【完結】365日後の花言葉

Ringo

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哀恋の淑女 sideマリーベル

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彼を初めて見掛けたのは4歳の時、王城だった。

国王(当時はまだ王太子)の妹であるお母様と一緒に王城へと遊びに来ていた私は、向かいから歩いてくる親子…その男の子に目を奪われた。


(……だれ?)


お母様と男の子の父親が挨拶を交わし、その子の名前がフリードリヒだと知り…その美しさに心がザワザワとする。

同い年のフリードリヒは、まだ4歳だと言うのに整いすぎた美しさを持ち、肩まである透き通るような金糸を思わせる金髪は彼が動く度にサラサラと揺れ、国宝とも呼ばれるエバリオ湖を彷彿とさせる深いエメラルド色の瞳。

彼を作る全てに虜となった。


(この子がほしい)


望めばなんでも与えてくれる両親にそう願うと早速サンドリヨン公爵家に婚約の申し出をしてくれて、そのお返事がくれば好きなだけ彼と一緒にいられるのだと胸が高鳴った。


「ドレスやアクセサリーは思い合う相手の色を纏うものなのよ。ほら、お母様のドレスはお父様のお色でしょう?」


そうお母様に教えられて、それまでのドレスや装飾品…夜着に至るまで全てのものを彼の色合いに変えてもらい、彼と会える日や一緒に出掛ける日を今か今かと待ち続ける。


そう。待ち続けた。


お父様からお手紙を送ってもらってから何日…何週間が過ぎても「まだ話し合ってるところなんだよ」と言われ、そんなものなのかな?と思いながら3ヶ月が過ぎた頃。


すっかり定番になっている緑色のドレスを着て自分の部屋でお菓子を食べていると、お父様とお母様が…少し悲しそうな顔をしてやってきた。


「マリーベル……」

「おとうさま?」


その日、侯爵家から…フリードリヒから婚約の申し出を断られたことを聞かされた。


「どうして!?」


いつもなら笑顔でなんでも買ってくれるお父様が、こればかりは叶えてあげられないのだと頷いてくれない。

本当は最初に申し出をした3ヶ月前の時点で断られており、そこをなんとか纏めようとしてくれていたのだと言われたけれど……


「とりあえず…まだ時間はある。これからも会う機会はいくらでもあるし、向こうも特別な相手がいるわけではない。マリーベルも立派な淑女になるべく学び、時期が来たら改めて婚約を申し出よう」


いやだ!あの子がほしい!と泣き喚き…それでもお父様とお母様は叶えてくれなくて。


「フリードリヒさま……」


いつか必ず婚約を結ぶから…お父様のその言葉だけを励みに、何年も続く厳しい淑女教育に向かい合った。

断るのはまだ私のことを知らないから。

そんな思いで、彼に対する気持ちと私の存在をアピールすべく立ち振る舞う。

クローゼットにあるドレスはすべて緑色の生地で作られ、施される刺繍や装飾は金色と緑色で徹底してもらった。


『好きな人の色を着ることが女性の喜び』


お母様や侍女から聞く言葉をそのままに、何処へ行くにも誰と会うにもその装い。

やがてフリードリヒの美しさが知れ渡るようになり、それと同時に私が身に纏う色合いが何を意味するのかも周知されていく。


「サンドリヨン公爵家でお茶会があるのよ」


お茶会とは建前で、嫡男であるフリードリヒの婚約者選びなのだとお母様は言う。


「ようやく婚約できるのですね!」


初めて出会った日から4年、幾度となく会うこともあるなかで変わらなかったフリードリヒの態度にモヤモヤした思いを抱えつつ、漸く彼が婚約者を得る覚悟ができたことに安堵した。

お天気にも恵まれたお茶会当日、いつものように緑色のドレスを着て、結い上げた髪にはゴールドとエメラルドの宝飾を編み込んだ。


「こんにちは、フリードリヒ様」


お茶会で招待客を迎えているフリードリヒにそう微笑むも、彼の表情はいつもと変わらず感情の読めないもの。


(照れているのね)


私の装いを見て少し顔を歪める様子も、男性は照れや恥ずかしさからそのような仕草をすることがあるのだと、侍女達が話しているのを聞いた。


「……楽しんでください」


決して目が合わないのも、彼なりの照れ隠しなのだと分かる。この4年で礼儀作法もしっかりと学んできたし、公爵家に嫁ぐに必要なことも学習に取り入れてもらっている。

今日参加している令嬢のなかでは私が一番の爵位であるし、何より彼と過ごしてきた時間があり…


(ふふ…みんなドレスと髪飾りを見ているわ)


フリードリヒの色合いで纏めらたことからくる自信で、周りにいるご令嬢に微笑む。少し驚いたり悲しそうな顔をされるけれど、ちゃんと分かってもらわないと困るもの。


「……マリーベル嬢…ほかのご令嬢とお話しされてきたはどうですか?」

「いえ、わたくしは大丈夫ですわ」


久しぶりに会えた喜びと自身の立ち位置を周りに理解してもらうため、お茶会の開始からフリードリヒの近くから離れずに付いて回った。

気を遣われそう言われても、にっこりと微笑めばそれ以上は何も言われない。優しさに嬉しくなる。

参加者の全員が席に着くことになって、私は当然フリードリヒの隣。口数の少ない彼の穏やかな性格に癒されながら、美しい彼の横顔をチラリと覗く。


(やっぱり美しいわ…この人がほしい)


うっとりと思いに耽っていると、少しばかり無作法に思える賑やかな声が届き…彼がその席を眺めていることに気付いた。


(まぁ…はしたない)


貴族令嬢らしからぬ作法に彼も呆れているのだと、賑やかすぎるその席の家族を見て嘆息する。


(たしか…プルミア侯爵家)


濃い金髪の父親と淡いピンクゴールドの髪を両親に持つのはプルミア侯爵のみで…一緒にいるのは兄のマクシウルと妹のジュリエンヌだ。


(あんなにクッキーを召し上がるなんて…)


恥ずかしい、と視線を向けていると妹のジュリエンヌがこちらを向き微笑み…隣のフリードリヒがピクッと体を揺らした。


(恥ずかしいですわよね、令嬢らしくないもの)


突然必要のない笑みを向けられて驚いたのだろうと彼に同情し、膝の上で握り締められている彼の手にそっと重ねようとして……やんわりと振り払われた。


「……触れないでいただけますか」

「…ごめんなさい…」


無作法なご令嬢に心を乱されたであろう彼を慰めたかったけれど、人前で触れるなど私まで心が乱れてしまったことを反省する。

この4年頑張ってきたけれど、彼はもっと紳士らしくなっているのだ…私も精進しなくてはならない。彼の隣に立つ権利を手に入れ、ゆくゆくは公爵夫人となるのだから。


「…本日はありがとうございました。お気をつけてお帰りください」


お茶会が終わり、彼と共に皆様をお見送りするつもりでいた私は誰よりも先に見送られることとなり…やはり爵位が高いことは儘ならない。


「こちらこそ、ありがとうございました」


淑女らしく、それでいて可憐に見えるように彼へ微笑みを向けるも、やはり彼は恥ずかしがって視線を少し下に向けたまま。

それも間もなく変わるはず。いえ、私が変えていけばいい……婚約者として。

このお茶会で、私より彼と時間を過ごしたご令嬢はいなかった。改めてお父様からご連絡をすると言っていたし、お顔合わせに備えて新しいドレスを仕立ててもらわなくては。









それから数日後、彼がプルミア侯爵家のジュリエンヌと婚約を結んだと公表された。




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