【完結】彼と私と幼なじみ

Ringo

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前編

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「ほら、いらしてるわ。侯爵家のお飾りさんが。よく澄ました顔でいられるわよね」

「わたくし、屋敷にいらっしゃるアマンダ様がお可哀想だわ…あんなお体でなければ、スチュワート様と結ばれたと云うのに」

「でもまぁ、お飾りとして使い道があるだけ宜しいんじゃなくて?だってあの人のご実家が治癒師を派遣されてるのでしょう?」

「きっとそれを餌に無理やり迫ったのよ。本当に卑しい人…私なら恥ずかしくて籠るわ」


今日も聞こえてくる、私を馬鹿にする話。
もう慣れたけれど、よくもまぁ飽きないものだと感心すらしてしまう。
いや、何度か飽きていたか。
話題が枯渇すると、決まって私と婚約者に纏わる話を面白おかしく繰り広げている。

そりゃね?
私だって第三者ならそう思ったと思うわ。
親同士の利害が一致した上での政略結婚で、その相手(男)の家には病弱な幼なじみ(女)が住んでいるなんて…極上のネタじゃないの!!ってね。

(0゚・∀・)wktkしながらkwskして、緩む頬を抑えるのに必死で表情筋が鍛えられちゃう。

だけどねぇ……






◇~◇~◇~◇~◇~◇






この世界には魔力を持つ者が少なからず存在し、【魔術師】もしくは【治癒師】と呼ばれている。

浄化に特化している魔術師は瘴気の発生している場所へ赴き、それが起因となり流行り病などの元となる空気そのものを浄化する役目を担う。
何がきっかけで瘴気が発生するのかは解明されておらず、あちらこちらの国から引っ張りだことなり、どこに住まうのかは本人に委ねられている。

しかし魔術師の数は少なく、その対応が間に合わずに流行り病で命を落とす者は多い。

そして尚稀少なのが治癒師。
根元を浄化する魔術師とは異なり、ありとあらゆる病と怪我を治す力を持つ。
その為、殆どの治癒師は魔術師のいない場所へ身を置くことが多い。
根元の浄化に間に合わなかった時の為である。

だが、そんな治癒師彼らが唯一不得意とするのが崇められる竜神によってつけられた傷。
始祖と崇められている竜神による傷だけは、万能とされる彼らでさえも手に負えない。
唯一出来るとすれば、自身の命を文字通り削って相手に受け渡すことだけ。

侯爵家嫡男のスチュワートは幼い頃に森の主と崇められている竜神に襲われ、深手を負って今日明日にも息絶えてしまうと言われていた。

少年スチュワートは、ほのぼのとひとり森の中で果実取りに勤しんでいた時、力自慢の馬鹿な大人達の愚行に憤怒した竜神の攻撃に巻き込まれてしまったのだ。

……侯爵家嫡男なのにアホなの?…とはこの際置いておいていただきたい。
それがスチュワートなのだ。
深く考えてはならない。
それに本来なら、竜神の住まう森はとても穏やかで危険などそうあるものではなかったのです。

国を守るとされる竜神は怒り狂い、王国はそれから数年に及ぶあらゆる天災に見舞われ、その原因となった男達とその一族は連座された。

そんななか、明日をも知れぬ熱と痛みに苦しみ続けていた侯爵家嫡男スチュワート。
もうダメだ…そう誰もが思った時、彼を心から心配する幼なじみの少女が治癒師としての才を目覚めさせ、その命をスチュワートに与えた。

かくしてスチュワートは命を救われ、幼なじみのアマンダは歩くことすら出来ないほどに弱りきってしまったのである。

時を同じくして両親を病で亡くしたアマンダ。
スチュワートさえ傷を負わなければ、その力を両親に使えたはずなのに…と責任を感じた侯爵家がアマンダを引き取り、屋敷で療養出来るように手筈を整えた。

それから五年後、今度は僻地に住まう貧乏暇なしと揶揄される男爵家次男が治癒師に覚醒。
目覚めたのが遅かった為か、才を授けるとされる女神の気紛れか…その次男クライスが有する力は膨大なものだった。

その情報はすぐに世界中へと知れ渡り、貧乏暇なし男爵家の小さな執務室には、入りきらないほどの縁談や勧誘の手紙が舞い込んだ。

しかし、お金はないが家族愛に溢れ…穏やかながら頑固な男爵家。
それまで見向きもしなかったくせにと些か拗ねながら、薪が足りないからとその全てを暖炉の火に変えてしまった。
多くの者から望まれるが、誰を選ぶのかは自由であると配慮されている立場の治癒師。
男爵家次男も、元より結婚相手は心から慕える女性がいいと固く心に決めていたのである。

父親の手によって次々にポイッ!!ポイッ!!と暖炉に投げ込まれる手紙に、関心や興味はない。
会ってすぐに恋に落ちるような、運命的な恋がしたいと思っていた…母親の影響で。

一年の大半を雪に覆われた僻地で土地と爵位だけを継承してきた男爵家は、けれどその地を深く愛し守り抜いてきた。
その地には世界でも珍しいとされる【雪の花】が年に数日だけ咲き誇り、それを原料にした薬やお茶は希少価値がある逸品。

ならば何故に貧乏なのか?
必要以上に儲けようとしないせいである。
そして、この花・草・茎・根を加工するのは恐ろしく時間と手間がかかる為に、効率が悪い。
それでも代々受け継いできたこの家業に、彼らは誇りをもっていた。

