しばかり生きた心地を感じられた。
ミーシャでさえ目を腫らして赤いままでいる…きっとジュリエンヌも同じように…それ以上にツラい状況にいるのだろうと思うと、和らぎかけていた胸の痛みがぶり返す。
「フリードリヒ…少しばかり時間を与えてやってくれんか。今はまだ混乱しているのだろうし、落ち着いて考える時間を過ごさせてやって欲しい」
「それ…は……」
どれくらいの時間が必要だろうか…3ヶ月後には念願だった結婚式が控えている。日取りは王家から正式に公表されており、招待客には案内状も手配済みだ。
でも……
「ジュリエンヌが…ジュリエンヌが婚約を考え直したいと結論付けても……受け入れることは出来ません」
初めて会ったときから唯一無二の存在として焦がれてきたんだ…はいそうですか、とは絶対に言えない。
「もし…もしも結婚式に向き合えないと言うなら、延期します。けれど解消も破棄も受け入れることは出来ません。仮にジュリエンヌがそう望むとしても、誠意を持ち全身全霊で向き合います」
失えるはずがない。
「俺には……ジュリエンヌしか……すみっ、ません」
ジュリエンヌしか愛せない……そう言おうとして不覚にも涙が溢れてしまった。泣きたいのはジュリエンヌでミーシャで、侯爵家の人達だと言うのに。
どうしようとも止まってくれない涙をゴシゴシと拭い言葉を繋げようとするも叶わず、漏れる言葉は形を成さずに嗚咽となってしまう。
「…フリードリヒ」
それまでとは違う優しさを含む声音で名を呼ばれて顔をあげ、滲む視界を晴らそうと強く目を擦る。
「私達はジュリエンヌに…フリードリヒの元へ笑顔で嫁いでいってもらいたい。その為の時間を、あの子に与えてやってくれ」
困ったように眉を下げてそう言う侯爵は、執務を行う際の辛辣さなど微塵も感じさせず…ただ愛する娘を…そして俺を慈しむように視線を向けている。
侯爵の願いはそれこそ俺の願いでもある。
大好きなジュリエンヌには、なんの憂いもなく笑顔で嫁いできてもらいたい。
その為に必要な時間が数日でも数週間でも……たとえ数年かかろうとも、俺はジュリエンヌだけを待ち続ける。
この日から数日後、侯爵家から結婚式の延期を無期限に願う申し出が送られてきた。
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