舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第26章

第253話 暗い未知

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 雨の音。冷たい風。

 暗闇の残響。果てる無意識。

 いつの間にか、身体に毛布がかけてあった。自分で用意しただろうかと考えてみたが、思い出せない。おそらく、フィルがかけてくれたのだろう。そう考えたが、身体を起こしたところで別の可能性に思い当った。

 眠る前に閉じたはずのシャッターが上げられ、外の空気が室内に入り込んでいる。硝子戸の前に少年が立っていた。もちろん、それはルーシに間違いない。そこに立って、外を眺めている。眺めているのか、見ているのか、月夜には判断がつかない。どちらでも大して変わらないかもしれない。

 ルーシがこちらを振り返る。

 彼はこくんと一度頷いた。

 月夜も同じ動作をする。

「ありがとう」月夜は毛布を持ち上げて言った。

「どういたしまして」

「よく眠れた?」

「よく?」

「安眠?」

「安眠?」

 月夜は立ち上がり、ルーシの傍まで歩く。窓の外では雨が降っていた。蝉の声は聞こえない。水が土やアスファルトへと浸食し、降雨の際に特有な匂いを広げている。

 世界は今日も静かだった。煩いのはいつも人間の世界だけだ。それ以外の世界は常に静寂に包まれている。

 自分が死んでも世界は静かだろう、と想像される。

「しばらく、うちにいてもいい」月夜はルーシに言った。「その方が安全だから」

「安全とは、誰にとっての安全?」

 同じ質問をフィルにもされたこと、そして、その質問に答えることが意味のあることなのか、と考えたことを思い出した。

 問いには答えないと会話が続かない。けれど、答えはダイレクトなものでなくても構わない。

「安全は、常に全員に対してのものでなくてはならない」

「全員に対して?」

 ルーシは赤子のような視線を月夜に向けた。彼はどちらかといえば無知だ。しかし、知っていることが利口だとも限らない。むしろ知ることが利口だといえる。

「今のところは、貴方にとっての安全」遠回りをしてから、月夜は彼の質問に答えた。「けれど、それが後々私にとっての安全に繋がる」

「それは、精神的な安全ということ?」

 ルーシは無知だが、その分推察する能力に長けているかもしれない。予め用意された情報がないから、常にその場で情報を得ようとする。

「そう」月夜は答える。

「精神的に安全である必要は、ある?」

「どうして、ない、と言いたい?」

「言いたくはない」ルーシは言った。

「安全であることが、デメリットになることはないと信じている」

「信じている、の主語は君?」

「ううん」月夜は首を振った。「人々」
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