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夜会に現れた噂の“放置され妻”
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《妻視点》
久し振りの夜会。
ハワードのエスコートで会場入りすれば一斉に視線が向けられ静まり返った。
毎度の事ながらもう飽きたわ。
「マリィ、俺から離れないでね」
「頼まれても離れてあげない」
そう言って組んでいる腕に少しだけ体を寄せるとハワードは嬉しそうに微笑み、わたしのこめかみに口付けを落としてきた。
途端に令嬢達が黄色い声をあげる…と同時に刺さるような視線を身に受けつつ、何食わぬ顔でホール中央へと歩いていく。
もう慣れた…というか、愛されちゃってごめんなさいね☆としか思わない。
「でもハワード…本当に大丈夫なの?王家主催の夜会に護衛を休むなんて」
「大丈夫だよ。今夜だけは絶対にマリィの傍にいるって決めていたんだ。本音を言えば参加すらしたくなかった…マリィの誕生日なんだし」
「もう、またそんな顔して…だけどありがとう」
ぶすっと不貞腐れる様子に嬉しくなる。長い付き合いで、それが本音だと分かるから。
「俺の優先順位第一位はマリィだからね」
「…お仕事で忙しいくせに 」
可愛くない嫌味に自分で呆れてしまう。
元はわたしのお気楽な発言から騎士を目指し、そこから弛まぬ努力を続けてきたからこそ今の地位があるのに。
それを寂しいなどというくだらない感情で拗ねてはいけない…と反省して顔をあげれば、ハワードは蕩けるように微笑んでいた。
「……どうして嬉しそうなのよ」
「だって…ごめん」
頬の筋肉が緩みまくりなのを自覚しているのか、空いている手でせめてと口元を覆うハワードを肘で小突けば、それすら堪らないと言わんばかりにデレッとした笑顔を見せる。
「もうっ……!!」
「ごめんごめん。だって寂しい思いをさせているから怒ってるんでしょ?物凄く申し訳ないと思うけど、その気持ちが嬉しい」
「うぅぅぅ……なんだか負けた気がする…」
「愛してるよマリィ。ほら、踊ろう。十九歳を迎えて初めてのダンスだ」
ホール中央につくと少しして演奏が始まり、流れるように手を掬われダンスが始まった。
ハワードと踊るのは好き。
幼い頃から数え切れないほど踊ってきたから、今は目を瞑ってもこなせてしまいそう。
「正装のハワードと踊るのも久しぶりね」
「どっちが好き?」
返答に困る。
王子様然とした正装も好きだけれど、凛々しい騎士服姿も素敵だから選べない。
「……どっちも好き」
「ふぅん…じゃぁ、どっちで攻められたい?」
耳元で…いくら小声とはいえ周りに人がいる状況でそんな事を囁かれ、頬が熱くなる。
だけど瞬時に想像してしまう自分もいて、王子と騎士のハワードがぐるぐると脳裏でせめぎ合う。
「俺は、騎士の格好をしている時に向けられる視線が好きかな…煽られちゃうけど」
「あお…っ、そんな事…なぃ……」
「マリィの憧れだもんね、“騎士様”」
幼い頃、お気に入りの絵本はどれも騎士が活躍するもので、少年ハワードにもよく熱弁を振るっていた。
『騎士様って凄いのよ。強くて優しくて、大切な女の子を守ってくれるの』
『マリィも騎士が好きなの?』
『女の子なら誰だってそうだわ』
まさかその会話を切っ掛けに騎士を目指すとは思わなかったけれど、それから鍛錬に励む姿は格好良くて…何度も恋に落ちた。
「別に“騎士様”だからじゃないわ」
確かに憧れではあったし素敵だとは思っていたけれど、それはあくまでも絵本の中の話。
「ハワードが“騎士様”だからよ…」
「それは嬉しいね。そう言えば、俺の騎士服を初めて見た時の反応は可愛かったなぁ」
「そう?どういう風に?」
「頬を赤く染めて目はうるうるさせて…これが庇護欲かって実感した」
「……だって素敵だったんだもん」
育成所への入所が決まり、鮮やかなブルーの騎士服を纏う姿は本当に素敵だった。と同時に素敵過ぎて不安になったけれど。
「あの頃の俺は性というものを具体的に知ったばかりの十三歳。少々刺激的な視線だった」
「だって…大好きな人が憧れの騎士様の格好をしているんだもの。だけどあの時は、別にそういう意味で見ていないわ」
