(完結)漆黒の国と半地下の姫

Ringo

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解放にむけて

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「殿下、届きました」


珍しく執務室にて仕事中、重々しい雰囲気を展開しながら側近が渡してきたのは、真っ青な封蝋がされた一通の書簡。特殊な配合で作られた鮮やかな青色の封蝋を使うのは、世界広しと言えどたったひとつの王家だけ。

慎重に開いた書面には流麗な文字が並び、姉弟でもやはり教育の差が大きいのだとマクシミリアンはひとり納得した。


「……リュリツィア…」


読み終えて思わず溢したのは愛する人の名前。


「もうすぐだ、リュリツィア」


籠の鳥として囲い始めて十年、確かな立場も与えてやれないのにも関わらず直向きな愛情を向け続けてくれ、四人の子も生んでくれた、マクシミリアンにとってかけがえのない大切な存在。

表舞台に戻してやりたいと願い続けてきた。


その時まで、あと少し。




* * * * * *




「父上、お帰りなさい」


もはや棲家となっている半地下に戻れば、自分によく似た容姿の少年に迎えられてマクシミリアンは頬を緩めた。


「ライル、勉強は楽しいか?」

「はいっ!」


大量の書物を抱えている息子に問えば、返ってきたのは満面の笑みと明瞭な答え。


『王子達は揃って優秀ですが、ライオネル王子の聡明さは際立っておられます』


九歳になった長男は、教師からの教えを乾いたスポンジに水を垂らしたように吸収し、学びに対しての貪欲さは兄弟の中でも飛び抜けている。


───そろそろ王太子教育に移すか


マクシミリアン自身の王位継承に伴う戴冠式もそう遠くない時期で検討されており、そこで息子達の存在を明かす計画を立てている最中。

隣国では兄ふたりを打った第三王子が国王の座に就き、今までの悪政や近隣諸国との関係見直しに着手するとの報せを受けたことが大きく関係している。


【貴国との和平条約事項について検討したし】


多くの内容が記されていた書面の中には、嘗て武力にものを言わせて無理を強いた婚姻関係の見直しを示唆したものもあり、近く使者を寄越すと綴られていた。

脅しをかけられた強制結婚から十年。

二年前に隣国で内乱とも言える争いが勃発し、玉座を狙った第一第二王子によって長年悪政を敷いてきた国王の首が取られた。

そこから始まった王子達による泥沼の争い。

互いの権力と武力をぶつけ合い、巻き込まれていく多くの罪無き民達。

近隣諸国はどちらに手を貸すでもなく様子を窺うだけに努め、皆が水面下で第三王子の戴冠に向けて動いていた。

ふたりの王子の争いに使われた武力は徐々にその力と規模を失い始め、周囲を冷静に見ることの出来る者はその立ち位置を自ら第三王子の元へと変え、前国王による武力至上主義の体制が綻びを見せたところでタイミングを見計らっていた近隣諸国が第三王子の支持を表明。

そして、ふたりの王子に人質としてとられていた王妃も無事救出された。

どこに囚われているのかも分からず、第三王子と後ろ楯の大国は動きを封じられていたが、長く専属護衛を務めていた騎士の命懸けの救出によりその身を取り戻した第三王子陣営。

数も体力も減らしていたところに投下された大国の軍隊に鎮圧され、国を乱した罪人としてふたりの王子が処刑されたのがつい一年ほど前。

そこから立て直しに奔走していた第三王子も無事に婚約者との婚儀が済み、漸く近隣諸国との関係改善に采配を振り始めた。


「……そろそろ実を結ぶ」


嘗ては国の為、民の為に武力に屈するほかなかったマクシミリアンだが、この十年の間に何もしていなかったわけではない。

国力をあげるために各領地の改革と洗い直しから始め、国をあげての名産、特産品の開発にとりかかり、近隣国との外交に用いては関係強化に努めてきた。その手腕を認められる事が増えた事で、マクシミリアンの立場は周辺国の中でも上位に。

そして民達も二度と悲しみを繰り返さない為にと動き出し、弱点とも言われ続けた武力向上に取り組んだ事で、今や他国も迂闊に手を出せないほどに鍛えあげられた優秀な騎士が国を守っている。

