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置き去り初夜の翌日、妻は果実狩りをする
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《妻視点》
初夜の翌日…目が覚めるともう既に日は高くて、そろそろ昼食の時間だと言われた。
「お体の調子はいかがですか?」
「お腹がペコペコよ。たっぷり寝たせいか、あれだけ疲れていたのに絶好調。わたしって意外に丈夫なのね…安心したわ」
これなら今後の夫婦生活も心配ないし、思う存分ハワードの体力についていける…よね?
不安になってきた。
「では軽食ではなく、しっかりとお腹を満たせるようにご用意致しますね」
「ありがとう。出来ればお肉とかガッツリしたものが食べたいかな…空腹でお腹と背中がくっつきそうよ」
「閨でそこまで生命を削られるとは…っ、確か上質な牛肉が入ったと料理長が話していたと思うので、そちらを焼いてお持ち致します」
「わぁ!!料理長のステーキ大好きよ♡あの特製タレは、どんなに高級なレストランでも味わえないのよね」
香草をたっぷり使ったソースを思い出して、頬が緩むのと同時に「ぎゅるる」とお腹が鳴った。
「ふふっ、すぐにご用意致します」
その後、料理長ご自慢のステーキランチを堪能。
「ハワードはまだ帰れそうにないのよね…」
「特にご連絡はありませんので、恐らく」
「…ポラスさんのところに行こうかなぁ」
普段はひとりで外出しないのだけれど、初夜による全身運動と充分な睡眠でスッキリ爽快気分だし、折角いいお天気だからと出掛ける事にした。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
心配性のハワードから許可されている外出先のひとつに、“ポラスさんの果樹園”がある。
「ねぇねぇ、これはどう?」
木になる美味しそうな果実を指差し、隣に立つ白髭の男性に話しかける。
「それもいい。ただ、あっちの方がさらに熟しているから甘味が強いぞ」
「ん~…ハワードはあまり甘い物が得意ではないから、こっちの方がいいかな」
ここは王都にある果樹園。
貴族街に位置しながら広大な敷地に店舗と果樹園を構えていて、採れたての果実を使ったジュースやジャムを販売している人気店でもある。
「仲良くやっているようだな」
白髭店主のポラスさんは、わたしの問いに唇の片端をクイッとあげてニヒルな笑みを浮かべた。
イケおじだわ…来店者の大多数が妙齢のご夫人だと言うのも頷ける。
祖父と幼馴染みで同い年なのに、ポラスさんの方が圧倒的に若く見えるしひと回りは下なんじゃない?と本気で思う。
「えぇ、それはもう愛されているわ。この先がちょっと心配になるほどに」
「ははっ、彼は国内有数の騎士様だからな。疲労回復によく効く漢方もあるぞ?持って帰るか?」
「あら素敵♡頂くわ」
薬師でもあるポラスさんは悩める男女の相談役でもあり、体質や職業、生活リズムから推察して漢方を調合をしてくれる。
「仲睦まじいのもいいが、睡眠不足は肌荒れの敵だぞ。しっかりケアしておけ」
「ポラスさんが作る基礎化粧品のお陰でトラブル知らずよ。でも注意するわ」
わたしが肌や髪につけるものは、生まれてからずっと全てポラスさんによるお手製のもの。
かなり贅沢だけれど、効能効果の報告をする約束で提供してくれている。方便だと分かっているけれどありがたい。
「頼まれていたハンドクリームと石鹸も梱包してある。運んでしまって構わないか?」
実家の母がしているように、わたしも使用人みんなへ贈るプレゼントをポラスさんに頼んだ。
わたし達夫婦の為に丁寧な仕事をしてくれているから、ほんの少し…心ばかりのお礼。喜んでくれるといいな。
「忙しいのに無理を言ってごめんなさい」
「他ならぬマリエルのお願いだからな。今後は定期購入でいいんだろう?すっかり女主人だ。あんなに小さかったのに…まぁ今でも小さいか」
「少しは背も伸びたわ。確かに平均より低い方だけど…」
「そんなところも旦那は可愛いんじゃないか?」
ポラスさんの発言に昨夜のハワードを脳裏に浮かべてしまう。すっぽりと腕の中に抱きすくめられたり、軽々と持ち上げられたりして…あんな事やこんな事を難なくしてみせた“夫”。
「幸せそうな顔をしていて何よりだ。回復薬が必要なほどなら子もすぐに会えるだろう。何かあれば頼ってきなさい」
「……ありがとう…」
思考を見透かされた気がして顔が熱くなる。
誤魔化すように微笑みながら支払いを済ませて店を出た。けど、うん…誤魔化せていない。
「ハワード…何してるかしら……」
夢中になってアレコレ見たり話していたせいで、外の景色は夕日に照らされていた。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
《夫視点》
暫くは帰れそうもないかもしれない…と思っていたが事態は急変した。
「我が一族の姫を苦しめた第二王子は何処だ?」
夜が明けると同時に現れたのは、まさかの皇帝。
ジャハルの第二王子が身分を偽り我が国に向かったと聞きつけ、その目的を察した皇帝は自ら馬に跨り駆けてきた…との事。
諜報力もそうだが行動力がヤバすぎる。
「ジャハルの国王には話をつけてある。横取りをする形で申し訳ないが第二王子の処遇はこちらで責任を持ちたい。勿論、そちらが納得のいく結果にすると約束しよう」
ソファーに座り第二王子について話しているだけなのに、何故かこちらまで畏怖してしまう緊張感が漂った。
皇帝は未だ戦において前線に立ち、その腕っぷしで適う者はなく如何なる毒も効かない伝説の男であり、騎士として憧れずにはいられない存在。
気持ちは高まる。いや変な意味ではなく。
「陛下!!置いていかないでください…っ…」
「なんだ、漸く来たのか」
遅れて到着した帝国の護衛騎士達はゼェハァしているのに、そういえば皇帝は息ひとつ、髪ひとつ乱れていなかった。
そしてふと…そもそも生きる伝説の男に護衛って必要なの?と思ったが、五月蝿いゴミを払うのが面倒くさいから“虫除け”の為にいるとの事。
いやいや、“虫除け要員”と言われた騎士って帝国の“上位騎士”であり“皇帝専属騎士”ですよね?彼らだけで国を落とせるという腕前をもつ集団の。…今はゼェハァしているけども。
「アルフレッド兄様!!」
「タニア!!」
妃殿下が現れると先程までの威圧がなりを潜め、急に物腰柔らかなお兄さん風情に早変わり。
「元気だったか?もう大丈夫だ、あの第二王子は俺が責任を持って帝国に連れていく」
「兄様…ありがとうございます」
妃殿下を優しく抱き締める皇帝。
ふたりとも艶のあるピンクブロンドで、その年齢差と何処か似た面持ちから実の親子に見えるが、祖父の祖父…所謂“上祖父”が同じふたりは実際にそう遠くない血縁でもある。
「最後に会ったのは十歳の時か…すっかり大きくなった。顔色もいいし、表情も明るい。幸せに暮らしているようだな」
「はい。エヴァン様はとてもお優しいです」
頬を染めて微笑む妃殿下の様子に、皇帝は安心したように表情を和らげた。
「そうか…大変な時には力になれず、漸く掴んだ幸せの場にも参列出来ずで悪かった」
王太子夫妻の婚儀が執り行われた時、従属国に起きた問題を解決する為に皇帝自らが出向くこととなり、皇太子殿下が名代で参列していた。
「エヴァン」
「はいっ!!」
突然名を呼ばれた王太子殿下は姿勢を正し、まるで部下のような反応で返事をする。
幼少期に帝国へ遊学していたから面識はある…のだが、妃殿下に対するものとは違う雰囲気はやはり畏怖が半端ない。
頑張れ、殿下。
「タニアを頼むぞ。必要とあらば帝国として、皇帝として如何様にも助力する」
「有り難き御言葉。タニアには、笑顔で暮らせるよう全力で幸せにする事をお約束致します」
裏を返せば“事と次第によっては攻め落とす”と言う事だが、皇帝は殿下の答えに満足そうな笑みを浮かべた。
“隣国に住む帝国血筋の令嬢”であった妃殿下を娶られたのは偶然であったが、こうして帝国の後ろ盾を得られたのは大きい。
隣国は…もう終わりだろう。自業自得としか思えないから仕方ないが、今後は帝国の属国として立て直されるので国民にとってはむしろ僥倖。
「では、これで」
「え?もう行かれてしまうのですか?」
「タニア…皇帝陛下はお忙しい身だ」
しょんぼりとする妃殿下の腰を殿下は抱き寄せたが、あれは恐らく嫉妬だ。分かるよ殿下。
それにしても到着して直ぐにトンボ帰り…チラッと皇帝に追随してきた騎士達を見れば、やはりと言うかガクリと肩を落としている。
「すまんな…実はまだ非公表だが皇妃の産み月が近く、傍にいてやりたいんだ」
「産み月…?アイラ様、ご懐妊なんですか!?」
この世で唯ひとり、皇帝の膝を地につけさせる事が出来るという“帝国の女神”。皇帝の妻であり唯一の妃…噂には聞いていたが明らかにベタ惚れである。嬉し恥ずかしそうに頬を赤らめるだなんて親近感。
「十五年ぶりの出産だから心配なんだが、女性は凄いな…あっけらかんとしている」
「まぁっ…!!心配なさるのは致し方ありませんわ。でもまさか子が同い年…ふふっ、楽しみ」
「子は可愛いぞ。タニアも元気な子を産め。決して無理はせず夫に甘えるといい」
「はい、お兄様」
和やかに会話が交わされているが、俺は人知れず驚いていた。到着してから一刻程しか経っていないのに本当に帰るの?護衛の皆さんや馬たち、ついていける?…と。
「エヴァン、護衛の者や馬を少し休ませてやって欲しい。頼めるか?」
「えぇ勿論です。客間には温泉も引いておりますから、心身ともに回復頂けるかと」
「噂の温泉か…今度は俺も楽しませてもらいたいものだ。子が生まれて落ち着いたら伺おう」
遂に“護衛を置いていく”宣言…いや、もう何も言うまい。突っ込んではダメだ。この方は生きる伝説の男なのだから。
「陛下、準備が整いました。第二王子を運ぶ荷車も順調に向かっているそうです」
「分かった。行こう」
皇帝を呼びに来た人物の姿に息を飲んだ。
“帝国筆頭騎士レックス”
剣技は皇帝に並ぶと言われる人物で、敵に対する無慈悲さで言えば皇帝以上とも囁かれている。
彼も騎士にとって憧れる存在のひとり。
ふたりは第二王子を気絶させた上で無造作に馬へ乗せると、飼い主同様に疲れなど見せない馬に跨り去っていった。
と言うやり取りがあり、あとは書類の仕上げだけだからと追い返され昼過ぎに帰宅したのだが…
「マリィがいない!?」
昨夜の疲れでまだ寝ているだろうから寝顔を見て癒されるか…と思っていたのに、足取りも軽く出掛けたと言うじゃないか!!
「マリィ…まだまだ余裕みたいだな。それなら俺も遠慮はしないぞ」
そう独り言ち、今後の夫婦生活に思いを馳せる。
夕刻に帰宅したマリィと共に早々に食事と入浴を済ませ、日が昇るまで喘がせた。
これでもかと子種を注がれ、ぐったり弛緩して寝台に沈む妻をぎゅっと抱き締めて眠りにつく。
そして翌朝、マリィは元気よく目を覚ました。
「ポラスさん特製の遅効回復薬すごい……っ!!」
「へぇ…そんなもの飲んでたんだ?」
「え?」
「そうかそうか。それは何より」
「………え?」
今日明日の休みはもぎ取ってきたから、いっそ寝室から出ないのも乙であろう。
そもそも新婚なのだ。文句は言わせない。
「元気そうだな、マリィ…その分なら子も早く俺達の元に来てくれそうだ」
「…え?」
きょとんと呆ける様子の妻を組み敷く…と同時に小さくノックがされ様子窺いに来たサラが顔を覗かせたが、無言で扉を閉め出ていった。
「さぁマリィ。子作りを始めよう」
初夜の翌日…目が覚めるともう既に日は高くて、そろそろ昼食の時間だと言われた。
「お体の調子はいかがですか?」
「お腹がペコペコよ。たっぷり寝たせいか、あれだけ疲れていたのに絶好調。わたしって意外に丈夫なのね…安心したわ」
これなら今後の夫婦生活も心配ないし、思う存分ハワードの体力についていける…よね?
不安になってきた。
「では軽食ではなく、しっかりとお腹を満たせるようにご用意致しますね」
「ありがとう。出来ればお肉とかガッツリしたものが食べたいかな…空腹でお腹と背中がくっつきそうよ」
「閨でそこまで生命を削られるとは…っ、確か上質な牛肉が入ったと料理長が話していたと思うので、そちらを焼いてお持ち致します」
「わぁ!!料理長のステーキ大好きよ♡あの特製タレは、どんなに高級なレストランでも味わえないのよね」
香草をたっぷり使ったソースを思い出して、頬が緩むのと同時に「ぎゅるる」とお腹が鳴った。
「ふふっ、すぐにご用意致します」
その後、料理長ご自慢のステーキランチを堪能。
「ハワードはまだ帰れそうにないのよね…」
「特にご連絡はありませんので、恐らく」
「…ポラスさんのところに行こうかなぁ」
普段はひとりで外出しないのだけれど、初夜による全身運動と充分な睡眠でスッキリ爽快気分だし、折角いいお天気だからと出掛ける事にした。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
心配性のハワードから許可されている外出先のひとつに、“ポラスさんの果樹園”がある。
「ねぇねぇ、これはどう?」
木になる美味しそうな果実を指差し、隣に立つ白髭の男性に話しかける。
「それもいい。ただ、あっちの方がさらに熟しているから甘味が強いぞ」
「ん~…ハワードはあまり甘い物が得意ではないから、こっちの方がいいかな」
ここは王都にある果樹園。
貴族街に位置しながら広大な敷地に店舗と果樹園を構えていて、採れたての果実を使ったジュースやジャムを販売している人気店でもある。
「仲良くやっているようだな」
白髭店主のポラスさんは、わたしの問いに唇の片端をクイッとあげてニヒルな笑みを浮かべた。
イケおじだわ…来店者の大多数が妙齢のご夫人だと言うのも頷ける。
祖父と幼馴染みで同い年なのに、ポラスさんの方が圧倒的に若く見えるしひと回りは下なんじゃない?と本気で思う。
「えぇ、それはもう愛されているわ。この先がちょっと心配になるほどに」
「ははっ、彼は国内有数の騎士様だからな。疲労回復によく効く漢方もあるぞ?持って帰るか?」
「あら素敵♡頂くわ」
薬師でもあるポラスさんは悩める男女の相談役でもあり、体質や職業、生活リズムから推察して漢方を調合をしてくれる。
「仲睦まじいのもいいが、睡眠不足は肌荒れの敵だぞ。しっかりケアしておけ」
「ポラスさんが作る基礎化粧品のお陰でトラブル知らずよ。でも注意するわ」
わたしが肌や髪につけるものは、生まれてからずっと全てポラスさんによるお手製のもの。
かなり贅沢だけれど、効能効果の報告をする約束で提供してくれている。方便だと分かっているけれどありがたい。
「頼まれていたハンドクリームと石鹸も梱包してある。運んでしまって構わないか?」
実家の母がしているように、わたしも使用人みんなへ贈るプレゼントをポラスさんに頼んだ。
わたし達夫婦の為に丁寧な仕事をしてくれているから、ほんの少し…心ばかりのお礼。喜んでくれるといいな。
「忙しいのに無理を言ってごめんなさい」
「他ならぬマリエルのお願いだからな。今後は定期購入でいいんだろう?すっかり女主人だ。あんなに小さかったのに…まぁ今でも小さいか」
「少しは背も伸びたわ。確かに平均より低い方だけど…」
「そんなところも旦那は可愛いんじゃないか?」
ポラスさんの発言に昨夜のハワードを脳裏に浮かべてしまう。すっぽりと腕の中に抱きすくめられたり、軽々と持ち上げられたりして…あんな事やこんな事を難なくしてみせた“夫”。
「幸せそうな顔をしていて何よりだ。回復薬が必要なほどなら子もすぐに会えるだろう。何かあれば頼ってきなさい」
「……ありがとう…」
思考を見透かされた気がして顔が熱くなる。
誤魔化すように微笑みながら支払いを済ませて店を出た。けど、うん…誤魔化せていない。
「ハワード…何してるかしら……」
夢中になってアレコレ見たり話していたせいで、外の景色は夕日に照らされていた。
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暫くは帰れそうもないかもしれない…と思っていたが事態は急変した。
「我が一族の姫を苦しめた第二王子は何処だ?」
夜が明けると同時に現れたのは、まさかの皇帝。
ジャハルの第二王子が身分を偽り我が国に向かったと聞きつけ、その目的を察した皇帝は自ら馬に跨り駆けてきた…との事。
諜報力もそうだが行動力がヤバすぎる。
「ジャハルの国王には話をつけてある。横取りをする形で申し訳ないが第二王子の処遇はこちらで責任を持ちたい。勿論、そちらが納得のいく結果にすると約束しよう」
ソファーに座り第二王子について話しているだけなのに、何故かこちらまで畏怖してしまう緊張感が漂った。
皇帝は未だ戦において前線に立ち、その腕っぷしで適う者はなく如何なる毒も効かない伝説の男であり、騎士として憧れずにはいられない存在。
気持ちは高まる。いや変な意味ではなく。
「陛下!!置いていかないでください…っ…」
「なんだ、漸く来たのか」
遅れて到着した帝国の護衛騎士達はゼェハァしているのに、そういえば皇帝は息ひとつ、髪ひとつ乱れていなかった。
そしてふと…そもそも生きる伝説の男に護衛って必要なの?と思ったが、五月蝿いゴミを払うのが面倒くさいから“虫除け”の為にいるとの事。
いやいや、“虫除け要員”と言われた騎士って帝国の“上位騎士”であり“皇帝専属騎士”ですよね?彼らだけで国を落とせるという腕前をもつ集団の。…今はゼェハァしているけども。
「アルフレッド兄様!!」
「タニア!!」
妃殿下が現れると先程までの威圧がなりを潜め、急に物腰柔らかなお兄さん風情に早変わり。
「元気だったか?もう大丈夫だ、あの第二王子は俺が責任を持って帝国に連れていく」
「兄様…ありがとうございます」
妃殿下を優しく抱き締める皇帝。
ふたりとも艶のあるピンクブロンドで、その年齢差と何処か似た面持ちから実の親子に見えるが、祖父の祖父…所謂“上祖父”が同じふたりは実際にそう遠くない血縁でもある。
「最後に会ったのは十歳の時か…すっかり大きくなった。顔色もいいし、表情も明るい。幸せに暮らしているようだな」
「はい。エヴァン様はとてもお優しいです」
頬を染めて微笑む妃殿下の様子に、皇帝は安心したように表情を和らげた。
「そうか…大変な時には力になれず、漸く掴んだ幸せの場にも参列出来ずで悪かった」
王太子夫妻の婚儀が執り行われた時、従属国に起きた問題を解決する為に皇帝自らが出向くこととなり、皇太子殿下が名代で参列していた。
「エヴァン」
「はいっ!!」
突然名を呼ばれた王太子殿下は姿勢を正し、まるで部下のような反応で返事をする。
幼少期に帝国へ遊学していたから面識はある…のだが、妃殿下に対するものとは違う雰囲気はやはり畏怖が半端ない。
頑張れ、殿下。
「タニアを頼むぞ。必要とあらば帝国として、皇帝として如何様にも助力する」
「有り難き御言葉。タニアには、笑顔で暮らせるよう全力で幸せにする事をお約束致します」
裏を返せば“事と次第によっては攻め落とす”と言う事だが、皇帝は殿下の答えに満足そうな笑みを浮かべた。
“隣国に住む帝国血筋の令嬢”であった妃殿下を娶られたのは偶然であったが、こうして帝国の後ろ盾を得られたのは大きい。
隣国は…もう終わりだろう。自業自得としか思えないから仕方ないが、今後は帝国の属国として立て直されるので国民にとってはむしろ僥倖。
「では、これで」
「え?もう行かれてしまうのですか?」
「タニア…皇帝陛下はお忙しい身だ」
しょんぼりとする妃殿下の腰を殿下は抱き寄せたが、あれは恐らく嫉妬だ。分かるよ殿下。
それにしても到着して直ぐにトンボ帰り…チラッと皇帝に追随してきた騎士達を見れば、やはりと言うかガクリと肩を落としている。
「すまんな…実はまだ非公表だが皇妃の産み月が近く、傍にいてやりたいんだ」
「産み月…?アイラ様、ご懐妊なんですか!?」
この世で唯ひとり、皇帝の膝を地につけさせる事が出来るという“帝国の女神”。皇帝の妻であり唯一の妃…噂には聞いていたが明らかにベタ惚れである。嬉し恥ずかしそうに頬を赤らめるだなんて親近感。
「十五年ぶりの出産だから心配なんだが、女性は凄いな…あっけらかんとしている」
「まぁっ…!!心配なさるのは致し方ありませんわ。でもまさか子が同い年…ふふっ、楽しみ」
「子は可愛いぞ。タニアも元気な子を産め。決して無理はせず夫に甘えるといい」
「はい、お兄様」
和やかに会話が交わされているが、俺は人知れず驚いていた。到着してから一刻程しか経っていないのに本当に帰るの?護衛の皆さんや馬たち、ついていける?…と。
「エヴァン、護衛の者や馬を少し休ませてやって欲しい。頼めるか?」
「えぇ勿論です。客間には温泉も引いておりますから、心身ともに回復頂けるかと」
「噂の温泉か…今度は俺も楽しませてもらいたいものだ。子が生まれて落ち着いたら伺おう」
遂に“護衛を置いていく”宣言…いや、もう何も言うまい。突っ込んではダメだ。この方は生きる伝説の男なのだから。
「陛下、準備が整いました。第二王子を運ぶ荷車も順調に向かっているそうです」
「分かった。行こう」
皇帝を呼びに来た人物の姿に息を飲んだ。
“帝国筆頭騎士レックス”
剣技は皇帝に並ぶと言われる人物で、敵に対する無慈悲さで言えば皇帝以上とも囁かれている。
彼も騎士にとって憧れる存在のひとり。
ふたりは第二王子を気絶させた上で無造作に馬へ乗せると、飼い主同様に疲れなど見せない馬に跨り去っていった。
と言うやり取りがあり、あとは書類の仕上げだけだからと追い返され昼過ぎに帰宅したのだが…
「マリィがいない!?」
昨夜の疲れでまだ寝ているだろうから寝顔を見て癒されるか…と思っていたのに、足取りも軽く出掛けたと言うじゃないか!!
「マリィ…まだまだ余裕みたいだな。それなら俺も遠慮はしないぞ」
そう独り言ち、今後の夫婦生活に思いを馳せる。
夕刻に帰宅したマリィと共に早々に食事と入浴を済ませ、日が昇るまで喘がせた。
これでもかと子種を注がれ、ぐったり弛緩して寝台に沈む妻をぎゅっと抱き締めて眠りにつく。
そして翌朝、マリィは元気よく目を覚ました。
「ポラスさん特製の遅効回復薬すごい……っ!!」
「へぇ…そんなもの飲んでたんだ?」
「え?」
「そうかそうか。それは何より」
「………え?」
今日明日の休みはもぎ取ってきたから、いっそ寝室から出ないのも乙であろう。
そもそも新婚なのだ。文句は言わせない。
「元気そうだな、マリィ…その分なら子も早く俺達の元に来てくれそうだ」
「…え?」
きょとんと呆ける様子の妻を組み敷く…と同時に小さくノックがされ様子窺いに来たサラが顔を覗かせたが、無言で扉を閉め出ていった。
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