「じゃぁ、今は?」
すっと腰を抱き寄せられて顔が近付き、胸が跳ねるように高鳴った。
神様、女神様…ちょっと顔の造りに本気出しすぎじゃないでしょうか。慣れません。
「ねぇ、マリィ…今はどう思ってる?」
「え、えっと…」
「また騎士服のまま抱こうかな」
迂闊にもピクっと反応してしまう。
近衛騎士…その制服である漆黒の騎士服姿は本当に素敵で、密かに絵姿を集めているのは内緒。
「俺は前を寛がせただけで、マリィもドレスのまま。我慢できないって感じが唆るよね」
「っ……!! 」
耳元で囁くようにそう言いながら、腰を抱いていた手がさりげなくお尻を撫でて…ちょっぴり腰が抜けそうになってしまった。
誤魔化すようにキッと睨み付けてもやはり嬉しそうにするだけ。くそぅ。
「今日は残念ながら制服じゃないけど、早く帰って仲良くする?」
「だめ。まだ夜会を楽しみたい」
「ふぅん…まぁ久し振りだしね。だけど本当に離れちゃダメだよ」
「大丈夫だってば。わたしよりハワードの方が心配だわ。今もほら…女性達がこっちを見てる」
視界の端に捉えたのは、ハワードのエスコートを狙っているであろう女性達。
「どうでもいいよ、そんなの」
そう言って顎を掬われ唇…の端ギリギリのところへ口付けられ、悲鳴に近い黄色い声があがった。
「もう一曲踊ったら少し休憩しよう。挨拶にも回らなければならないし」
「そのあとでまた踊れる?」
「マリィが望むなら何曲でも」
いつもは屋敷で少し踊るだけだから、こうして思う存分ハワードと踊れる事が嬉しい。
「ふふ…周りが驚いてる。“放置されている”マリィが上手に踊れる事が不思議なんだろうね」
「見せつけてやるわ」
「それでこそ俺の奥さんだ。愛してる」
二曲目のスロウな曲が流れ始め、ここぞとばかりにハワードに体を寄せ首に手を回してもみた。
これまで以上に尖った視線が刺さる。
とくと目に焼き付ければいい。ハワードの心も体もわたしだけのもの。どんなに乞おうが指一本触れることすら許さない。
「ねぇマリィ…やっぱりもうひとつのデザインにすべきだったな。見え過ぎてる」
わたしだけの旦那様が不満げに眉を寄せて抗議するのは、こんもりとする胸元の谷間。
確かに…ハートシェイプでこれでもかと盛り上げられているけれど、コルセットとサラ達の尽力による賜でもある。
もうひとつは胸元から首までをレースで隠すハイネックデザインだった。
「隠されると余計に妄想が掻き立てられると言ったのはハワードよ」
「そうだけど…ちょっと刺激的すぎる」
「どんなに見られようと妄想されようと、実際に見て触れるのは貴方だけだわ」
「それはそうだけど…やっぱり次回からはもっと露出を抑えたものにする」
「旦那様の仰せのままに」
再びおでこをコツンとぶつけ、至近距離で目と目を合わせた。
「お誕生日おめでとう、マリィ」
「ありがとう」
「プレゼントは帰ってからね」
「楽しみにしてるわ」
まさか戴冠式に向けて始まる夜会初日が誕生日とぶつかるなんて思わなかったけれど、ハワードと共に過ごせる事が幸せで仕方ない。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
《夫視点》
マリィと踊っている間…そして挨拶回りをしている最中、こちらへ向けられる不躾な視線ふたつを警戒していた。
「ハワード、お化粧直しに行ってもいい?」
「送っていくよ。俺は外で待ってるから、中ではサラに付き添ってもらって離れないように」
視界の端で貴賓席を捉えると、隣国の第三王女アメリアが感情を露わにしてこちらを見ている。
本当に王族教育を受けたのかと辟易してしまう。
隣国からは国王夫妻のみの参加と返事を貰っていたのに、予定にない第三王女まで来ていると報告を受けた時は参加をやめようかと思った。
「マリィ、第三王女がお冠だ」
こっそりと伝えれば形のいい眉がピクリと動き、僅かに嫉妬を見せた。嬉しい。
それにしても前もって話しておいて正解だった。
あの王女の性格からして何かしら行動を起こすだろうし、何よりマリィによからぬ誤解などされたくはない。
「ハワードはわたしの旦那様だわ」
「もちろん。体も心も全部マリィのものだよ」