そんな男爵家の次男を求めては、連日先触れもなく訪れて来ていた国内外の王候貴族。
やがて居留守を使うようになるも相手は諦める様子を見せず、流石に辟易する男爵家の面々。

しかしそんな迷惑千万の訪れも、雪が積もり足場が悪くなるとその数は激減。
手紙を届ける使者も足止めを食らい、久し振りに平和な時間を過ごしていた。

深々と雪が降り積もるなか、早々に捌かれた手紙を暖炉にくべつつ家族団欒をしていると、徐に響いた玄関扉を叩く音。

貧乏と揶揄されますが、それは贅沢をしないといだけで“貴族にしては”と前置きのつく程度。
使用人は少ないながらもちゃんとおります。
客人を迎える為、執事が向かいました。

ふと家族が外を見れば一面の銀世界…さすがに手紙や訪問も途絶えているこんな中を一体誰が?と一様に首を傾げていると、白髭を蓄えた執事が客人の詳細を伝えに戻りました。


「オリバス侯爵家ご当主様がお見えです」


その名前に家族は目を合わせます。
建国から続く由緒ある家柄で、尚且つ莫大な資産を有するオリバス侯爵家。
僻地に籠りきりの家族でさえも知っている家名であり、その当主自らの来訪に一同驚愕。

兎にも角にも待たせているという応接室に夫妻が向かうと、そこには雪でびしょ濡れとなった状態で立ったままの侯爵家当主。


「急な訪問をして申し訳ない」


深々と頭を下げる姿に再度驚くが、男爵家にある一番上等なタオルを渡して体を拭いてもらい、まずは座るよう促し熱いお茶を出した。

そして語られたのは、侯爵家の嫡男とその幼なじみである少女の話。


「多くの誘いが来ていることと思う。それを承知した上で頼みたい…息子の命を救ったアマンダを助けてやってはもらえないだろうか」


男爵夫妻は僅かに眉を顰めた。
不快からではない…その現実の非情さを、治癒師と同等に知り尽くしているから。

竜神から受けた傷は治癒師でも難しい。
可能性があるとすれば…高濃度の【雪の花茶】と【雪の薬】を与えつつ、治癒師の魔力を命の雫に変えたものを少しずつ流し込むこと。

但し、それは治癒師にとって命懸けだ。
流す量を間違えれば術者は枯渇し、流された側は受け取れる許容範囲を越えたことで体に凄まじい負荷をかけ、絶命する。

少なすぎても効果はなく、しかし流した側の魔力と命は削られ、尚且つ魔力を使いすぎても術者は治癒師としての才を失ってしまう。

それら全てを承知した上で…無茶を承知で、それをクライスに頼みたいと頭を下げにきた。
しかも王国最古と歴史ある侯爵家当主自ら。
馬さえ使えない雪深い山道をひたすら歩いて。
全身を雪まみれにし、いつまでもどこまでも深く深く頭を下げ続ける。

震えているのは凍えか、それとも親心故か。

この時点で、家族を愛し何よりも大切にしている男爵夫妻は目頭を熱くしていた。


「その見返り…と言ってはなんだが、そちらの望むものはなんであろうと差し出す所存だ」


息子を救った少女の為なら全財産をも惜しまないと言う心根に感動した夫妻は、それならば娘の婚姻を頼めないかと申し出る。

溺愛してやまない娘だが、いずれは何処かへ嫁に出して幸せになってもらいたい。
しかし滅多に王都へ出向かない夫妻には、これといって頼れる伝手もない。
ならば自分達同様に子を強く想う侯爵に、その縁談を纏めて欲しいと頼んだのだ。

まさかの申し出に、些か面を食らった侯爵。
徐に顔をあげ、男爵夫妻の人柄に触れた事で感じた思いをそのまま口にした。


「それなら私の息子はどうだろうか。年齢もひとつ違いと具合もいい。親の欲目…なのかもしれないが、あの子は優しく優秀なんだ」

「いや、しかし…爵位が違いすぎます。それに…こう言ってはなんですが、アマンダ嬢と心を通わせておられるのでは?」


聞けばスチュワートは毎日アマンダの部屋を訪れ共に過ごしているそうだ。
もしも心を寄せ合っているなら、そのようなところに愛娘はやれないと男爵は眉を顰めた。

しかし侯爵はふっと頬を緩める。


「爵位の差など、貴殿の功績を鑑みれば如何様にもすることが出来る。【雪の花茶】は王家に献上されていることも承知しているんだ。それに、あのふたりは恋仲のような関係ではない。あえて言うなら…兄妹だろう」

「しかし…命をかけたのですよ?」

「それこそ兄と慕う息子を助けたかったが故に過ぎない。実際、アマンダはいずれ来る息子の嫁を楽しみに心待にしていて…それまで生きたいと望んでいる」


不意に下げられた視線…その瞳には、どうにかしてアマンダを救いたい想いが垣間見れた。
息子を救う為に両親を失ったアマンダは、侯爵にとって娘も同然なのだ。

男爵夫妻は目を合わせて頷く。


「娘達にも話をしてしてからでお返事致します」

「宜しく頼む」


始めと同じように深々と頭を下げる侯爵を、ひとまず体を休めるよう客間へと案内した。






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