噂の“放置され妻”

Ringo

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〈おまけ閑話〉近衛騎士団長と女性騎士

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これは辺境伯領へ向かう少し前のお話です。






✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼






「やったぁ!!わたし、ハワード様と同じ班よ!!」

「いいなぁ…あたしなんて最後尾よ。お姿すら拝めないなんて拷問だわ」

「ちょっとサブリナ、うっかりお名前で呼ばないように気をつけなさいよね」

「分かってるわよ。そんなヘマして選抜漏れなんかになりたくないもの。まぁ…騎士になれなくてもお近付きになれるなら構わないわ」


ここは女性騎士専用宿舎。

王太子夫妻に王女が生まれた事で募集がかかり、前例にないほどの応募者が殺到した。

その殆どはきちんとした志しを持つ者達だが、一部は“王太子護衛筆頭騎士”のハワード・ブランディとお近付きに…あわよくば後妻や第二夫人になりたいという下心を持つ女性達である。


「ねぇ、あなたもハワード様目当て?」


色めきたつ軍団の中でも一際目立つサブリナは、近くでひとり静かに読書をしている女性に声をかけた。


「いえ、近衛は目標ですが違います」


女性は本から目を移さずにすげなく答えたが、サブリナにしてみればライバルがひとりでも減る方が有り難い。得意げに「ふふん」と鼻を鳴らして仲間に向き直った。


「あの子、やっぱりお金が欲しいのね。侯爵家の長女なのに蔑ろにされてるっていう噂は確かなんだわ。いけ好かないタイプよ」


聞こえよがしにそう言われた女性…ダンテ侯爵家の長女オリビアは内心で飽きれて溜息を吐いた。


(くだらない。まぁ、噂は真実だけど)


歓談室の雰囲気がサブリナ達のせいで騒がしくなり、志しの高い者達は迷惑そうな表情を浮かべながら部屋を出ていく。

オリビアも読書途中の本を閉じて立ち上がった。


「ほら見て。あんなに背が高くて、胸はぺちゃんこで男みたい。あれじゃハワード様は見向きもなさらないわね」


サブリナの嘲笑など相手にせず退室した。






*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*







「どうしたの?疲れた顔して」


オリビアが部屋に戻ると、同室のキャサリンが首を傾げて問いかけた。

本を机に置いて制服の上着を脱ぐと、オリビアは気にした様子もなく答える。


「疲れたように見えるなら、今日の鍛錬で少し気を張りすぎたせいね」

「あぁ…今日の担当教官はヴァルク様だったもんね、そりゃ気も張るわ。お疲れ様」


揶揄うようなキャサリンの物言いに、オリビアはほんの少し頬を染めた。


「言わないの?自分の気持ち。わたしから見れば思い合っているように見えるんだけどなぁ」

「……勘違いよ。ヴァルク様からそんな雰囲気を感じたことなんてないもの」

「どうせ侯爵家は義妹が継ぐんでしょ?自由に恋愛も出来るんだし、当たってみれば?」

「砕けて終わりよ。ひと回りも下の小娘なんて相手にしてくれないわ」


珍しく表情に翳りを見せるオリビアに、キャサリンは苦笑しタオルを投げつける。


「年の差が何?わたしだって彼と十歳も違うけどラブラブよ、逃げるな。うじうじしていないでお風呂入ってスッキリしなさい。そんなに締め付けて…潰れたら勿体ないでしょ!!」