嬉しそうに微笑むマリィに俺も笑みを返して、もうひとつの視線を確認した。
数人で群がっている男達がチラチラとマリィに視線を寄越しているが、その中のひとりが向けるものは恋慕なんて生易しいものではない。
明らかに捕食者のそれ。
イラッとしながら腰を抱き寄せる。
「サラ、ストールを用意して」
「畏まりました」
マリィを見せびらかしたくて選んだドレスだったけれど、やはり別のものにするべきだった。浮かれた俺の落ち度だ。
マリィも男の視線を捉えたらしく、僅かに身震いをして身を寄せてくる。
「大丈夫。だけど俺から離れる時は、必ずサラの傍にいてね」
「……うん…」
男の視線からマリィを隠すようにして目的地まで歩き、待機する場所でストールをかけた。
ドレスとの相性を考えてあまり厚手ではないが、肌そのものが見えているよりは多少マシだろう。
「ここで待ってる」
少し不安げに眉を下げるマリィの顎を掬い、こういう場ではあるけれど口付けた。
まさか唇を重ねるとは思わなかったマリィは途端に頬を染めて、あぅあぅと恥ずかしがっている。
「可愛い」
「っ……行ってきます…!!」
羞恥でぷりぷりするマリィの隣にいるサラは若干呆れ気味だが、力強く頷き共に化粧室へと向かって行った。
筆頭公爵家次男の専属となってから、サラは体術の鍛錬を積み重ねている。身に隠している護身用ナイフの扱いも巧みで、並の男なら抵抗すら出来ずにヤラれるだろう。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
「ここから先は男子禁制のご婦人方専用エリアとなります。お連れ様をお迎えならこちらでお待ちください」
マリィが出てくるのを待っていると、マリィに鋭い視線を向けていた男が焦った様子で現れ、男子禁制エリアに立ち入ろうとして警備にあたる騎士に止められた。
「離してくれ!!」
待機エリアには連れの女性を待つパートナー男性や使用人が多数おり、突然発せられた大声に視線が集中する。
「お戻りください」
「うるさい!!ここを通せ!!」
「なりません」
尚も突破しようとする男と騎士は押し問答を繰り返し、そろそろ強制排除か?と思ったところで男と目が合うと明らかに動揺し……威嚇を見せた。
さすがに見逃せない。
対峙している騎士は男爵家の次男であり、相手によっては強く出られない事も多々ある。俺が近付くと明らかに安堵した表情を見せた。
「君は確かトゥール伯爵家の次男だよね。パートナーが中にいるのか?」
「………っ…」
悔しげにこちらを睨むが、その態度がどんな結果を生むか考えもしていないのであろう。
周囲はこの状況に対してさりげなく好奇心の目を向け、事態を見守っている。
「ここから先は男子禁制だ。中に連れがいるなら大人しく待て。それとも何か目的が?」
男は再び動揺を見せ、感情のまま俺をキッと睨みつけてくる。まぁ、目的はマリィだろうな。
俺の目を盗んでマリィに近付き、何をするつもりでいたのか…想像が容易いだけに腹が立つ。
そもそも俺がマリィをひとりで出歩かせるわけがないのに…と考えたところで、社交界に出回る噂を思い出した。
「まさかとは思うが、あの碌でもない噂を真に受けたのか?」
「……なにを…」
「俺達が面白おかしく噂されている事は知っているが、全て根も葉もないでまかせばかりだ。まぁマリィが屋敷から出ないのは確かだけれど、それは俺が心配性で愛する妻を囲っておきたいからに過ぎない。それに、俺が強く求めるせいで起き上がれない日も多いからな」
牽制のつもりで一気に捲し立てたが、俺のせいでくたりとする姿や乱れるマリィを思い出してつい口元が緩む。
そんな俺の様子に男は顔を赤らめ憤怒した。
「…っ……そんなものは貴方の横暴だ。屋敷に閉じ込め自由を奪うなんて、マリエル様は苦しんでいるに決まってる。噂の愛人云々だって嘘だと思わない。そんな風に窮屈で不自由な生活を送っているなんて…彼女を解放してください!!彼女は僕が幸せにする!!」
さて、どうやってこの勘違い正義マンを追い払ってやろうか。マリィを名前で呼んでやがるし…と考えたところで愛しい声が聞こえてきた。
