15 / 16
〈おまけ閑話〉ダンテ侯爵の過ちと終焉
しおりを挟む
ダンテ侯爵家の始まりは平民の貿易商だった。
それ故に多彩な言語を操りコミュニケーション能力に長ける者が多く、国外との繋がりも強い。
建国から少しずつ功績を重ねていき、やがて“交渉の場にダンテ家あり”とまで言わしめた事で才が認められ、侯爵位までのぼりつめた。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
ふたりの罪人が馬車で運ばれた早朝。
ダンテ侯爵家当主のリュカスは、後妻とその娘を見送ることなく執務にあたっていた。
「旦那様、こちらとこちらの書類にも署名をお願い致します」
「分かった」
長年勤めてきてくれた家令と共に、爵位返上に伴う侯爵家解体の手続きを進めていく。
あと一刻ほどすれば登城しなければならない。
辞表は受理されているが、引き継ぎや私室の引渡しなどでまだ幾日かは通うことになっている。
そして何より、今日は戴冠式。
外務大臣として最後の務めを果たせと国王陛下より仰せつかっているが、それが温情であることをリュカスは理解していた。
家族は崩壊させてしまったが、仕事においては真面目で評価も高く充実しており、外交はリュカスにとってアイデンティティそのもの。
「…寂しくなりますね」
書類を仕分けながら家令がポツリと漏らした言葉に、ペンを握る手がピクリと止まる。
何代にもわたり一族で家令を務めてきてくれた歴史も、ここで途絶えさせてしまう。その罪悪感に今更ながら後悔が押し寄せてきた。
「…すまない。紹介状は書くが…うちからの紹介だと難しいかもしれん。その時は、立場ある方に仲立ちをお願いしてあるから心配しないでくれ」
「ありがとうございます。ですがもう、家令としての務めはこちらで終わりにするつもりです。息子も修行先の屋敷でそのまま雇い入れて下さる事になりましたし」
諦念…とは違う、優しくも強い決意を感じる声に顔を上げた。
白髪混じりの家令は書類と向き合っているが、その横顔には後悔が滲んでおり…後遺症に苦しんでいる証拠の隈がハッキリと確認できる。
「私は何もしませんでした。先の奥様がお亡くなりになり、旦那様がオリビア様を避けるようになられた時も…後妻として迎えたユリカ様が体罰を与えていた時も…屋敷や使用人達の様子が明らかに変わっていった時も…私は何もしなかった」
「……薬の影響もあったのだろう、仕方ない」
返す言葉に迷い、そんな気休めを言ってみたが家令はゆっくりと首を横に振った。
「それは言い訳に過ぎません。少なくとも、それ以前から見て見ぬふりをしたのです。旦那様が望むならそれが正解なのだと…そうするべきなのだと自分に言い聞かせて誤魔化した」
「進言してくれていたのを無視したのは俺だ」
「だとしても、食い下がるべきでした。ユリカ様の所業についてもそうです。得体の知れない不気味さを曖昧にせず調べるべきだった…結局、オリビア様の手を煩わせてしまった」
家令は何度も手紙を書いた。
王宮から戻らない主人へ現状を訴え、改善か調査をしてほしい…と。しかし返事はついぞ来ず。
「後継者指名の変更は…本当に偽造ではなく、旦那様が承認されたのですか?」
「あぁ……本当だ」
時折、お茶会などで登城するオリビアを視界に捉えていたリュカス。成長するたび、亡き妻そのままとなる容姿に焦燥感を催した。
一夜限りの情を交わそうが愛人を持とうが全て遊びに過ぎず、真に愛していたのは亡き妻ひとり。
通常であれば娘が妻に似ることを嬉しく思うものだが、リュカスは違った。
娘の姿に妻の幻影が重なり手を伸ばしかけるも、そこにいるのは紛れもなく娘。妻はもういない。
その現実に押し潰されそうになってしまい、長年見て見ぬふりをし放置を貫いてきた。
「自分の愚かさに反吐が出る」
そんな精神状態の最中、後妻から言われるがままにオリビアを後継者候補からおろし、次女を正式指名した。
オリビアに関しては、他国に嫁がせる予定で幾つか候補を見繕い釣り書まで作成していたのだ。
愛する妻の幻影に悩まされたくない…と。
「その結果オリビアは俺を見限った。だけどまさか…“独立”までするとは思わなかったんだ…」
どんなに悔やんでも過去を正す事は出来ない。
そもそも、妻以外に情を向けて愛人を囲い隠し子まで儲けるに至った事が原因なのだから。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