キャサリンがビシッと指さすのはオリビアの胸。


「せっかくいいもの持ってるんだから使えばいいのに。ヴァルク様だって男よ?好きかどうかは分からないけど嫌いじゃないはずだわ」

「…………好きじゃないわ」

「え?どうして知ってるの?聞いたの?団長に直接?いつの間に?」

「そうじゃなくて…」

「?」


何故かもじもじするオリビアに、キャサリンは頭に疑問符を浮かべた。


「……偶然聞いてしまったのよ。その…あまり大きな胸はお好みでないって…どちらかと言えば引き締まった体型がいいと仰っていたわ」

「へぇ…あれかしら、ヴァルク様のお姉様が大きいからとか?だから逆がいいの?」

「分からないけど…自分の耳で聞いたから、間違いないわ」

「なるほどねぇ。どうりでせっかくの実りをサラシでぎゅうぎゅうに隠してるわけだ。で、体は鍛えて引き締めている…と」


オリビアは恥ずかしそうにこくりと頷き、投げつけられたタオルで顔を隠す。

そんな親友の様子にキャサリンは優しく笑みを浮かべ、聞こえないほどに小さな声で「本当に鈍感なんだから」と呟いた。






*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*






北辺境伯領で執り行われる結婚式への出立前夜、一部の騎士が高熱を出して寝込んでしまった。

男性、女性騎士と併せて十数名が腹痛と高熱に倒れてしまい、隊列を調整する必要性が発生してしまう。

出立前に英気を養おうと酒場をはしごし、その時に食した生牡蠣にあたったようだ。

寝込んだのはいずれも評価が低く、選抜落ちすると見なされている者ばかり。

サブリナはなんとしてもハワードとの距離を縮めるつもりなので、不安要素のある食べ物は口にしておらず無事だった。

一方、当日の朝に登城する予定でいたハワードはマリィとの睦み合いを中断させられたせいで超不機嫌。不貞腐れている。


「……ハワード、顔がこわいよ」


同期のランドルフも同様に呼び出されたのだが、彼の妻は妊娠中。その身を心配はすれど不完全燃焼という状態ではなかった。


「さっさと決めるぞ」

「はいはい、了解しました」


出立可能な騎士の名が連なる一覧表に目を通し、隊長の立場を担うハワードは剣技の特性や性格を考慮しながら的確に振り分けていく。

そこへ、近衛騎士団長を務めるヴァルク・ボードが顔を出した。


「どうだ?うまく纏められそうか?」


短い黒髪を後ろに流し、鍛え抜かれた大柄な体躯は屈強な男が集う騎士団の中でも目立つ。

勤務中は常に眉間の皺を深く刻んで威圧感の強い男であるが、プライベートな時には柔和な笑みを浮かべる事も多く隠れファンは多い。


「お疲れ様です、団長。とりあえず配置はこのような形で落ち着きました」


ハワードから隊列の配置換えを記した用紙を渡されたヴァルクは、無精髭のある顎を触りながら暫し考え満足そうに頷いた。


「いいんじゃないか?」

「ありがとうございます」


これ以上は特に確認事項もないのだが、何故か立ち去ろうとしないヴァルク。


「何かありましたか?」

「いや……その、なんだ…ハワードの嫁さんとオリビアは交流があるのか?以前、仲良さげに話しているのを見かけたんだが」

「ダンテ侯爵家のオリビア嬢ですか?数年前に王立図書館で知り合ったそうで、時々手紙のやり取りをしているみたいですね。我が家で何度かお茶もしているようですし」

「そうか…なるほど」

「たとえ団長でもマリィは渡しませんよ」

「そんなつもりはないよ。突然変なこと言って悪かったな、明日から頼むぞ」


ハワードの嫉妬に苦笑し肩を叩いて、ヴァルクは大きな歩幅であっという間に出ていった。


「なんだったんだ?」


首を傾げるハワードにランドルフは可哀想な人を見やるような目を向ける。


「ハワードはほんっっっっとうにマリエル嬢以外の機微に疎いよね。仕事においては敏感なのに」

「なにが言いたい」

「団長はオリビア嬢の事が気になるんだよ」


ハワードは暫し無言で考え…次いで驚いた。


「団長がダンテ侯爵令嬢を!?」

「わりと気付いてる奴は多いぞ?人気があるのに誰も声をかけないのは、団長が牽制するし怖いからだろうなぁ…ぶっ飛ばされそうだもん」

「……知らなかった」

「まぁ、ハワードだし」


馬鹿にされてムッとしたハワードだが、他人の恋愛事情など興味はない。しかし団長の相手は他ならぬ妻が親しくする令嬢である。その女性に何かあればつまり妻が悲しんでしまう。そんなことをハワードが許容出来る筈もないのだ。

