地ガ足ニ付キ

羽上帆樽

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第2部 到達の先

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 薫風で 覚醒する。目は まだ 開いて いない。視覚よりも 嗅覚が 先に はたらき、次に 聴覚が 作用した。聞こえて きたのは、鳥の さえずりと 風の 音。さらに 触覚が 戻り、頭の 下に 温度を 感じた。

 ゆっくりと 目を 開くと、空の 水色が 目に 入った。しかし、被写体に よって すぐに 視界が 覆われる。綺麗な 赤色の 目と 茶色の 髪。その 髪が 垂れ下がって 自分の 頬に 触れて いる。

「お目覚めに なりましたか?」と 口が 動いた。口の 動きが 認識された あとで、声が 認識された。

 アルバイトは、暫くの 間 口が 利けなかった。現状に 頭が まったく 追いついて いない。いや、頭以外の 身体も 追いついて いなかった。手足に 力が 入らない。

「苦しくは ありませんか?」

 アルバイトの 上に 浮かぶ 顔は、けれど、もちろん 顔だけが 浮いて いるのでは なく、向こうから こちらを 覗き込んで いるみたいだった。自分の 視界の 方向に 自分の 脚が あるから、その 顔の 持ち主の 四肢は 背後に ある はずだ。

 アルバイトは ゆっくりと 身体を 起こした。そう して、背後を 振り返る。

 綺麗な 目と 綺麗な 髪を 携えた 女性が、こちらを 見て いた。

「大丈夫ですか?」と 彼女が 再び 尋ねて くる。その 間、彼女の 表情は ほとんど 変わらなかった。声も また 綺麗だった。

「大丈夫です」アルバイトは 答える。

 女性は、白と 黒が 混ざった ドレスの ような 格好を して いた。上半身の 上着は 白で、下半身の スカートは 黒。しかし、それは 連続した 一枚の 衣服の ようで、公的に 定められた 制服みたいに 見えた。

 アルバイトの 視線を 受けて、彼女は 小さく 首を 傾げる。

 彼は 今度は 彼女とは 反対側に 視線を 向ける。

 一面に 広がる 花々。

 頭の 上を、小鳥が 一羽、静かに 飛び去って いく。

「ここは?」背後を 振り返って、アルバイトは 尋ねた。

「ここ?」女性は 反対側に 首を 傾げる。「王宮の 敷地の 一画です」

「王宮?」

 彼女は 一度 頷く。

 アルバイトは、自分の 身に 何が 起きたのかを 思い出した。不意に 思い出されたのだ。コンビニの 外に 出て、トラックに 轢かれた。そこまでは 確かに 覚えて いた。しかし、それしか 覚えて いない。その あとの ことが 思い出せなかった。

「僕は、死んだの?」アルバイトは 尋ねる。

「でも、ここに 来ました」

「ここは?」

「ここは、『過』想世界!“#$%&‘()~です」

「え?」

「貴方が もと いた 世界とは 言語の 体系が 異なるので、完全に シフトする ことが できないのでしょう。お気に なさらず」

「『過』想世界?」

「そうです」女性は もう 一度 頷いた。「貴方は、もとの 世界から 転生して、ここに 来ました」

「天国?」

「いいえ。『過』想世界です」

 見渡す 限り 花に 覆われた 地面を、女性に 導かれて アルバイトは 歩いた。彼女の 名前は ジィと いうらしい。名乗った あとで、この 国の 女王だと 彼女は 告げた。

「女王?」

「そうです」ジィは 簡単に 頷く。頷くのには 慣れて いるらしい。声に 出さずに 頷くだけに すれば、色々と 面倒な ことが 起こらないからだろうか。

「女王って、何の?」

「この 国の」

「この 国?」

「私達が 住む、この 国です」

 女王と いっても、とても そんなふうには 見えなかった。見た目から 判断すると、かなり 若い ように 見受けられる。そもそも、女王とは どう いう 意味だろう? 王制を 敷いて いる 国は 多く あるだろうが、アルバイトは その 候補を すぐに 思い浮かべる ことが できなかった。 

「どこに 行くの?」

 少し 前を 行く ジィに アルバイトは 質問する。

「私が 住む 王宮に」

「王宮?」

「私と 正式に 結婚して もらう ためです」

「え?」

「その ような 託宣が ありました」

「どう いう こと?」

「占いです」

「占い?」

 ジィは また 頷く。

 アルバイトは、とりあえず、ふうん、そうなのだな、と 思う ことに する。なんだか よく 分からないが、そう いう ことなのだろう。こんなふうに、そう いう もの、そう いう ことと して 考える ことに すると、何も 考えなくて よく なる わけだが、生きる うえでは 必須の テクニックとも いえる。よく 考える ことも 大事だが、あえて 考えない ように する ことも 同じくらい 大事だ。今 直面して いる 事態も、無理に 考えなくて 良い 類の ものだろう、きっと。

「僕って、誰?」アルバイトは 尋ねた。

「私の 婚約者です」

「いや、そうじゃ なくて。身分と いうか、名前と いうか」

「知りませんが、私の 婚約者です」

「見ず 知らずの 人間と 婚約なんて して いい わけ?」

「見ず 知らずでは ありません」ジィは 突然 立ち止まり、こちらを 振り返った。「託宣が 下ったのは、十年も 前の ことです。ずっと、貴方を 待って いました。貴方の ような 人が 私には 必要なのです」

 綺麗な 目が こちらを 見て いる。

「貴方の ような、詩人が」

「は?」

「十年前、詩人に なる ことを 決意しましたね?」

「え?」

 そう 言うと、ジィは 初めて 満足そうに 笑みを 零した。
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