舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第25章

第246話 どうしても躱す

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 つまり、彼には二種類の姿があるということだ。そして、意識的に眠らないと、もう一人の彼に現時点の彼が取って代わられることになる。

 それは、唐突に訪れた閃きのようなものだった。

 この主の発想は、そうに違いないという確信だけが最初にやってくる。

 あとから、それが本当に確からしいといえる根拠が見つかる。

 最初に確信し、次に確認をするのは、論理的とはいえない。

 けれど、閃きというものは、概してそういう形でこの世界に舞い降りる。

「眠れば、もう一人の貴方は現れない」月夜は言った。というよりも、独りでに口が動いたと言った方が正しかった。腹話術のような感じだ。「眠らないと、今の貴方は後ろに追いやられ、その代わりに、もう一人の貴方が現れて、私を殺そうとする」

 ルーシはこちらをじっと見つめていた。瞳が僅かに動いている。右に行ったり、左に行ったり、それを二秒間に一度ほどのペースで繰り返す。

 首を傾げる動作。

「どういう意味?」

「今は、貴方自身だけど、放っておくと、もう一人の貴方が出てくる。それを阻止するためには、貴方が意志を持って、眠らなければならない」

「何の話?」

「貴方の話」

 二階からフィルがやって来た。目薬ではないだけましかもしれない。

 互いに見つめ合っている様を、目撃される。

 しかし、どうということはない。

「何をしている」

 フィルの声。

「論議」

 月夜の返答。

 ルーシは立ち上がり、その場をぐるぐる回り始めた。くるくるといえるほど軽い動作ではない。彼にしては珍しい。考え中の合図だからかもしれない。上下運動を繰り返す砂時計タイプではないみたいだ。

「眠る必要がある」月夜は話を続ける。「人は、皆、眠らなければならない」

「お前も、あまり眠っていないがな」フィルがこちらへやって来て、月夜に言った。「何の話をしているんだ?」

 月夜はルーシへと視線を送る。それに合わせて、フィルも黄色い目をそちらに向けた。

「良くなったのなら、早くここから出ていけ」フィルがルーシに言った。

「いや、出ていく必要はない」月夜は反論する。「彼は、何もしない」

 フィルに睨みつけられたので、月夜は軽く肩を竦めてみる。

「どうして、眠らなければならない?」ルーシが立ち止まり、月夜の方を振り返った。

「眠ることで、自我の暴走を抑えることができる」月夜は言った。「ずっと起きていると、気分が高揚してくる。それは、きっと、自我の暴走。それを抑えるために、人は眠る」
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