【完結】初恋は淡雪に溶ける

Ringo

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♡afterstory♡婚約者との触れ合い

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シズル王国に滞在しているアンジェリカは、これまでにない程の幸福感に満ちていた。

婚約破棄に伴う喧騒など聞こえず、不貞に身を焦がして自分を蔑むような相手もいない。

あるのは穏やかな日々だけ。

仮住まいとなっている母方実家所有の屋敷で、刺繍や読書に勤しむというのんびりとした暮らしを送っている。


「何を読んでいるの?」


砕けた口調で正面から覗き込むのは、つい先日婚約者となったばかりのエメット。

答えようと仰ぎ見たところで唇が重なり、虚を衝かれたアンジェリカは頬に朱をさす。

もう何度となく交わしている口付けなのに、いつまでも慣れず羞恥しては頬を染めるアンジェリカが可愛らしくて、エメットは相好を崩した。


「っ……流行りの、恋愛小説、を」


しどろもどろになるアンジェリカの隣に座ると、腰を抱き寄せて顳かみへと口付ける。


「へぇ…面白い?」

「え、えぇ。とても…」


答えながら、アンジェリカは腰に回る手と近過ぎる顔の距離にドギマギして、正直内容などどこかへ吹き飛んでしまった。

婚約者となってからのエメットはとにかく距離感が近く、常に何処かしらに触れているか愛を囁いてくるので困惑するばかり。

しかしそれを嫌だと思うことは一切なく、むしろ最近は触れていないと寂しいと感じてしまうほどで、アンジェリカの方から手を取った事もある。






───それはまだ婚約が整う少し前。

所用で半日ほどエメットが屋敷を留守にした。


「エメット様がお帰りになられました」


侍女の言伝に高揚する心を抑えつつ玄関に赴いたが、執事と話し込むエメットに「ちょっと待っててね」と言われて寂しさが募り…下ろされた手にそっと触れたのである。

淑女たらんとする彼女がふたりきりの時…正確にはメリルも居るが、それ以外で見せた思わぬ行動にエメットは驚いた。


「ごめんなさいっ、あの、わたくし…」


無意識の行動にアンジェリカも自分で驚き、思わず手を引こうとするがそれは叶わない。

咄嗟にエメットが握り、戸惑うアンジェリカを無視する形で執事との会話を続けている。

人前で…しかも婚約者でもない異性と手を繋ぐなど羞恥と自省の極みであり、どうしたらいいのか困惑してメリルを振り向くが、何故か満面の笑みで親指を立てられた。


「行こうか。少しお茶でもしよう」


いつの間にか執事との会話を終えていたエメットに手を引かれ、ゆっくりとした歩調でサロンへと向かう。

ドキドキと煩い鼓動を感じながら視線はしっかりと握られた手から外せず、熱いくらいに感じる温もりを離したくないと握り返した。






───その日から、たとえ屋敷の中であってもエメットが移動中に手を握るのは定番となり、未だ慣れず羞恥するアンジェリカを使用人達は温かい眼差しで見守っている。


「あの…エメット……」

「どうした?」


多くの使用人がいる前でこそ自制しているエメットだが、そこに居るのがメリルだけとなればそれもなくなり、羞恥に悶えるアンジェリカを可愛くて仕方ないと構い倒す。

腰に回されていた手が離れたかと思うと、今度は優しく頭を撫でられ…「いい匂いがする」と言いながら髪に顔を埋めてくるので、メリルだけとは言え流石に恥ずかしいしやり過ぎだと身を引こうとするが、そうすると腰に手が戻ってしまう。

ここは毅然とした態度で!!

意を決してエメットを見据え…


「えっと…あの、少し近いのでは…ないかと…」


しかし口から出たのは曖昧な言葉で、情けない自分に呆れて涙すら滲む。


「アンジェは離れたいの?」


その言い方はズルい…と抗議の目を向けるも、受け止めたエメットは微笑むばかり。

恥ずかしいだけで嫌ではないものの、高潔な淑女であれと厳しく躾られてきたアンジェリカにとって、甘過ぎる雰囲気に身を投じるのは難しい。

眦に溜まった雫を口付けで拭い取られながら、どうするのが最善か必死で思考を巡らせた。


「愛してる」


息がかかる程の至近距離で瞳を射抜かれ、ドキリとした瞬間に唇が重なる。

気付けばメリルは姿を消しており、ぼんやりとする視界の端には少しだけ開かれた扉が映った。


「アンジェ」


俺だけを見ろ…口付けに集中しろ…そんな事を言いたげな視線を受け、甘いバリトンの響きに全身が甘く痺れ、掬われた顎を自らも上げてしまう。


(こんなこと…本来ならしてはならないのに…)


開いた扉からいつ人が顔を覗かせるかも分からない状況で、不埒な行為に耽る…その淑女らしからぬ行為に背徳感を感じながら、徐に目を瞑って最愛の人との触れ合いに酔いしれた。






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