噂の“放置され妻”

Ringo

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額の焼き印

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※ひとつ前、オリビア来訪のあとに王宮へ戻った際のお話しです。









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《夫視点》






夜会でマリィに手を出そうとした男は無事に鉱山送りとなったが、その切っ掛けを差し出したふたりの尋問は続いていた。


「様子はどうだ?」

「なかなかにしぶといね。だけど証拠もあるしそろそろ落ちるんじゃないかな」


同僚のランドルフは若干疲れを滲ませていて、寝不足なのかうっすらと隈も出来ている。


「そうか、お疲れさん」

「はぁぁぁぁぁ…嫁ちゃんに会いたい。どうしてあんなババアに迫られるわけ?キモイんだけど」

「色狂いなんだろうよ。娘の方は?」

「あ~…君への想いを熱く語っているよ。今朝はなんだっけかな、自分がいかにハワードの妻として相応しいのかを聞かされたらしいよ」

「馬鹿馬鹿しい」

「ところでハワード。君、さっきまで自宅に帰っていたよね?来客があるからって。どうして肌艶よくスッキリしてるの?ねぇ、どうして?ナニしてたの?ねぇねぇ」

「来客はあった。そのあと少しだけマリィと過ごしていただけだ」

「へぇ~…ほぉ~ん……」


胡乱な目を向けられるが、嘘は言っていない。


「まぁ、仲良きことは美しきかな…だけどさ。これ報告書ね。当事者でもあるから確認して」


そう言って渡されたのは、母娘から聴取した内容をまとめたもの。かなり分厚い。

母親の方は噂で聞いていた通りだった。

貧しい男爵家に生まれ育ち、縁あって侯爵家の令息と肉体関係を結んでからはよくある成り上がりの人生。

自身の娘を後継者指名に宛てがい、それによって自由がきくようになった財産を私利私欲…主に異性間交流につぎ込んだ。

より自分にとって都合のいい環境にするべく違法薬物を周囲に与え続け、被害範囲は大小合わせればかなりのものになると記されている。

使用人達にも投与していたらしく、家宅捜査にあたった憲兵によれば屋敷内は薄汚れていて覇気がない様子だったらしい。恐らく、薬の副作用や禁断症状でまともな働きが出来なかったのだろう。


「最悪だ…罪のない者達に……」

「流産した人もいるからね…今は退職して子宝にも恵まれているそうだけど」


特に副作用が酷く出たのは、侍女見習いとして勤めていた男爵家出身の少女。

まだ十二歳と体も発達途中であり、意識障害を起こして現在も昏睡状態にある。

さらに少女の体には鞭打ちなど折檻を受けた傷も確認され、あろう事か乙女を散らされていた。

しかも、その出来事…破瓜は少女が十歳の時。

使用人達の証言によれば、“男爵家なのに裕福で見目が良い”という事に嫉妬した娘が言いがかりをつけては絡み、それを知った母親が折檻をしたり情夫に宛がっていたのだという。


『だって、あの子を抱いてみたいって言うんだもの。誰だって可愛い愛人の頼みなら叶えてあげたいでしょう?それにあの子だって喜んでいたはずよ、なんだかんだ濡れたのだから。まだ月のものはないし、思う存分楽しめるって好評だったの。お手当ても弾んであげたしね』


悪びれもなくそう話す母親も悪魔だと思うが、当時はまだ十歳だった少女を望んで行為に及べる男にも反吐が出る。

不幸中の幸いは、少女が女性としての機能を失ってはいないと診断されたこと。手厚い治療を受け療養すれば、子を望む事も可能だという。

だが、酷い扱いを受けた少女が男性を受け入れられるのかは分からない。


「…どうにか幸せになってもらいたいな」


何をもって幸せなのかは俺にも分からないが、少なくとも耐え続けた日常からは解放される。


「男爵は嘆いていたよ。噂も知っていたから心配していたけれど、本人がどうしてもと望むから送り出したのに…って」


当時騎士見習いとして巡回にあたるレディ・オリビアを見かけて憧れを抱き、生家で侍女として働く事を夢見た少女。

けれど足を踏み入れた屋敷は混沌としており、戸惑いながらも立派に務めようと思っていた彼女を待ち受けていたのは地獄とも呼べるものだった。


「実家を見限り立ち入らなかった事が原因だと悔いてオリビア嬢が支援を申し出たけれど、男爵は固辞している。今後はただ穏やかに暮らさせてやりたいと言ってね」

「…それでも、レディ・オリビアは何かしら手を差し伸べようとするだろうな。本人が望めばだろうけれど」

「そうだね」


優れたガラス職人を多く抱える男爵領は、国内外から評価の高い工芸品を生産していて財源は潤っている。無駄に領民の税率を上げたくないからと辞退しているが、伯爵位でもおかしくはない。

小さな領地だが歴史は古く、領主と領民の絆はどこよりも強いと言われているほど。

その娘が無体を働かれて帰郷となれば、侯爵家はもちろん王家に対しても管理責任を問うだろう。

実際、報告書によれば男爵位の返上を示唆する発言がみられたらしい。


「領民ごと移住する可能性もあり…か」

「ぶっちゃけそうなったら痛手だよ。あそこのガラス細工はコンラッド王国を代表する技術でもあるから、国の財政にもかなりの影響を及ぼす」

「戴冠式の晩餐会でも、ガラス食器の殆どは男爵領の作品だしな。恐らく注文が殺到するだろう」


ただでさえ、その技術を欲して他国からの誘いが後を絶たないというのに、この件が露見…もしくは男爵が国を見限ればその可能性が高まる。

だが、現段階では王家に対しても敵視しているから無理は強いれない。


「酷な話だが、少女が目覚めてレディ・オリビアと話すことにかけるしかないな」

「オリビア嬢は少女の意思を全力で支持するだろうから、国を出たいと言われればそれまで」

「仕方ない。それだけの仕打ちを受けたんだ」


報告書にある虐待の記録や生々しい陵辱内容に吐き気を催すが、そこまでされても逃げ出さなかったのは“いつかオリビア様に仕えたい”という一心だったらしい。

いつか帰ってくる…いつか当主となった時に仕えられるようにと耐え続けた。

その夢は叶わないと悪魔から告げられた時、どれだけの絶望が襲ったのかと慮る事しか出来ない。






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仕事も一段落したので私室で休憩していると、ダンテ侯爵から話がしたいと先触れが届いた。

要件は想像がつく。

部屋に近い応接間を用意してもらい向かうと、そこには既に侯爵が座しており、俺の姿を視界に入れると立ち上がって頭を深く下げた。


「頭をあげてください」

「……すまなかった」


頭を下げたままそう言うと徐に姿勢を正す。

壮年の文官でありながら服の上からも分かる鍛え抜かれた体躯は、女性使用人から密かに憧れている…と聞いたことがあるな、とどうでもいい事を思い出しながら着席を促した。

本来なら逆の立場だが、今はこれが妥当だろう。

お茶の用意をしてもらってから人払いをし、ふたりきりの空間を静けさが取り囲む。


「娘が…次女のキャロルが長いこと迷惑をかけてきた事を謝りたい。何度か窘めることはしたが、聞けば全く相手にされていないと分かって放置した。申し訳ない」

「迷惑はかけられましたね…主に妻が」


まだ婚約者だった頃、嫌がらせの手紙や小包が届くと知って即座に抗議しそれはおさまったが、以降は夜会やお茶会などで俺の目を盗んでドレスを汚したり突き飛ばしたり。


「まぁ、それもあって妻をひとりで外に出すことを制限するようになったんですけど…さすがに媚薬まで盛られては我慢の限界でした」

「あの時は…本当に申し訳なかった」


心配しながらもまだ少しは目を離せていた頃、参加した夜会で媚薬入りのジュースを渡され飲んでしまったマリィ。

体調の変化に自分で気付いて、父と共に歓談する俺の元に駆け寄ってきたけれど、その様子を悔しげに見ていた男の顔は未だに忘れられない。

あの時…もし俺がもっと離れた場所にいたり、歓談の邪魔は出来ないと躊躇したら、間違いなく連れ込まれて乙女を散らされた。

人前で糾弾などすればマリィの評判に関わるから秘密裏に男を捕らえ、全て白状させてからダンテ侯爵家に抗議し慰謝料で示談したが…あの時点でもっと厳しい処罰を求めれば良かったのだろう。


「全ては私の責任だ。妻を亡くした喪失感から、妻によく似た長女を見るのも辛くて遠ざけた」

「だから愛人とその娘を呼び寄せたんですか?レディ・オリビアがどう思うなど考えもせず?」


何をどう言おうが、愛人を後妻に迎えて長女を後継者から外すなど愚かでしかない。しかも屋敷に帰ることもなく、使用人からの陳情も無視。

結果、レディ・オリビアは全てを捨てた。


「母親がいた方がいいと…自分ならふたりの娘を分け隔てなく育てられると…信じた私が愚かだった。私はただ…不誠実だったんだな」

「辞表も受理されたと伺いました。戴冠式が終わり次第、爵位も返上し解体されるとも」

「私には兄弟もなく、近しい親族からは今後の関わりを拒まれた。負債と不評しかない侯爵家など誰も引き継ぎたくないとハッキリ言われたよ」


力なく自嘲する姿に慰める言葉は出てこない。

自業自得だと思う。欲の捌け口に愛人を持ち、金さえ与えていれば問題ないと思っていた男の末路といったところか。


「全て片付いたら身辺整理をして国も出る。もう二度と戻るつもりはない」

「そうですか」


その後も少し会話をしてから改めて謝罪をされ、それを受け入れる事で終わらせた。

しかしあくまでも母娘の罪は問う。受け入れたのは“夫であり父親”からの謝罪であって、家督からの謝罪ではない。今度こそ徹底的に潰す。






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二日後。

戴冠式を翌日に控えた雨降る早朝に、ふたりの女性を乗せた小窓ひとつない馬車が走り出した。

薬で眠らされているから騒ぐことはないが、その身は白い拘束着に包まれている。目的地へ着く頃には薬もきれるだろう。

髪は乱雑に切られて男のような短髪になり、チラリと見えた額には大きな焼き印が押されていた。

それは幼い子供に対する性犯罪者である事を示すものであり、同じく罪を償う者達からも侮蔑の対象となる。ふたりの行先は強制労働所だが、そう日も経たずに儚くなるだろう。


「いや…生きながらえさせるかもな」


死ぬよりも辛い地獄が迎えてくれるはずだ。強制労働所で罪を償うのは、家族の為に致し方なく手を汚した者ばかり。

如何なる理由があろうと犯罪は許されないが、情状の余地ありと認められた者は一定期間の労働で免除される。

そこへ時折ぶち込まれる焼き印ありの犯罪者。

家族の為に生きる入所者達が…特に幼い子供と離れて暮らす親である立場の者達が、そのような人間をどう扱うのか想像は容易い。


「さて、最終確認でもするか」


人知れず走り去った馬車を見送ってから、主である王太子殿下の元へ向かう。

その途中、身を隠しながら馬車の進んだ方向を鋭く見据える女性がおり…それがレディ・オリビアだと気付いたが、見て見ぬふりをした。





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