噂の“放置され妻”

Ringo

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〈おまけ閑話〉ブランディ公爵家の人々

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国内屈指の財力と地位を誇るブランディ公爵家。

並外れた頭脳と容姿は代々受け継がれ、その存在は国内外に名を轟かせている。

いつの時代も常に注目を集めるブランディ公爵家には、子が出来たと公表されるや否や“縁続きになりたい”と釣書が大量に届くのだが、既に確たる地位と財産を築いている彼らは忖度などでは動かない。


「子の想いと自由を尊重する」


その言葉通り、過去には貴族籍を抜け平民となった者もいた。

身分違いであろうと想いあっていれば結ばれる実例がある事から、公爵家の後ろ盾や財産を欲して近付こうとする者も多い。

たとえ平民になろうと“公爵家”、美味しい思いが出来るはずと目論む。

しかし実情は現実的であった。

確かに“自由”は保証されるが、その為に背負うべき“責任”は当然ながら本人に課せられる。

裕福な実家からの援助は一切なく、子供達は整えられた環境のなか最上の教育を受けた上で“自ら選んだ相手”と婚姻を結び家庭を築く。

それは後継者である嫡男とて変わらない。

屋敷と家督、“公爵家所有”の財産は継ぐが個人的な利用は認められず、使えるのは幼少期から運用してきた個人資産のみ。

たとえ両親に莫大な資産があろうと、それが譲渡されることは決してない。





そうして脈々と血を繋ぎ繁栄してきたブランディ公爵家だが、その血筋の者は総じて独占欲が強く嫉妬深いのが特徴である。

特に男性はその傾向が強い。

浮気や愛人など思考の隅に欠片もなく、ただひたすらにひとりだけを愛し抜くのだ。






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ハワードの父親であるオーランド・ブランディは妻を亡くしているが、生前と変わらず愛を囁き恋い慕っている。

以前と違うのは、優しい目を向け話しかける相手が絵姿に変わったことだろう。


「ベル…絵姿の君はいつまでも若く美しいのに、俺はすっかり老けてしまった。そちらで再会したら驚いてしまうだろうか」


愛する妻が生きていた時と変わらず、夜になるとひとりウィスキーを寝酒に嗜む。

かつては隣に寄り添う存在がいた事に寂しさを感じるものの、心に抱く想いは変わらない。

そして思いに耽けるオーランドの手には、開封されたばかりの手紙があった。

ひとり置いていく最愛の夫を心配して妻のベルティナが病床で綴り遺した恋文であり…年に一度、誕生日に送られてくる。

送り主はベルティナが妹のように可愛がっていた王妃クラウディア。当時はまだ王太子妃。

没後に初めてその存在を知ったオーランドは泣き崩れ、部屋に引き篭って食事もとらなくなってしまったのだが、憔悴する彼に喝を入れたのもクラウディアだった。


『ベルティナから託されたのはそれだけではないのよ。貴方がひとつ年を重ねるたびに渡して欲しいと頼まれているの。だからオーランド…貴方は生きなさい。子供達の為でもあるけれど、ベルティナの願いでもあるのだから』


オーランドは今すぐ全てを寄越せと食い下がったが、クラウディアは頑として受け入れなかった。


『何歳の誕生日まで用意してあるのかも明かさないわ。知りたければ生きなさい。生きて全ての手紙を読むのよ』


それから十数年…かつてベルティナが大切にしていた宝石箱には、その年数と同じだけの恋文が丁寧に保管されている。


「なぁベル…あと何通、君から手紙を貰えるのだろうか。今となっては楽しみでもあるし嬉しいけれど、やはり君に会いたいよ…」


間もなく長男に家督を譲る予定であるが、その後は愛する妻が眠る領地でひとり暮らす予定。

より近い場所に小さな家も建てた。

末の息子も身を固め、これからは夫婦水入らずで過ごすことを心待ちにしている。


「早く会いたいなんて言ったら君は怒るだろうから、そんな事はしない。だけど君に会いたくて触れたい想いは分かって欲しいな」


妻亡き後、オーランドの誕生日当日は特別な祝いをしないことが通例となった。

幾度も愛し合い、時には嫉妬で喧嘩したこともある夫婦の部屋でふたつのグラスを並べて、届いた手紙をゆっくりと読んで過ごしている。






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長男フレデリク・ブランディは幼馴染みの侯爵令嬢と結婚し、一男二女の父親でもある。

