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第4部 執筆の先
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アルバイトの 一日は、詩を 書く ことに 始まり、詩を 書く ことに 終わった。朝 目を 覚ますと、机の 上に 必ず 新しい 洋紙が 置かれて おり、万年筆の インクも 補充されて いた。寝間着の 上から ローブを 羽織り、椅子に 座って 紙と 向き合う 毎日。彼が 書く 詩は、王国の 全土に 売られて おり、反響は なかなかの ものだった。「素晴らしい」、「凄い」、「面白い」と いった 感想が 毎日 届く。「駄目」、「酷い」、「つまらない」と いった 感想は 一つも 届かなかった。
アルバイトが 新しく 詩を 完成させると、ジィが 必ず 褒めて くれた。にっこりと 笑い、彼を 胸の 内に 抱き締めて、頭を 撫でて くれる。アルバイトは それが 嬉しかったし、もう、その ために 詩を 書いて いる つもりだった。
こんな 素晴らしい 世界が あったのか。
自分が 書きたい ものを 書いて、結婚相手と 生活を ともに し、書いた ものは 必ず 売れる。
こんな 生活が いつまでも 続けば 良いのに……。
しかし……。
詩とは、いったい、何だっただろう?
そこに 映し出される はずの 色は、今、自分が 書いて いる ような、こんな 色で 良かっただろうか?
いや、絶対的な 基準など ない。
だから これで 良い。
そうに 違いない。
その 日、アルバイトは ジィと ともに 王宮の 前の 花園に 出かけた。サンドウィッチと コーヒーを 持って、ピクニックの 趣だった。
「最近、調子は どうですか?」歩きながら ジィが きいて きた。
「どうって、何が?」
「貴方が 書く 詩は、各地で 大反響です」
「そうみたいだね」アルバイトは 頷く。「次々と 新しい アイデアが 浮かんで くる。絶好調だよ」
「よかったです」そう 言って、ジィは 少し 笑う。「私も 嬉しいです」
「君が 嬉しいと、僕も 嬉しいな」
花園に 咲く 花は、今は 水色の 色彩だった。時刻は 午後五時くらいだろうか。王宮の どこにも 時計は ないから、ここでは 正確な 時刻は 分からない。一日が 二十四時間で ある 保証も ない。かつて 自分が 住んで いた 世界に 比例させて 捉えて いるに 過ぎなかった。今は 空は 橙色に 染まって いる。大地の 色と 相まって、天と 地が 逆転して いるみたいに 見えた。
背の 高い 一本の 木の 下で、アルバイトと ジィは 持って きた サンドウィッチを 食べた。その サンドウィッチには、プラスチック製の フィルムが 付いて いて、直方体を 斜めに カットした、その 頂点から フィルムを 剥がす 必要が あった。中身は 卵と レタスと チーズ。食べると なんだか 懐かしい 味が した。
「貴方に 出逢えて、よかったと 思います」ジィが 言った。「貴方に 出逢わなければ、私は とっくに 死んで いたでしょう」
「え?」アルバイトは 彼女の 方を 見る。「どう いう こと?」
ジィは 前を 向いた ままだった。
花園の 方から 二人の 背後へと、薫風が 通り過ぎて いく。
「貴方が 詩を 書く ことで、私は 生きられるのです」彼女は 話した。「貴方が 詩を 書かなく なったので、私は 自分が 死ぬ 運命に あると 思って いました。けれど、貴方の 方が 先に もとの 世界で 死にそうに なり、こちらの 世界に やって 来た。だから、貴方に ここで 詩を 書いて もらおうと 思ったのです。そう すれば、私が 死ぬ ことも 避けられるからです」
アルバイトは サンドウィッチを 囓る。
少し ぱさついた パンの 味と、甘すぎる 卵の 味が 口の 中に 広がった。
涙が 滲み出た。
そして、零れた。
「貴方は、私の ために 詩を 書いて くれさえ すれば いいのです」
「でも、それで 詩と いえるのかな」
ジィが こちらを 向く。
「僕は 間違えて いた。僕が 今まで 書いて きた ものは、詩では なかったかも しれない。そこには 何も ない。かつて 見た ものと 色が 違う。僕が 詩を 書く ことで、君を 救う ことは できるかも しれないけど、何より、僕自身が 救われない。本当の ところが 書けて いないから」
「ここで、幸せな 余生を 過ごしませんか?」
「君は 誰?」
「この 王国の 女王です」
「本当は?」
「十年前、貴方が 詩中の 人物と して 設定した 彼女ですよ」
「そうか」アルバイトは 一度 頷いた。「ここは?」
「その 詩の 中です」
気が つくと、手の 中の サンドウィッチは なく なって いた。あまり 美味しくは なかった。美味しくは なかったが、しかし、パンの 味も、具材の 味も、受け入れやすかった。
アルバイトは 立ち上がる。
「僕は 帰る」
「ここで、幸せな 余生を 過ごしませんか?」
「ここでは 過ごさない」彼は ジィを 見下ろす。「向こうで、また きちんと 書くから」
「誰にも 受け入れられないかも しれません」
「でも、本当の ところを 書かないよりは ましだと 思う」
ジィは 立ち上がり、アルバイトの 背後に 腕を 回した。彼も それに 応じる。
「もう、時間は ありません」ジィは 言った。「貴方に、詩を 書くだけの 時間は 残されて いないかも しれません」
「それは、戻って みなければ 分からない」
重力が 反転し、アルバイトは 空に 向かって 昇り始める。
触れて いた 彼女の 指先が 離れ、余韻が。
「待って います」
と、彼女が 言った。
花園と 空の 色彩が 固定され、天は 地と なり、地は 天と なる。
これまで 彼は 天に いた。
ずっと 浮いて いた。
しかし、もう 一度 地に 立つ 必要が ある はずだ。
まだ、時間も、可能性も、残されて いる。
アルバイトが 新しく 詩を 完成させると、ジィが 必ず 褒めて くれた。にっこりと 笑い、彼を 胸の 内に 抱き締めて、頭を 撫でて くれる。アルバイトは それが 嬉しかったし、もう、その ために 詩を 書いて いる つもりだった。
こんな 素晴らしい 世界が あったのか。
自分が 書きたい ものを 書いて、結婚相手と 生活を ともに し、書いた ものは 必ず 売れる。
こんな 生活が いつまでも 続けば 良いのに……。
しかし……。
詩とは、いったい、何だっただろう?
そこに 映し出される はずの 色は、今、自分が 書いて いる ような、こんな 色で 良かっただろうか?
いや、絶対的な 基準など ない。
だから これで 良い。
そうに 違いない。
その 日、アルバイトは ジィと ともに 王宮の 前の 花園に 出かけた。サンドウィッチと コーヒーを 持って、ピクニックの 趣だった。
「最近、調子は どうですか?」歩きながら ジィが きいて きた。
「どうって、何が?」
「貴方が 書く 詩は、各地で 大反響です」
「そうみたいだね」アルバイトは 頷く。「次々と 新しい アイデアが 浮かんで くる。絶好調だよ」
「よかったです」そう 言って、ジィは 少し 笑う。「私も 嬉しいです」
「君が 嬉しいと、僕も 嬉しいな」
花園に 咲く 花は、今は 水色の 色彩だった。時刻は 午後五時くらいだろうか。王宮の どこにも 時計は ないから、ここでは 正確な 時刻は 分からない。一日が 二十四時間で ある 保証も ない。かつて 自分が 住んで いた 世界に 比例させて 捉えて いるに 過ぎなかった。今は 空は 橙色に 染まって いる。大地の 色と 相まって、天と 地が 逆転して いるみたいに 見えた。
背の 高い 一本の 木の 下で、アルバイトと ジィは 持って きた サンドウィッチを 食べた。その サンドウィッチには、プラスチック製の フィルムが 付いて いて、直方体を 斜めに カットした、その 頂点から フィルムを 剥がす 必要が あった。中身は 卵と レタスと チーズ。食べると なんだか 懐かしい 味が した。
「貴方に 出逢えて、よかったと 思います」ジィが 言った。「貴方に 出逢わなければ、私は とっくに 死んで いたでしょう」
「え?」アルバイトは 彼女の 方を 見る。「どう いう こと?」
ジィは 前を 向いた ままだった。
花園の 方から 二人の 背後へと、薫風が 通り過ぎて いく。
「貴方が 詩を 書く ことで、私は 生きられるのです」彼女は 話した。「貴方が 詩を 書かなく なったので、私は 自分が 死ぬ 運命に あると 思って いました。けれど、貴方の 方が 先に もとの 世界で 死にそうに なり、こちらの 世界に やって 来た。だから、貴方に ここで 詩を 書いて もらおうと 思ったのです。そう すれば、私が 死ぬ ことも 避けられるからです」
アルバイトは サンドウィッチを 囓る。
少し ぱさついた パンの 味と、甘すぎる 卵の 味が 口の 中に 広がった。
涙が 滲み出た。
そして、零れた。
「貴方は、私の ために 詩を 書いて くれさえ すれば いいのです」
「でも、それで 詩と いえるのかな」
ジィが こちらを 向く。
「僕は 間違えて いた。僕が 今まで 書いて きた ものは、詩では なかったかも しれない。そこには 何も ない。かつて 見た ものと 色が 違う。僕が 詩を 書く ことで、君を 救う ことは できるかも しれないけど、何より、僕自身が 救われない。本当の ところが 書けて いないから」
「ここで、幸せな 余生を 過ごしませんか?」
「君は 誰?」
「この 王国の 女王です」
「本当は?」
「十年前、貴方が 詩中の 人物と して 設定した 彼女ですよ」
「そうか」アルバイトは 一度 頷いた。「ここは?」
「その 詩の 中です」
気が つくと、手の 中の サンドウィッチは なく なって いた。あまり 美味しくは なかった。美味しくは なかったが、しかし、パンの 味も、具材の 味も、受け入れやすかった。
アルバイトは 立ち上がる。
「僕は 帰る」
「ここで、幸せな 余生を 過ごしませんか?」
「ここでは 過ごさない」彼は ジィを 見下ろす。「向こうで、また きちんと 書くから」
「誰にも 受け入れられないかも しれません」
「でも、本当の ところを 書かないよりは ましだと 思う」
ジィは 立ち上がり、アルバイトの 背後に 腕を 回した。彼も それに 応じる。
「もう、時間は ありません」ジィは 言った。「貴方に、詩を 書くだけの 時間は 残されて いないかも しれません」
「それは、戻って みなければ 分からない」
重力が 反転し、アルバイトは 空に 向かって 昇り始める。
触れて いた 彼女の 指先が 離れ、余韻が。
「待って います」
と、彼女が 言った。
花園と 空の 色彩が 固定され、天は 地と なり、地は 天と なる。
これまで 彼は 天に いた。
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しかし、もう 一度 地に 立つ 必要が ある はずだ。
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