物心がつく前から婚約が結ばれていた同い年のアンナマリーとは、仲睦まじく過ごしていた。
リュカスに変化が訪れたのは十三歳。
閨教育の実技で女性と体を繋げる快楽を知った。
高位貴族女性は婚姻まで乙女を守るものという習わしがあり、婚約者を相手に行為は出来ない。
だが性の悦びを知ったリュカスは熱を持て余し、同じような思いを抱える友人の子息達と定期的に娼館へと足を運んだ。
やがて十五歳のデビュタントを迎え社交が始まると、夜会で知り合う低位貴族令嬢や未亡人とも関係を持ち始める。
十七歳になった頃、ひとりの少女と出会った。
それがのちに後妻となる男爵令嬢ユリカ。
デビュタントを迎えたばかりの十五歳で、まだ少女と呼べる年齢であるのに肉感的な体型をし、妖艶な雰囲気を漂わせる姿に興味がそそられ出会ったその日のうちに体を繋げた。
後腐れなく面倒な事にならないようにと、関係を持つ相手とは一夜限りと決めていたが、相性の良さに繰り返しユリカを抱いてしまう。
そうなれば当然、関係性は変化していく。
当初こそ割り切った関係であると受け入れていたユリカが、リュカスの婚儀が近付くにつれて恋慕の情を言葉にし始めた。
「お慕いしております。離れたくないの。日陰の身で構わないから…貴方の傍に置いてください」
慕っているのは本当だろうが、侯爵家の財産で贅沢をする事も狙いだと気付いていた。だがむしろ都合がいいのでは?と思案し受け入れた。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
十八歳の成人を迎えたリュカスとアンナマリーは夫婦となり、仲睦まじいが故にすぐさま妊娠。
しかし酷い悪阻が続いて衰弱してしまい、一時は妊娠の継続も危ぶまれてしまう事態に。
そんな妻を心配してリュカスは甲斐甲斐しく世話を焼き、出来る限り傍に付き添った。
「忙しいのにごめんなさい…」
「気にするな。今はとにかく、無事にお産を迎えることだけを考えればいい。愛してるよ」
次期侯爵夫妻に与えられた屋敷で、ふたりは心を寄せ合いながら幸せな時間を過ごす。
どんなに忙しくともリュカスは妻の見舞いに顔を出し、眠る時は必ず妻の隣。
アンナマリーは優しい夫の深い愛情と気遣いに包まれ、部屋から出ず穏やかに過ごしていた。
だから気付かない。
いつの間にか夫に“専属”のメイドが付き、よくふたりで姿を消していることを。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
「今日はお忙しいのかしら」
安静にと言われているアンナマリーは、夫からも部屋を出ないように言いつけられていた。
日に日に大きくなるお腹を愛しげに擦りながら、珍しく昼を過ぎても顔を出さない夫を想う。
「今日は執務がたてこんでいるそうです」
「そう…それなら仕方ないわね。あとで疲労に効くハーブティーでもお持ちしておいて」
「畏まりました」
恭しく頭を下げる使用人だが、リュカスが訪れない本当の理由を知っていた。
貴族の世界ではよくある光景…屋敷の主がお手付きの女を部屋に連れ込む様子に使用人達は見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを徹底する。
まして女も頬を染めているなら尚更。
アンナマリーが生まれてくる子供の為に編み物を勤しむ屋敷内で、リュカスはユリカを組み敷き劣情をぶつけていた。
これまでは一夜限りの戯れに限定していたリュカスが、ユリカを迎えてからはその気配もなく、果てはまさかの第二夫人か…と屋敷の使用人達は静かに噂を囁く。
そんな事になっているとは知らぬアンナマリーは陣痛を迎え、元気な赤子を出産。
「ありがとう、アンナ。君によく似て可愛らしい娘だ。ゆっくり休んでくれ」
難産を乗り切った妻を労り養生するように語りかけるが、その後アンナマリーは産褥が悪化し第二子を望めないと診断される。
たとえ子が出来なくとも愛情に変化はなく、再開された妻との房事は優しく心を満たす。
だがその一方で、“種を植え付け孕ませたい”という雄の本能を持て余した。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
娘の誕生から一年。
