【完結】彼と私と幼なじみ

Ringo

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番外編

オリバス侯爵家 (4/4)

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「スチュワート!!」


小さな少女が横たわる少年に駆け寄り叫び声が響いた直後、ふたりを目映い光が包み込んだ。
そして視界が晴れると、それまで苦痛に顔を歪ませていた少年は穏やかな顔で眠っており、代わりに少女がその場へ崩れ落ちていた。

そしてこの日から三ヶ月…少女は昏睡したまま目を覚まさず、その間に流行り病を発症した少女の両親はあっけなく天に召されたのである。

それは、少女が目覚める一週間前の事だった。






◇~◇~◇~◇~◇~◇






「大丈夫だよ、アマンダ。きっと父上が腕のいい治癒師を探してきてくれる」


床に臥している幼なじみの傍に寄り添い、そう声をかけ続けている息子の姿に、父親である侯爵は焦りと覚悟を交錯させていた。

息子を救うために命を削り、その代償に余命僅かとなって寝台から起き上がることすら出来ない。
その命もいつまでもつか分からず、日々憔悴する少女を励ますことしか出来ないでいる。
お金に糸目はつけないと世界中の治癒師に助けを乞うも、返事は皆同じで『竜神の怒りを収めるほどに枯渇させた命は戻せない』とばかり。

むしろ五年も生き長らえたなら僥幸では?とまで言われてしまう始末。
アマンダ自身も諦めている様子が窺え、連日励ましている息子の言葉にも僅かに微笑むだけ。

打つ手なし…そう諦めかけたところに、国内で治癒師が覚醒したと知らせが入った。
しかもその魔力は膨大なものと云う。


「……ポーター男爵家…」


その名は知っていた。
雪深い僻地に住む貴族で、領地は持たずに稀少種である【雪の花】を採取し生活を営んでいる。
医療薬にも通じ、数々の功績をあげるものの決して陞爵を賜らない。
そして…強い家族愛を持つ。

それらが侯爵の知る男爵家についてだが、既に山のような縁談と治癒の申し込みがされていると聞き及び、遅れを取った事を悔やんだ。
なんとか治癒師を紹介して貰えないかと、仲介人を名乗る者に交渉へ出向いていたのだ。
怪しさしかなかったが、藁にも縋る思いだった。

結果として答えは否。
やはり竜神の怒りは手に負えない…と。

窓の外を見れば、王都にも降り積もる雪。
恐らく僻地は家が埋まるほどだろう。
そんな環境の中、家族や周囲に住まう者達の為に献身的とも言える働きを続ける男爵家。
何処かに治癒へ出向いたとは聞こえないが、それが足止めをされているからなのか知る由もない。


「最も、この雪じゃ手紙のひとつも届かないな」


そう独りごちて、夜も更け静まる屋敷を歩きアマンダの部屋へと向かった。
部屋の中には火の番をする侍女がおり、立ち上がろうとするのを手で制してそのまま足を寝台へと進める。

暖炉の火で僅かに見える姿はとても痩せ細り、肌は雪のように真っ白。
血の気のない頬に触れれば、充分に暖められた部屋だと言うのに恐ろしく冷たい。

そのいずれもが、治癒師達の口にした『召される寸前の状態』を表していた。


「アマンダ……」


息子を助けたせいで昏睡し、目覚めた時には既に両親は他界…その事実を告げても尚、息子を救えたことに安堵していたアマンダ。


『両親もそうすることを望んだはずです』


そう微笑んだ少女を助けてやりたい。
治癒師が断るのは、そうすることで自身の魔力や命が枯渇する可能性があるから。
それほどに、竜神の怒りを抑えるには魔力を一度に大量消費せざるを得なかった。

意図してやったわけではないのだろう。
ただ助けたい…その思いだけで、アマンダは息子に魔力を流し込んだ。


「よろしく頼む」


侍女に声をかけ、再び静かな屋敷内を歩き…辿り着いたのは妻が寝ているはずの寝室。
ここのところ、あちこちの治癒師や仲介人に掛け合う為、家を空ける事も多かった。
夫婦としての時間など二の次にして、ひたすらアマンダの事を優先して動いていたせいで、どこか顔を合わせづらくなっている。

他人の為に時間とお金をかけすぎだ…そんな風に厳しい意見をぶつけてくる親族も多く、それらは不在がちな侯爵より、女主人として屋敷に留まる夫人へと投げ付けられる事が多かった。

扉の前で躊躇っていると、重厚な扉が静かに開かれ…その隙間から妻セレーナが顔を出した。


「お帰りなさい、カーティス」

「……あぁ、ただいま」


まさか起きていたとは思わず驚いたが、手を引かれて暖かい部屋の中へと足を踏み入れる。

こうして手を繋いだのも久し振りだ…誘われたソファーに腰を下ろしそんな事をぼんやり考えていると、ふわりと温かいものに包まれた。

それは妻の体温であり…妻に抱き締められたからだと気付くのに、暫しの時間を要してしまった。


「……セレーナ…」

「何を迷っているの?」


何を…そう言われ、妻は自分の事をどこまでも理解してくれているのだと目頭が熱くなった。


「私達なら大丈夫です。貴方の帰りをここで…アマンダを守りながら待っているから」


どんな時も常に寄り添い、共に歩んできた妻を抱き締め…侯爵は決意を固めた。

建国より続く由緒ある家柄…それだけを言えば聞こえはいいが、その家督を継ぐのにかかる重責は想像を越えるものだった。
常に由緒ある侯爵家を求められ、さらに嫡男であれば習得せねばならない事柄も付き合いも多く、そこに妥協や油断は一切認められない。

妻はそんな侯爵家にと選ばれた女性。
そこに否を唱えることなど互いに許されず、学ぶことの多さと式の準備に追われ、まともに顔を見たのは結婚式…という状態だった。
それでも文句も愚痴も言わずに寄り添い続け、息子を難産で生んだのちに二子は望めないと宣告された時には、頭を下げ第二夫人を迎えるように進言してきた。

その時だけ…後にも先にもその時だけ、頭を下げる妻が足元に涙を落としたのだ。
堪らずに抱き締めた。
涙の意味を問えば、『貴方には次期当主として多くの子を成す責がある』と答える。
ではその本心はと問えば、長い逡巡ののちにとても小さな声で答えた。


『…他の人など迎えて欲しくない…貴方の事を愛しているんです……』


そう言って嗚咽を漏らす妻に、侯爵は奥歯を食い縛ってこみ上げてくる涙を堪えた。

きっと自分の預かり知らぬところで、子を成せなくなった事を責められていたはず。
見捨てられた娘など引き取り世話を焼くことに、散々苦言も呈されていたことだろう。
それでも愚痴や文句、涙や溜め息など何一つ溢さず耐え続け、支えてきてくれた。
その妻を差し置き、他の女など抱きたくもない。

妻の献身に心から感謝し、その想いの深さに応えるべく、生涯に渡り第二夫人を迎えるつもりはないと公の場で示した。
また、妻を糾弾し責め立てる両親にも強く抗議した上で、一切の関与を拒絶することも公表した。
いわゆる絶縁である。

当然のことながら両親からは厳しい声があがり、由緒ある侯爵家らしくないと申す者もいたが、自分が守るべきは己の家族であると退けた。
そして、遅すぎた対応を妻へ謝罪した。

その妻が、行ってこいと背中を押している。
ここでアマンダの命を繋げ守るからと。
この季節に向かうなど、命を懸けることになる。
それでもそれしかもう道は残されていない。
恐らく、アマンダはこの冬を乗り越えることなくその命の灯火を消してしまう。


「……必ず戻る」

「ご無事をお祈りしております」


その日、夫婦は久し振りに深く愛し合い、翌朝まだ寝台に横たわる妻へ口付けを落とし、侯爵は男爵家のある僻地へと向かうべく家を出た。






◇~◇~◇~◇~◇~◇






「おじいしゃま!!」

「ルーシェル、元気だったか?」

「あいっ!!」


抱き上げた孫娘が、元気よく手を挙げ大きな声で返事する姿に頬はこれでもかと緩む。
女神の悪戯と謂われるほどの美麗さを持ち、生まれて間もなくから縁談が申し込まれている。
けれどそのいずれにも両親である息子夫婦が是と頷く事はなく、あくまでも本人に決めさせると公言している。

それでも早くから顔見知りとなっておきたい家々から、お茶会の誘いは絶たないそうだ。


「あのねっ、あのねっ」


久し振りのせいか孫娘の話は止まらない。
舌ったらずの話し方は、ただでさえ可愛い孫娘にさらなる愛しさが加わる。


「シェリー。嬉しいのは分かるけど、もう少し落ち着こうね。お祖父様を困らせてはいけないよ」

「おにしゃまのいじわるっ!!きらいっ!!」


苦笑いをした孫息子がやって来て、注意された孫娘は祖父の首へガシッとしがみつく。
その小さな重みと温もりに心を温かいもので満たされ、優しく背を撫で大丈夫だと伝えた。


「アドワース、久し振りだな」

「はい、お祖父様」


侯爵家嫡男として生まれた孫は息子に瓜二つで、ただし性格はレイチェル寄り。
大人顔負けの辛辣な言葉で言い負かす事があり、末恐ろしいと方々で揶揄されている。


「アドワースも十三歳か…早いものだ。婚約式の日取りは決まっているのか?」


週末に控えた跡継ぎの誕生日。
家族が揃うその祝いの席で、カーティスは初めてアドワースの想い人を紹介される。
同い年の公爵令嬢なのだそうだ。


「来月には整うと父上から聞いています」


優秀と評されるがそうは言っても十三歳。
幼なじみでもある令嬢と漸く婚約の運びとなった事が嬉しくて仕方ないらしい。
想い人の話になった途端、顔のありとあらゆる筋肉が削げ落ちたように綻んでいる。


「結婚まで五年か。楽しみにしているよ」

「ありがとうございます」


えへへと笑う孫息子の頭を撫で、何故か不貞腐れた孫娘に視線で問う。


「…こんにゃくしゃ…おじいしゃま、わたちにもこんにゃくしゃ、ちょーだいっ」


そんな事を言ったと知れたら、山のような縁談が再び舞い込んで執務室を埋める。
侯爵は可愛い孫娘の頼みとは言えそれだけは出来ないと首を振り、その代わり素敵なドレスをお気に入りの人形と揃いで誂えると約束した。


「やくしょくねっ!!」


まだ三歳になったばかりの孫娘。
いっそどこにも嫁がずとも構わない…と、その夜スチュワートと熱く語り合ったのであった。

そして眠りにつく直前、いつものように愛する妻へと就寝の挨拶を送る。


「おやすみ、セレーナ」


人の寿命はそれぞれ。
生まれ落ちた時にそれは決められており、どんなに優秀な治癒師であろうと寿命は延ばせない。




横たわる寝台の上には侯爵ただひとり。
その隣に常にあった温もりは、三年前に儚く散ってしまっていた。





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