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帝国皇子の迷惑な来訪
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「もういいよ、プレル」
パタン……と完全に閉められた重厚な扉。
まだ婚約者なので、決してふたりきりではない。側近と侍女がいる。
「……あぁぁぁぁぁっ!!気持ち悪い!気持ち悪い!!気持ち悪い!!!なんなのアレ!?好きで大きくなったわけじゃないもん!遺伝だもん!腰は…そりゃ気を付けてるけど!!あいつらの為なんかじゃないもん!クリスの為だもんっ!!」
ソファーに並んで座り、うわぁぁぁぁぁんと泣くプレッツェルを「よしよし」と宥めて、これ幸いと強く抱き締めるクリスティアーノだが、実はむにゅっと押し潰される胸の感触を味わっていることに抱き着いているプレッツェルは気付かない。
「僕の為に頑張ってくれてありがとう」
ぐすっと鼻を鳴らして上目遣いで見上げる様はまさに天使。押し倒してしまいたい…いやダメだろ…でも目一杯愛してあげたい…いやいやまだ未婚なんだぞ…とクリスティアーノの理性と本能がぶつかり合い、緊急脳内会議が開かれた。
本『ちょっとくらい大丈夫だって』
理『大丈夫なわけないだろう!』
本『むしろ期待してるって』
理『そんなはずは…えへ…。いや、ダメだ!!』
一瞬デレッとした理性と表情だが、ぐいぐい来る本能をなんとか力業で押し込める事に成功。
瞳をうるうるさせている婚約者に、ちゅっと軽く口付けるだけに留まれた。
「……くりすぅ」
頭をぐりぐりと押し付けるプレッツェルにジリジリと押され続け、ポスンッ…とソファーに押し倒されるまでがいつもの流れであり、側近と侍女は気にすることなく業務を遂行中。
「もう少しだよ…あと半年」
上に乗る(色んな意味がある)重みに心地よさを感じながら、小さな頭を撫でて髪を梳く。
持ち上げればサラサラと指の間を落ちる金糸のように艶やく髪は、クリスティアーノ手ずから手入れしてきた。
身の安全を図る為に王太子妃の部屋で暮らすようになってから十年が経つが、色々と成長したことでここ数年はひとり滾る欲をもて余す日々を送っており、しかし出来る男のクリスティアーノはその苦行を耐え続けている。
過ちを犯せば一貫の終わり。
脳裏にプレッツェルとよく似た壮年の男のほくそ笑む姿がちらつくが、優しく頭を撫でていた手を下にさげるのはちょっとした意趣返し。
大きな胸は遺伝であるが、細くくびれた腰とツンと上向く形のいい尻はプレッツェルの努力が齎した至極の賜物。
そして、それら全てはクリスティアーノの為だと声高だかに言うのだから、その本人が堪能して何が悪い!と思っている。
「僕の可愛いプレッツェル」
「……わたし可愛い?」
「世界で一番可愛いよ」
「えへへ」
三歳で初めて出会ってから十五年。ふたりは常に互いを思い慈しみ合ってきた。
正式に妃となれば笑顔を見せる事も許されるようになるが、クリスティアーノとしては独占したい気持ちも捨てきれない。
でも、そうなるとプレッツェルの悪評がいつまでも払拭出来ないのも煩わしく、専らの悩み。
「本当に…君は可愛すぎる」
首筋に顔を埋めてぐりぐりと全身で甘える婚約者に、内心では(残酷すぎる…)と思い下半身も元気に反応してしまうが、結局はふたりの未来を守りたい気持ち上回り、ぎゅうっと抱き締めた。
───────────────
《側近と侍女の心の声》
『『プレッツェル様、絶対わざとやってる』』
* * * * * *
ある日の午後、王太子の執務室。
一通りの執務を終えて、王妃教育を受けているプレッツェルを迎えに行こうかと準備をしていたところに、息をあげたひとりの近衛騎士が勢いよく飛び込んできた。
「クリスティアーノ殿下!」
騎士のただならぬ様子に事態を察し、王妃教育が行われている筈の場所へと走り出した。
───『最後にお茶のマナー講義があるの』