アンナマリーの体調が優れず寝込む日が多くなり、最悪の事態を想像して不安に駆られたリュカスは、その考えを払拭するかのようにユリカと体を繋げては激しく攻め立てた。
リュカスにとって妻との房事こそ至福であり、それ以外は単なる発散に過ぎない。
欲を吐き出せばスッキリと気分転換が出来て、冴えた思考で執務に取り組める。
これまではそうでしかなかったが、妻を労る傍らで従順なユリカの体を貫き揺さぶりながら、抑えてきた欲望を叶えたい衝動に駆られてしまう。
アンナマリーを悲しませる…とこれまでは自制してきたが、欲望は徐々に膨らんでいた。
「ユリカ…俺の子を孕みたいか?」
奥深くを抉るように動けば甘く啼いて応え、搾り取られるような締め付けに溜まった熱を解放したいと体が疼く。
明確な返事などなくとも、ユリカが以前よりそうなる事を望んでいると察していた。
よく濡れた狭い隘路を堪能しながら、己の種を根付かせるという征服欲に身を預けて腰を振る。
避妊薬を服用しているから今の種では妊娠しないが、それを目的とした擬似行為にふたりはこれまでにない愉悦を味わい没頭した。
「こだね…っ、あ…たか…ぃ…」
ねじ込まれた先から溢れ出るのは紛れもなく慕う相手の子種であり、実を結ぶ事を望まれた現実にユリカは恍惚とする。
慣れ親しんだ大きな体を抱き締め余韻に浸りながら、念願叶うであろう未来に思いを馳せた。
数日後、ユリカは屋敷を出てほど近い場所にある小さな家へ居を移す。
元は通いの使用人家族に貸与していたもので、本格的に愛人となって混ざりもののない子種を受け入れる日々。
すぐに身篭ったユリカは翌年出産し、リュカスは実子として書類を提出した。
養生するアンナマリーは女主人として働く事が出来ず、家政についてもリュカスに一任している。
だから最期まで気付かなかった。
婚姻前から続く相手と子供を儲けていることを。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
リュカスはユリカとの間に生まれた娘に興味を示さず、けれど不自由な暮らしはさせないようにと淡々とした物腰で接していた。
一方本宅では愛する妻によく似た娘を膝に乗せ、寝台で休むアンナマリーと親子三人の幸せな時を過ごしている。
その事を知ったユリカは嫉妬し、顔を合わせる度に二人目を強請るもすげなく躱されてしまう。
「アンナの体調が良くないんだ…」
あろう事か中に吐き出した余韻に浸りながら妻を心配するリュカスに腹を立てるが、耳にした噂によれば余命も危うい。
となれば残された幼な子には母親の存在が必要であり、自分がその役目を買って出ようと考えた。
「大丈夫よ…きっと良くなるわ。もしもの時は私が貴方を支えてあげる。だから今は何もかも忘れて楽しみましょう」
愛されていない事など百も承知。
元々は贅沢したいがだけの為に近付いたが、今は本気で想いを寄せ独占欲を抱いていた。
「そうだな…きっと大丈夫だ」
嬉しそうに笑みを浮かべて律動を再開し、憂いを払拭したのかユリカの体を楽しげに揺さぶる。
激しい嫉妬を催し暴れたくなるが必死に堪え、それでいて与えられる悦びに嬌声をあげた。
その後、アンナマリーと両親を続けて亡くし失意のどん底に陥ったリュカスは、ユリカの思い描く未来に誘導され行動に移してしまう。
結果として愛する妻の忘れ形見であるオリビアは“独立”し、ユリカは娘と共に強制労働所行き。
副作用の強い媚薬や催淫剤を常用していたユリカとその娘は、性行為に依存している。
焼き印を押された上に発作的に発情するふたりに安寧など二度と訪れない。
欲に溺れ不都合から逃げ続けた男と、欲をかき薬漬けとなった後妻とその娘…彼らによって輝かしい歴史を持つ侯爵家は終焉を迎えた。
「では、行ってくる。最後の務めだ」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
屋敷に残る者はもう家令しかいない。
家宅捜査が入った際に、保護の名目で全員が屋敷をあとにしている。
家令もこのあと、屋敷を出る予定。
最後の見送りを背に受け感慨深さに目頭が熱くなるが、零れ落ちる前に馬へ騎乗し走らせた。
そして主の背を見送る家令も、込み上げてくるものに耐えながら最後の礼を向けた。
それ故に多彩な言語を操りコミュニケーション能力に長ける者が多く、国外との繋がりも強い。
建国から少しずつ功績を重ねていき、やがて“交渉の場にダンテ家あり”とまで言わしめた事で才が認められ、侯爵位までのぼりつめた。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
ふたりの罪人が馬車で運ばれた早朝。
ダンテ侯爵家当主のリュカスは、後妻とその娘を見送ることなく執務にあたっていた。
「旦那様、こちらとこちらの書類にも署名をお願い致します」
「分かった」
長年勤めてきてくれた家令と共に、爵位返上に伴う侯爵家解体の手続きを進めていく。
あと一刻ほどすれば登城しなければならない。
辞表は受理されているが、引き継ぎや私室の引渡しなどでまだ幾日かは通うことになっている。
そして何より、今日は戴冠式。
外務大臣として最後の務めを果たせと国王陛下より仰せつかっているが、それが温情であることをリュカスは理解していた。
家族は崩壊させてしまったが、仕事においては真面目で評価も高く充実しており、外交はリュカスにとってアイデンティティそのもの。
「…寂しくなりますね」
書類を仕分けながら家令がポツリと漏らした言葉に、ペンを握る手がピクリと止まる。
何代にもわたり一族で家令を務めてきてくれた歴史も、ここで途絶えさせてしまう。その罪悪感に今更ながら後悔が押し寄せてきた。
「…すまない。紹介状は書くが…うちからの紹介だと難しいかもしれん。その時は、立場ある方に仲立ちをお願いしてあるから心配しないでくれ」
「ありがとうございます。ですがもう、家令としての務めはこちらで終わりにするつもりです。息子も修行先の屋敷でそのまま雇い入れて下さる事になりましたし」
諦念…とは違う、優しくも強い決意を感じる声に顔を上げた。
白髪混じりの家令は書類と向き合っているが、その横顔には後悔が滲んでおり…後遺症に苦しんでいる証拠の隈がハッキリと確認できる。
「私は何もしませんでした。先の奥様がお亡くなりになり、旦那様がオリビア様を避けるようになられた時も…後妻として迎えたユリカ様が体罰を与えていた時も…屋敷や使用人達の様子が明らかに変わっていった時も…私は何もしなかった」
「……薬の影響もあったのだろう、仕方ない」
返す言葉に迷い、そんな気休めを言ってみたが家令はゆっくりと首を横に振った。
「それは言い訳に過ぎません。少なくとも、それ以前から見て見ぬふりをしたのです。旦那様が望むならそれが正解なのだと…そうするべきなのだと自分に言い聞かせて誤魔化した」
「進言してくれていたのを無視したのは俺だ」
「だとしても、食い下がるべきでした。ユリカ様の所業についてもそうです。得体の知れない不気味さを曖昧にせず調べるべきだった…結局、オリビア様の手を煩わせてしまった」
家令は何度も手紙を書いた。
王宮から戻らない主人へ現状を訴え、改善か調査をしてほしい…と。しかし返事はついぞ来ず。
「後継者指名の変更は…本当に偽造ではなく、旦那様が承認されたのですか?」
「あぁ……本当だ」
時折、お茶会などで登城するオリビアを視界に捉えていたリュカス。成長するたび、亡き妻そのままとなる容姿に焦燥感を催した。
一夜限りの情を交わそうが愛人を持とうが全て遊びに過ぎず、真に愛していたのは亡き妻ひとり。
通常であれば娘が妻に似ることを嬉しく思うものだが、リュカスは違った。
娘の姿に妻の幻影が重なり手を伸ばしかけるも、そこにいるのは紛れもなく娘。妻はもういない。
その現実に押し潰されそうになってしまい、長年見て見ぬふりをし放置を貫いてきた。
「自分の愚かさに反吐が出る」
そんな精神状態の最中、後妻から言われるがままにオリビアを後継者候補からおろし、次女を正式指名した。
オリビアに関しては、他国に嫁がせる予定で幾つか候補を見繕い釣り書まで作成していたのだ。
愛する妻の幻影に悩まされたくない…と。
「その結果オリビアは俺を見限った。だけどまさか…“独立”までするとは思わなかったんだ…」
どんなに悔やんでも過去を正す事は出来ない。
そもそも、妻以外に情を向けて愛人を囲い隠し子まで儲けるに至った事が原因なのだから。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
物心がつく前から婚約が結ばれていた同い年のアンナマリーとは、仲睦まじく過ごしていた。
リュカスに変化が訪れたのは十三歳。
閨教育の実技で女性と体を繋げる快楽を知った。
高位貴族女性は婚姻まで乙女を守るものという習わしがあり、婚約者を相手に行為は出来ない。
だが性の悦びを知ったリュカスは熱を持て余し、同じような思いを抱える友人の子息達と定期的に娼館へと足を運んだ。
やがて十五歳のデビュタントを迎え社交が始まると、夜会で知り合う低位貴族令嬢や未亡人とも関係を持ち始める。
十七歳になった頃、ひとりの少女と出会った。
それがのちに後妻となる男爵令嬢ユリカ。
デビュタントを迎えたばかりの十五歳で、まだ少女と呼べる年齢であるのに肉感的な体型をし、妖艶な雰囲気を漂わせる姿に興味がそそられ出会ったその日のうちに体を繋げた。
後腐れなく面倒な事にならないようにと、関係を持つ相手とは一夜限りと決めていたが、相性の良さに繰り返しユリカを抱いてしまう。
そうなれば当然、関係性は変化していく。
当初こそ割り切った関係であると受け入れていたユリカが、リュカスの婚儀が近付くにつれて恋慕の情を言葉にし始めた。
「お慕いしております。離れたくないの。日陰の身で構わないから…貴方の傍に置いてください」
慕っているのは本当だろうが、侯爵家の財産で贅沢をする事も狙いだと気付いていた。だがむしろ都合がいいのでは?と思案し受け入れた。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
十八歳の成人を迎えたリュカスとアンナマリーは夫婦となり、仲睦まじいが故にすぐさま妊娠。
しかし酷い悪阻が続いて衰弱してしまい、一時は妊娠の継続も危ぶまれてしまう事態に。
そんな妻を心配してリュカスは甲斐甲斐しく世話を焼き、出来る限り傍に付き添った。
「忙しいのにごめんなさい…」
「気にするな。今はとにかく、無事にお産を迎えることだけを考えればいい。愛してるよ」
次期侯爵夫妻に与えられた屋敷で、ふたりは心を寄せ合いながら幸せな時間を過ごす。
どんなに忙しくともリュカスは妻の見舞いに顔を出し、眠る時は必ず妻の隣。
アンナマリーは優しい夫の深い愛情と気遣いに包まれ、部屋から出ず穏やかに過ごしていた。
だから気付かない。
いつの間にか夫に“専属”のメイドが付き、よくふたりで姿を消していることを。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
「今日はお忙しいのかしら」
安静にと言われているアンナマリーは、夫からも部屋を出ないように言いつけられていた。
日に日に大きくなるお腹を愛しげに擦りながら、珍しく昼を過ぎても顔を出さない夫を想う。
「今日は執務がたてこんでいるそうです」
「そう…それなら仕方ないわね。あとで疲労に効くハーブティーでもお持ちしておいて」
「畏まりました」
恭しく頭を下げる使用人だが、リュカスが訪れない本当の理由を知っていた。
貴族の世界ではよくある光景…屋敷の主がお手付きの女を部屋に連れ込む様子に使用人達は見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを徹底する。
まして女も頬を染めているなら尚更。
アンナマリーが生まれてくる子供の為に編み物を勤しむ屋敷内で、リュカスはユリカを組み敷き劣情をぶつけていた。
これまでは一夜限りの戯れに限定していたリュカスが、ユリカを迎えてからはその気配もなく、果てはまさかの第二夫人か…と屋敷の使用人達は静かに噂を囁く。
そんな事になっているとは知らぬアンナマリーは陣痛を迎え、元気な赤子を出産。
「ありがとう、アンナ。君によく似て可愛らしい娘だ。ゆっくり休んでくれ」
難産を乗り切った妻を労り養生するように語りかけるが、その後アンナマリーは産褥が悪化し第二子を望めないと診断される。
たとえ子が出来なくとも愛情に変化はなく、再開された妻との房事は優しく心を満たす。
だがその一方で、“種を植え付け孕ませたい”という雄の本能を持て余した。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
娘の誕生から一年。
アンナマリーの体調が優れず寝込む日が多くなり、最悪の事態を想像して不安に駆られたリュカスは、その考えを払拭するかのようにユリカと体を繋げては激しく攻め立てた。
リュカスにとって妻との房事こそ至福であり、それ以外は単なる発散に過ぎない。
欲を吐き出せばスッキリと気分転換が出来て、冴えた思考で執務に取り組める。