同い年で誕生日も同じというふたりは幼少期からとても仲睦まじく、それは夫婦となり十年以上が経過しても変わることはない。

隣にいることが自然で、お互いだけを見てきた。


「おはようカリナ、今日も愛してるよ」


目覚めた妻に愛を伝えることから一日を始めるのは、結婚した当初から変わらないルーティン。

艶のある栗色の髪を撫でてから口付け、優しく腕の中に閉じ込めると暫くそのままで過ごし、休日であれば深く愛し合うこともある。

三人目が生まれてからだいぶ経つが夫婦生活も頻繁で、まだ三十代前半の彼らは四人目も望んでいる。勿論、行為そのものは愛情深さ故だが。


「僕の愛しい妻は何をして過ごすの?」

「今日はマリエルとお茶をするの。頼んでいたものが届いたらしいから」

「あぁ、前に言ってた“愛の秘薬”か」

「えぇ…」


その効能と使用方法を脳裏に浮かべたカリナは頬を染めた。

自分の体に起きた変化を誰にも言えず気にしていたのだが、同じ悩みを抱える事になったタニアから秘薬について聞き及び、マリエルに頼んで漸く手元に届く。


「君が悩んでいたなんて気付かなかった」

「恥ずかしくて言えないわ。それに…あなたはどんなわたしでも愛してくれるでしょう?」

「当然だね。まして僕の子を産み育てる為に得た変化なら大歓迎だ」

「でも…やっぱり試したいの……」


羞恥に目を潤ませる妻にフレデリクは愛しさを込み上げるが、今日は夜会に向けた採寸がある。

今から愛し合っては恐らく延期となるだろう。

そう考えて額に口付けるに留めたのだが、秘薬の効果を得たあとの姿を想像して焦燥を感じた。

ただでさえ美しく、外に出れば男性からの視線を集めてしまう大切な妻が、自信を取り戻してさらに美しくなってしまう。

嫉妬深さで言えばハワードを凌ぐフレデリクは公的な場以外で男性と交流する事を認めておらず、誰であろうと名を口にする事すら厭う。

だが妻が望んでいる…叶えてやりたい。


「ちゃんと使い方を聞いておくんだよ…カリナをより美しく出来るように」


あくまでも妻を磨くのは自分であると主張して見つめれば、その妖しく光る瞳に吸い寄せられ、惚けるカリナから唇を重ねた。





結局、この日の採寸は延期となったのである。






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長女エリザベスの婚約が公表された時、相手の素性に国内は元より周辺国まで衝撃が走った。


『お父様、結婚したい人がいます。隣国ハウザーのアウグスト侯爵家三男アラン様です。医師となるべく励まれておいでですが、受け継がれる爵位はございません。よろしいですか?よろしいですよね?』