「わたしが苦しんでいるとか不自由だとか、勝手に決めつけないでくださる?なにより、貴方にわたしの名を呼ぶことを許しておりません」
久し振りの夜会。
ハワードのエスコートで会場入りすれば一斉に視線が向けられ静まり返った。
毎度の事ながらもう飽きたわ。
「マリィ、俺から離れないでね」
「頼まれても離れてあげない」
そう言って組んでいる腕に少しだけ体を寄せるとハワードは嬉しそうに微笑み、わたしのこめかみに口付けを落としてきた。
途端に令嬢達が黄色い声をあげる…と同時に刺さるような視線を身に受けつつ、何食わぬ顔でホール中央へと歩いていく。
もう慣れた…というか、愛されちゃってごめんなさいね☆としか思わない。
「でもハワード…本当に大丈夫なの?王家主催の夜会に護衛を休むなんて」
「大丈夫だよ。今夜だけは絶対にマリィの傍にいるって決めていたんだ。本音を言えば参加すらしたくなかった…マリィの誕生日なんだし」
「もう、またそんな顔して…だけどありがとう」
ぶすっと不貞腐れる様子に嬉しくなる。長い付き合いで、それが本音だと分かるから。
「俺の優先順位第一位はマリィだからね」
「…お仕事で忙しいくせに 」
可愛くない嫌味に自分で呆れてしまう。
元はわたしのお気楽な発言から騎士を目指し、そこから弛まぬ努力を続けてきたからこそ今の地位があるのに。
それを寂しいなどというくだらない感情で拗ねてはいけない…と反省して顔をあげれば、ハワードは蕩けるように微笑んでいた。
「……どうして嬉しそうなのよ」
「だって…ごめん」
頬の筋肉が緩みまくりなのを自覚しているのか、空いている手でせめてと口元を覆うハワードを肘で小突けば、それすら堪らないと言わんばかりにデレッとした笑顔を見せる。
「もうっ……!!」
「ごめんごめん。だって寂しい思いをさせているから怒ってるんでしょ?物凄く申し訳ないと思うけど、その気持ちが嬉しい」
「うぅぅぅ……なんだか負けた気がする…」
「愛してるよマリィ。ほら、踊ろう。十九歳を迎えて初めてのダンスだ」
ホール中央につくと少しして演奏が始まり、流れるように手を掬われダンスが始まった。
ハワードと踊るのは好き。
幼い頃から数え切れないほど踊ってきたから、今は目を瞑ってもこなせてしまいそう。
「正装のハワードと踊るのも久しぶりね」
「どっちが好き?」
返答に困る。
王子様然とした正装も好きだけれど、凛々しい騎士服姿も素敵だから選べない。
「……どっちも好き」
「ふぅん…じゃぁ、どっちで攻められたい?」
耳元で…いくら小声とはいえ周りに人がいる状況でそんな事を囁かれ、頬が熱くなる。
だけど瞬時に想像してしまう自分もいて、王子と騎士のハワードがぐるぐると脳裏でせめぎ合う。
「俺は、騎士の格好をしている時に向けられる視線が好きかな…煽られちゃうけど」
「あお…っ、そんな事…なぃ……」
「マリィの憧れだもんね、“騎士様”」
幼い頃、お気に入りの絵本はどれも騎士が活躍するもので、少年ハワードにもよく熱弁を振るっていた。
『騎士様って凄いのよ。強くて優しくて、大切な女の子を守ってくれるの』
『マリィも騎士が好きなの?』
『女の子なら誰だってそうだわ』
まさかその会話を切っ掛けに騎士を目指すとは思わなかったけれど、それから鍛錬に励む姿は格好良くて…何度も恋に落ちた。
「別に“騎士様”だからじゃないわ」
確かに憧れではあったし素敵だとは思っていたけれど、それはあくまでも絵本の中の話。
「ハワードが“騎士様”だからよ…」
「それは嬉しいね。そう言えば、俺の騎士服を初めて見た時の反応は可愛かったなぁ」
「そう?どういう風に?」
「頬を赤く染めて目はうるうるさせて…これが庇護欲かって実感した」
「……だって素敵だったんだもん」
育成所への入所が決まり、鮮やかなブルーの騎士服を纏う姿は本当に素敵だった。と同時に素敵過ぎて不安になったけれど。
「あの頃の俺は性というものを具体的に知ったばかりの十三歳。少々刺激的な視線だった」
「だって…大好きな人が憧れの騎士様の格好をしているんだもの。だけどあの時は、別にそういう意味で見ていないわ」
「じゃぁ、今は?」
すっと腰を抱き寄せられて顔が近付き、胸が跳ねるように高鳴った。
神様、女神様…ちょっと顔の造りに本気出しすぎじゃないでしょうか。慣れません。
