【完結】初恋は淡雪に溶ける

Ringo

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side☆エメット

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妖精となったアンジェリカと共に夕食を済ませて自分の部屋に戻ったエメットは、そのままツカツカと寝室へ進み寝台へ突っ伏した。


「何だあれ…………最高かよ」


そして脳裏と瞼裏にしっかり焼き付けた姿を思い出して、悶えながらゴロゴロと転がる。

シズルへ向かう旅を始めて早一ヶ月。

日に日に表情が和らぎ、感情豊かになってよく笑うようになったアンジェリカ。


『はじめまちて。あんじぇりかでしゅ』


不意に初めて会った時の事を思い出した。

今でこそ“淑女の鑑”などと言われているが、当時二歳のアンジェリカはまだ舌っ足らずでうまく喋ることが出来ず、ポテポテと拙い足取りで懸命に兄のあとを追いかけ回していたのを知っている。

今では完璧なカーテシーをする彼女も、その頃はまだバランスを保てず転んでばかり。

なんとか堪えてはぷるぷる震える姿に、六歳のエメットも違う意味でぷるぷる震えた。


「……お嬢様は覚えていらっしゃらないけどな」


何せまだ二歳でたった一週間の出来事。

アンジェリカの記憶でエメットと初めて会ったのは、公爵家に押し掛けた際に挨拶した五歳の時。


『はじめまして、アンジェリカともうします』


三年前より流暢な言葉遣いで、見せてくれたカーテシーはもうぐらついていなかった。

初対面ではないと公爵夫妻は訂正したが、アンジェリカは困ったように小首を傾げるだけ。


『一週間しかご一緒しませんでしたから、覚えていなくとも致し方ありません。それよりこれから宜しくお願い致します』


彼女が憂いを抱くなどあってはならない。

その原因が自分であるなど以ての外。

覚えてなくとも構わないという言葉に安堵して微笑むアンジェリカに、エメットもまた胸を撫で下ろした。


「お嬢様には幸せになる権利があられる」


たとえその相手が自分でなかろうと。

そして、その覚悟を決めた日の事を思い出した。






*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜






エメットが国を跨いでまで公爵家を訪ねたのは、自立する術を身に付ける為の武者修行。

そう言い訳をつけていたが、本音はアンジェリカの傍に居たかったから。

しかしその想いはひた隠す必要があった。

幸いにも公爵夫妻は両親と親しくその身を預かってもいいと快諾してくれたが、自分は継ぐ爵位もない四男…とてもアンジェリカは望めない。

ならばせめて別の方法で傍に居られないかと模索を続けて二年が経った頃、公爵から「騎士を目指してみないか」と誘いを受けた。


「あの子の婚約が決まったんだ。この国では、嫁ぐ際に専属の侍女と騎士を伴う事が認められている。気心の知れた者がいると、何かあっても困ることはないからね。アンジェリカは君によく懐いているようだし、どうだろうか?」


いつかはこんな日が来る…と覚悟はしていた。

自分が手を取る事が叶わない以上、誰かの元へ嫁ぐ姿を見ることになると。

だが専属となれば、ふたりが婚約者として睦まじく過ごす時も、花嫁姿で誓いを交わす時も常に側へ付き添い…初夜を迎えるその瞬間でさえも、主を守る為に扉の前に立たなくてはならない。

僅か十一歳のエメットは、血が滲むほど唇を噛み締め拳を握り込んだ。


「エメット…お前まさか……」


公爵夫妻はこの時、初めてエメットが抱く想いを知ることになる。

しかし既に婚約は整ったあと。

それに伴い新しい事業の締結も済み、幾ら立場が上であろうと反故など無責任なことは出来ない。

何よりエメットは四男であり、婚約者は由緒ある侯爵家嫡男…愛娘の将来を考えれば、見て見ぬふりをする他なかった。

だが流石に躊躇いなかったことにしようとしたものの、それを拒んだのはエメット。


「俺に…いえ、にやらせて下さい」


誰よりも愛していると自負しているが、同じくらいに幸せになって欲しいとも願っている。

その未来を守る役目は誰にも譲れなかった。


「気持ちを殺すことは出来るか?」


公爵の言葉に力強く頷いてみせる。

たとえどんなに辛くとも…

それがアンジェリカの幸せならば、それに勝るものはないのだら。






*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜






腹を括ってから十年…その間、公爵令嬢として常に気高くあろうと努力するアンジェリカを誰よりも近い場所で見守ってきた。

…いや、途中からはメリルもいたが。


「あの野郎……ぶち殺してやりたい」


脳裏に浮かんでは切り刻む…を繰り返すのは、婚約破棄をした相手の男。

アンジェリカの献身に胡座をかき、まともに婚約者の務めも果たさず挙げ句の果てには浮気。

本人が言うには本気であり、周囲を黙らせる為に孕ませるという強硬手段にまで及んだ。


「お嬢様の努力を無駄にしやがって…っ!!」


燃えるような愛情はなかったとアンジェリカは言うけれど、そうは言っても婚約者。

幼い頃は仲睦まじかったのだから、それなりに情はあったであろう。

それがまたエメットの怒りを煽る。


「………アンジェリカ………っ…」


家族以外でその名を口にする事を許されていた、唯一の元婚約者。

だがもう二度と呼ぶことはないのだからと少しだけ溜飲を下げ、瞼裏に焼き付く妖精アンジェリカを想いながら火照る体を慰め眠りについた。






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