そう脳内で纏めたハワードは、あとで妻に相談した上で団長の恋の行方を見守ろうと決めた。






*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*






出立の時を迎えた王宮では、見送りに来た家族や婚約者、恋人などと僅かな逢瀬を過ごす者達がそこかしこで楽しんでいる。

ハワードは当然マリエルと寄り添っており、まるで今生の別れを彷彿とさせていた。

そんな風に各々が和やかに過ごすなか、誰からも見送られず準備に勤しむのはオリビア。

噂通り家族から蔑ろにされている為、ひと月の遠征に訪ねてくるはずもない。

楽しむ仲間達に代わり重い荷物を運んでいたが、横から太く逞しい腕が伸びてきてひょいと取り上げられた。

瞬時に胸を高鳴らせて見上げると、長身のオリビアより頭ひとつぶん大きいヴァルクの姿。


「ここでいいか?」


耳に心地よく響いたバリトンボイスに頬を染めながら、オリビアは場所を指定する。


「あのっ…それはこちらです」

「分かった」


重い荷物をポイポイと軽々しく積み込む様子に、オリビアは男らしさを感じていた。そしてさりげなく自分の胸を触りサラシの具合を確認する。


(……よし、きちんと収まってるわ)


そんな事をしているとは露ほども知らないヴァルクは、あっという間にその場にあった荷物を全て積み終えた。


「これでよし…オリビア、気を引き締めて行ってくるんだぞ。今回の遠征は選抜基準の精査も兼ねている。学んでこい…期待しているから」

「はい。ありがとうございます」


オリビアにとって家族はもう過去のもの。

十八歳の成人を迎えたと同時に家族からの干渉を避ける“独立”の手続きを申請しており、現在精査中である。

その件がなかったとしても家族は来なかったはずで、オリビアも望んではいない。


「ボード団長に見送られるなんて光栄です」

「そうか?それなら良かった」


照れたように微笑み合うふたりの様子を、親友のキャサリンはこっそりと視界に入れて内心で深く安堵していた。


「ボード団長」

「なんだ?」

「あの……もしもの話ですが…もしわたしが近衛となる事が出来たら…その…お食事にお付き合い願えませんか?……お暇な時に…少しでいいので……」


顔を赤らめ、言葉はしりすぼみになるオリビアに面食らいながら、ヴァルクは優しく微笑んだ。


「その時はお前の好物をご馳走してやる。時間なら幾らでも作るから心配するな」


途端に顔をぱぁっと輝かせるオリビアは気付かない……ヴァルクが歓喜で打ち震えそうになるのを堪えている現状を。


「がんばりますっ!!」


両手をきゅっと握られ雄叫びをあげそうになったが、そこは流石の近衛騎士団長である。ぐっと堪えた。










その後オリビアは無事に王女付きの騎士となり、念願叶ってヴァルクと食事にも行くことになる。


少しずつ……ではなく一気に距離を詰めて恋仲となるのだが、深い関係となった時に初めてサラシの存在を知ったヴァルクが狂喜乱舞したとかしないとか。


ちなみに「胸は大きすぎず引き締まった体型」という話の真意だが、オリビアは前後の会話を聞き逃していた。と言うよりヴァルクの言葉しか聞いていなかった。



~以下、ヴァルクと部下の会話~
(オリビアは偶然通りかかって盗み聞き中)


「団長が理想とする体つきってどんなのです?やっぱり胸とかバーンて感じ?」

「いや、胸はそこまで大きくなくていい。どちらかと言えば全体的に引き締まって筋肉質なほうが理想だな」

「意外っすね。でも大きくなりがちなんじゃないですか?よく言われるでしょ?」

「確かにそうだな。望んでるわけではないのに」

「でもまぁ、男としては大きい方が好まれる傾向がありますしね。俺なんて頑張っても全然大きくならないんですから、悲しいもんです」

「別に見せびらかすもんでもないんだから気にするな。自分だけが知っていればいい」



(なんてことなの!!ヴァルク様は小ぶりな胸が好きだなんて…邪魔だから対処していただけだったけれど、これからもしっかり隠さないと。それにしても…大きい胸の女性とお付き合いされてきたのね…それも何人も…)




と落ち込むオリビアですが、ふたりがしていたのは“胸筋”の話。ちょっと鍛えるだけで逞しくなりがちなヴァルクの胸筋についてでした。






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