「ねぇ、マリィ…今はどう思ってる?」
「え、えっと…」
「また騎士服のまま抱こうかな」
迂闊にもピクっと反応してしまう。
近衛騎士…その制服である漆黒の騎士服姿は本当に素敵で、密かに絵姿を集めているのは内緒。
「俺は前を寛がせただけで、マリィもドレスのまま。我慢できないって感じが唆るよね」
「っ……!! 」
耳元で囁くようにそう言いながら、腰を抱いていた手がさりげなくお尻を撫でて…ちょっぴり腰が抜けそうになってしまった。
誤魔化すようにキッと睨み付けてもやはり嬉しそうにするだけ。くそぅ。
「今日は残念ながら制服じゃないけど、早く帰って仲良くする?」
「だめ。まだ夜会を楽しみたい」
「ふぅん…まぁ久し振りだしね。だけど本当に離れちゃダメだよ」
「大丈夫だってば。わたしよりハワードの方が心配だわ。今もほら…女性達がこっちを見てる」
視界の端に捉えたのは、ハワードのエスコートを狙っているであろう女性達。
「どうでもいいよ、そんなの」
そう言って顎を掬われ唇…の端ギリギリのところへ口付けられ、悲鳴に近い黄色い声があがった。
「もう一曲踊ったら少し休憩しよう。挨拶にも回らなければならないし」
「そのあとでまた踊れる?」
「マリィが望むなら何曲でも」
いつもは屋敷で少し踊るだけだから、こうして思う存分ハワードと踊れる事が嬉しい。
「ふふ…周りが驚いてる。“放置されている”マリィが上手に踊れる事が不思議なんだろうね」
「見せつけてやるわ」
「それでこそ俺の奥さんだ。愛してる」
二曲目のスロウな曲が流れ始め、ここぞとばかりにハワードに体を寄せ首に手を回してもみた。
これまで以上に尖った視線が刺さる。
とくと目に焼き付ければいい。ハワードの心も体もわたしだけのもの。どんなに乞おうが指一本触れることすら許さない。
「ねぇマリィ…やっぱりもうひとつのデザインにすべきだったな。見え過ぎてる」
わたしだけの旦那様が不満げに眉を寄せて抗議するのは、こんもりとする胸元の谷間。
確かに…ハートシェイプでこれでもかと盛り上げられているけれど、コルセットとサラ達の尽力による賜でもある。
もうひとつは胸元から首までをレースで隠すハイネックデザインだった。
「隠されると余計に妄想が掻き立てられると言ったのはハワードよ」
「そうだけど…ちょっと刺激的すぎる」
「どんなに見られようと妄想されようと、実際に見て触れるのは貴方だけだわ」
「それはそうだけど…やっぱり次回からはもっと露出を抑えたものにする」
「旦那様の仰せのままに」
再びおでこをコツンとぶつけ、至近距離で目と目を合わせた。
「お誕生日おめでとう、マリィ」
「ありがとう」
「プレゼントは帰ってからね」
「楽しみにしてるわ」
まさか戴冠式に向けて始まる夜会初日が誕生日とぶつかるなんて思わなかったけれど、ハワードと共に過ごせる事が幸せで仕方ない。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
《夫視点》
マリィと踊っている間…そして挨拶回りをしている最中、こちらへ向けられる不躾な視線ふたつを警戒していた。
「ハワード、お化粧直しに行ってもいい?」
「送っていくよ。俺は外で待ってるから、中ではサラに付き添ってもらって離れないように」
視界の端で貴賓席を捉えると、隣国の第三王女アメリアが感情を露わにしてこちらを見ている。
本当に王族教育を受けたのかと辟易してしまう。
隣国からは国王夫妻のみの参加と返事を貰っていたのに、予定にない第三王女まで来ていると報告を受けた時は参加をやめようかと思った。
「マリィ、第三王女がお冠だ」
こっそりと伝えれば形のいい眉がピクリと動き、僅かに嫉妬を見せた。嬉しい。
それにしても前もって話しておいて正解だった。
あの王女の性格からして何かしら行動を起こすだろうし、何よりマリィによからぬ誤解などされたくはない。
「ハワードはわたしの旦那様だわ」
「もちろん。体も心も全部マリィのものだよ」
嬉しそうに微笑むマリィに俺も笑みを返して、もうひとつの視線を確認した。
数人で群がっている男達がチラチラとマリィに視線を寄越しているが、その中のひとりが向けるものは恋慕なんて生易しいものではない。
