255 / 255
第26章
第253話 暗い未知
しおりを挟む
雨の音。冷たい風。
暗闇の残響。果てる無意識。
いつの間にか、身体に毛布がかけてあった。自分で用意しただろうかと考えてみたが、思い出せない。おそらく、フィルがかけてくれたのだろう。そう考えたが、身体を起こしたところで別の可能性に思い当った。
眠る前に閉じたはずのシャッターが上げられ、外の空気が室内に入り込んでいる。硝子戸の前に少年が立っていた。もちろん、それはルーシに間違いない。そこに立って、外を眺めている。眺めているのか、見ているのか、月夜には判断がつかない。どちらでも大して変わらないかもしれない。
ルーシがこちらを振り返る。
彼はこくんと一度頷いた。
月夜も同じ動作をする。
「ありがとう」月夜は毛布を持ち上げて言った。
「どういたしまして」
「よく眠れた?」
「よく?」
「安眠?」
「安眠?」
月夜は立ち上がり、ルーシの傍まで歩く。窓の外では雨が降っていた。蝉の声は聞こえない。水が土やアスファルトへと浸食し、降雨の際に特有な匂いを広げている。
世界は今日も静かだった。煩いのはいつも人間の世界だけだ。それ以外の世界は常に静寂に包まれている。
自分が死んでも世界は静かだろう、と想像される。
「しばらく、うちにいてもいい」月夜はルーシに言った。「その方が安全だから」
「安全とは、誰にとっての安全?」
同じ質問をフィルにもされたこと、そして、その質問に答えることが意味のあることなのか、と考えたことを思い出した。
問いには答えないと会話が続かない。けれど、答えはダイレクトなものでなくても構わない。
「安全は、常に全員に対してのものでなくてはならない」
「全員に対して?」
ルーシは赤子のような視線を月夜に向けた。彼はどちらかといえば無知だ。しかし、知っていることが利口だとも限らない。むしろ知ることが利口だといえる。
「今のところは、貴方にとっての安全」遠回りをしてから、月夜は彼の質問に答えた。「けれど、それが後々私にとっての安全に繋がる」
「それは、精神的な安全ということ?」
ルーシは無知だが、その分推察する能力に長けているかもしれない。予め用意された情報がないから、常にその場で情報を得ようとする。
「そう」月夜は答える。
「精神的に安全である必要は、ある?」
「どうして、ない、と言いたい?」
「言いたくはない」ルーシは言った。
「安全であることが、デメリットになることはないと信じている」
「信じている、の主語は君?」
「ううん」月夜は首を振った。「人々」
暗闇の残響。果てる無意識。
いつの間にか、身体に毛布がかけてあった。自分で用意しただろうかと考えてみたが、思い出せない。おそらく、フィルがかけてくれたのだろう。そう考えたが、身体を起こしたところで別の可能性に思い当った。
眠る前に閉じたはずのシャッターが上げられ、外の空気が室内に入り込んでいる。硝子戸の前に少年が立っていた。もちろん、それはルーシに間違いない。そこに立って、外を眺めている。眺めているのか、見ているのか、月夜には判断がつかない。どちらでも大して変わらないかもしれない。
ルーシがこちらを振り返る。
彼はこくんと一度頷いた。
月夜も同じ動作をする。
「ありがとう」月夜は毛布を持ち上げて言った。
「どういたしまして」
「よく眠れた?」
「よく?」
「安眠?」
「安眠?」
月夜は立ち上がり、ルーシの傍まで歩く。窓の外では雨が降っていた。蝉の声は聞こえない。水が土やアスファルトへと浸食し、降雨の際に特有な匂いを広げている。
世界は今日も静かだった。煩いのはいつも人間の世界だけだ。それ以外の世界は常に静寂に包まれている。
自分が死んでも世界は静かだろう、と想像される。
「しばらく、うちにいてもいい」月夜はルーシに言った。「その方が安全だから」
「安全とは、誰にとっての安全?」
同じ質問をフィルにもされたこと、そして、その質問に答えることが意味のあることなのか、と考えたことを思い出した。
問いには答えないと会話が続かない。けれど、答えはダイレクトなものでなくても構わない。
「安全は、常に全員に対してのものでなくてはならない」
「全員に対して?」
ルーシは赤子のような視線を月夜に向けた。彼はどちらかといえば無知だ。しかし、知っていることが利口だとも限らない。むしろ知ることが利口だといえる。
「今のところは、貴方にとっての安全」遠回りをしてから、月夜は彼の質問に答えた。「けれど、それが後々私にとっての安全に繋がる」
「それは、精神的な安全ということ?」
ルーシは無知だが、その分推察する能力に長けているかもしれない。予め用意された情報がないから、常にその場で情報を得ようとする。
「そう」月夜は答える。
「精神的に安全である必要は、ある?」
「どうして、ない、と言いたい?」
「言いたくはない」ルーシは言った。
「安全であることが、デメリットになることはないと信じている」
「信じている、の主語は君?」
「ううん」月夜は首を振った。「人々」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる