噂の“放置され妻”

Ringo

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祈りを捧げる妻は再会する

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《妻視点》






結婚してから半年が経った。


「ねぇ、サラ。わたしの旦那様は忙しいわね」


ひとりきりの昼食を終えた後、花が咲き誇る庭を歩きながら隣を歩くサラに問いかけた。

王太子殿下の側近騎士を担うハワードは、当たり前だけれど一日の大半を王宮で過ごしている。


「特に今はお忙しいですね。王女様がお生まれになられましたし、戴冠式の準備もありますから」


王太子殿下が王位継承するにあたり警備などの打ち合わせで多忙さを増し、タニア様との間に王女様がお生まれになったことで、王女様付き護衛選抜にも関わり忙しい。

それはいいのだけど…


「王女様付き護衛って女性騎士なのよね」


彼の周りに女性が集うことが面白くない。

王族付きの先輩騎士として指導にあたることも多いそうで、朝から晩…食事まで共にするとか。

まぁ食堂が一緒なだけだけど。


「くぅぅぅ…わたしも騎士になろうかしら」

「ハワード様が全力で阻止されますよ。マリエル様に剣を握らせるなど出来ないと」


分かってる。あくまでも仕事で相手をしているだけだと。でも…以前にも増して多忙で、食事はおろか話す時間すら激減中。特に最近は、寝た後に帰宅し起きる前に出仕していた。

まぁ…いつの間にか抱かれてはいるのだけれど。ハワードったら、忙しいと余計に激しくなるのよね。しかもやたらとねちっこく。

とは言えハワードが不足している。

だけど彼は今、遠い場所に行ってしまった。


「……ハワードに会いたいな…」


殿下が北辺境伯令嬢の結婚式に参列する為、もちろんハワードも同行中。

辺境まで馬車で片道二週間だから、帰宅するまで順調にいっても凡そひと月ほどかかる。


「マリエル様…」


しかも何が嫌って、王女様付き候補の女性騎士達も共にしていること。ひと月も。

わたしがハワード不足に陥っているというのに、出立の場で勝ち誇ったような顔をしていた女性達の笑みが忘れられない。

なんなのよ!!わたしの旦那様に、出先でをするつもりなのよっ!!


「うぅぅぅぅぅぅ…わたしも辺境に行きたい」

「それは…大層お喜びになるでしょうが、二週間もかかる旅路にハワード様不在など、わたくしが全力でお止め致します」

「……いじわる」


サラは元々ハワード付きの侍女だった。

ハワードの実家であるブランディ公爵家に十歳で侍女見習いとして入り、七つ年下の次男坊に懐かれた経緯から専属となったらしい。

それから十七年…サラは多分、誰よりも傍でハワードを支え信頼されてきた人。


「ハワード様がお帰りになるまで、わたくしがマリエル様をしっかりお守り致します。宜しければ教会に行きませんか?いいお天気ですし、ステンドグラスの光りが綺麗だと思いますよ」

「そうね…皆様の無事を祈ろうかしら」






*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*






「随分と熱心に祈るのね、マリエル」


教会で祈りを捧げていると、透き通るような声音で名前を呼ばれた。

振り向かずとも分かるその声の持ち主。

思わず勢いをつけて振り向くと、相手は花が綻ぶような笑みを浮かべてこちらに微笑んでいる。


「お義姉様っ!!」


淑女らしさなどかなぐり捨てて駆け寄り、背の高いお義姉様の胸に飛び込んだ。


「久し振りね、元気そうでよかったわ」

「元気ですわっ!!お義姉様にも会えましたし」


ぎゅうぎゅうと抱き着くわたしの頭を優しく撫でてくれて、優しい香りが心に染み渡ってくる。


「お義姉様、いつこちらに?お子様達は?」


エリザベスお義姉様は“子供達がのびのび情緒豊かに育つように”と酪農が盛んな嫁ぎ先の領地で暮らしているはず。


「さっき着いたばかりよ。上の子達は領地に残っているし、下の子達は実家に預けてきたから買い物にでも出掛けてるんじゃないかしら。お茶でもしましょ、マリエル。久し振りの王都だから楽しみたいわ」


きっとハワードが連絡していたのだろう。

優しい心遣いが嬉しい。


「では新しく出来たカフェにご案内しますわ。お義姉様はいつまでこちらに?もしお時間があれば果樹園にも行きませんか?是非、ポラスさんを紹介したいです」


気分が高揚して早口になるわたしに、お義姉様は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


「ひと月ほどを予定しているから、時間はたっぷりあるわよ。果樹園に行けるの?一度行ってみたかったから嬉しい」


果樹園は限られた人しか入れない。

ハワードと婚約した時に基礎化粧品などをお贈りしてから、お義姉様はご贔屓様。


「お義姉様の話をよくするんです。領地からお義姉様が送って下さる果物のお礼もしたいので、是非とも紹介して欲しいと言われていました」

「そうなの?賄賂を送った甲斐があったわね」


お義姉様が浮かべた悪戯な笑みはハワードによく似ていて、思わず涙腺が緩んでしまう。なんだか最近、情緒不安定気味な気がする。


「……待っていれば真っ直ぐ帰ってくるわよ。あの子はマリエルが大好きなんだから」


優しく抱き締められ、お義姉様のいい香りに包まれると不安だった心が落ち着いていった。






✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
《夫視点》






殿下が乗る馬車に併走し護衛にあたりながら、よく晴れた空を見上げて愛しい人を想う。


「……マリィ」


王都を出て十日、俺は禁断症状を発症中。

本来なら出立の前日は休みだったのだが、予定していた護衛布陣に問題が発生して呼び戻された。

しかも早馬で事態を報される…という状況だったせいで、思う存分マリィと愛し合う事も出来ず、言わば不完全燃焼。欲求不満。

もっとマリィをくたくたにさせたかったのに。


「ブランディ隊長」


家を出る直前までのマリィを思い出してぼーっと手綱を握っていたら、共に王太子殿下護衛の隊列を担う部下が隣に来て話しかけてきた。


「どうした?」

「次の宿泊予定地、新しい娼館が出来たらしいんです。異国の女性も多くてサービスもいいとか」

「へぇ」

「みんなで行こうって話をしてるんですけど、ブランディ隊長も一緒にどうですか?」

「行かない。お前達だけで行ってこい」

「えっ!?かなりレベルの高い女性ばかりらしいですよ?行かないんですか?」


心底驚いた!!と言いたげな部下の物言いに、俺が女遊びをするタイプに見えるのかと腹が立つ。

俺は幼少期からマリィ一筋だし、他の女性に興味もなければ触れたいと思った事もない。


「俺は妻以外の女を抱きたいと思わないから」


またも部下は驚きの表情を見せる。


「え…でも、隊長って…あれ?」

「なんだ?言いたいことがあるなら言え」

「いえ…あの、隊長って奥さんの事…」

「妻がなんだ?」

「いや、あの…隊長って奥さんのこと…」


思わず眉間に力が入り皺を寄せる。

こいつも噂を真に受けたくちか…と。


「俺は幼い頃から妻一筋だ。今も今までもこれからも、妻以外を抱くつもりはない」

「えっ…あの…あれ?いやっ、えと…」


言い淀む部下に苛立ちは募り、いっそ下馬して詰め寄ってやろうかと思ったところで、同期のランドルフが近付いてきた。


「トム、お前は下がれ」

「はいっ!!すみませんでしたっ!!!!」


部下はすかさず後退していき、代わりに残ったランドルフが気遣わしげに…それでいて何処か楽しげな様子を見せている。


「落ち着けって。あいつはまだ入隊したばかりだし、年齢的に碌な社交も出来ていないんだ」

「だからって、俺がどれだけマリィを愛しているのかくらい知っているはずだろ」

「口を開けば『マリィ』だもんな。奥さん以外には絶対零度の冷たさだし。でもそれすら勘繰るんだよなぁ…ご愁傷さま」


婚約を結んだ時は『公爵子息と子爵令嬢だなんて身分違いすぎる』と言われ、いざ結婚すれば『夫人は愛人を隠すための隠れ蓑』と言われる。

殆どの者は本気でそう思っているわけではなく、単に醜い妬み嫉みを孕んで言っているだけ。


「そもそも、初夜に妻を放置したのは事実だし。そのあとも夜会や茶会に夫人は出席させず…となれば、愛されていないと言われるのも納得」

「ひとりで参加など危なくてさせられない。それに俺が伴える時は傍を離れないように、常に抱き寄せているんだぞ?ダンスも俺だけ」

「夜会やお茶会の時のハワードは、がるがる唸って周りを牽制してるもんね。僕からすれば“深窓の姫君”なのに、『連れ歩きたくないほど嫌っている』とか言われるなんて…ハワード、君って可哀想な男だ」

「……面白がってるだろ 」


俺と密かに通じあってるなどと宣う女もいて、いくら抗議しようと付き纏われてうんざりだ。


「そう言えば、ちょくちょく城を抜け出しては愛人に会いに行っている…なんて噂もあるな」

「愛人じゃない!!マリィだ!!」

「分かってるよ、そう怒るなって。ハワードは昔から気持ち悪いくらいにマリエル嬢しか見てないもんね。本当に結ばれてよかったよ…ダメだったら独身貫いただろ?」

「当たり前だ。マリィ以外と夫婦になるなんて有り得ないし、マリィが生む子以外は望まない」

「マリエル嬢以外には不能だし?」

「マリィ以外を抱くつもりは無いから困らん」

「そうなんだよね。なのに悪ふざけしようとするから…あの時は仲間が死ぬかと思ったよ」


本当にマリィ以外は不能なのかと、一度だけ仲間に騙され娼婦を宛てがわれた事がある。寝込みに忍び込んできたが、騎士である俺が侵入者の気配で目覚めないとでも思ったのか?

当然すぐに気付いて娼婦は帰らせ、企てた仲間達には制裁を与えた。


「仕事に差し支えるから手加減してやったんだ。感謝されてもいいくらいだぞ」

「手加減て…半死だったような…まぁ、あれはアイツらが悪い。僕だって嫁ちゃん一筋だから気持ちは分かるさ」

「……もう帰りたい。マリィに会いたい」

「頑張れ、ハワード・ブランディ。ひと月も離れたあとは燃えるぞ」


ランドルフの言葉に希望を抱き…まだまだ先の目的地を見据えながら溜息を吐いた。


「ぐっちゃぐちゃに抱き潰してやる」

「うわぁ、マリエル嬢なむなむ」






*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*






途中滞在の予定地に到着し、ひとり街を歩いていると可愛らしい店構えの宝石店を見つけた。

何かマリィへ贈るものがないかと入ってみると、なかなかの品揃えであるが…値段は可愛くない。

マリィはあまり高価なものだと恐縮してしまい、あまりつけずに大切に保管するだけ。

でも記念日や誕生日に贈ったものは、たとえ高価であっても嬉しそうによく身につけている。

贈り物は値段じゃない…とは思うが、どうしたって華やかなものは値が張るし、マリィによく似合うのだから仕方のないこと。


「もうすぐ初めて会った記念日だし…少しくらい奮発してもいいよな」


煌びやかな宝石が埋め込まれている髪飾りを手に取ると、それをつけて微笑む姿が想像できた。

贈る宝石はエメラルドかアクアマリンと決めている。俺とマリィの瞳色だから。


「綺麗だな…マリィの瞳みたいだ」


ショーケースの中に見つけたタックピンは、淡いゴールドにアクアマリンの組み合わせ。まるでマリィを具現化したようだと思えた。


「このふたつを包んでくれ。髪飾りは妻への贈り物だから、可愛らしくラッピングを」


この旅路で贈ったものは幾つになっただろうか。

有り得ないとは思うが、マリィに忘れられないように手紙やプレゼントを送り続けている。

俺がどれだけ常にマリィを想い、どれだけ愛しているのかを分かっていて欲しい。










「おっ!!今回で十三個目のプレゼントだね☆僕も嫁ちゃんに何か贈ろうっと」


いつの間にか隣にいたランドルフが、浮き足立って商品を吟味していた。





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