明らかに捕食者のそれ。
イラッとしながら腰を抱き寄せる。
「サラ、ストールを用意して」
「畏まりました」
マリィを見せびらかしたくて選んだドレスだったけれど、やはり別のものにするべきだった。浮かれた俺の落ち度だ。
マリィも男の視線を捉えたらしく、僅かに身震いをして身を寄せてくる。
「大丈夫。だけど俺から離れる時は、必ずサラの傍にいてね」
「……うん…」
男の視線からマリィを隠すようにして目的地まで歩き、待機する場所でストールをかけた。
ドレスとの相性を考えてあまり厚手ではないが、肌そのものが見えているよりは多少マシだろう。
「ここで待ってる」
少し不安げに眉を下げるマリィの顎を掬い、こういう場ではあるけれど口付けた。
まさか唇を重ねるとは思わなかったマリィは途端に頬を染めて、あぅあぅと恥ずかしがっている。
「可愛い」
「っ……行ってきます…!!」
羞恥でぷりぷりするマリィの隣にいるサラは若干呆れ気味だが、力強く頷き共に化粧室へと向かって行った。
筆頭公爵家次男の専属となってから、サラは体術の鍛錬を積み重ねている。身に隠している護身用ナイフの扱いも巧みで、並の男なら抵抗すら出来ずにヤラれるだろう。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
「ここから先は男子禁制のご婦人方専用エリアとなります。お連れ様をお迎えならこちらでお待ちください」
マリィが出てくるのを待っていると、マリィに鋭い視線を向けていた男が焦った様子で現れ、男子禁制エリアに立ち入ろうとして警備にあたる騎士に止められた。
「離してくれ!!」
待機エリアには連れの女性を待つパートナー男性や使用人が多数おり、突然発せられた大声に視線が集中する。
「お戻りください」
「うるさい!!ここを通せ!!」
「なりません」
尚も突破しようとする男と騎士は押し問答を繰り返し、そろそろ強制排除か?と思ったところで男と目が合うと明らかに動揺し……威嚇を見せた。
さすがに見逃せない。
対峙している騎士は男爵家の次男であり、相手によっては強く出られない事も多々ある。俺が近付くと明らかに安堵した表情を見せた。
「君は確かトゥール伯爵家の次男だよね。パートナーが中にいるのか?」
「………っ…」
悔しげにこちらを睨むが、その態度がどんな結果を生むか考えもしていないのであろう。
周囲はこの状況に対してさりげなく好奇心の目を向け、事態を見守っている。
「ここから先は男子禁制だ。中に連れがいるなら大人しく待て。それとも何か目的が?」
男は再び動揺を見せ、感情のまま俺をキッと睨みつけてくる。まぁ、目的はマリィだろうな。
俺の目を盗んでマリィに近付き、何をするつもりでいたのか…想像が容易いだけに腹が立つ。
そもそも俺がマリィをひとりで出歩かせるわけがないのに…と考えたところで、社交界に出回る噂を思い出した。
「まさかとは思うが、あの碌でもない噂を真に受けたのか?」
「……なにを…」
「俺達が面白おかしく噂されている事は知っているが、全て根も葉もないでまかせばかりだ。まぁマリィが屋敷から出ないのは確かだけれど、それは俺が心配性で愛する妻を囲っておきたいからに過ぎない。それに、俺が強く求めるせいで起き上がれない日も多いからな」
牽制のつもりで一気に捲し立てたが、俺のせいでくたりとする姿や乱れるマリィを思い出してつい口元が緩む。
そんな俺の様子に男は顔を赤らめ憤怒した。
「…っ……そんなものは貴方の横暴だ。屋敷に閉じ込め自由を奪うなんて、マリエル様は苦しんでいるに決まってる。噂の愛人云々だって嘘だと思わない。そんな風に窮屈で不自由な生活を送っているなんて…彼女を解放してください!!彼女は僕が幸せにする!!」
さて、どうやってこの勘違い正義マンを追い払ってやろうか。マリィを名前で呼んでやがるし…と考えたところで愛しい声が聞こえてきた。
「わたしが苦しんでいるとか不自由だとか、勝手に決めつけないでくださる?なにより、貴方にわたしの名を呼ぶことを許しておりません」
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