全てはリュリツィアを在るべき場所へ戻す為。

マクシミリアンは、その日を迎えた暁には改めて結婚式を執り行うつもりでいる。そして、皆も黒い服を脱ぐだろう…と。


───コンコン


扉がノックされ、入室してきたのはの侍女。


「どうした?」

「妃殿下がお倒れになりました」

「……原因は?」

「恐らく、異国から取り寄せた薬物によるものかと思われます」


【王太子妃付き】ではなく、【部屋付き】の侍女であると謳う彼女達は、ルリアンナの輿入れから十年、注意深く観察を続けていた。

万が一にでも、リュリツィアの存在に気付いて危害を加えることのないように。


「愚かだな」


一人目の出産から二年ほど経った頃、隣国から二人目の催促が強まったことで仕方なく伽の時間を設けたが、なかなか身籠らなかった。


『月のものを確認しました』


侍女からそう報告を受ける度、マクシミリアンの心は引き裂かれて痛んだ。

月のものが来たということは、子は出来なかったということ。つまりは再び房事に挑まなくてはならない。その事が胸を切り裂いていく。


『愛してますわ、マクシミリアン様』


そう言われる度に息苦しくなった。

強引な手法で婚姻を結ばざるを得ない状況に追い込まれ、望まない行為を強いられる。

そんな状況で愛情が芽生えることなどなく、感じるのは憎悪と嫌悪。そして愛する人への罪悪感。

一人目の時と同じように、特効薬を用いて淡々と行われる子作りは苦痛以外の何ものでもなく、ルリアンナの中に埋め込むと思うだけで何度も萎えかける始末。

子種を出す為に仕方なく腰を掴む手を、何度首に回してしまいたいと思ったか…膨れ上がる殺意を抑え込むのに必死だった。

ルリアンナとの房事に挑んで一年ほどが経過し、マクシミリアンが心身ともに疲弊し苦痛がピークに達した頃合いで沸いて出た疑惑。


『避妊薬を使用している可能性があります』


侍女が見つけた薬を調べると、それは異国で扱われている強力な避妊薬で、マクシミリアンとの伽を多く望んだルリアンナの命によって専属侍女が取り寄せたものと判明した。


『たくさん愛されたいの』


そんな我儘から謀られ、意味を成さない行為を何度も強いられていたのだと知ったマクシミリアンは荒れ、剣を手にルリアンナの元に向かおうとするのを側近や騎士が押し止めた。


「愛されたい!?ふざけるな!!」


口付けはせず、触れるのは子種を出す際に体勢を整える為に腰を掴む時だけ。それすらも我慢の上で成り立っていたのに、薬の影響でルリアンナにとっては愛し合ったものと認識されていた。

マクシミリアンが立ち去ったあと、いつもぐったりと横たわっている様子に、専属侍女達も激しく愛されているのだと誤解している。


「早急に手を打て!!」


その後、部屋付き侍女に薬をすり替えさせた事で無事に妊娠はしたものの、強すぎる避妊薬を一年間も服用したせいか半年ほどで子は流れ、そのせいでルリアンナは体調を崩すことが増えていた。


『今度は強力な媚薬を取り寄せたようです』


避妊薬の影響で今後子が成せないかもしれないと診断されたルリアンナは、ただマクシミリアンと愛し合えれば問題はないと言い、その媚薬を食事に混ぜることを指示。

欲を持て余したマクシミリアンの訪れを待つようになったが、その目論みが叶うことはなかった。

元より毒に体を慣らしていたこともあるが、欲情したところで向かうのはリュリツィアの元。

また、マクシミリアンに愛された上で子も望めるようにと受精率を高める薬を服用し始めていたルリアンナは、その副作用で肌荒れを起こし、細かった体は醜く膨れ上がった。

体のことなど気遣わず、ただ孕む為だけに作られた劇薬にも近い薬。その副作用は強い。


「殿下の御名を呼んでおります」

「養生するようにと伝えよ」

「畏まりました」


たとえ死の淵にいようと赴くつもりはない。

侍女が去ってひとりになったマクシミリアンは、執務室から見える空を見上げて愛しい人に思いを馳せる。


「リュリツィア」


雲ひとつなく広がる青空と同じ色をした瞳を思うと、それだけで体が熱くなってしまう。

初めて結ばれてから十年。

九歳の長男を筆頭に息子三人、娘一人の子にも恵まれ送る幸せな時間。

ただひとつ、そこが半地下である事を除けば完璧な家族が確かに存在している。

唯一の娘であるアンジェリカは、成長するたびに益々リュリツィアと似てきており、マクシミリアンの過保護と溺愛は加速。


「もう一人女の子が欲しいな」


今後、隣国との交渉で多忙を極める事は分かっているが、それしきの事でリュリツィアと愛し合う事を控えるなどあり得ない。

執務机の鍵付き引き出しから小瓶を取り出し、中身の液体をゆらゆらと揺らしてほくそ笑む。


「……久し振りに使うか」


感度と受精率を高める薬は改良を重ねて抜群の効果を発揮し、他国への提供も始めた事で莫大な収入源となっている。

元はリュリツィアと愛し合う為のものが、図らずも王国の財源を潤わせた。

この薬を服用すると乱れに乱れる為リュリツィアは恥ずかしがるが、だからこそ飲ませ甲斐があるのだと言ってマクシミリアンも引かない。


『自分が自分ではなくなるみたいでいやなの』


乱れた際の記憶もばっちりと残る仕様のせいで、自分がどんな痴態を晒したのか覚えていて羞恥に悶え死にそうになるらしい。


『……抑えきれなくなるし…恥ずかしい』


新しい特効薬は内に秘め隠した情欲を最大限に解放する効用を持ち、つまりは乱れる際に見せる行動や言動はリュリツィアの本心である…という、なんとも甘美な結果に大満足のマクシミリアン。

今日の仕事はもう終わっている。

ムクムクと疼いて存在の主張を始めた愚息を窘める……ことなどせず、小瓶を手に軽い足取りで半地下へと向かった。


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