王妃として求められる高度な話術や作法を学ぶと話していたプレッツェル。必死で追いかけてくる騎士達を半ば置き去りにする形で走りながら、唯一ついてきている側近と状況を纏め始めた。
「本日のマナー講師はタリラン侯爵夫人、十年前にサルバトーレ帝国から嫁いできた者です」
「サルバトーレ?……くそっ!!」
三つ隣のサルバトーレ帝国は一夫多妻制を敷いており、予てよりプレッツェルを愛妾にと所望する書簡が何度も届けられている。
「あんの強欲ジジイ!!」
齢五十を越える男の顔を思い浮かべたクリスティアーノは、脳裏でその顔を思い切り殴った。
「それから、トリジアーニ皇子が入国しているとの知らせもつい先ほど受けました」
「はぁっ!?先ほど!?している!?」
「はい、既に入国済みです」
王族である者が先触れなしに入国など、侵攻や侵略を疑われてもおかしくない。仮に先触れより早く着いたなどの言い訳があるとしても、その身を守る為にこちらの護衛も派遣しなくてはならないのに、それらを全て無視している。
「……目的はプレルか?」
「恐らく」
クリスティアーノは大きく舌打ちをし、走る速度をあげて目的地へと向かった。
* * * * * *
「おやめください!!」
王族が私的な来客と過ごす為に用意されている小さな庭園から、女性の大きな声があがった。
「いやだなぁ、侍女殿。私はプレッツェル嬢とお話がしたいだけです」
「貴方と話すことなどございません」
「おや、プレッツェル嬢までつれない」
数人の護衛をうしろに控える金髪藍眼の男と対峙しているプレッツェルを守るように、騎士と侍女が立ち塞がっている。
「プレッツェル様は予定にない方とお会いすることはございません」
「では、その予定をたてればいい」
「正式なお手続きをなさってください」
お互い一歩も引かず、けれどジリジリと距離を詰めていくトリジアーニ。
彼は、父親である皇帝と共に外交でワンダル王国を訪れた十年前から、ずっとプレッツェルに恋い焦がれてきた。
先に行動を起こしたのは皇帝。
当時まだ八歳だったプレッツェルを愛妾に望み、それから間を空けずに書簡を送り続けているのも知っている。
それでも自分の方が年も近く有利だと譲らず、現在に至るまで幾度となく親子喧嘩…に収まらない暗殺合戦を繰り広げてきた。
そうこうしているうちにプレッツェルの婚姻の日は近付き、父より早く迎えに行かなくてはと焦った結果が今回の愚行。
「さぁ、プレッツェル嬢。私と共にサルバトーレ帝国に参りましょう。貴女の為なら兄達を排除して皇后の座も用意する」
ほら…と手を差し出すトリジアーニだが、そこにプレッツェルが手を伸ばすことはない。
護衛達も帯剣に手をかけてはいるものの、まだ王太子の婚約者でしかない令嬢の為に、抜剣して皇子に刃を向けるわけにもいかず、詰められる分だけ自然と後退していく。
「プレッツェル嬢……プレル」
「その名を気安く呼ぶな」
緊迫した空気の中、低く響いた声。
その声の主の頼り甲斐ある大きな背中を見つめながら、プレッツェルは表情を変えることなく心の内で安堵の溜息を吐いた。
「……これはこれは、クリスティアーノ王太子殿下。お久し振りですね」
「先触れもなく入国するなど…帝国は戦争でも始めるつもりか?」
「まさか。私は妻となる女性を迎えに来たまで」
「プレッツェルは私の妻だ」
「まだ婚約者でしかないでしょう?それに…あなたには他にも懇意にしている女性がいるとか。そんな不誠実な男に渡せません」
令嬢達の噂話は国を跨いで広がっており、それを理由にプレッツェルを妻や側室にと望む声も年々増えてきているのは事実上。
感情を消した表情は要らぬ弊害を生んだが、それでも笑みを隠さなかった頃よりはずっと少ない。
まだ笑顔を封じる前…八歳の頃は、その身を所望する書簡だけでなく直接押し掛ける者が後を絶たず、そのせいで拐われかけたことも数多ある。
緊急措置として王太子妃の部屋が宛がわれたのだが、それでも侵入を試みる者は続いた。
「私が望むのはプレッツェルのみ。虚偽の噂に惑わされるなど、帝国の第三皇子もたかが知れる」
「嘘であろうとなかろうと、そう言った話が出ていること自体が問題だ。それに…プレッツェル嬢は長いこと笑顔を見せていない。それこそ何が真実かを語っているではないか」
「はっ!お前に見せる必要がないってことだ」
「……あなたはあるとでも?」
クリスティアーノは答えずにただ片方の口端だけをあげて笑って見せ、鷹揚な態度にその意味を理解したトリジアーニ皇子は怒りで顔を赤く染め、あり得ないことに帯剣を抜いた。
「……っ、プレッツェル嬢は私のものだ!」
武術に長けるクリスティアーノは瞬時に己の帯剣を抜いてトリジアーニの刃を受け止め、その剣を薙ぎ払ってよろめいた体を蹴り飛ばし、馬乗りで動きを封じると同時に首筋に刃をあてる。
咄嗟の事に動揺したトリジアーニの護衛達も剣を抜き、それに対してクリスティアーノの護衛達も次々に剣を抜いて構え、緊張感が走った。
互いに主の命を脅かす相手には容赦しない。
「このまま首を送り返してやろうか」
「そんな事してみろ、それこそ戦争だ」
追い込まれている状況にも関わらずその不遜な態度を崩そうとしないトリジアーニに対し、クリスティアーノは目をすうっと細めた。
「ほぉ……貴様の父親は喜ぶんじゃないか?」
「……なにを」
「不愉快極まりないが、貴様の父親は長くプレッツェルを愛妾にと望んでいる。その競い相手でもあるお前が死ぬなら喜ぶだろうよ…実際に何度も殺されかけてるんだろ?父親に」
トリジアーニの脳裏に幾度となく仕向けられた暗殺者が思い起こされ、今の状況から連想される結末に突如として恐怖が芽生えた。
「あ……っ、あっ…」
「今さら気付いても遅い。身柄を拘束し、正式な手続きに則り国へ返す。連れていけ」
焦りと募る思いから走った愚行に、暗殺者まで仕向けて敵対する父親が温情をかけるはずもない。
物理的に拘束された上で国へ返されたトリジアーニを待つのはひとつ。
「愚かしい」
力なく歩くトリジアーニの後ろ姿にそう呟き、婚約者の無事を確認すべく抱き締めた。
パタン……と完全に閉められた重厚な扉。
まだ婚約者なので、決してふたりきりではない。側近と侍女がいる。
「……あぁぁぁぁぁっ!!気持ち悪い!気持ち悪い!!気持ち悪い!!!なんなのアレ!?好きで大きくなったわけじゃないもん!遺伝だもん!腰は…そりゃ気を付けてるけど!!あいつらの為なんかじゃないもん!クリスの為だもんっ!!」
ソファーに並んで座り、うわぁぁぁぁぁんと泣くプレッツェルを「よしよし」と宥めて、これ幸いと強く抱き締めるクリスティアーノだが、実はむにゅっと押し潰される胸の感触を味わっていることに抱き着いているプレッツェルは気付かない。
「僕の為に頑張ってくれてありがとう」
ぐすっと鼻を鳴らして上目遣いで見上げる様はまさに天使。押し倒してしまいたい…いやダメだろ…でも目一杯愛してあげたい…いやいやまだ未婚なんだぞ…とクリスティアーノの理性と本能がぶつかり合い、緊急脳内会議が開かれた。
本『ちょっとくらい大丈夫だって』
理『大丈夫なわけないだろう!』
本『むしろ期待してるって』
理『そんなはずは…えへ…。いや、ダメだ!!』
一瞬デレッとした理性と表情だが、ぐいぐい来る本能をなんとか力業で押し込める事に成功。
瞳をうるうるさせている婚約者に、ちゅっと軽く口付けるだけに留まれた。
「……くりすぅ」
頭をぐりぐりと押し付けるプレッツェルにジリジリと押され続け、ポスンッ…とソファーに押し倒されるまでがいつもの流れであり、側近と侍女は気にすることなく業務を遂行中。
「もう少しだよ…あと半年」
上に乗る(色んな意味がある)重みに心地よさを感じながら、小さな頭を撫でて髪を梳く。
持ち上げればサラサラと指の間を落ちる金糸のように艶やく髪は、クリスティアーノ手ずから手入れしてきた。
身の安全を図る為に王太子妃の部屋で暮らすようになってから十年が経つが、色々と成長したことでここ数年はひとり滾る欲をもて余す日々を送っており、しかし出来る男のクリスティアーノはその苦行を耐え続けている。
過ちを犯せば一貫の終わり。
脳裏にプレッツェルとよく似た壮年の男のほくそ笑む姿がちらつくが、優しく頭を撫でていた手を下にさげるのはちょっとした意趣返し。
大きな胸は遺伝であるが、細くくびれた腰とツンと上向く形のいい尻はプレッツェルの努力が齎した至極の賜物。
そして、それら全てはクリスティアーノの為だと声高だかに言うのだから、その本人が堪能して何が悪い!と思っている。
「僕の可愛いプレッツェル」
「……わたし可愛い?」
「世界で一番可愛いよ」
「えへへ」
三歳で初めて出会ってから十五年。ふたりは常に互いを思い慈しみ合ってきた。
正式に妃となれば笑顔を見せる事も許されるようになるが、クリスティアーノとしては独占したい気持ちも捨てきれない。
でも、そうなるとプレッツェルの悪評がいつまでも払拭出来ないのも煩わしく、専らの悩み。
「本当に…君は可愛すぎる」
首筋に顔を埋めてぐりぐりと全身で甘える婚約者に、内心では(残酷すぎる…)と思い下半身も元気に反応してしまうが、結局はふたりの未来を守りたい気持ち上回り、ぎゅうっと抱き締めた。
───────────────
《側近と侍女の心の声》
『『プレッツェル様、絶対わざとやってる』』
* * * * * *
ある日の午後、王太子の執務室。
一通りの執務を終えて、王妃教育を受けているプレッツェルを迎えに行こうかと準備をしていたところに、息をあげたひとりの近衛騎士が勢いよく飛び込んできた。
「クリスティアーノ殿下!」
騎士のただならぬ様子に事態を察し、王妃教育が行われている筈の場所へと走り出した。
───『最後にお茶のマナー講義があるの』
王妃として求められる高度な話術や作法を学ぶと話していたプレッツェル。必死で追いかけてくる騎士達を半ば置き去りにする形で走りながら、唯一ついてきている側近と状況を纏め始めた。
「本日のマナー講師はタリラン侯爵夫人、十年前にサルバトーレ帝国から嫁いできた者です」
「サルバトーレ?……くそっ!!」
三つ隣のサルバトーレ帝国は一夫多妻制を敷いており、予てよりプレッツェルを愛妾にと所望する書簡が何度も届けられている。
「あんの強欲ジジイ!!」
齢五十を越える男の顔を思い浮かべたクリスティアーノは、脳裏でその顔を思い切り殴った。
「それから、トリジアーニ皇子が入国しているとの知らせもつい先ほど受けました」
「はぁっ!?先ほど!?している!?」
「はい、既に入国済みです」
王族である者が先触れなしに入国など、侵攻や侵略を疑われてもおかしくない。仮に先触れより早く着いたなどの言い訳があるとしても、その身を守る為にこちらの護衛も派遣しなくてはならないのに、それらを全て無視している。
「……目的はプレルか?」
「恐らく」
クリスティアーノは大きく舌打ちをし、走る速度をあげて目的地へと向かった。
* * * * * *
「おやめください!!」
王族が私的な来客と過ごす為に用意されている小さな庭園から、女性の大きな声があがった。
「いやだなぁ、侍女殿。私はプレッツェル嬢とお話がしたいだけです」
「貴方と話すことなどございません」
「おや、プレッツェル嬢までつれない」
数人の護衛をうしろに控える金髪藍眼の男と対峙しているプレッツェルを守るように、騎士と侍女が立ち塞がっている。
「プレッツェル様は予定にない方とお会いすることはございません」
「では、その予定をたてればいい」
「正式なお手続きをなさってください」
お互い一歩も引かず、けれどジリジリと距離を詰めていくトリジアーニ。
彼は、父親である皇帝と共に外交でワンダル王国を訪れた十年前から、ずっとプレッツェルに恋い焦がれてきた。
先に行動を起こしたのは皇帝。
当時まだ八歳だったプレッツェルを愛妾に望み、それから間を空けずに書簡を送り続けているのも知っている。
それでも自分の方が年も近く有利だと譲らず、現在に至るまで幾度となく親子喧嘩…に収まらない暗殺合戦を繰り広げてきた。
そうこうしているうちにプレッツェルの婚姻の日は近付き、父より早く迎えに行かなくてはと焦った結果が今回の愚行。
「さぁ、プレッツェル嬢。私と共にサルバトーレ帝国に参りましょう。貴女の為なら兄達を排除して皇后の座も用意する」
ほら…と手を差し出すトリジアーニだが、そこにプレッツェルが手を伸ばすことはない。
護衛達も帯剣に手をかけてはいるものの、まだ王太子の婚約者でしかない令嬢の為に、抜剣して皇子に刃を向けるわけにもいかず、詰められる分だけ自然と後退していく。
「プレッツェル嬢……プレル」
「その名を気安く呼ぶな」
緊迫した空気の中、低く響いた声。
その声の主の頼り甲斐ある大きな背中を見つめながら、プレッツェルは表情を変えることなく心の内で安堵の溜息を吐いた。
「……これはこれは、クリスティアーノ王太子殿下。お久し振りですね」
「先触れもなく入国するなど…帝国は戦争でも始めるつもりか?」
「まさか。私は妻となる女性を迎えに来たまで」
「プレッツェルは私の妻だ」
「まだ婚約者でしかないでしょう?それに…あなたには他にも懇意にしている女性がいるとか。そんな不誠実な男に渡せません」
令嬢達の噂話は国を跨いで広がっており、それを理由にプレッツェルを妻や側室にと望む声も年々増えてきているのは事実上。
感情を消した表情は要らぬ弊害を生んだが、それでも笑みを隠さなかった頃よりはずっと少ない。
まだ笑顔を封じる前…八歳の頃は、その身を所望する書簡だけでなく直接押し掛ける者が後を絶たず、そのせいで拐われかけたことも数多ある。
緊急措置として王太子妃の部屋が宛がわれたのだが、それでも侵入を試みる者は続いた。
「私が望むのはプレッツェルのみ。虚偽の噂に惑わされるなど、帝国の第三皇子もたかが知れる」
「嘘であろうとなかろうと、そう言った話が出ていること自体が問題だ。それに…プレッツェル嬢は長いこと笑顔を見せていない。それこそ何が真実かを語っているではないか」
「はっ!お前に見せる必要がないってことだ」
「……あなたはあるとでも?」
クリスティアーノは答えずにただ片方の口端だけをあげて笑って見せ、鷹揚な態度にその意味を理解したトリジアーニ皇子は怒りで顔を赤く染め、あり得ないことに帯剣を抜いた。
「……っ、プレッツェル嬢は私のものだ!」
武術に長けるクリスティアーノは瞬時に己の帯剣を抜いてトリジアーニの刃を受け止め、その剣を薙ぎ払ってよろめいた体を蹴り飛ばし、馬乗りで動きを封じると同時に首筋に刃をあてる。
咄嗟の事に動揺したトリジアーニの護衛達も剣を抜き、それに対してクリスティアーノの護衛達も次々に剣を抜いて構え、緊張感が走った。
互いに主の命を脅かす相手には容赦しない。
「このまま首を送り返してやろうか」
「そんな事してみろ、それこそ戦争だ」
追い込まれている状況にも関わらずその不遜な態度を崩そうとしないトリジアーニに対し、クリスティアーノは目をすうっと細めた。
「ほぉ……貴様の父親は喜ぶんじゃないか?」
「……なにを」
「不愉快極まりないが、貴様の父親は長くプレッツェルを愛妾にと望んでいる。その競い相手でもあるお前が死ぬなら喜ぶだろうよ…実際に何度も殺されかけてるんだろ?父親に」
トリジアーニの脳裏に幾度となく仕向けられた暗殺者が思い起こされ、今の状況から連想される結末に突如として恐怖が芽生えた。
「あ……っ、あっ…」
「今さら気付いても遅い。身柄を拘束し、正式な手続きに則り国へ返す。連れていけ」
焦りと募る思いから走った愚行に、暗殺者まで仕向けて敵対する父親が温情をかけるはずもない。
物理的に拘束された上で国へ返されたトリジアーニを待つのはひとつ。
「愚かしい」
力なく歩くトリジアーニの後ろ姿にそう呟き、婚約者の無事を確認すべく抱き締めた。
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