(完結)漆黒の国と半地下の姫

Ringo

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愛称

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ルリアンナは初夜の直後に月のものが訪れ、マクシミリアンとの時間を望む声に対し、

医師達は「妃殿下はお体が疲弊しております。怠い状態が続いているのではないですか?」

側近達は「殿下は民からの嘆願が混み合い、政務に追われております」


と、それぞれが言葉巧みに房事をそれとなく避けさせた上で次回の房事は特に孕みやすいとされる日になるように誘導し、必ず妊娠するよう、その日に向けてルリアンナの食事には薬師長特製の薬が毎回混ぜられた。

その甲斐あって、見事二回の房事のみで懐妊。


【王太子妃ご懐妊】


その知らせが公示されると、民達はまるで喪に服すかのように引きこもった。





* * * * * *




「は?なんの為に?」


リュリツィアを膝の上に乗せて大きなお腹を撫でていたマクシミリアンは、それまでの上機嫌から急転直下で不機嫌となった。


「妃殿下曰く『私の為に儚くなったから是非とも感謝の花を贈りたい』だそうです」


それを聞いたマクシミリアンのこめかみにはぶっとい青筋がピキピキと立ったが、伝えた側近も同じように青筋を立てている。


「……わたくしのお墓参り?」


さすがのリュリツィアも眉間を寄せた。


「どこまでリリーを侮辱するんだ、あの女は」

「なんでも、優しい心根なのだと殿下に褒めて頂きたいそうです」

「人の死を喜ぶ人間のどこが優しいんだ、ふざけているにも程がある」


ますます青筋を太くするマクシミリアンのこめかみに、柔らかい感触が触れた。


「……リリー」


リュリツィアの口付けに上がっていた眉はへにゃりと下がり、ブリザードが吹きすさびそうだった部屋の空気も変わった。


「それから、妃殿下よりこちらを預かって参りました。是非とも叶えて頂きたい…と」


渡された一枚の用紙にはお世辞にも綺麗とは言えない…むしろ子供が書いた方が読みやすいと思える文字がズラリと並び、表題には【マクシミリアン様へのお願い】と記されている。


《明るい国を作るために明るい服を着るようにさせましょう。青い宝石はマクシミリアン様の瞳と同じ色なので王太子妃以外は使用禁止。茶会では今後、各自ひとつ王太子妃宛てにお土産を持参すること。王太子妃の出産時には全ての国民から贈り物を用意すること。マクシミリアン様の元婚約者の墓には常にカスミ草を供えること》


「……殺してもいいか?」


マクシミリアン、他一同は揃って怒りを露にしてルリアンナへの殺意を膨らませた。


「しかもカスミ草…リュリツィアの死に感謝して『お陰様で私は幸せです』とでも言いたいと言うことか!?ふざけるなっ!!」


思わずぎゅっとリュリツィアを抱き締める。あまりにも大きく膨れ上がる怒りに、愛する人の温もりでしか抑えきれない。


「……凄い方だわ」

「イカれてる。……でもまぁ、何も出来ない阿呆だからこそ執務に関して口を出さない点は助かったな。お陰でこうしてリリーといられる」

「すっかりここが執務室ね」


王太子妃の仕事など何ひとつ出来ないルリアンナに代わり、一切を請け負っているリュリツィア。広いスペースに執務用の机をふたつ持ち込み、マクシミリアンも一緒に執務に向き合っている。


の執務室へ、何度かご機嫌伺いに参られているようです」

「会う気はない」


蚯蚓が這うような字が乱雑に並ぶ手紙も何通か受け取っている。すぐに捨てられたが。


「ふたりで観劇や街への散策、宿泊を伴う観光に赴きたいそうですね」


マクシミリアンは「ふんっ」と鼻をならし、膝の上のリュリツィアのお腹を撫で擦る。その手付きはどこまでも優しい。


「却下だ、却下。妊婦は大人しくしていればいいと伝えてくれ。それがこの国のしきたりだと」


夜会のドレスを仕立てたいとの要望で国一番の商会を呼べば、真っ黒なスーツを着た平民でもある彼は、笑顔で『国のしきたり』を説いた。


『妃殿下、この国では何よりも妊婦を労ります。ですから夜会などでダンスはご法度となり、貴族様のご挨拶が終われば速やかに退出ですよ』


頭がお花畑のルリアンナは『ほぇ~』と口を開けて頷き、使用人達は内心で親指をたてた。




* * * * * *




「マクシミリアン様に全然お会い出来ないわ」


ニコニコ笑う以外することのないルリアンナは、漸く悪阻から解放され暇を持て余していた。


「そうですね、ですがこちらの茶葉は殿下自らお選びになられたとか。お食事も、妊娠している女性の体を考えし尽くされたものでございます」

「そうなのよね!やっぱり愛されてるわぁ」


テーブルに片肘をついて顔を乗せる妃らしからぬ行儀の悪さだが、それを諌める者はいない。

ただただ《夫に愛されているルリアンナ》に微笑みを向け褒めそやしているだけ。


「あぁ…マクシミリアン様……」


たった二回の房事で子を成し、それ以降は『子に何かあっても困る』との配慮から一切の接触を断たれている…………が、


勿論、大嘘である。


リュリツィアとは安定期に入ってから交わる回数も激しさも増し、執務中でさえも膝の上に乗せてこなしている。

かろうじて外交の絡む公務にはルリアンナを連れ立つが、大陸共通語しか話せないルリアンナが役に立つわけもなく、『妃殿下は身重のため』といつも早々に退出させられていた。

ちなみに他国の王族は『大変ですね』と色々察しており、今後の外交には出すことすらしなくてもいいかとマクシミリアン達は目論見始めている。




──────────




そして、ルリアンナ同伴で行う公務の日。


「マクシミリアン様ぁ!」


大きな声をあげて駆け寄ってくる姿に思わず眉を顰めてしまい、それを目を瞑って揉み込み、瞼裏に大きなお腹のリュリツィアを浮かべた。


「妊婦が走るものではありません」

「ごめんなさぁい…でもでも!マクシミリアン様にお会いできるのが楽しみだったんですの」

「……そうですか、お体に気を付けてお過ごしください。何か不調なことでもあればご連絡を」


言外に『それ以外では連絡するな』と告げているのたが、脳内がお花畑であるルリアンナはマクシミリアンの優しさに喜んだ。


「マクシミリアン様、腕を組みませんか?」

「以前にも申し上げた通り、すぐに他者が支えたり護衛しやすいようにする為にはなりません」

「そうなんですの?じゃぁ…マクシミリアン様の代には廃止しましょう」

「…………何故?」

「私がマクシミリアン様とくっつく為です!」


五歳の子供でももっと礼儀がなっている…と、マクシミリアンは怒りを細い息で吐き出した。


「あ、マクシミリアン様にお願いがあります」

「……なんでしょう」

「あの…私達は夫婦であり親にもなるでしょう?だから……愛称……とかで呼び合いませんか?」


頬を赤らめてもじもじと動く姿を見下ろし、


───同じ女でどうしてこんなにも違うんだ?


と間違い探しを始めたのだか、ルリアンナにとっては待ち焦がれていた夫の纏わり付く視線。

さらに頬を赤らめ、ぽそりと呟いた


「……マックス…とか───」

「さぁ、使者殿が参りましたよ」


ルリアンナの言葉を聞こえなかったことにして、他国の外交官を迎えるべく前を見据えた。




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