愛する妻によく似た面差しを持つ娘の熱弁に、父オーランドは少し寂しそうな表情で頷いた。










エリザベスは幼い頃に始めた乗馬を趣味としており、子供を産んだ今も暇を見つけては愛馬に跨っている。

そんな彼女が運命の出会いを果たしたのは十四歳の時、友人達と参加した遠乗りイベントの会場でのことだった。


「お母様の一目惚れ?」

「そうよ。胸をぎゅんっ!!て鷲掴みにされたかと思うくらいに高鳴ったわ」


暖かい昼下がり、テラスで娘カノンに馴れ初めをねだられ当時を振り返る。


「お父様も参加者だったのよね?」

「えぇ。とても綺麗な黒鹿毛を連れていたわ」


参加する馬の中でも一際見事な黒鹿毛を見かけて近付いた時、馬体に隠れ見えていなかった男性が姿を現し心が跳ねた。


「本当に一瞬だったわ。雷に打たれたような衝撃が走って、この人と結婚したい…というか結婚する!!と思ったのよ」

「じゃぁ、その場でプロポーズ?」

「まさか。それにわたしの実家は公爵家でしょ?それを理由に“断れない”と判断されて結婚なんてお互い地獄だわ。愛のない生活はいやよ」


相手の身なりは庶民的で、初めて見る顔。脳内の国内貴族名鑑を捲るも該当なし。

けれど立ち居振る舞いから高貴な位の子息である事は見て取れ、他国の貴族だと推測した。

機を急げば実家を理由に上手くいかない可能性もある。ひとまずは身分を隠す事に。

自分が着ている乗馬服は庶民向けの既製品であるし、バレるはずがないと内心で拳を握った。


「でもすぐにバレたでしょ?お母様って何を着ても高貴な雰囲気が漂うもん」

「お父様もすぐに“庶民の振りをした高位貴族令嬢だ”と思ったそうよ。だけどそれはわたしも同じ。話してみて、お互いに貴族子女だと確信を持ったわね」


馬の話題から自己紹介へと繋がり、男性がふたつ年上の隣国貴族だと知った。

なぜこのイベントに?と問えば、ここは親戚が治める領地なのだと言う。たまたま遊びに来ていて開催を知り参加した…とのこと。


「お母様と結婚する為に、お父様はシャルローズ子爵の養子になって爵位を継いだの?」

「それは結果でしかないわ。当初は別の人が候補にあがっていたけれど、お亡くなりになられて話が回ってきたのよ」


運命の出会いを果たした牧場があるシャルローズ子爵領。そこの領主夫妻には子供がおらず、親戚筋から養子を迎えることを望んでいた。

しかしアランは医師を志しており、領主として采配を振る時間は取れないと固辞。


「だからお母様が代わりに?」

「ここでの暮らしに惹かれていたし、少し傾きかけていた領地運営を立て直すことに興味もあったから」


現在のエリザベスは、医師として多忙な夫に代わり領地運営と家政を取り仕切っている。

元より聡明で頭脳明晰だった事もあり、蔓延した感染病で落ち込んでいた酪農を立て直し、希少種である特産果実を育てる農家に惜しみない援助を行い成功させた。


「お母様はやっぱり凄いわ」


カノンが感心したところで執事が夫の帰宅を報せに来て、ふたりはすぐに玄関ホールへと向かう。




*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*




「アラン…おかえりなさい」

「ただいま、リズ」

「寂しかった」

「ごめんね。これから暫くは家にいるよ」


僅か二日の出張に出ていただけなのだが、独占欲の強いエリザベスは夫が一日留守にするだけで落ち込んでしまう。

そんな時は子供達が入れ代わり立ち代わりでエリザベスの相手をするのが通例。


「お父様、カールは元気になった?」

「あぁ、もう大丈夫だよ」


そう娘に答えて上着を脱いだ瞬間、ふわりと香った消毒液の匂い。娘はくんくんと鼻を動かした。


「この匂いがするとお父様が帰ってきたって実感する。良かったね、お母様」


エリザベスはうっとりと夫の肩に頭を乗せ、アランは愛しげな眼差しで妻の腰を抱き寄せる。

そんな夫婦の様子に、カノンは「お邪魔さま~」と言って部屋へ戻っていった。




*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*




陽の差すサロンに移動しソファーに座ると、二日間の空白を埋めるように抱き合い唇を重ねる。


「体調は大丈夫?」

「大丈夫よ。五人目だし慣れたものだわ」

「そうだけど…」


ぽっこりと膨らんだエリザベスのお腹を撫でながら、アランは腹の子の様子を窺う。

上の子供達もアランが取り上げており、もちろん今回もそうするつもりだ。


「ねぇ、アラン…わたしと結婚して後悔したことはある?」

「ないな」


間を置かない即答に心は温かくなった。


「むしろ君の方こそないかと心配だよ。実家は隣国の侯爵家だけれど三男で、当初は継ぐ爵位などなかった。今だって医師の仕事が忙しくて君に頼りっぱなしだから」

「それこそ杞憂よ。領地運営は楽しんでやれているし、家政は優秀な家令が補佐してくれてる。何より貴方の妻になれた事が幸せだわ」


エリザベスはブランディ公爵家の血筋である。

アランがどのような職に就こうと、何処に住処を移そうと傍を離れるつもりは毛頭ない。

大切なのはアランと添い遂げることであり、家族を築き幸せに暮らすこと。


「そういえばね、カノンがわたし達に会わせたい人がいるんですって」


途端にアランの眉間に皺が寄った。

妻を溺愛し何よりも大切にしているが、やはり娘の事となると父親として思うところはある。


「……カノンはまだ十四歳だぞ」

「あら。わたしが貴方に恋をしたのも十四歳よ」


そう言われたらぐうの音も出ない。

近く訪れるであろう娘の相手に対し、父親としてどう立ち振舞うべきかと思案した。






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