これまではそうでしかなかったが、妻を労る傍らで従順なユリカの体を貫き揺さぶりながら、抑えてきた欲望を叶えたい衝動に駆られてしまう。
アンナマリーを悲しませる…とこれまでは自制してきたが、欲望は徐々に膨らんでいた。
「ユリカ…俺の子を孕みたいか?」
奥深くを抉るように動けば甘く啼いて応え、搾り取られるような締め付けに溜まった熱を解放したいと体が疼く。
明確な返事などなくとも、ユリカが以前よりそうなる事を望んでいると察していた。
よく濡れた狭い隘路を堪能しながら、己の種を根付かせるという征服欲に身を預けて腰を振る。
避妊薬を服用しているから今の種では妊娠しないが、それを目的とした擬似行為にふたりはこれまでにない愉悦を味わい没頭した。
「こだね…っ、あ…たか…ぃ…」
ねじ込まれた先から溢れ出るのは紛れもなく慕う相手の子種であり、実を結ぶ事を望まれた現実にユリカは恍惚とする。
慣れ親しんだ大きな体を抱き締め余韻に浸りながら、念願叶うであろう未来に思いを馳せた。
数日後、ユリカは屋敷を出てほど近い場所にある小さな家へ居を移す。
元は通いの使用人家族に貸与していたもので、本格的に愛人となって混ざりもののない子種を受け入れる日々。
すぐに身篭ったユリカは翌年出産し、リュカスは実子として書類を提出した。
養生するアンナマリーは女主人として働く事が出来ず、家政についてもリュカスに一任している。
だから最期まで気付かなかった。
婚姻前から続く相手と子供を儲けていることを。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
リュカスはユリカとの間に生まれた娘に興味を示さず、けれど不自由な暮らしはさせないようにと淡々とした物腰で接していた。
一方本宅では愛する妻によく似た娘を膝に乗せ、寝台で休むアンナマリーと親子三人の幸せな時を過ごしている。
その事を知ったユリカは嫉妬し、顔を合わせる度に二人目を強請るもすげなく躱されてしまう。
「アンナの体調が良くないんだ…」
あろう事か中に吐き出した余韻に浸りながら妻を心配するリュカスに腹を立てるが、耳にした噂によれば余命も危うい。
となれば残された幼な子には母親の存在が必要であり、自分がその役目を買って出ようと考えた。
「大丈夫よ…きっと良くなるわ。もしもの時は私が貴方を支えてあげる。だから今は何もかも忘れて楽しみましょう」
愛されていない事など百も承知。
元々は贅沢したいがだけの為に近付いたが、今は本気で想いを寄せ独占欲を抱いていた。
「そうだな…きっと大丈夫だ」
嬉しそうに笑みを浮かべて律動を再開し、憂いを払拭したのかユリカの体を楽しげに揺さぶる。
激しい嫉妬を催し暴れたくなるが必死に堪え、それでいて与えられる悦びに嬌声をあげた。
その後、アンナマリーと両親を続けて亡くし失意のどん底に陥ったリュカスは、ユリカの思い描く未来に誘導され行動に移してしまう。
結果として愛する妻の忘れ形見であるオリビアは“独立”し、ユリカは娘と共に強制労働所行き。
副作用の強い媚薬や催淫剤を常用していたユリカとその娘は、性行為に依存している。
焼き印を押された上に発作的に発情するふたりに安寧など二度と訪れない。
欲に溺れ不都合から逃げ続けた男と、欲をかき薬漬けとなった後妻とその娘…彼らによって輝かしい歴史を持つ侯爵家は終焉を迎えた。
「では、行ってくる。最後の務めだ」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
屋敷に残る者はもう家令しかいない。
家宅捜査が入った際に、保護の名目で全員が屋敷をあとにしている。
家令もこのあと、屋敷を出る予定。
最後の見送りを背に受け感慨深さに目頭が熱くなるが、零れ落ちる前に馬へ騎乗し走らせた。
そして主の背を見送る家令も、込み上げてくるものに耐えながら最後の礼を向けた。
25
お気に入りに追加
3,468
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。


邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!


好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる